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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1000回殺され続けた魔王のその後は

作者: 古町ネズ

「さらばだ、勇者――」

「……ッ、俺は諦めない!! この命尽きようとお前を道連れにしてやる…!!」


 ――そうだな、お前は世界を救うために絶対諦めない。

 俺はそれをよく知っている。きっと、誰よりも――。


「悪いなリュード。……これで、本当の本当に最後だ」

「――は、何故、俺の名を」


 目を見開いて固まる勇者が全てを言い終わらぬうちに、彼の心臓めがけて魔法を即座に撃ち抜く。――なるべく苦しまないように、一撃で()()()()を刈り取れるように。

 力なく倒れる彼が地面にぶつかる前に瞬間移動し床にそっと横たえ、勇者の聖剣を手に持ち――己の心臓めがけて突き刺した。途端に、魔王城の玉座の壁がボロボロと崩れ出す。


【システムエラーが検知されました。世界(ワールド)をリセットします】


 いつも通りの無機質な天の声が聞こえてきて、俺はリュードの横に倒れ込むように寝転がり「ハッ、やっぱ…ダメじゃん――」と誰もいない空に向かってかすれた声で吐き出すのが精一杯で。


 そうして直後に意識はブラックアウトし――1000回繰り返されたこの戦いは、この世界ごと終わりを迎えた(デリートされた)のだった。




 ――“ちょっと世界救ってみませんか”。


 そんな安っすいキャッチコピーに釣られて買ったソロプレイ用VRMMOゲーム。

 仮想空間に意識をダイブさせて遊べる体験型ストーリーゲームなんて今はそう珍しくもない、と会社の後輩は言っていた。

 俺が遊び盛りだった頃は手持ちの小さな箱型のゲーム機でモンスターを戦わせるだけでも大興奮ものだったのに。


 “勇者になって魔王を討伐しよう!”と小学生にあてたかのようなデカい文字が書かれたパッケージにざっと目を通す。


 ――任○堂によくある感じっていう理解でいいんだよな。

 まあチュートリアルでその辺りも説明してくれるだろうと、早速ベッドに横になりつつVRゴーグルを装着した。――それと同時にふと後輩が言っていたことが頭に過る。


『あぁ、それ……チープな作りで俺途中で離脱しちゃったんすよねぇ。何か物語とかもよくある薄っぺらいやつだしNPCの個性とかもそんな無いし……。

 先輩ほんとそれでいいんすか? こっちとか、主人公がダークヒーローで物語設定も一捻りされてて面白いし超オススメっすよ!』


 ゲーマーな後輩からは酷評だったが、それくらい作りが単純な方が初心者の己は分かりやすいだろうと思って結局購入を決めたのだ。

 ――それに、勇者が魔王を倒すのは王道展開で普通にカッコイイじゃないか。それこそ勇気のトライ何たらを宿している彼が、宿敵を倒して一国の姫も世界も救う系みたいな話とか特に。


 ゲームを起動させてそうこうしないうちに視界が明るくなり、金髪碧眼のイケメン君の姿が目に入った。リュード――それがこの物語の主人公である青年の名前だ。

 一応キャラクリエイトは出来るらしいが、デフォルトの彼の容姿のままにする。自分としてはキャラ憑依をしながらも第三者目線でも楽しみたい派なので。


 初期設定が終わり、いよいよ物語の開始だ。


【チュートリアルを開始します。“ステータスオープン”と言葉を発してください】

「ステータスオープン」


 頭に響いてきた天の声通りにすれば、瞬時に目の前の空中に黒い画面が現れる。

 ステータスの他に持ち物やら役職などの文字情報が満載だ。消す時は手で払うようにすればいいらしい。メニューボタンの概念がいらないとは何て便利なんだ。


 そしてどうやら主人公は最初は勇者でなく騎士という設定らしい。スタート地点は“主人公の家”である。大いなる物語の前の日常という王道ど真ん中だろう。


【中央の机の前まで歩いて、リンゴを掴んでみましょう。特に難しいことは考えず普段の生活をする通りに体を動かすイメージをしてください】


 動作は特に難しくもなく本当にその場にいるかのような錯覚を受けた。……が、掴んだリンゴは空気のようで匂いもない。試しに齧り付いてみればフッとリンゴが目の前から消えてしまった。


【食べ物を食べれば体力ゲージが回復します。瀕死間際でアラートが鳴りますが、こまめにステータスを確認するようにしましょう】


 ――なるほど、五感の再現も限界があるということか。……まあ、そこはしょうがない。完全なリアリティは無くてちょっとガッカリではあるが所詮ゲームの中だ。普通にストーリーを楽しむ分には問題ないだろう。それに、個人的には少しだけ安堵もした。何故なら――。


【続いて戦闘シーンについてです――――】




(あぁ、だよな。やっぱこれも感触ないよな)


 少し開けた森の入り口、首と胴体を切断された黒い熊のような魔物が目の前で塵のように消滅していく。剣を振り下ろした直後の視覚情報は少し堪えたが、感触が無い分スプラッタ映画を見ているだけだと思い込めば少しはマシだ。

 これで肉を切る感覚があったなら残念だがこのゲームを離脱していたかもしれない。


 このゲームの戦闘方法を要約すれば、いわゆるコマンドバトル形式のターン制といったものだ。プレイヤーは技を選ぶだけの簡単仕様。一応この辺りは事前確認しておいたので問題ない。

 フリーに動くタイプはクリアできる自信がないうえ、特に剣などの近接武器は自分の意思で目の前の相手を斬りつけなければならないとなると多少の戸惑いが生まれてしまう。結果的にこれぐらいぬるい方が自分のレベルに合ってて丁度よかったのである。


(……いやぁ、にしても)


 さすが主人公、ハイスペックの塊か。

 まだ序盤といえど剣、槍、弓、挙句には魔法まで。オールマイティで何でもこなしてくれる万能型。戦闘に入れば体が勝手に動いてくれるオートモードなのでほとんどテレビの前で観戦してるような感覚に近い。


 容姿も含め身体能力までもが化け物級のリュードであるが、彼のすごいところはそれだけに留まらなかった。

 それはこのゲームのキャッチコピーにもある“ちょっと世界救ってみませんか”というナメたような言葉が大いに関係していることでもあるのだが――。


「さすがリュード。その鮮やかな手つき、リテラウム随一の騎士の名は伊達ではありませんね」


 突然白髪金目の美少女が現れてリュード()に話しかけてくる。リュードはゲーム仕様的に必要な言葉以外は話さないので、少女は一人でに怒涛の如くリュードを誉めそやし、現状説明という名の世界観説明を話し出した。

 説明書を読んだ限りだが彼女はこの世界リテラウム王国の唯一のお姫様で、幼い時からリュードと共に過ごしていた相手らしい。


 そう、この主人公――人脈その他、持って生まれた運がとんでもなくすごかったのである。

 孤児扱いの主人公だが赤ん坊の頃に騎士団長に拾われ、王女とは普通に仲の良い幼馴染み関係であるしサブキャラの紹介欄から察するに多分とんでもない力を秘めた家系の子孫とかのはずだ。


 才能を伸ばすための環境は既に整っており、勇者のための専用装備までが既に存在している。武器の腕前はあっという間に達人級、魔法は息を吸うように扱うことが出来るほど簡単にレベルアップ(成長)するこのリュードはまさに約束された勝利の申し子。


 すなわち、(開発陣)から二物どころか三物も四物も与えられた愛されし者(チート)である。


 ――結論から言おう。攻略はリアルタイムで一日もかからずに終わった。


 だって躓く要素が一つもないのだ。主人公は序盤で既に王国一の騎士、元から強いのにレベルが少し上がっただけで上級技を取得しまくり。武器が新調されたところでお膳立ての如く出てくる敵とピンチになる前にすぐ駆けつける味方の応援――あとは推して図るべし。


