自主練~星神祭っ!!
聖夜ですっ!!
12月、星神の月に入ると各自が自己の適性を見極めた結果、他科への転向が相次いだ為、冒険者ギルド学校戦士科の受講者は42名に減少した。
男子寮のヒロシ達の部屋もヒロシとニックだけになったが、ニックが荷物や壁に貼った無許可制作の『錬成合成セクシー&プリティーポーズマチカポスター』等の移動を億劫がって引き続き2段ベッド体制は維持された。
メイン科目はいずれもさらに高等化し、魔法科や、魔法系や戦士系以外の専門職とその他の様々な補完的な職を取得する『複合科』との合同講義や演習も増え、結果的にバンビ組が『後衛型にしては実は身体能力が高かった』と受講者間で再評価される向きもあった。
必修副職は11月一杯で『地図師』と『農民』の職能修得が終わり、今月からは最後の必修副職『盗賊』の修得が始まった。
盗賊以外の必修副職の修得は今月一杯で終わり、来月から選択副職を1種以上習うことになる。
年明けからは専門が別れてゆくギルド学校のカリキュラムであったが、ここにきてそれぞれの課題も浮き彫りになってきた。
現在の実戦演習では主武器、盾持ち武器、予備武器、遠距離武器を選択する形になっていたのだが、ヒロシ、ニック、マチカは予備武器の選択がどれもしっくりこない様子であった。
またヒロシは放課後他科受講者に近接戦の稽古をつけてほしいと頼まれることが増え、自分の自主練の時間を作るのが難しくなっていた。
ニックは来月から座学の多い『魔工師』の副職を取ることにした為、予習課題が大量に出てそれをこなす為に自主練の時間を取るのが難しくなっていた。
マチカは通常講義の座学に段々ついてゆけなり、補修を度々命じられ、補修の為に復習もせねばならず、自主練の時間を取り難くなっていた。
「ちょっとスケジュール管理がパンクしてきてるな・・予備武器選択の見通しが全く立ってない」
12月9日の昼休み、ヒロシ、ニック、マチカは食堂に集まっていた。ポークビーンズ定食と焼き鮭定食とピラフ定食を頼んでいた。
全ての定食に強制的に『栄養剤』がこんもり盛られた小皿が付けられている。
「俺もだよ、ヒロシさん・・」
「私も・・」
3人とも、ゲッソリした顔をしていた。
「放課後稽古つけてと頼まれると中々断れない。他科の非戦士系職相手じゃ自分の稽古を兼ねて、って形でやるのもちょっと難しいし・・」
「ヒロシさんは誰にでもいい顔し過ぎなんだよ」
と言いつつ、苦手な種類の栄養剤を摘まんで密かにヒロシの小皿に移すニック。
「うーん」
ノーリアクションで入れられた栄養剤を素早く戻し返すヒロシ。『バレていたか・・』という悪い顔をするニック。
「断る理由を作ったら?」
自分の栄養剤をポリポリとナッツでも齧る様に食べるマチカ。
「理由・・」
「先に戦士科のイツメンで自主練のスケジュールを埋めちゃえばいいんだよ? それならヒロシさんの稽古にもなるし」
ニックも『マチカ案』に乗ってきた。
「それだったら、私も参加できる」
「勉強は?」
「ちょっとはマシになってきたし、私、バカじゃないっ。休日も勉強すればたまには参加できると思う」
「俺もその作戦でいこっかな? 休日1日休む為に平日毎日パンクさせるのは何か、頭悪い気がしてきた」
「『イツメンで埋まってるから何かごめんね』作戦か。・・小ズルい気もするけど、確かに角が立たない妙案だ」
翌日は既に他科受講者の稽古サポートで埋まっていた為、12月11日から、ヒロシはその作戦を決行することにした。
『イツメン』として集められたニック、マチカ以外のメンバーは・・・
「まぁ放課後暇だから俺らはちょうどよかったな」
「いや別に暇じゃねーよっ。お前は予習復習やらなさ過ぎっ」
オーク族のガノーンと、ホブゴブリン族のマサル。
「当然私も参加しますっ。休日はマチカさんの勉強もちゃっ! と教えますっ。ついでに部屋が空いてきたので寮のマチカさんの部屋に引っ越しますっ!」
やや挙動不審な鈴蘭種のワープラント族、チュンコ。
「引っ越しに関しては私も同居せざるを得ないわっ」
「お前ら、しまいに逮捕されるぞ? あたしも引っ越ししてやるよ。今、同じ部屋のヤツとスゲェ仲悪いしっ!」
話が『引っ越し云々』になっているがエルフのラーシエンと猟師の娘、バフィも加わった。
「まぁ俺も色々課題あるから・・」
