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秋の桜子の物語集

アダムとイブに幸あれ。

作者: 秋の桜子

 希薄な何処かの世界の、終末未来。


『産声』が静寂を切り裂く。それは生身の身体が、初めて酸素を取り入れ、吐き出す、この先母胎の庇護を受けずに、独り生きるための呼吸が始まる儀式。


「ナンノ コエダ!」


 あらゆる手段を使い、延命措置を施し最早、人間の括りから逸脱をし、終末をダラダラと生きる人類を動かした。タワーボックスと呼ばれる住まいに設置してあるバルコニーに出、見渡す。希望も夢も視えぬ人々のアイレンズの先には、一筋、雲を引き落ちていく身体を丸めた『子ら』の姿。


「アアアアアアー!アレヲツカマエロ!」


 貴重な実験体になるやもしれぬ『存在』を手に入れろ!


「ドコカラオチタ!サガセ サガセ!」






 大地は僅かに顔を見せているだけと成り果てた。そこにはありとあらゆる言語で、繁栄の時代の全てが納められた、メモリアルタワーと呼ばれる、ステンレス製の真柱が墓標のように突っ立っている。その他は水、水、空の蒼を映した水。


 水の惑星に相応しい姿を取り戻している。ピチャパチャと群れをなし、小魚が渦巻き回る銀の色。


 海鳥が水面(みなも)近くに浮上した、小魚を喰おうと急降下を繰り返す。啄むキラキラと揺れて光る水面(みなおもて)


 どこまでも何処までも白い波立つ蒼い色の大海原。風がそよぐ。波が動く。光が弾ける。


 天に届かんと突っ立つ柱の上、玩具の様な空中都市の姿。青い空の中、空気が少しばかり薄い空間に建物と褪せた緑と工場で創り出される真水や食料と身体のパーツ。技術と労力の粋を尽くした終わりの世界。


 子孫繁栄を諦め、呆然と過去の遺産を食い尽くしつつ、怠惰に流されるまま残った僅かな人類が、一箇所にまとまる暮らしがそこにある。動植物、昆虫達は絶滅したのもあり、新たな進化を遂げたのもあり。それなりに繁殖し変わらぬ顔で生きている。


 ポシュン。ある日突然、ショートを起こしたように口から鼻から煙を吐くと、死を迎える人類。パーツの不具合か、記憶をメモリーに移し替えた折にどうしても起こる、ほんの少しのズレを微調整した際に生まれる、ミクロな『傷』が、年数を重ねると『致命傷』に変わるのか。


 人類存続のためという大義名分の元、枠を外れて永きに渡り生きようと足掻いてもある日突然、呆気なく終わる人々。




 風変わりな彼は更に高い場所に住まいを作り上げていた。そこで皆と同じくボッチで暮らす彼。


 実験室の様な住居空間。部屋の中央には『キャベツ』と彼が呼ぶ、澄んだ液体が満ちた球体の装置が2つ。それが部屋のスペースの殆どを占めていた。コポコポと音立つ室内。雑多に置かれている硝子の器具達。積み上げられている書籍。


「生物は海から産まれたのだよ、太古の事だ」


 ジリ貧の人類。いかにメモリーに文化、学術を残しておいても、それを解読出来る存在、言語を読み理解する頭脳を持つ種が生き残らなければ、意味がない。だから彼は教える。


 それぞれのキャベツの中には、勾玉のような胎児がふわりと浮いている。彼は早々に教える。眠る子らに。地上のありとあらゆるジャンルの物語を。歴史を。世界を。人類のこれまでを。


 ()()失敗作なのやもしれないと思いつつ。蕩けて消える日迄はと。しかしこれまでとは違い成長し続けている。もしやしたら……、微かな期待を持ちつつ語りかける。


 ――、千と万の星の数、その数だけ世界があり、歴史と物語、歌に言葉がある。


 神の奇跡など信じぬ彼だったが、この子らの為なら祈りを捧げるのも厭わない。そんな月日がぽろぽろ過ぎ行く。


「ああ。また消えてしまった」


 そして1から始まる。彼の手元には冷凍保存をされた『受精卵』があった。それももう、終わりに近いが。


 かつてまだパーツの多くが『生まれ持ったまま』だった頃。多くの男女が我が子を夢見て、何時か生命科学が発達をしたら。その時に備え、顕微授精により凍結保存をした命の源。それに携わった彼は、幾つかをこっそり持ち出した。