 確かに自分がVRMMO系の初心者ゆえにゲーム難易度の部分はものすごく気を遣って選んだ。が、これはさすがにやりすぎではないだろうか――と思ってクリア後に詳しく調べてみたらどうやら元々そういうコンセプト(無双するため)のゲームらしい。これはネタバレ回避で下調べをあまり行わなかった自分のミスだ。

 試しにハードモードでもプレイしてみたが結果は言わずもがな。――無双するのはいいが、障害も何もない勇者が姫を救ったところで誰が感動するというのか。


 せめて最後の魔王戦のくだりだけでも、こう…強敵と戦っている感を出して欲しかったというか、呆気なさすぎるというか。

 魔王もビジュアル的にかなりイケメンで主人公と張り合える素質を充分持っていそうだったのだが、蓋を開けてみれば見事に勇者の踏み台であった。

 リュードが最後の大技を決める直前に長々と口上を述べ始めた時でさえ、律儀にそれが終わるのを待っていてくれた彼に思わず笑ってしまったぐらいだ。


 二回目のエンディング――もとい、王女との感動的な帰り道であるはずのシーンでつらつらとそんなことを考えていれば、いつもの黒い画面が目の前に浮かび上がる。


 congratulation! と、ありきたりな文字が一回目と同様に映し出されて浅く溜息が出た。

 さらに上にエクストリームモードもあるが、正直もうプレイはいいかなとゲーム離脱のボタンを押そうとしたところで――ザザッとノイズがかった演出が入り画面の中央には『ナイトメアモード』という新たなコマンドが出現する。


(これ例のバグか…?)


 一回目のクリア後、このゲームについて調べていた時にたまたま見つけた記事に書かれていたある種有名なモードだ。

 出現させる方法は不明。ただ、出現した人は皆共通して“エクストリーム”をクリアした者たちのみという話だったのだが。


 例の記事を鵜呑みにするなら、最後の魔王戦で魔王側が超強力なステータスとなって主人公に襲い掛かってくるのだという。


 このチート主人公と張り合えるのだから、ゲームクリアした身からすると余波で王国消滅するのでは? と思わなくもないが一部の戦闘狂(プレイヤー)には好評だったらしい。


 ゲームのコンセプトが“無双”であるため、リリース直前に開発側で削除したつもりが手違いで残ってしまったというある意味不遇のモード。――特に考えるまでもなく自然とそのコマンドに手を置いた。バグといえど面白そうだ。二回プレイして大枠の流れは分かってるため相手のステータスが高いならむしろいいバトルができるかもしれない。


(ま、とりあえず最初の中ボス戦まではやってみるかぁ)


 ――と、そんな軽い気持ちだったのに。





(…………トンネルを抜けるとそこは魔王城だった――?)


 トンネル抜けると~~は有名な一節だが“そこは”という指示詞は実は原文に入っていないらしい――と、頭が三周くらい現実逃避してからようやく目の前の状況を少しずつ受け入れ始める。

 視界がブラックアウトしたらもう次の瞬間には魔王城(ここ)にいた。


 いや聞いてない、聞いてないぞ。いきなり魔王戦なのか。え、レベルは――と、そこまで気が回ってようやく慌てて「ステータスオープン!」と口に出したが黒い画面は一瞬だけ出てきてすぐ消えてしまった。これではゲームを離脱することができない。……が。


(そうだよなぁ…そもそもバグの上に成り立ってるモードだもんなぁ…)


 バグと知ってて実行したのは自分なのだから、その中で正規の機能が壊れてても文句は言えるはずもない。

 頭は未だ混乱したまま、とりあえずうなだれるように地面に座り込んだ。さすがにレベル1とかだったらチート勇者といえど詰むしかない。なんせバグモード(ここ)では相手も同等の化け物(チート)なのだから。


 厳密に言えば今いる場所は魔王城の中にある荒れ果てた庭だ。つまりもう少しルートを進めばラスボス戦に入る状態である。ここに入ってしまったら途中リタイアはできず、魔王と勝敗がつくまでは進むしか出来ない仕様だ。

 現状の自分のレベルは分からないが、いずれにしろさっさと負けてボス戦前の町まで強制ワープすべきか――なんて考えていたところで、唐突に自分の違和感に気づく。


リュード()――低音ボイスになってないか?」


 あー、あー、と続けざまに発声してやはりそうだと確信した。一回目や二回目の時はもう少し高い声だった。ここに来る直前に王女と会話したばかりなのだからさすがにそれは覚えている。


 けれど今の声にも聞き覚えが……と気づいた瞬間、さらなる違和感が襲ってきた――これは、本当にバグだろうか。


 リュードはステータス画面を開く時、選択肢を選ぶ時、NPCと会話する時、あとは戦闘や待機のちょっとした動作など決まった言葉しか話せない。

 メタ的に言うと、()()()()()()()()()()()()はどんな状況であろうと出るはずがないのだ。――声の高さは最悪バグと片づけられるかもしれないが、後者の問題はバグなんかでどうしようもない。


(それにこの黒い服って――……鏡、は無いか。でも確か泉が近くに)


 自分の姿を映し出せるものを早く探しにいかなければと、地面に手をつき立ち上がろうとして――思わずその場で固まってしまった。


「――冷…たい」


 手にしっとりとした土の感触がある。

 衝撃のままにペタペタと地面を何度も触ってみれば地面に転がっている硬い石の感触も周りに生えている枯れ草の柔らかい感触もすべて――感じる。


「は? え、何。どういう――って、どぅえぇぇ!?」


 何の前触れもなく本当に唐突に。俺の腕が地面の中から急に這い出てきた黒い腕らしきものにガッと掴まれた。

 これはゾンビホラーゲームだったのかと錯覚するほどの恐怖に、混乱ここに極まれりで堪らず奇声を上げて思い切り振り払ってから全力で逃げ出す。


(あんな魔物見たことないぞ…っ!)


 もしかしたらエクストリームモードで遭遇するのかもしれないが生憎とこちとらハードモード止まりのプレイヤーである。できればアレにはもう二度と会いたくない。

 現在置かれてる状況は何一つ分からないが、もうどうにでもなれの精神で魔王のいる部屋に向けてそれはもう全速力で走った。何にせよ今は物語を進めなければ――。


 ――バタンッ!


 突進する勢いで扉を押し開き、魔王城の玉座へと転がり出る。


「――……うわ、すご」


 しん、と静まり返ったその部屋には魔王の配下である四天王――ゲームでいうところの中ボスたちが全員揃って中央の椅子を取り囲むように綺麗に整列していた。リュードの時は一人一人としか相対してないため四人揃っている姿は圧巻である。これもバグの影響なのか誰もピクリとも動かないその姿はまるで彫像のようだ。


 こんな機会もそうそう無いだろうとそっと彼らの腕に触れてみれば――冷たいかと思ってた彼らの体は意外なほど温かかった。……その温かさに少しだけ気まずくなり、深く考えないようにして中央の椅子に目をやる。


 そこには――いるべき人物が、いない。


(……やっぱ、魔王って俺ってことになるのかな)


 先ほどの時点で何度も自分の声を聞けば、さすがに魔王の声に近いことぐらいは分かった。それでもそう簡単には信じられなかったのだ。

 だってそれこそ有り得ないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()――。


(俺、これからどうすればいいんだ)


 己が魔王なのであれば勇者に倒されることでしかこの物語は終わらない――でも、勇者でないプレイヤーが死んだら――()はどうなる?