のそっと、4椀族のフナートも加わった。
そして、うっかりマチカとガノーンが誘った為に来たのが・・
「このジァインにっ! 自主練等全く必要ないがっっ。マチカとガノーンがどうしてもと言うのなら付き合ってやらんでもないっ」
「ジァイン様に従うよ」
「ジァイン様に光あれ、にゃっ!」
鬼眼族のジァインとワーキャットの双子だった。
「・・別にどうしてもとか言ってない」
「お前、他の男子にハブられてたから呼んでみただけだぞ?」
「ぐっ・・とにかくっ! 稽古には付き合ってやろうっ。ニックも足手まといになるなよっ?!」
「あー、ハイハイっ!」
ジャインが来るとは思ってなかった為、苦虫を噛み潰したような顔をするニック。
「とにかく、まぁ毎日全員集まれるワケでもないだろうけど主に平日の放課後、それぞれの課題を1個ずつ潰してゆこう。年が明けたら同じ戦士課でも進路がバラバラになってくるみたいだから、こんな機会はもう最後かもしれないしな。皆、今月一杯よろしくっ!」
「ヒロシ、また『課長の挨拶』みたいになってるよ?」
「ヒロシさん、ホントに23歳?」
「うっ・・」
マチカとニックに軽くイジられつつ、後に『昼寝組』と呼ばれることになる12人のメンバーが集まったのだった。
ガノーンの稽古はチュンコ、ラーシエン、バフィのバンビの3人が担当することになった。
革の防具と木製の大鎌を装備したガノーンは、岩の小モンスター『モノアイロック』を1体従えていた。
これに対し、同じく革の防具と木製武器や盾を身に付けたバンビの3人は・・・
バフィは巨獣の姿をした『山の主』を従え、ラーシエンは旋風を起こす『レイピア+3』を掲げ、チュンコは植物系モンスター『リーフウォーカー』を9体従えていた。
「いやオカシイだろっ?! 何だその戦力っ?!」
ツッコまずにはいられないガノーン。
「あたしは猟師の娘だから山の主に憑かれてんだ」
「猟師の娘だからって山の主に憑かれねーよっ?」
「私は残りの生涯の寿命が『人間並み』になることと引き換えに、この風の霊剣『ディード』と契約した・・」
「急にハードだなオイっ?」
「私は『肉の種子』を植え付けることで自分より弱い植物系モンスターの身も心も記憶も支配できます」
「それ『敵のボス』の能力だからなっ!」
テンポ良くツッコむガノーン。
「ゴチャゴチャうるさいなぁっ、ガノーン。お前全講義でマサルより一段下何だから、落第ボーダーだぞ? ウチらが揉んでやんよっ?!」
19年あまりの人生で数多くの同級生達に『揉んでやんよっ』と言い続けてきたので台詞が滑らかに出てくるバフィ。
「無駄に頑丈で回復も早い貴方は、火力持て余し気味の私達に取ってちょうどいいサンドバ・・もとい、良い練習になりそうね」
自分の寿命を喰らった荒ぶる嵐の剣を手にニッコリ笑い掛けるラーシエン。
「ガノーンも『生物支配』の異能持ってるんですよね? そんな変わんないですよ?」
肉の種子で支配されている為か全身に血管? を浮かべ以上に興奮状態のリーフウォーカーに『待機』の姿勢を取らせるチュンコ。
「俺のはお前みたいな便利な力じゃねーよっ? 特別枠の審査落ちたしっ。いちいち右手で触らなきゃならねーし、知能や『格』が高いと利かねーし、支配してもあんま言うこと聞かねーしっ!」
モノアイロックは明後日の方を見て、まるで状況に感心が無い様子だった。
「スケジュール的にウチらが特訓に付き合えんの5回くらいだぞ? 一気にやんなくてどーすんだよっ?」
「プロになるかサポーターになるかはともかく、どっちにしろこのまま一生マサルにフォローしてもらう気?」
「ちゃーっ! カッコ悪ぅっ。友達じゃなくてマサルの『弟』何ですかぁ~??」
「っ!!!」
丹氣を全身から漲らせるガノーン。
「弟じゃねぇしっ!!! むしろ2歳くらい俺の方が年上だぁああーーーっ!!!!」
丹氣に呼応し、モノアイロックも戦闘体勢を取った。
「バンビのポンコツ3人何て余裕だぜっ?! 掛かって来いやぁああっ!!!」
バフィ、ラーシエン、チュンコを顔を見合せてから構えた。
「狩りの時間だよっ?!」
「嵐よっ!!」
「やれっ! 私の軍団っ!!」
森の主は『マナブレス』を放った。風の霊剣は『竜巻』を放った。リーフウォーカー達は『発火する花粉』を放った。
ちゅどーーーーーんっ!!!!
