黄泉路の夢
母親はたらいを玄関先の水道で
洗濯ものを洗っている
シャボンの香りが通りに漂い
蠱惑的で秘密の香りが鼻を掠める
ひそひそと妖怪を退治する話がどこかの家の中から
気象情報のラジオが何処の家の窓からも聞こえ
台風の訪れを知る
入道雲は大きく
汗は顎を滴り
私はカキ氷屋でカルピス氷を喰う
金魚の恋は何時も儚くて悲しい
祭りの笛の音が何処からかして
想い人と紅蓮の炎の中で
舞うように祭りのなかに溶けてゆく
祭りの後には鄙びた人魚の死体があちこちに
長く生きられないたましひ
彼岸花の咲く頃においで
村境のお地蔵様は囁く
真っ赤な服の金魚姫が
紅葉の下で目をつむって黄昏ている
穢れ払いの祭りの夜
お寺の古き猫のお面が笑う頃
墓場から死者が蘇って
真っ赤な衣で笛を吹いて
子供達を黄泉路へと連れて行ってしまう
そんな夢幻の彼方
線香の香りがするんです
貴方の背中は
春の宵祭りは切なの逢瀬
潮騒の音色のする部屋で
小坊主が海坊主の夢を見て
うなされる
夢のまにまに
人の想いって不思議です
どれだけ苦しめようと
在るべき場所へ還って行く
旅人が煙草を吸いながら
金魚すくいをすれば
金魚は小判に代わって
大きな襖の中から
一つ目小僧が
片腕を探して
飛び出してくるんですから
風は宿場町を通り抜け
ランドセルの小学生達が
風車を手に走り抜けてゆく
泡沫夢
人気のない座敷の上では
物の怪どもがひそひそと
人を喰らう算段をしている
片足をなくした魍魎が
お菓子を配って
子供達の頭を喰らおうと
考えている
その背後で坊主の幽霊が
六文銭を探して這い廻っている
人気のない座敷を見てはいけない
古い屋敷には魔物が棲むから
子供達は、隠せ
春の宵に
春の帳が
座敷の上に夢幻魚がぴたんぴたんと
人魚になる力を持つという
青女房が腐ったさわらの載ったお膳を持ってきた
此の世も末だ
庭の椿がぽとんぽとんと落ちてゆき
櫻は埋めた祖父の血を吸って
満開の飲めや歌えや
毒々しいですのう
あんた誰や
知らない家人がいるこの家では
人もよく消える
鬱空に霧雨
憂鬱な雨は紫陽花を濡らして
仄かに発光する有機体
燐が燃えて墓場で鬼火が燃える頃
旅人の燐寸も、煙草を彩る炎
十二支時計が、子の頃
旅人は宿から煙のように消える
或いは、梅雨の幽霊
寝台列車のどこかで、あの世に旅立ったたましひ
田畑は濡れ
カエルの大合唱は
死人の心を癒す唄
この教室は誰もゐません
花だけが外に咲いている
ねえ、幸せって
こういうこと
花束を差し出してきた顔のない少女
あの夏の駅で
白いワンピースの娘が
あの世への列車を待ち続けている
亡くなった妹に
恋人ができたことを
伝えたくて
子供達は無邪気なようで
ときに邪悪で闇の力を持つ
夢幻の住人
ねえ知っている
旧校舎に出る赤い服の幽霊の話
七不思議は全部知ると
死んでしまうんだよ
あの神社にお祈りして
逆立ちをして夕陽を見つめて
運命論も因果論も何も役に立たないことを
証明して見せろ
そんなテスト問題には
南無阿弥陀仏の文字が混ざりこんでいた
おや、君は
真っ黒が襲ってくる
夏の呼び声が座敷の暗がりで
慟哭のように叫んでいる
繰り返し繰り返し点滅する赤信号みたいに
危険な恋
少年の後ろ姿が青空に消えてゆく
想い人は遠き日の面影
日溜まりの泡に消えてゆくその背中に
花を手向けて、そっと青空に消えてゆく想いの様に
すべてはたおやかに