 力強く握りしめた手のひらが痛い。……この感触さえなければゲームだと割り切れたのに。


 『もっとリアリティがあればよかった』とガッカリしていた過去の自分を殴り飛ばしたい。しっかりと伝わってくるこの部屋の冷気も、少しカビたような匂いも、何もかもがリアルで不快だ。


 “バグ”で片付けられないほどの不可解な出来事に頭が割れそうなほど痛くなってくる。感覚が無いあの時がどれほど幸せだったか改めて思い知らされた。

 ――だってこれじゃ、現実との違いが分からなくなってしまうではないか。


「……ステータスオープン」


 一縷の望みをかけたが、やはりあの黒い画面は一瞬出てきてだけですぐ消えてしまった。――それでもほんの少しだけ安心できる。このウィンドウがあるのだからここはきっとゲームの中だ。


 であれば、やはり鍵は勇者であるリュードだろう。今はとりあえず彼がここに来るのを待つしかないか――と、椅子に腰をかけた瞬間。


「魔王様~! あの人間の男を始末するお役目、私にちょ~だい!」


 蜘蛛のような足を背中から生やしたピンク髪の小さな少女が突然喋り出し、驚きすぎて思考停止した頭は特に何を考えるまでもなく「え、あ、はい」と即座に返事をしてしまった。


「やった! じゃあ行ってくるね~!」

「――!! や、ちょっと待ってやっぱ今の無しで」


 急いで待ったをかけたのに、少女は何も聞こえていないかのように扉の方へと歩き続ける。

 マズい、と思って急いで立ち上がり手を伸ばした。だってあの子は四天王で最初に勇者に倒される子だ――弱点である背中を何度も刺されて。その痛みを想像して恐ろしくなる。そんな風に殺されると分かっている場所にわざわざ向かわせるのは――と、そこまで考えて、はた、と思考が止まる――NPC相手に自分は何をしてるんだろうか。


 少女の歩みは止まらない。何事もなくただ扉に向かって歩き続けていく。

 それを見て伸ばしかけた手をそっと下し、椅子に再び腰掛けた。


 勇者(リュード)であった時には感じなかったのに、今になって湧いてきた罪悪感がジクジクと心臓を突いてくる。


「――……ごめん」


 少しでも罪悪感(それ)を軽くするためだけに呟いたその言葉が何だかとても無責任に感じて――それでも俺は何をするわけでもなく只々死地に向かう少女を見送ることしかしなかった。





「では、行ってまいります。魔王様」


 真っ白な髪に真っ黒な体、犬の獣人のような見た目の彼が丁寧にお辞儀をしてくる。――彼で、四人目だ。


 心臓が気持ち悪い。彼らがどうなるか、その先の展開が分かっているのに送り出すこのやり取りも、もう四回目だ。


 一人目の少女――ティピカを送り出してからしばらく、伝令役という名の魔物が“彼女の死”を伝えにきた。手のひらサイズに収まる彼女の蜘蛛型の脚先だけが俺の元に帰ってきた。


 それは必然で絶対に変えられない運命で――どうしようもないことであると割り切ろうとしたのに、それでも彼らに触れた時の温かった感触のせいで胸に嫌なざわつきが残る。


『ティピカの奴、情っさけねぇーなァ。じゃあ魔王様、次は俺が行ってくるぜ。人間の小僧なんて叩きのめしてくるからよ』


 そう言っていた二人目の彼の時に「無理に戦わなくてもいいんじゃない?」とやんわり止めてみても全く意味はなく、しばらくして彼が死んだことを告げられた。

 彼の指だけが俺の元に帰ってきた。


 三人目の彼女の時についに罪悪感に耐えきれず、「行くなって言ってるだろ!」と無理やり肩を掴んだが、彼女の足は止まることなく扉をくぐっていった。その扉から先には俺は何故か出られない。

 ――やっぱり、彼女の死もそう時間を置かずに告げられた。彼女の爪だけが俺の元に帰ってきた。


 そうして最後の四人目。


「なぁ、クルメル。本当に戦うのか?」

「では、行ってまいります。魔王様」

「俺が先に勇者のところに行けば良くない? 順番守れなんてそんなルール古いよ」

「では、行ってまいります。魔王様」

「……行くな。頼む、行かないでくれ」

「では、行ってまいります。魔王様」


 ずっと同じ言葉しか返さない彼。分かっている、彼もNPCだ。この問答はやるだけ無駄だ。それでも何度か会話のキャッチボールを試みて――投げた球は何一つ彼のもとへ届かなかった。


「――………わかった。気を付けて」

「貴方に最高の勝利を捧げましょう」


 フッと嬉しそうに笑った彼が扉の奥に消えていく。物語が滞りなく進みだした。そのルートを選んだのは紛れもなく俺だ。――なんて、酷い選択をさせるのだろう。


「……ッ、ステータスオープンッ!!!」


 怒鳴りつけるように叫べば、ブォンと黒い画面が出て、また消える。

 ――大丈夫だ。ここはゲームの中だ……ゲームの中に決まってる。物語が終われば彼らは()()()()()。だから、大丈夫だ。



 そうしてクルメルの死が告げられた。――彼は、何も帰ってこなかった。



 覚悟はしてたのにそれでもショックを引きずったまま、ついに勇者リュードが目の前に現れる。


「『魔王、アリーシャは返してもらうぞ』」


 ――ついさっきまで、その台詞を言っていたのは俺なのに。


 戦う気力なんて全然湧かなくて、王女を閉じ込めてある部屋の鍵を勇者の前に放り投げる。

 追い詰められて戦う前に報酬を差し出す魔王など滑稽以外の何ものでもないだろう。そう自嘲しながら勇者をぼんやり眺めていれば、やはり彼も()()()()()()()()()()()()お決まりの次の台詞を吐き出した。


(……あほらしい、やっぱりこれはゲームじゃないか)


 呆れ半分、安堵が半分。でも、まだ不安が残っている。――勇者が最後に覚醒して放つ技を受けたら俺はどうなるのか。

 魔王が倒されたらハッピーエンド。物語が終了してバグが正常に戻るなら俺とて文句は全くない。……それでも、下手に感覚機能が働いている今、アレを素直に体に受けようと思える勇気は微塵もない。


(なら、やることは一つだろ)


 魔王に対して己の正義を熱心に語ってくる勇者には悪いが、ここぞのチャンスとばかりにそれらを無視してスタスタと彼に近づく。

 彼はその言葉を言い終わるまでは絶対に動かない、さらに言うならその場の誰も動けない。――そう、本来なら魔王でさえも。


「じゃあな、勇者。物語を終わらせてくれ(ゲーム終了だ)


 勇者が持つ聖剣の剣先に自ら腹を突き立てる。

 腹が焼けたように熱い。どう考えても正気の沙汰ではない。それでも。


(全身焼かれて溶けて消えるより百倍マシだっつーの)


 大きな恐怖心で小さな恐怖心を上書きしてさらに腹の奥へと思い切り突き立てた。

 痛いと熱いが混ざりあって、もうどっちでもよくなってきたところで腰に下げた袋に――彼らの形見が入ったそれにそっと触れる。

 ほんの僅かしか接していないが彼らは確かに仲間であった。無能な上司(魔王)ですまなかったという自己満足の謝罪が彼らに伝わることは決してないけれど。それでも(魔王)のために頑張ってくれたのだから最期は共に逝くのが筋というものだろう。


「――……」


 生温かい血の感触に辟易してたところで、ふと勇者の口上が先ほどから止まってたことにようやく気づく。勇者の目は大きく見開かれハッキリと()を見ていた。急に焦点がこちらに合ったことに俺が一番驚いている。――お前、決められた行動以外も出来るのか。