「ギャアアアアアァーーーーッ?!!!」
モノアイロックは砕け散り、ガノーンはボコボコにされた。
それでも何度か交戦する内にガノーンも善戦してゆく様になり、12月の末になる頃には、ガノーンはチュンコに対抗してモノアイロック5体くらいは従えられる様になった。戦闘に関する能力も全て引き上げられ、座学の予習復習も最低限度はやる様になり、何とか落第ボーダーラインからは脱した。
バンビ組の3人も持っていた異能を伸ばし、結果的に魔力や丹氣の総量も増やすことにも繋がった。後半の稽古ではガノーンが重火力を乗り越えて近接に挑んでくる様になった為、それに対応することで近接能力も多少は上がった。
マサルの稽古の相手はワーキャットの双子が行うことになった。三者とも革の防具を着込んでいた。マサルはこの双子と殆んどまともに口を聞いたことも無かった。
「そっちは魔法有りでいいよ。私達は異能を試したいから」
「走力以外は何気に全項目で成績上位っぽいけど、私達は『2人』なら、あんたより強いにゃっ?!」
双子の内、先に話した寒色系のジャケットを着ている方が『木杖』を持ち、後から話した暖色系のジャケットを着ている方が『木製警棒』を双手に持っていた。
「えーと・・エンゼさんと、ルパイさん。だよな? 俺は、魔法は抜きでいいや。他の近接特化タイプのヤツらが最近デタラメに強くなってきてるから、俺もそこは伸ばしたい。前衛型だしな!」
マサルは手持ち武器は木製の大型盾と木製の片手重量剣だった。ホブゴブリンのマサルは身長2がメートル以上ある為、遠目には大型の武装をしている様には見えない。
「いいの? 私達は私達の間だけのテレパシーと・・」
寒色ジャケットのエンゼが言いながらルパイを見ると、2人の位置が一瞬でパッと入れ替わった。
「おっ?」
「互いの位置を取り替えることができるんにゃ。『かわりばんこ』と私達は呼んでる。結構強いよ? ちゃんと粘ってくれる? 私達、きっちり鍛えてジャイン様の役に立ちたいんだけどにゃあ?」
挑発的な構えを取る暖色ジャケットのルパイ。エンゼは特に構えを崩すことはしなかった。
「・・なるほど、2個イチの力か。確かに手強そうだぜ。ただな、2人とも」
マサルにニッと笑って木製重量武器を構え直した。見た目に反し、丹氣を繊細にコントロールして武器に薄く纏わせる。
「俺は、今の時点でもジャインを5秒でノせるぜ?」
「・・言ったねっ!」
「ジャイン様がそんな強くないのは敢えて言わないでおくのがマナーにゃっ!」
双子は不規則に互いの位置を入れ換えながら突進してきた。迎え撃つマサル。
剛力で振るう重量剣を『2つの視点』で見切り、テレパシーで確認し合って掻い潜るエンゼとルパイ。
最初にエンゼが木杖でマサルの重量盾を牽制している内にルパイが側面に回り、即、入れ替わる。
「おっ?!」
出現と同時にリーチのある木杖を側面から打ち込むエンゼ。ギリギリのタイミングで盾を向けて受けるマサル。その隙にルパイが懐に飛び込み、双小剣技『ヤマアラシ』を発動させ、警棒で猛烈な連続突きをマサルの腹に打ち込んだ。
「エィヤァーッ!!」
マサルはこの連撃を『我慢』して、重量剣の腹でルパイを吹っ飛ばした。
「にゃああっ?!」
「ルパイっ」
動揺したエンゼも重量盾を使った体当たりで吹っ飛ばすマサル。
「くっそぉ~っ、真剣だったら私達の勝ちだったにゃっ」
「ルパイの言う通りっ。このバカ力っ!」
涙目で身を起こすエンゼとルパイ。
「実戦にタラレバはないぜっ?」
「なにゃっ?」
「ホントっ、生意気っ!」
「同じ手は食わねぇっ、来いよっ!」
ややムキになった両者の決闘じみた模擬戦は年の終わりまでほぼ毎日行われた。
これによりマサルは近接戦能力と丹氣術は益々向上し、総合評価ではトップクラスとなった。
エンゼとルパイも異能と近接戦能力を高め、コンビで組める演習では圧倒的な好成績を出す様になった。
フナートの稽古はニックとマチカが担当することになった。この3人も革製の防具を着込み、武器は木製だった。
フナートは4本の腕に各々中量片手剣を装備。ニックは鞘付きの軽量両手刀を装備。マチカは中量タイプの太い三節棍を装備していた。
「どっちかと言うと苦手な魔法の稽古したいんだけどなぁ」
やや気乗りしない様子のフナート。
「そこはオルダズィーテ先生の補修受けた方がいいよ」
「フナート! 私達の予備武器練習にも付き合ってよ? それにあんたは近接特化タイプ何だから、もっとダントツ強くなった方がいい。私達2人を圧倒してみたらっ?!」
「結構煽るねマチカちゃんっ?」
やや焦るニック。
「んー、わかったっ。確かに得意を伸ばすのも大事だな。オルダズィーテ先生にも補修頼んでみる。何人か合同なら入れる日がありそうだったしな・・ふんっ!!」