 生命科学などという、大赤字の分野の補助金はカットされ、いずれ研究も施設も何もかも、忘れ去られることを薄々わかっていたから。生命科学は、人工筋肉やら、人工関節、内蔵、アイレンズその他数多く。人工人体、各パーツ作りに取って代わられた。職場の解体、移動。そのドサクサに紛れ、不要物だが彼には有用、それを持って出れるだけ持って出た彼。


「終わりだ。次が溶けたらおしまい」


 丁重に始めた最後の実験。彼はひとつの遺伝子を組み込もうとしていた。それは必須、それはなくてはならない機能。


「最近、声がオカシイ、早く成功させなければ」


 そんなある日、天使が彼の夢枕に立つ。


「おお!その割合で羊水を配合すれば……」


 レンズアイを開く。その日は何時もと同じ静かな夜明けを迎えていた。窓の外が曙色にほのぼのと染まる。金にたなびく雲。所々に菫色。ポツンと明けの明星。


 人類の叡智を遺すという信念に発して、正しい事だと心を奮い立たせ生命の神秘に介入、してはならぬ罪に手を染めた彼は神の許しを請えた事に、透明な潤滑オイルを涙のように流した。


 時が過ぎた。昔々、竹から生まれた姫や、桃から産まれた勇者は、目まぐるしい速さで大きくなったという故事に習い、キャベツの中の子達も神の恩恵を受けているのか、あっという間に少年、少女となる。 


「もうソロソロ、外にデラレル。教えたコトは、ミンナ オボエタカイ?墓標のロックもダイジョウブかい?」   


 うん。

 うん。


 うなずく子ら。


「そこに行って、ヨンデ オボエテくれるカイ?」


 うん。

 うん。


「そうか、先に ツタエテくれる?そして、ソトニ、デタイカイ?」


 うん。

 うん。


 子らは大きくうなずく。計算上は大丈夫。大丈夫だ。言い聞かす彼。二人共、不安を見せず、期待の色を顔に浮かべている。双方のロックを解除したあと、機械を操作をし、じわじわと底にある蓋を開けていく。


「サヨナラ」


 髪が身体を隠せる程に伸び、素裸の子らに声をかけた。僅かな隙間から入る気泡。減りゆく満たされた液体。そこで教えられた通りに、髪を身体に巻き付け、丸く胎児のように膝を抱える2人の子。


 最後まで見送りたい。彼は思う。ポシュンと出そうになる熱を飲み込みこらえ、証拠隠滅をはかる。丁度いい、なんて素晴らしいタイミングなのだと、彼は嘲笑う。


 調べると誰も彼も時が終わりに近づいている。子らが産声を上げると、此処に新しい肉体を手に入れる方法を得ようと、きっと押し寄せて来るだろう。


 しかしその時にはデータもシステムも、彼が開発したウィルスにより喰われ残っていない。かけらでも持ち帰ろうものなら、ウィルスは取り込んだ先の全てを、喰い荒らし破壊をする。


「ナニ、ホンノスコシ、ゼツメツが、ハヤマルダケサ」


 地上は、水、水、水。空の蒼を映した大海原。それを目指し進もうとしている、真新しい命が2つ。



 魚のように。水に溶け込んだ酸素を自在に取り込む事が出来るように。


 人魚のように。地上に顔を出しても呼吸が出来るように。



 少しばかり、いや大掛かりに遺伝子を操作した彼。  


「大丈夫サ。きっとダイジョウブ」


 別れは一気に。蓋が全開になると溜められていた液体共々、キャベツの中から姿を消した子ら。きっと子らは、生きんが為に強欲になった天空に住む追手から、逃げる事は容易いだろう。と思う彼。


 地上は全て子らのフィールド。


 ……、きっと。大丈夫。きっと、子らはこの世界を残すべく、神がお許しになられた特別な存在。


 彼は身体中が燃える様だと思いつつ、全てが終わった事に安堵をし、終了をクリック。


 ポシュン。口から鼻から煙が出た気がした。末期の力を振り絞り、持って産まれた『声』を出す。



「アダムとイブに幸あれ」




 ゴトン。ピー、ピー、ピー、シュゥゥ………。


 節々、隙間のあちらこちらから焦げた様な煙を上げ、硬い音を立てて固い床に転がるカラダ。黒目のような、アイレンズがひと息に白濁。彼の長い長い時が、


 ポツリと簡単に終わった。



 〜 終。


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― 新着の感想 ―
[一言] これめっちゃ好きです! 生命科学でスペア作りが発達しすぎると、こんな未来もありそうですね……。
[一言] アーメン( ˘ω˘ )
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