「……何、だよ。じゃあ…最初から――」


 ちゃんと話し合えば良かった。


 声にならずに消えていった言葉を最後に、全身の力がぐったり抜けて床に落ちた感覚がする。

 無理やり仰向けになって最後に見たのは『congratulation!』というクソほどありきたりな文字で。


(あぁ、よかった)


 これでこの世界は終わって()()はまた始まるのだ――と、ようやく心の底から安堵したのに。


【システムエラーが検知されました。世界(ワールド)をリセットします】


 無機質な声が聞こえてきて俺の世界は暗転した。




「フザけんなよッ! クソが!!!!」


 意識が急に浮上して慌てて目を開ければ――荒れ果てた庭であったことにどれだけ絶望したか。というより一周回って腹が立ってきた。

 あんだけ死ぬ思いして(というか多分普通に死んで)何でバグの世界を二週目することになるんだよ、開発陣クソか!? と大人にあるまじき暴言を吐きそうになる。が、『バグって分かってて進んだお前が悪いんだろ!!』というド正論の幻聴が聞こえてきたところで、少し冷静にならなければと目をつむり地面に大の字に寝転んだ。


 ――とりあえず、己が死んでも消滅せずにリスタートすると分かっただけ幾分かマシか。だが…。


「……システムエラーって多分勇者の覚醒イベントすっ飛ばしたからだよなぁ」


 フラグを叩きおってゴールしたが故の弊害でこうなったのであれば、やはり覚醒後の技を己の身で受けなければならないのか。……剣での刺突死ですらもう二度と経験したくないのに。普通に嫌すぎるだろ、まじで。


(ってかどうせバグならそもそも大人しく負ける必要もないのでは。むしろ逆に勇者を――)


 と、そこまで考えて首を振った。それは考えないようにしよう。きっとそれをしてしまったら人としての何かを失う気がする。まずは正規ルートで攻略してもらおう、うん――。それに。


(あいつ、最後は意思があったよな…?)


 死に間際のうろ覚えだが、それでも勇者と目が合った気がするのだ。何より、口上を途中で止めたということはもしかしたら勇者は魔王()の代わりにNPCになったのではなく、何かの拍子で別のプレイヤーがいる別の世界線に乱入した可能性も出てきた。

 そうであるならその勇者に伝言して開発陣に伝えてもらえばいいのだから前途は明るい。――きっと、ゲームの世界(ここ)から抜け出せる方法はいくらでもあるはずだ。


(あ、ってかヤバ。ここゾンビゾーンじゃん)


 慌てて起き上がり立ち上がる。あんな恐怖体験は一回で充分だ。

今回は腕を掴まれることもなく、というか一回も姿を見ることなく玉座まで快適に足を運べた。気分的には幸先の良いスタートである。


「さー、がんばって攻略されるぞー おー」


 そうやって空元気でも自分を鼓舞して玉座の椅子へと座る。このゲームで魔王を体感できるなんてレア中のレアなバグなのだから帰ったらレビューでも書いてやろう、なんて余裕を装って。


 ――けれどそんな風に“イイ子ちゃん”で居られたのは死んだ回数が三桁になる直前までであった。


 結局、勇者に人格はなかったのである。彼もNPCの一人でしかなかったのだ。二回目はほんとに、呆気ないほどあっさり殺されてゲーム終了(ハッピーエンド)だった。それでも俺は帰れなかった。


 そうして繰り返される死。

 腕の肉が裂ける、足の肉が焦げていく、背中が抉られて、腹が、心臓が――。


 99回――同じようなことを経験していれば、顔色一つ動かないほど嫌でもその状況に慣れる。痛みはもう無い。正規ルートで死んだ二回目でさすがに学んだ。このまま殺され続ければ俺自身が狂うのは必至だと。

 バグルートではポテンシャルが高い魔王だ。素質はあると思って勇者であった時の記憶と体験を頼りに魔法での精神干渉遮断を応用して何とか痛覚遮断という技を身につけた。人間、死に物狂いでやれば何とかなるものである。しかし。


(――何で、ループが終わらないんだ)


 終わりの見えない繰り返しの作業はさすがに気合でどうにか出来るものではなかった。確実に訪れる死、また始まる死ぬためだけに生きる人生――心が擦り切れてもう限界だったのだ。


「……ごめん、リュード。一回だけ俺のために死んでくれ。俺を、解放してくれ」


 ついに100回目の戦いで我慢の限界が振り切れた俺は最初に俺が死んだ方法で――よりにもよって聖剣という勇者のための剣を奪い取り勇者の腹を一突きした。

 魔王の(この)体でちゃんとした戦闘をしたのは初めてだ。いつも何も為さずにただ殺されていただけだから。

 勇者の時のフルオート戦闘とは違って、なりふり構わず乱雑に振り回したその下手くそな剣さばきは、リュードが普通の人間であればおそらくものすごく痛みを伴うものだったろうと思う。彼がNPCであったことが唯一の救いだ。


 ――そう、NPC。そのはずだったんだ。


「早く、解放されるといいな」


 剣で刺された彼は小さく笑ってその場に倒れた。彼の仲間はすでに倒して強制ワープした(消えた)のに。()()()()()()()()


「な…んで、え? だって、NPCは――」


 血が止まらない。いつもなら――俺が死んだ時であればとうに頭に響いてるはずのシステムエラーの声が聞こえない。

 もしかしてまだ彼は生きているのだろうか。なら、彼が死んだとしてそれは本当にN()P()C()()()()()()なんだろうか。


 心臓がバクバクと嫌な音を立てる。強制終了はまだなのか。こいつはNPCなのか俺と同じようなプレイヤーなのか。何で――そんな穏やかな笑顔で俺を見たのか。


 様々な疑問が浮かんで訳がわからなくて。でも、このまま放置してはダメだという危機感で聖剣を握り――迷わず自分の心臓近くに突き刺した。


【システムエラーが検知されました。世界(ワールド)をリセットします】


 途端に頭に響いてきたその声にまさか安堵する日が来ようとは。


 もったいない、せっかく新しいルートを選んだのに――そう思う部分も確かにあったけれど。その世界以降、リュードを殺そうとしてもどうしても躊躇してしまうようになったのだ。




 死んだ回数が100を過ぎ200を過ぎ300を過ぎ400を過ぎ、キリのいい数字だからとそれぞれ期待したところでそれらは全て外れ。数を数えるのが無駄なことに思えても起きたらまず手の甲に数字を刻むことが日課となった。――それすら忘れてしまったら、本当に帰れなくなってしまうような気がして。


 リュードはあれ以来、俺に対して変わった反応は何も示さない。やはりNPCだったのかと思いはすれど、あの日笑った彼を思い出してしまってどの世界線でもイマイチ割り切ることが出来なかった。


「…ステータスオープン」


 時折そうやってステータス画面を呼び出しては、やはり正常に機能しないそれに落胆し、荒れ果てた庭より外に出ようとして見えない壁に阻まれ落胆し、玉座に座ってから始まる物語で彼らを逃がせず落胆し。


 死んで500を過ぎた辺りからはもう期待をして行動するということをしなくなった。


 それでも無為に過ごすのはさすがにもったいない気がして。

 勇者戦では使わないのに魔法の研鑽を積み、荒れ果てた庭の手入れを行って自分のためだけに魔法で花を咲かせた。当たり前だが勇者時代に花を咲かせる魔法なんてものは備わってない。けれども暇な人間が膨大な時間をつぎこめば案外何とかなるものだなということが分かった。


 そうしていつしか、『早くここから脱出せねば』という気持ちすら薄くなってしまったのだ。それどころか、『せめて誰か()と会話できる相手が隣にいてくれたらいいのに』などというトチ狂った考えに陥り始めたのである。