大柄なフナートは4本腕で武器を構え、丹氣と筋力を漲らせた。今期の戦士科受講者の中でもトップクラスの近接戦強者であった。
「うっわ・・勝てる気がしない」
「ニックっ。戦う前からヘタれてどうすんの? 私は負けないっ! もっと強くなるっ」
「マチカちゃんはグイグイいくよねぇ」
「行くぞぉっ! 2人ともっ」
フナートはニックとマチカに突進し、マチカも駆け出し、ニックもマチカの後ろに立つワケにはゆかないと慌てて飛び掛かった。
激しい稽古で、ニックは最初の頃は壊れ易い木製の軽量両手刀を簡単に折ってしまい、マチカも三節棍の鎖の繋ぎ目をすぐに壊してしまったが、模擬戦を繰り返す内、それもなくなっていった。
ニックは軽量両手刀系武器を使いこなせる様になり、ウェポンスキル『居合い抜き』『トライエッジ』を修得した。
マチカも連結棍系武器を使いこなせる様になり、ウェポンスキル『マッドトレイン』『百足斬り』を修得した。
フナートも元々強い近接戦力を高め、近接戦に関しては今期トップ3の一角に躍り出た。尚、オルダズィーテの補修も受け、取り敢えず魔法使い職の単位を落とすことは免れていた。
・・ヒロシは起き上がり様に多少加減して『ミスリルブレイカー』を放ち、ジャインの異能で出現した巨大な『歪な手』を3本纏めて打ち払った。
「痛ぇええーーーっ?!」
歪な手を解除して、持っていた木製の矛を放って転げ回るジャイン。革の防具を着込んでいるが、歪な手のダメージがそのまま本体に反映されて防具では防げなていない様子だった。
同じく訓練用の革の防具を着込んだヒロシは、中量タイプの木製大剣を肩に置いた。
左腕に付けた兵装の腕輪には今日双剣の練習をするつもりだった木製片手剣が何本も入っているが、ジャインがポンコツ過ぎてそれどころではなかった。
「オイっ、ヒロシっ! 何だ今のスライディングからの技?!」
「別に。起き上がりにミスリルブレイカーを合わせただけだ。『起き攻めは逆に潰すように』ってボルビ先生に習ったろ?」
「くっそ~、簡単に言いやがって。・・あーっ! ダメだっ」
ジャインは演習室の砂の敷かれた地面に仰向けになって脱力した。ジャインが体裁を気にするので放課後、わざわざ部屋を借りて稽古していた。
「俺の異能、スカかもしれねぇなっ! 動き遅ぇし、ダメージ判定あるし、無駄に大きいし、そのクセ耐久性もパワーもいまいち。あんま遠くにも飛ばせねぇ。丹氣も結構喰うし・・ついてねぇっ」
ヒロシは溜め息を吐いた。ジャインは周りの目が無いとわりと愚痴が多かった。
「俺の兄や姉や弟は、持ってる異能が結構チート何だよ? 俺だけショボい。鬼眼族は全員異能持ちだからスカ引くとつれぇわっ」
「額の眼にも『千里眼』がある。俺からしたらテンコ盛りだぜ? ジャインの基本能力は全部平均以上なはずだ。その異能も使い方次第」
「・・・」
仰向けで不貞腐れたままなジャイン。
「あまり僻んだことを言うなよ? 男ぶりが下がるぜ?」
「お前らとよくつるんでるバンビ組の3人、俺に興味無いみたいだぜ?」
「そら人によって好みはあるさ」
ラーシエンはそもそも男子に興味が無いだろうし、チュンコも判然としない印象だった。
「マチカ何て、『そこら辺の男子』くらい扱いだぜ? このジャインをっ?!」
卑下と自尊心の振り幅が忙しいヤツだな、とある意味感心するヒロシ。
「マチカはそんなもんだろ?」
「あっ! ヒロシ、今、『俺はマチカを知ってる』みたいな口ぶりだったな?!」
「ちーがーうっ! というか待てっ。今、稽古中っ! 酒場でクダを巻いてるワケじゃあないぜ? 仕切り直そうっ、ジャインっ!」
「あー、わぁったよっ」
ジャインはノロノロと寝たまま矛を拾い、それを杖にして身を起こした。明らかに身が入ってない。
ヒロシは直感した。このままではジャインは落第し、そしてそれは彼の若い時代その物に傷を付けかねないと。
ヒロシは肩に置いていた木剣を切先を下に砂地に付け、両手を柄頭に重ねて置いて姿勢を正した。
「ジャイン。本気でやって失敗したら後が無い、と。ビビってるんだろう?」
「何っ?!」
睨み合いになった。
「テキトーにやっても失敗したら後は無いさ。時間切れの時が必ず来る。他のことはできるかもしれないが、このことは、今この時だけだぜ?」
「・・・」
ジャインは座ったまま、両目を閉じ、やがて額の第3の瞳も閉じた。そのまま、たっぷり8分は時間が過ぎた。ヒロシは同じ姿勢でジッと待った。
両目と、第3の瞳を開くジャイン。スッキリした顔をしていた。
ジャインは歪な手を1つ出し、練習室の端に置かれた机に置いていた自分のタオルを取ってこさせ、それを自分の額に巻き、第3の額を隠した。
立ち上がるジャイン。1つ出したままの歪な手に丹氣を集め、その上に乗った。