秘め事の恋は、線香の香り
蔵の窓から包帯だらけの娘が
綺麗な布を風にはためかせている
その布には血痕の後
ここは和の國泡沫の國
人は誰でも幸せの夢を見る
座敷の暗がりで赤い瞳の魍魎が
手招きしようとも
夏は来る
花火に祭り、人々の滾る血潮は
台所のシンクタンクの中のヒトデは
機械仕掛けの林檎の夢を見るか
夢は幻
通りを抜けると海に出る
漁民が網を持って通りを歩いてゆく
その頬に刻まれた年輪ののような皺は
古めかしい仏壇に飾られたブッダの仏像
魚の死体のこびりついた道
塗装の剥げかかった色褪せた家の壁
古ぼけた家族写真の中で
青年は小さな子供だった
海は人の生きる大変さを教えて
凡ては泡沫
呪いの唄が聞こえる
そこの櫻の木の下で
幹に耳を当てると、お念仏の声がした
線香の香り
人は静かに狂ってゆく
そして墓場で魍魎は嗤う
次はお前の番だと
山では清涼な風が吹き
海ではさざ波が人の心を癒す
皆、たおやかであれ、と穏やかな花畑で、眠る子ら
苦しみなんて、遠き夕べの彼方
思い出して子守唄を
母の面影は街角に消えゆくともしび
ゆらりめらりと揺れる灯篭に
鬼の入れ墨の入った白い珠肌
お前は波に揺られながらその聲を思い出すだろう
街影はいつも母の背中
旅先旅情は、列車の流れゆく景色の中で
酒の泡に消えてゆく
父のコートの面影も
思えば遠くに来たものです
夜のあかりのしたで櫻は魔物になる
開け放った窓の下に花びらが堕ちていた
触れると何故か人を殺めたくなった
春は魔物の季節
川べりで春祭り
離れないで、と川面に移った月も嗤ってゐる
人はこんなにもちっぽけなものだったか
大地の下に眠る人々の遺体に口づけを
いつぞやかの唄を想い出した
また暑い季節になった
木陰で休んでいると
家の影で赤い鬼火がちらちらと
裸の娘と戯れている
此の世は、いずこも昔、昔、と
泡沫の夢を見る
賽銭は、神社の格子の隙間から
綺羅綺羅と輝いている
竹藪が風で揺られて、骨のような音を鳴らしている
末香の匂いがして、祖父の遺骨の匂いを想い出した
また桜の季節に舞い戻り
人は魂の儚さを知る
移ろいゆく季節はいつまでも切なくて
人は夏の日差しのしたで人の死ぬ夢を見る
戸棚の奥で鬼が含み笑い
魍魎が墓場で愚かしい人の営みを
その赤い瞳で見つめている
繰り返すな過ちを
それでも人はやめようとしない
幽霊は嗤いながら、また人に取り憑く
青空に鴉の影
遠くのお山に還っていくんだね
雲間の太陽がお座敷の埃を金粉みたいに綺羅綺羅と
蔵の裏の暗い川を、泡がごぼりごぼりと緑色の薬みたいに
踊ろう、恐ろしい幽霊の舞いを、真っ赤なワンピースで
お天気雨が、母屋の裏の龍の鱗をはじいて夢みたいに
人魚が、僅かにこちらを振り向いた
夢の小径
切り取った空の青空
座敷の隅の、賽子の影が、赤く燃えている
賽の河原では、人々の鳴き声が聞こえる
天井裏の囁き声は、鬼の呼び声
納豆の藁の間から、駒が飛び出した
呵々と嗤うおじい様のお面が、お風呂に浮かんでいる
通りには風が吹き抜けて、どこからか赤い紐が、飛ばされてきた
ほらご覧よ
花嫁道中が街を行く
結ばれなかった恋が
蔵の中に眠ろうとしている
家守がちょろっと這い出てきて
おまえは愚か者だ
と囁き子供らのおもちゃ箱の翳に消えた
路地裏には星が堕ちて
旅の人殺しが電柱の翳に消された
古びた看板が
もうこれくらいでいいよ
と魍魎のような笑みを浮かべて