 死亡回数647回、648目の世界の始まり。唐突に閃いた――あのゾンビを捕まえてみよう、と。


 俺の周りにいるのは四天王の彼ら、彼らの死亡を伝えてくる魔物、そしてゾンビの手の持ち主の計6人(?)だ。ゾンビとはまだ一言も話したことはない。だから彼、はたまた彼女の姿がどんなものなのか単純に興味を持っただけであった。

 600回以上も共に過ごしてきたのだからさすがに全員に情が湧いている。もう見た目云々が怖いなど些末なことでしかない。


(えーっと、最近あいつを見たのはどの辺りだっけか…)


 ゾンビの手はランダム出現だ。腕を掴まれたのは最初の一回のみ。後は出現しなかったり、出現しても俺がいる位置よりかなり遠いところだったり。


 しばらく考えこんでようやくそいつを見た直近の記憶を思い出した。――花壇の傍だ。


今回の世界(今日)は何色にしようか」


 花壇のところまで来てせっかくなのだから最近の日課である手入れをしていくことにした。前回は真っ青なバラ一面という現実の世界では不可能なことをやり遂げてみせたのだ。あれの達成感はすごかった。けれどあんなに綺麗なのに俺以外に誰も見てくれるやつがいないとは…何とももったいないことである。


「景観的には黒か…でもありきたりだよなぁ……いっそ――」


 土魔法で土壌を良くして、勇者時代に培った創造魔法を真似た似非魔法で白いバラを一面に植え、最後に水魔法でシャワー状に水まきをすれば、王宮にも劣らぬバラ園の完成である。太陽光でもあれば朝露きらめくいい感じの仕上がりになるのだろうが、生憎とここは万年曇りの魔王城なので致し方なし。


 自分で出来る限りの手入れをした庭園で、我ながらいい仕事をしたものだと感慨にふけっていれば――黒くて丸い物がバラ園の中に飛び込んでいくのを見つけた。


「――生き物!?」


 興奮して思わず上げてしまった大声に反応してその丸い物は咄嗟に逃げ出した。――()の声に、反応したのだ。


 俺は一も二もなくその生き物を捕まえようと全力で瞬間移動した。648回の生の中でその時が一番本気だったかもしれない。


「ぷきゅっ!?」


 あまりに必死で力加減を間違えてしまい、餅のような柔らかいそれを危うく潰してしまうところであった。慌てて地面にそっと下せばその生き物(?)はプルプルと地面で震えている。


 手のひらより少し大きいぐらいのボールみたいなまん丸の体に手足はない。ウサギの耳のようでいて両耳とも先が五つに分かれており、赤い目と小さな口とふさふさの小さな丸い尾だけがくっついている謎の生物。


(何か既視感が――あぁ、あれだ)


 初代電脳モンスターの薄ピンクの丸いやつ。オレンジ色の恐竜に進化する前の。あれに似ているのだ。


 ぷきゅぷきゅと鳴くだけで言葉は話せそうにないが、それでも()に反応を示す貴重な生き物である。


「ごめんな、わざとじゃないんだ。その、久しぶりに俺見て動くやつに会ってテンション上がりすぎちゃったというか普段はもう少し理性あるというかえーっとつまりその何というか――とりあえず俺のお友達になってくださいッ!!!!」


 人間としてのプライドなんて即座にゴミ箱に放り込み全力で小さな丸い生物に懇願した。

 成人男性に土下座されてそんなことを頼まれようもんならドン引き以外の何ものでもないだろうが、幸い相手は人外である。そんな倫理観などクソくらえだ。俺は俺のことを認識してくれる話し相手が是が非でも欲しい。


「――ぷきゅ…?」


 困惑したようにその生物が鳴いたかと思えば次の瞬間、その生き物の耳がズンと大きく変化し――あの黒い腕が目の前に差し出された。


「え、アレお前だったの」


 呆然としてしばらくその腕のような耳のようなものを観察していれば、丸っこいのはしゅんと落ち込んだように「ぷきゅぅ…」と鳴き、耳をへにょりと下げこちらに背を向けて地面を移動し出す。


「ま、待ってくれ! ごめん、あの、驚いただけで――俺と、友達になってくれる…?」


 慌ててその(みみ)を今度は力を入れすぎないように掴んで、握手をするようにそっと握る。

 すると丸っこいのは「ぷきゅきゅっ!」と言ってピョンとその場で一度飛び跳ねた。――これはお友達として承諾してもらったということでいいんだろうか。


 先ほどの黒い腕から通常のふわふわの小さい耳にもどった丸っこいのに、おそるおそる人差し指を差し出せば耳が伸ばされピタリと指先に合わさった。某エイリアンと少年が心を通わせた映画の壮大なBGMが俺の中でスペクタクルに鳴り響く。


「~~! よっしゃ友達GETだぜ!」

「ぷっぷきゅぷ?」

「おぉ…鳴き声ピッタリだわ。……えーっと、名前はどうしよう――“ぷきゅまる1号”…とかでいい?」

「ぷきゅ? ぷきゅっ!」


 黒い生物もとい、ぷきゅまるはピョンっと飛び跳ねて俺の手のひらに乗った。大変ふわふわで良い毛並みである。おまけに壊滅的なネーミングセンスにも怒らない優しい子だ。数百年ぶりに癒しを得た気分と言っても過言ではない。


(……まあ、今回の世界が終われば1号(この子)とはお別れなんだが)


 次の世界(来世)でもまた友達になってもらえるように頑張ろうと、ぷきゅまるを肩に乗せて俺は庭園を後にしたのだった。




 ぷきゅまるとの生活は思った以上に充実し、死んだ回数も記録は伸び続け――ついに。


「おはよう、ぷきゅまる。今日は記念すべき1000回目の朝だぞ!」

「ぷきゅ~っ!」


 嬉しそうにすり寄ってきたぷきゅまるの頭を指で撫でて恒例のように肩に乗せる。言葉の意味が多少は分かるのか俺のテンションが高い時と低い時でぷきゅまるのテンションも変わるのだ。だからなるべく、ぷきゅまるの前では元気な俺でいたい。


 世界が変わればその世界で生きるぷきゅまるとはお別れなのだと思っていたのだが、ぷきゅまるは俺と同じく時間を重ねられる生き物らしいということが分かった。

 ただし、俺と違うのは()()()()()()次の世界に持ち越されるということ。怪我をしたところは世界リセットで消えたりはしないので、俺は必要ないと思っていた回復魔法の習得を試み中である。


「“ご飯”にしようか。 今回の世界(今日)は何の気分?」


 バラ、あじさい、ひまわり、チューリップ、他、たくさんの花を順繰りに並べれば、ぷきゅまるは白いバラの花びらに齧り付いた。


 俺たちに『空腹』という概念はない。勇者の敵である魔王にそんな機能はいらないし、魔物であるぷきゅまるもそんな機能は付けられてない。そもそも食べ物なんて呼べるものは魔王城(ここ)には存在しないのだから。


 それでも昔ぷきゅまるが食事の真似ごとみたいなものをし始めてから、自然とご飯の時間を設けるようになった。――今はここでこんな風に疑似家族ごっこをするのも悪くないかとまで思える。


「今日はどうしよっかなぁ…」


 800を過ぎた辺りから終わりの見えないこのゲームのループに俺はもう脱出することをほとんど諦めていた。

 そこからはもう深く考えていない。時々ちゃんとした魔王風の性格を装って魔王らしく散ってみたり、勇者にどこまで自分の技が通じるか挑戦者気分で試してみたり、気分がノらない時はさっさと死んでみたり。