「鬼眼は一先ず軽い『透視』のみに絞る。歪な手は2つ分の力を1つに集めて強化する。今の俺の技量でできる最大のパフォーマンスだっ!」
「いいじゃないかっ」
ヒロシは木製大剣を兵装の腕輪に戻し、代わりに木製片手剣を2本、武器召喚して構えた。
「双剣はまだ開発中だ! 丁寧な手加減は期待できないぜっ?! ジャインっ!!」
「手加減だぁ? 本気になったこのジャインはっ! じゃない方のジャインの5倍はつえーぞっ?! ヒロシっ!!」
ジャインは強化された歪な手を加速させ、低空飛行でヒロシに突貫した。不完全な仕上がりながら矛系ウェポンスキル『酔龍』を発動させ、不規則な軌道で木製矛を打ち込むジャイン。
「オラァッ!!」
ヒロシは交差させた双剣でウェポンスキル『曲辻』で酔龍の突きを受けたが、歪な手の勢いと『透視』で筋骨の動きを見切られた為、本来続けて発動させるはずのカウンター技には繋げられそうになかった。
「よっ」
ヒロシは咄嗟にカウンター技ではなく、曲辻で勢いを殺した歪な手の上に飛び乗った。
「何だそりゃあっ?!」
石突きでヒロシを殴り落とそうとするジャイン。
ヒロシは左に持った木剣の柄頭でジャインの矛の柄を打ってそれを止め、チキュウ由来の、修得するとモテると噂のある双剣のラッシュ技『黒衣連剣』を発動させた。
「っ?!」
透視で先んじて察し、ジャインは歪な手を解除し、踏ん張りに必要な足場を無くしたが、ヒロシの連撃は空中でも止まらなかった。
「オオオオォーーーッ!!!!」
利き手で4発、逆手で3発打ち込む双剣ラッシュ。ジャインは柄に丹氣を纏わせて耐えようとしたが、着地まで持ちそうになかった。
「ラァッ!!!」
ジャインは歪な手を2つ『小さく強い』状態で出現させ、ヒロシの両腕を掴ませ連撃を止めた。
「上等っ!!」
蹴りで歪な手に集中して丹氣の薄まったジャインの矛の柄を叩き折り、そのまま腹を蹴るヒロシ。
砂地に叩き付けられる寸前に2つの小さな歪な手を解除して即、大きな歪の手を出現させ、ヒロシを殴り飛ばすジャイン。
ヒロシもまた木剣2本を取り落とし砂地に吹っ飛ばされた。
「・・・はぁはぁ」
「・・・ふぅううっ」
倒れたまま呼吸を整えようとするが、やがて2人とも笑い出した。
「ハハッ! ヒロシっ、このジャインの逆転勝ちだったなっ?!」
「ヘヘっ、苦し紛れだろ? 武器壊した分俺の勝ちだな」
「オイオイ、鼻血出してるヤツが勝った風のこと言ってるぜ?」
「そっちこそ肋イッたんじゃないか? ポーション-1ならたんまり買ってきたぜ?」
「野郎っ、ハハッ!!」
「ヘヘッ!!」
何やら照れ臭くもなった為、暫く笑って誤魔化すことにした2人だった。
そうして、12月中の稽古でヒロシは双剣術を物にし、『黒衣連剣』『曲辻』と曲辻からのカウンター技『鉈風』及び『飛び魚』を修得した。
ジャインも鬼眼の透視と歪な手を実戦レベルで自在に使いこなせるようになった。
そんな稽古と演習と座学と実習の日々のヒロシ達であったが、12月25日、『星神祭』の日は休暇であった。
アマラガルド世界の3代目の神が広めた祭日で、赤地の生地に白いファーの縁取りのある服装をしたり、トナカイ等の寒冷地の動物の着ぐるみを着て、鳥類の肉料理やケーキを食べて贈り物を渡し合う奇妙な祭が執り行われる。
誰かの誕生を祝う日だと言うが、誰が産まれた日なのかは誰も知らなかった。
ギルド側も配慮して前日は座学と簡単な実習のみの講義とし、さらに外泊を認め、翌日の講義も午後からであった。
ヒロシ達も久し振りにゆっくり休むことにした。
「え? お母さん、もういいの?」
昼に、ヒロシはスシィーという下処理した生の魚介の切り身を小さく握った酢飯の上に乗せた料理を出すやや割高な店にリュッテとタツオと来ていたのだが、リュッテは『並』のスシィーをペロッと食べ終わると早々に猫形の陶器でできた箸を置いて、濃いホットノンシュガーグリーティー『マチャ』を啜り出した。
「お母さん、今夜は『お友達』と約束があるから、お腹一杯のまま行ったらお友達が困るでしょう?」
赤地に白のファーの縁取りのショートケープを付けているリュッテ・コパ・ムーンライト。
「う~ん??」
赤地に白いファーの縁取りの三角帽子を被ったタツオは意味がわからず困惑していた。
店の男女の職人達は仕事があるのでファー等は付けられないが、付き合い程度に紅白柄のエプロンを付けたり、内装で星神祭ぽさを演出したりはしていた。
「タツオ、リュッテにも色々約束があるから、わかってやりな。ほら、サーモン食べな。ツナマヨもあるぞ?」
トナカイ角のカチューシャを付けているヒロシ。
「ヒロシ、今日はお義母さんによろしくね」
「一応、『仕事で出張』って行っておくぞ? 託児所ダメだったのか?」
ちょっと、いやかなり呆れるヒロシ。
「星神祭の夜に託児所に1人何て、タツオが可哀想でしょ?」
「まぁ、そうだが・・」
「僕、マリンさんの託児所好きだよ?」
「だーめ。今夜はお婆ちゃんに美味しいメルメル鳥焼いてもらいなさい。お婆ちゃんきっと喜ぶわ。ハナコちゃんにも遊んでもらいな」
サーモンのスシィーをまくまくと食べるタツオの頬を綺麗に塗った爪でつつくリュッテ。
「お婆ちゃんとハナコちゃんも好きー」
機嫌の好いタツオ。
「ややこしいから街で母さんやハナコと出会さない様に、気を付けてくれよ?」
「私はそんなどんくさくないわっ。お義母さんとこには明後日にハムをどっさり送っといたからっ! いいハムをっ!!」
何やら独特な面子の線引きがあるらしいリュッテ。
「まぁいいけどな。明日の朝は俺がタツオを保育園に送っておくから。というか、保育園、何日までだっけ?」
「28日よ。年末年始は私の実家にタツオ連れてくから」
「島のお婆ちゃんも好きー」
ツナマヨスシィーをまくまく食べるタツオ。
「パターヤ島か・・遠いな」
リュッテの実家はレーゲン大陸の遥か西の熱帯の島にあった。
「旅費、大丈夫か?」
「私はヒロシが思ってるより収入ありますっ」
三日月のピアスを揺らし、リュッテはムッとした顔で言うのであった。
同じく昼。ニック、ガノーン、マサル、フナートは豚骨ヌードル屋に来ていた。雑に星神祭の扮装をした男4人で、他の男性客ばかりの混み合う店内の中、一心不乱に豚骨ヌードルを啜る。
「粘度は高めだが、脂肪は軽め、ポタージュのような口当たりのスープっ!」
突然、語り出す白熊コスのニック。
「自家製麺は細麺、細いが『噛み代』があり、これで替え玉が45ゼムっ! 神だっ」
ニックに続く赤地に白ファー縁取りのベストを適当に羽織ったガノーン。スープより麺推しらしい。
「煮豚、揚げニンニク、燻製卵、仕上げとバランスが素晴らしい。評価するっ!」
ガノーンに続く。赤地にファーのポンポンの付いたマフラーを邪魔にならないように背中側に垂らしているマサル。トッピング推し。
「・・・・」
黙って豚骨ヌードルを食べているアザラシのぬいぐるみの帽子を被ったフナート。
「いやフナートっ! そこは批評リレー続けるとこでしょ?!」
「ええっ?」
「ビックリしたぜっ」
「スープ、麺、トッピングときたら総括だろ? お膳立て整えてたろっ?」
戸惑うフナート。
「じゃあ・・脂っこくて、塩分が強くて、ちょっと死臭がする感じで、まぁ・・苦手かな?」
「苦手なのかよっ?!」
「全否定きたぞっ」
「ドメスティックな批評家だなっ!」
「いや、俺、別に・・」
昼間はぶらぶらすることにした、特に予定が無かった男4人なのだった。
マチカ、チュンコ、ラーシエン、バフィはジークスエリアでも有名なマッサージ医院に来ていた。予約は入れていたが、受付ロビーには老若男女の客で一杯だった。
「予約しといて良かったね」
コートを抱え、言いながら振り返ったところをチュンコとラーシエンにカメラで撮られまくるマチカ。
マチカは2人に勧められるままにやや露出の多い赤地に白ファーの星神祭コスチュームをコートの下に着ていた。
「ちゃーっ! いいですよ~マチカさーん。やはり私とラーシエンのコスチュームチョイスは完璧でしたっ!!」
オコジョコスを着て興奮するチュンコ。
「野性味をっ! もっと野性味を魅せてっ、マチカっ!!」
露出は控え目だがマチカとお揃いの、赤地ではなく青地の星神祭コスを着ているラーシエン。
「・・・」
辟易な顔のマチカ。他の客と医院スタッフもドン引きする中、氷の精霊スネグーラチカのコスチュームを着たバフィは腕を組んでツッコむタイミングを測っていた。と、
「おふざけはその辺にしておくように」
不意によく知る声がしてマチカ達4人はギョッとした。
バフィの後ろにいつの間にか、医院の制服を着たギルド学校の丹氣術の指導官、ベナンが立っていた。
「ベナン先生っ?!」
慌てて直立不動で左手の拳を胸を当てた。『気を付け』の姿勢を取るスネグーラチカコスのバフィ。マチカ達もワチャワチャするのを止めて気を付けの姿勢を取った。
「あまり来れていないが、ここは私の医院なんだ」
「そうだったのでありますかっ?! 今日は診て頂けて光栄ですっ!」
間近にいるので『受け答え担当』にならざるを得ないバフィ。
「私は現役の女性受講者は診ないことにしている。卒業後も基本的には診ないが・・今日は弟子の腕利きを回すから軟丹氣を用いた施療の『課外講義』と思って受けるといい」
うっかり課外講義にされてしまったマチカ達。
「はいっ! ありがとうございますっ。勉強させて頂きますっ!!」
「他の客もいるのだ、祭日とはいえ、あまりはしゃぎ過ぎないように」
「浮かれポンチの同輩どもには後でキツく言って、張り手で制裁しておきますっ!」
「無駄に手を上げる必要は無い」