 ――それでも、あの玉座には座り続けた。どうせなら物語を始めなければいいのにと心の中で嘲笑う己を何とか退けて。……でもそれも、今の世界(今日)で最後だ。


 試せることは全部試した。勇者が俺を認識するトリガーに規則性はないし100回目以降で俺を認識したことは一度もない。……なら、もう、いいじゃないか。


 1000回死んでも帰れないなら、諦める以外にどうしろって言うんだ。


「……ぷきゅ?」

「んー? どうしたー? 他のも食べちゃいな」


 ――いけない、いけない。ぷきゅまるの前では心穏やかでいなければ。

 見上げてきたぷきゅまるの、傷が付いてない方の耳を一撫ですれば、再びもきゅもきゅと花を食べだす。


 四天王の彼らを何百回と死地に送り出すのも、勇者と戦って作業のように死んでいくのも、世界を滅ぼす(リセットさせる)のも疲れてしまった。それなら、ぷきゅまると永遠に動かない物語でゆっくり暮らして行く方が何倍も心穏やかに過ごせるだろう。しばらくは回復魔法を習得するための時間も作りたいし。


「明日は新しい生活記念にたくさんの花を飾ろうな。食べ放題ってやつだぞ」

「――……ぷきゅ」


 そうしていつも通りぷきゅまるに見送られて玉座に座り、いつも通り四天王(彼ら)を死地に送って、いつもどおり死んで――いつも通りのハッピーエンドで1001回目の朝を迎えるはずだった……のに。





「――ぷきゅまる?」



 ぷきゅまるが、いない。



 いつもは起きたらすぐ隣にいたのに。

 もしかしたらと思い花壇に寄っても、ピョンピョンと跳ねるあの姿は見えなかった。――長らく感じていなかった嫌な汗が流れる。


「ぷきゅまるー! 出ておいでー!」


 探しても探してもどこにもいなくて。急に一人ぼっちで穴の底に突き落とされた気分になる。


(いったいどこに……って)


 いた、見つけた。でもそこは――。


「ぷきゅまる!! 危ないからこっちにおいで!」

「……ぷきゅぅ……ぷきゅ、きゅ!」


 悲しんだような声の後に怒ってる声を出し、ぷきゅまるは塀の向こう側へ――()()()へと飛び降りた。


「ぷきゅまる!?」


 そう呼んだところで返事はない。こんな避けられるなんて初めてだ。喧嘩なんてしたことなかったのに、何で――。


 玉座に座らなければ魔王討伐の物語は永遠に始まらない、だから物語が始まらなければ主要キャラ()がいるこの庭はある意味一番安全なのだ。でもこの庭の外はゲーム(物語)の裏側だ。そんなところ誰も設定なんて決めちゃいない。キャラクターとして存在できるかも分からないのに。


 世界をリセットしてぷきゅまるが帰ってくるならそれでいい。けれど万が一俺のように()()()()に取り残されでもしたら――。


(……っ、絶対見つける!!)


 ここ数百の世界線で忘れかけてた何かを必死に願う気持ちを思い出して、色とりどりの花束を握りしめ一目散に玉座へ向けて足を踏み出す。


 玉座の椅子に座れば物語が動き出し――いつもと違うのは俺自身であった。


 ――ドカン、と派手な音を立てた扉を睨み付ける。自身の最高火力を以てしてもやはりその扉に俺は傷をつけられ(ゲームのルールは破れ)ない。

 それでも、ぷきゅまるのことについて考えるとジッとしてはいられなかった。


 俺がここに居れ(物語が動け)ば、庭の外はゲームの裏側ではなく表舞台の一つとなる。()()()()()()()()はきちんと固定されるはずだ。


 しかし、ぷきゅまるは()()なのだ。もし、勇者の方が先に見つけてしまったら――。


「――ッ、こんなところでチンタラしてる暇ねぇんだよ!! とっとと壊れやがれ!!!」


 ありったけの力を使った。今まで1000回以上の世界線で培ってきたもの全てを。

出し惜しみなんて一切せず全力で――それでも。


 世界の理を曲げること(扉を壊すこと)は出来なかった。


「……ンでだよ。何で――ッ!!」


 血管が沸騰して切れそうになる頭を抱え、フラつく体を支えきれず地面に座り込み、それでも諦めるものかと立ち上がった、その時。


「わぁ~…魔王様って怒ると超怖いんだね。私たちこれからはいい子にならないとね~グストリード!」


 ――ティピカが、()()()()喋った。


「ハッ! 何言ってやがるティピカ。魔王様が怒り心頭たぁ、めでてーことだろ」

「めでたいのはアンタの頭よこの脳筋野郎。――魔王様、御身を傷つけぬよう。敵なら我らが殲滅しますゆえ」

「えぇ、ミフルースの言う通りです。魔王様のお手を煩わせるなど言語道断。――さぁ、魔王様。このクルメルに何なりとご用命ください」


 ――皆が、()を見てる。


「な、んで…」

「何でも何も、貴方の配下なのですから当然でしょう。――それで、私たちはあの扉を破壊すればよろしいのですか?」


 クルメルに差し出された手をおずおずと掴み、そのまま引っぱり上げられて呆然としたままに彼を見上げ、首を縦に振った。――()の願いを聞いてくれるのか。


「もちろん、お安い御用です」


 彼は――彼らは笑って俺の願いを聞き入れてくれる。

 あんなに頑丈だった扉は彼らの魔法の前に跡形も無く消え去った。ありえない展開の連続に都合のいい夢でも見てる気分だ。


 部屋にはものすごい砂埃が舞い上がったがそれは次第に晴れていき――


「――! ぷきゅまる!!」


 扉の前にいる真っ黒なまん丸の存在を真っ先に見つけて破顔し――次いで、その後ろにいる勇者一行の姿が見えて絶望した。


「ぷきゅまる! 早く部屋の中に入れ!!」


 まだ四天王を倒していない勇者たちが何故かここにいる。でもそんなのはどうでもよくて。ただ、ぷきゅまるだけに呼びかけたのに。


「ぷきゅッ」


 ぷきゅまるは一度もこちらを振り向かず、真っ直ぐ勇者へ()()をしかけていく。


「――リュード!! 待て!! 頼む、斬らないでくれッッッ!!!!」


 叫ぶのと同時に瞬間移動して彼らの間に割り込もうと必死に手を伸ばし――俺は()()()()()に阻まれた。


「――……あ」


 ――目の前で呆気なく真っ二つにされ地面へと落ちていくぷきゅまる。ピクリとも動かなくなった、俺の、友達。


「――――ア゛ァァァアアアア゛!!!!!」


 喉が裂けるぐらい絶叫したのに怒りも悲しみも全然収まらず、増すばかりで。

 視界が真っ赤に染まったままリュードの名を吠えるように吐き捨て、()()()()()()()()()そいつの顔を思い切り殴りつけた。


 痛む右手に少しだけ正気に戻って、よろよろと鉛のような足を動かし、ぷきゅまるの亡骸の前で膝をつく。


「なん…で……今日からずっと一緒に暮らそうって、俺、言ったじゃん…っ!」


 血が滲む体を手で掬えばもう既に冷たくて。この世界にきて初めて涙が止めどなく零れ落ちた。ポタリ、ポタリ、と落ちる涙を拭う気力すら湧かず、ただぷきゅまるの体の上に落ちていく雫をぼんやりと眺め、ギュッと胸に掻き抱く。


 ――もう、次の世界になってもぷきゅまるはいないのだ。


「――………おやすみ」


 ぷきゅまるの体をそっと地面に置き、花を添える。――記念になるはずだった今日のための花束と、ぷきゅまると最初に出会った時の白いバラを。


 そのままふらりと立ち上がり、のろのろと勇者のもとへ足を踏み出した。

 勇者の仲間たちは警戒したように武器を構える。それを無視して無言で勇者の襟元を掴めば、いよいよ大柄の男が力づくで割り込んでこようとして――でも、それを制したのは勇者本人であった。