「はいっ! 無駄な張り手は致しませんっ。浅はかでしたっ!!」
素早く90度、頭を下げるバフィ。
「・・まぁ疲れは取ってゆくといい」
「あざーすっ!!」
ベナンは溜め息を吐いて、医院の奥へ引っ込んでいった。
顔を上げたバフィは鬼の形相で、背後にうっすら山の主の姿を顕現させた。どよめく他の客と医院スタッフ。
「あんたらぁ~っ!!!」
「私、悪くないっ。服、着ただけっ」
「思い出は大事ですよぉバフィ? 貴女も写真撮りましょうか? あらぁ~、可愛いスネグーラチカちゃんっ!」
「ベナン先生の御弟子さんなら腕はきっと確かよ? 逆に良かったじゃない? 逆にっ!」
チュンコとラーシエンはどうにかバフィを宥めた。
それから約2時間後、半袖の施療衣姿のマチカ達は薬缶の置かれた石油ストーブの置かれた職員用の休憩室にいた。すぐ騒ぐので、ベナンの指示だった。
出されたハーブティのカップを持ちながら、すっかり身も心もほぐされた様子でマチカ達はソファに座っていた。
「凄く良かった」
「温泉味ありますねぇ」
「担当の方、結構綺麗で指の長い人だったわ・・」
「あんたエロいことしか考えられない脳だね」
「失敬ねっ!」
等と言っていると、ベナンが菓子籠に小さくカットされて揚げたパン菓子『マンダジ』入れ、御絞りと一緒に持って休憩室に現れた。
マチカ達はすぐに立ち上がろうとしたが、片手で制された。
「スタッフに配った残りだ。今朝妻が作ってくれた。マンダジだ」
「ありがとうございます」
「頂きますっ」
「・・頂きます」
「あざーす」
おずおずとマンダジを摘まんでみるマチカ達。カルダモンとココナッツミルクの風味が利いている。甘さは以外と控え目で蜂蜜が少し入っているくらいだった。
「美味しい。好きな味!」
「素朴ですね。私の郷のお菓子もこんなでした」
「美味しいです」
「腹減ってたから沁みますっ」
「・・うん」
ベナンは一同の顔を見回し、最後にマチカを見た。
「?」
ベナンと個人的なことを話したことは無いマチカ。
「マチカ・ソチカ・ドチカ」
「はい」
「ギルド学校に入校する前にフガク流格闘術を習っていたそうだな」
「はい、ちゃんと習ったのは1年程です」
「当代の『フガク』は息災か?」
「当代? はい、老師は・・ちょっとお酒が多いですがお元気です。ベナン先生はお知り合い何ですか?」
「先代のフガクは私と同期だ」
「ええっ?」
フガク流が襲名制であることも知らなかったマチカ。
「フガク流を継げるくらい、君も頑張りなさい」
「・・それは無理だと思います」
「ん?」
マチカはむしろ、晴れやかな笑顔を見せた。
「私、私の最初のクエストで死んでしまうと思い増す」
「マチカさん・・」
隣に座っていたチュンコはマチカの手を取った。
「マチカよ」
ベナンはマチカの瞳の奥を見た。マチカは、この老人が自分に師か、あるいは師の師の姿を見ていると思った。
「人と関わる限り、自分の運命は自分では決め切れない物だ。良くも、悪くもな」
マチカは脳裏にチュンコ達やヒロシやニック達が浮かんで、もう既に自分の目的の為に同期生達を知らず知らずの内に勘定に入れていたことを、恥じた。
夕方になると、ヒロシの実家のダイナー兼2階が宿になった店に、マチカ達とニック達、ジャインとエンゼとルパイも現れた。さらに他にも同期生達やギルド職がたくさん来た。今夜は貸し切りだった。
「星に願いをっ!! 俺の実家によく来てくれたっ、皆っ。ゆっくりしていってくれなっ?!」
タツオを片手で抱え、店のエプロンをしたヒロシが出迎えた。
「星に願いを~っ!!」
同期生達も星神祭で定型になっている挨拶で応えた。
簡単な物ばかりだったが、大人数でワヤワヤとプレゼント交換も行われた。
「うわっ、ヒロシさん、トナカイ魔人と化しましたねっ」
「うはははっ、俺は豚魔人だぁっ!! 豚骨ヌードル喰ってきてやったっ。共喰いだぁっ」
「あっ、そう言えばオークに豚食わすのはマナー違反だった!!」
「だから俺はどうなのか、って前以て言ったんだよぉ」
ニック達はヌードル屋の後は昼間から飲み歩き、既にだいぶ酔っていた。
「ニック達ニンニク臭いっ! 男子だけで固まっといてよっ」
フラフラ寄ってきたニック達を赤地に白ファー縁取りのジャケットを羽織ったジャインの方に押し退けるマチカ。
「オイオイ、ニックな上にニンニク臭何て酷いコンボだぜっ?」
「ジャイン様に同意っ!」
「臭いにゃっ!」
「何ぃっ?! ジャインっ! お前、双子と昼間何してたぁーっ?!」
ジャインに掴み掛かろうとするニック。ガードする鯱のコスチュームのエンゼと鮭のコスチュームのルパイ。
「聞くのもヤボってもんだっ。まぁ、強いて言うなれば『星に願っていた』ってとこかな? 星神祭だけになっ! アハハハっ!!」
「プラネタリウムに行ってきた」