「……なぁ、俺が何かしたかよ。何でこんな仕打ちを受けなきゃいけねぇんだよ」


 本当はもう一発殴るつもりだったのに。こいつがやったのは只の正当防衛でしかないことだとも分かってるせいで――誰に対して怒ればいいか分からず気力はすっかり抜け落ち、ただ淡々と目の前の勇者に言葉を吐露するだけになってしまった。


「何を呆けたことを! 姫様を攫ったのも我が国を混乱に陥れたのも全部貴方が始めたことでしょう!」


 ――ちがう。


「自分が狼藉を働いたことを棚に上げ、こちらのみを非難するとは何とフザけた男だ!」


 ――()は、やってない。


「貴方の噂は元々悪辣なものが多かったですが罪の意識の欠片もないとは……何と嘆かわしい」


 ――それは、


「彼ではない」

「俺じゃない――ッ!! ……って、は…?」


 勇者のその一言に、場が水を打ったように静まり返った。

 俺でさえビックリしすぎて思わず勇者の襟元を離してしまう。


「ゆ、勇者様、いったい何を。洗脳魔法でもかけられてるのですか!?」

「俺に精神干渉系の魔法は効かないってことは君がよく知ってるはずだが? ――と、言っても()()にはあまり説得力はないか」


 “お前”が俺に向けられた言葉であることを理解はした。それでも勇者の言いたいことは分からず訝しんでいれば、そいつは「1回だ」とよく分からない数字を口に出す。


「お前が本気で俺を殺そうとして――いや、死んでくれと頼んできたのは1000を巡る世界でその1回だけだった。……結局お前はその1回さえも棒に振ったがな」

「――っ! お前、覚えて――!?」


 つらつらと当たり前のように“前の世界”のことについて話しだすそいつに驚愕し、同じ時間を歩んだ者がいたという事実に喜び――そして同時に爆発的な怒りが湧いた。


「――お前はいつも淡々と俺を殺しに来たくせに、()()覚えてるだと…? フザけるのも大概にしろよクソ野郎!!」


 あんなに俺の期待を打ち砕いておいて何で今さら――ッ!

 頭に血が上り馬乗りになってそいつを殴ろうとして、全く何も抵抗してこないそいつに寸でのところで拳が止まる。


「――罪滅ぼしに無抵抗で殴られますってか」

「お前にはその権利がある……むしろ1000の命の代償にしては軽すぎるだろ。俺はいつもお前が死んだ後に思い出して、また忘れるんだ。……自分で自分が、嫌になる――ッ」


 泣きそうなほど表情が歪んだ勇者を見て、力を込めた右手が腑抜けたようにダラリと落ちた。


「……やめた、あほくさ。何でお前の罪悪感を軽くするための手伝いしなきゃなんねぇんだよ。一生悩んでろバーーカ」


 小学生みたいな悪口を言い放って、最後に勇者の額に思い切りデコピンしてやる。驚いた勇者とその一行の顔が間抜けでほんの少しだけ溜飲が下がった。


 ――結局のところ俺もこいつも。互いにゲームの役に縛られて思い通りに動けなかったのだ。こいつだけを責めたところでどうなるわけでもない。


(……もう、これで思い残すこともないか)


「――なあ、勇者。ラストバトルといこうぜ」

「は? 何故戦う必要がある」

「そんなもん、俺が魔王でお前が勇者だからだろ。あー、まあ…和解の儀式的な。とりあえず互いに思い切り殴り合ってこれまでを清算しとこうぜってだけ」

「……お前が魔王ではないと自分で言ったくせに」

「細けぇこたぁいいんだよ」


 ごねる勇者の首根っこを引っ掴み無理やり玉座へと連れていく。

 四天王の彼らは終始不満そうにこちらを眺めていたが、これは手出し無用の一対一の勝負だ。


(さて、と)


「……ぷきゅまる、悪いな。お前は俺と一緒にいてくれるか」


 胸に抱いたぷきゅまるを服の中にそっとしまい込んで、勇者と対峙する。


 ――このまま(魔王)も勇者も生き続けたらどうなるのか。そんなもんエンディングにたどり着かないゲームと同様、この時間が一生続くだけだ。

 誰もがここに閉じ込められるなんて、そんなエンド俺は認めない。


 ――人格を持ち始めたNPC、物語の境界線を超えて動けるようになった魔王()、俺が死ぬ前に記憶を思い出した勇者、シナリオ外の行動を取るキャラ(俺たち)


 ここはもはやバグを超えた別の世界になりつつある。――なら。

 既に壊れかけている(エラーだらけの)世界なら、(バグ)が一つ無くなったところでちゃんとエンディングに進むのではないだろうか。


 ――この世界の住人である彼らだけの、新しい(正しい)世界が。


「おー、リュード。お前、手ぇ抜くなよ。過去1000回分の清算だからな」

「手を抜いていたのはいつもお前の方だろう。まあいい、腑に落ちないが全力のお前と戦ってみたいと今なら思える。……全力を出す機会なんて無いしな」


 何気ない彼の一言に思わず苦笑が漏れる。――まあ、お前チート主人公だもんな。


 本来の人格は堅物生真面目でちょっと天然であるらしい主人公(リュード)

彼が活躍するこの後の物語はどんなものになるんだろうか。ちょっと見てみたい気はするが、それでもここは……もうぷきゅまるのいないこの世界は俺の居場所じゃない。


「行くぞ、()()!!」

「はッ、ノリノリじゃねーかよ()()


 互いに闇と光の魔力を最大限に充填し、それぞれ焦点を合わせ、合図なしで同時に振りかぶり――


 リュードが投げた直後に、俺は自身の魔法を跡形もなく消し去った。


「――!? お前、何して」


 慌てて魔法を引き戻そうとするも、約束通り本当に全力を込めたのだろうその魔法は真っ直ぐこちらへと向かってくる。


「じゃあな、リュード! これで全部チャラにしてやるよ!」


 言いたいことは全て言い終えて、俺の視界は真っ白に染まっていく。

 ぷきゅまるをそっと抱けば、不思議なことにこの後死ぬのだと分かっていても何も怖くはない。




 光に包まれて意識が途切れるまで――システムエラーを告げるいつもの声は、何一つ聞こえなかった。








(…………トンネルを抜けるとそこは異世界だった――?)


「いやそれ漫画で1000回は見たけども……って声、若っ!!」


 上手くいけばワンチャン自室のベッドの上で目覚めないかなという打算が多少はあったのに。あんだけ物語を綺麗に締めた(つもり)なのに。


 目の前にあるのはどう考えても現代日本ではない、いやワンチャン現代日本かもしれない綺麗な森の中で。

 何か知らんが声は若返っているということは恐らく体も――とか、どこかの名探偵少年みたいな状況になってるわけで。


 ドカリと地面に座り込んで、とりあえず頭を抱えた。


 最悪、もう一周始まったのかとも思ったが体のサイズも着てる服もまるで違う。……帰ったらぷきゅまるの墓を作ろうと思ってたのに。結局離ればなれになってしまった。


 そして相変わらず土の感触も草の感触もあって嫌になる。

 これで違うループに入ったのなら今度の俺は何役なんだろうな――と、気が滅入ったところで。


 ガシッ、と背中から何かの腕に力強く巻きつかれた。――ずっと一緒にいたのだから見間違えるはずもない。


「おかえり、ぷきゅまる゛…っ!」

「ぷきゅきゅ!」


 黒くてまん丸の毛玉がピョンピョンと勢いよく飛び跳ねている。よく聞いていた元気な鳴き声に思わず泣きそうになった。

 いろいろ言いたいことはあったけれど、今ここにいてくれるならもうそれでいいやとギュっと抱きしめる。――しかしそこで、はた、と気づいた。


「え、もしかしなくてもここ――同じ世界線なの?」

「ぷきゅぅ……」


 何故か悲しげなぷきゅまるを慌てて慰めて、世界線(それ)を確かめるために「ステータスオープン」と声に出してみれば。


「うわ、出ちゃった~……でもこれ何語??」


 久方ぶりにちゃんとしたステータス画面が現れたものの、そこに書かれてある文字は日本語でもなければ英語でもない。

 羅列してある文字を順繰りに見ていって何とか読める文字が無いかと探してみるがそれほど良くない己の頭が早々に音を上げた。


 状況は分からないことだらけだが、ぷきゅまるがいるのでとりあえず精神は安定した。とりあえずは第一村人を探さねば今日は野宿になってしまう。いったんこの森から抜けるべくどの方向へ進むべきかと悩んでいたところで、突然ぷきゅまるが大きな鳴き声と共に飛び跳ね始めたかと思えば――。


「足が無いのに何でそんな早いんだお前。もう少し――って、は?」

「――……」


 ――絶句とはまさにこのことか。


 あんなに綺麗に今生の別れを決めたはずの因縁の相手に体感十分で再会した気分はもう一回死んでこようかな、である。しかも、なんか縮んでない? 君。


「は、ハジメマシテ。ボクは――」

「……挨拶は結構。俺はお前のことはよぉーく知っている。だから一回だけ殴らせてくれこの大噓つき野郎」

「大変申シ訳ゴザイマセン」


 綺麗な顔で凄まれて何だか以前より迫力が増したように見える主人公、もといリュードに俺は綺麗な土下座を決めた。……まあ、うん、あの結末に関して反省は微塵もしてないけど噓は確かに吐いてしまったので。


 ゴツン、と後頭部に軽く拳骨を落とされたものの「よし、()()()()()()()()()」と微笑む彼は紛うことなきイケメンであった。まあ主人公だもんな――と、納得したところでふと今更なことに気づく。


「時系列おかしくない??? え、まじでこれどこの世界線」

「あぁ、丸ごと記憶落として阿呆にでもなったかと思ったがそうでもないのは幸いだな」


 ――何かすごい辛辣キャラになってるんですけど。主人公ならもうちょっと爽やか路線に変更した方がよくないか。と、思いはすれど口には出さず。


 リュードの話を要約すると、ここはあの決戦の日から何と百年後で、リュードは()()()()()()の生まれ変わりとして育てられ今の年齢は十三歳らしい。

 俺の今の年齢は知らんがリュードより少し低い目線なのでそう歳は変わらないのだろう。……そもそも魔王に年齢とかいう概念があるのかも不明だが。


「何気に俺の記憶持ち越したんだな、お前……」

「あれだけお前にブチ切れられたからな。あと1000回生まれ直しても覚えててやるぞ」

「いや、それは普通に遠慮するわ」


 ってか、そんな些末……でもないかもしれないがそんなことより。


「今の俺って結局()

「……俺が聞きたい。()()は既に魔王城に君臨してるんだが?」

「――は?」


 じゃあ、俺は本当に何なんだ。役職なし(モブ)か? できれば帰るために何かトリガーがある役が――と、そこまで考えた自分に呆れて思わず笑ってしまった。意外と己の執念も中々のものだったらしい。まあ、でも。


 ――魔物でも、人間でも。何かを殺して、何かに殺されるこの弱肉強食の世界に、俺は一生馴染むことはないのだろう。だからやっぱり、弱い人間()は弱い人間が生きていける世界に戻りたいのだ。


「何を一人で笑っているんだ、気味が悪い」

「お前ねー、そうツンケンしてばっかだと友達できないぞー。なぁ、ぷきゅまるー?」

「……ふん、余計なお世話だ」


 不貞腐れたリュードは放っておいて。突然話を振られたぷきゅまるは居眠りしてるので寝言で「ぷー」という返事のみだ。うん、この世界(今日)もぷきゅまるは可愛い。と、和んだところでふと思った。


この世界(今日)が終わるのはいつなんだろうな?」

「……は?」

「いや、前は勇者に殺されたら()()()()が終わったから。今回は何を基準に終わらせればいいんだろうと思って」

「――……」


 何故か絶句したように固まるリュードが、俺の腕を掴んで無理やり立ち上がらせると何も言わずに歩き出してしまった。

 慌ててぷきゅまるを抱え直し、何とかついていくが彼は一向に止まる気配はない。


「お、おい……リュード?」

「……お前の世界がもう終わることはない。お前は普通に生きればいい。お前の身分を――“勇者の弟”にする」

「はぁ!??」


 ――そんな犬猫じゃあるまいし。ある日息子が人間拾ってきて弟にしたいなんて言い出したらまずもって頭の心配されるわ!! と、いろいろ叫んではみたのだが。


「……ウチの両親なら大丈夫だろ。お前は“素質がいい”からな」

「えぇ……お前の親も中々すごい性格してるね…」


 リュードの意思は頑なに折れることはなかった。そんなところで主人公力(面倒見の良さ)を発揮しなくても良くない?


「あ、そうだ」

「何だ、まだ文句があるのか。大体、今はそんな姿でどうやって今後の衣食住を――」

「あぁいやそれは分かったから――。じゃなくて、俺の名前!」

「名前…?」


 怪訝そうな表情を見せるリュードの足がようやく止まったことで、ずり落ちかけてたぷきゅまるを再度抱え直し、リュードに右手を差し出した。


「ユウキ。それが魔王じゃない俺の名前!」

「――! ……あぁ、いい名だな。――リュード・フォングライン。それが今の俺の名前だ」


 この世界で初めて名乗り合って、握手を交わす。

 ――ちょっとだけ、この世界の住人に近づけたような気がしてくすぐったい気持ちになった。


「まあ、お前もすぐに“フォングライン”になるんだがな」

「……それ冗談じゃなくて本当に本気なのか」

「覚えておけ、俺は質の悪い冗談は嫌いなタイプだ。例えば最後の戦いで互いに全力でとか言いながら勝手に身を引く奴とか、な?」


 ――あぁ、これはすごい根に持ってらっしゃる…。


 ……しかたない、しばらくは彼の言いなりになってやろう。さすがに彼の両親も見ず知らずの子供をすぐに引き取ったりはしないだろう。頃合いを見てこの森にでも根城を築けばいい。

 何と言ってもこの体は万能な魔王様なのだ。空腹もなけりゃ、最悪寝なくても何とかなる――なんせ、人間ではないのだから。


(ま、モブなら今度はのんびり外野観戦でいいかぁ)


 と――そんな軽い気持ちでリュードについていき、びっくりするほどあっさりフォングライン家の養子に迎えいれられ、予定調和のようにリュードの弟の座に収まるなどこの時の俺は知るよしもなかったし、


 リュードが度を越すほど主人公(世話焼き)体質で俺の生活改善指導役(自称)になるなどまさに夢にも思わなかったのであった。




 1000回殺され続けた魔王のその後

 ~未来転移して勇者の弟として貴族の養子に迎えられたと思ったら学園に入れられ、勇者と共に無双しながら魔王討伐を図り、かつての配下の四天王を迎えに行った結果再び魔王になるそうです~



 これは、誰も殺さない最強の魔王が誕生する前の序章の物語である。



END


やってしまった…息抜きに書いてたつもりが構想膨らみすぎて楽しくなりすぎたやつ…。ぷきゅまるのシーンは普通に自分で書いてて悲しくなった…ごめんねぷきゅまる…。

この作品もいつか続き書けたらいいなぁと思います。

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