「星が綺麗だったにゃ」
「ホントに星に願ってたのかよ・・」
ボソッとツッコむマサル。
「何だそりゃあ~っ?! ピュアで逆に許せんっ!! もっとお前らドロドロになれっ!」
「最低っ!」
「最低にゃっ!」
双子と小競り合いになり、マサルに止められるニック。ガノーンとフナートは素早く距離を取って難を逃れた。
ジャインも騒ぎをスルッと抜けて、マチカの元へ向かっていた。
「マチカ。いつに無くセクシーなコスじゃないか? よく似合っ・・」
言葉の途中でラーシエンに霊剣ディードを喉元に突き付けられ、チュンコが伸ばした蔓でスラックスの上からキン〇マを絞り上げられるジャイン。
「私達のマチカに何か御用かしら? ジャイン?」
「星には『2個とも無事でありますように』と願った方が良いでしょうね・・」
「ごぉおおっ?!! ・・す、すいませんでした」
最近、実力を上げた、という自負を抱き始めていたが簡単に折られるジャイン。
「玉はやり過ぎだろ? ボディにしときなっ」
なぜかスケバンのボスみたいな立ち位置に収まるバフィ。
「儲かりそうだね、ヒロシ。後からサイアン先生とエル先生も来るみたいだよ? サイアン先生凄い食べるよ? あ、これ美味しい」
締められてるジャインからスッと離れていたマチカが、焼き立てのメルメル鳥のスパイシー焼きを噛りながら大柄な身体でテキパキと給仕するヒロシの元へ来た。
タツオは主に女性の受講者達がやたら構ってくるので、給仕をするヒロシの妹のハナコの後ろにくっついてガード体勢を取っていた。
「だろ? 母さん特製なんだ。元は爺さんの味だったんだけどな」
給仕の手を止めて、カウンターで、既に来ていた私服だが特にコスプレしていないボルビと、赤地に白ファー縁取りのマントを羽織った結果、なんらかのチャンピオン風になっているバルバリ相手に歓談している母を振り返るヒロシ。
「・・リュッテも好きだったな。そうか、今日はタツオをこっちにやる為にわざとかもしれないな。リュッテは母さんと仲良かったし、あいつはわかり難いことするから」
母を見ながら、バザーで一度見掛けたあの大人っぽい女性のことを考えているらしいヒロシを見上げるマチカ。何やらチクっとする物があった。
「まだ好きなんだ。あの人のこと」
立ち入ったことを言っていると思いながら言葉が勝手に口からまろびでた。
「好き、というか、戦友みたいな感じだよ。・・おっ?!」
今更マチカが思いの外、セクシーな格好をしていると気付くヒロシ。ヒロシに見られて始めて『格好が恥ずかしいかもしれない』と了解し、赤面するマチカ。
「凄い格好だぞマチカ?! チュンコ達に着せられたんだろう? しょうがないなアイツら。でも、ニックにも見せてやったらどうだ? アイツ、部屋にも錬成合成した君のポスターを・・」
軽く『ニックに見せてやったら』と言ったヒロシだったが、見る間にマチカは不機嫌になった。
「ヒロシの馬鹿っ! ゴリラっ」
マチカはそっぽを向いて肉を噛りながら、チュンコ達の方へ戻っていってしまった。
「え~っ?!」
踏んだ地雷を理解していないヒロシ。
「マチカちゃーんっ?! いつの間にっ! 何ですかその『絶対領域が渋滞したコス』はぁ~っ?!!!」
酔い過ぎてヒロシより遅れてマチカの格好をようやく認識したニックが飛び付かん勢いで迫った。
酔っていても器用でマチカへの執着の強いニックは、撃退の為、ラーシエンが霊剣で放ったつむじ風も、チュンコの蔓も、異様なまでの間接の柔らかさと反応速度で回避をしていった。
地獄の道化のような身のこなし。
「なん・・だとっ?!」
「ちゃあっ? 何て邪悪な挙動をする生き物でしょうかっ!」
「スケベ心で限界を越えやがったっ」
驚愕するラーシエンとチュンコとバフィ。
「マチカちゃあ~~~んっ!!!」
キスする勢いで接近してきたニックに対し、マチカは素早く皿にメルメル鳥を置き、流れるような滑らかな動きでニックをふんわりと上手に投げ、そのまま吸い付くように『はだか絞め』を掛けた。
「うっ・・げっ?! い、いつになく、ツッコみが厳、しい。でもっ、かつて無い、濃厚な接、触・・・あ、温かい・・ふぁああ・・・うっ」
ニックはほっこりとした笑顔で絞め落とされた。
「・・ニックも馬鹿っ」
起き上がり、メルメル鳥をドカ喰いしだすマチカ。
ヒロシが慌ててニックの介抱に入るのであった。
12月、星神の月、29日。ギルド学校は年内の講義を今日の午前中で終えていた。
ニックはジークスエリアのから一番近い港町の私塾で水魔法の稽古に入る為、マチカは師であるフガクの元へ修行の成果を見てもらう為、学校を既に後にしていたが、ヒロシは年明けまで寮に残って1人稽古をすることを決めていた。
砂の敷かれた演習室にただ1人来たヒロシ。
左腕に付けた兵装の腕輪から真剣の片手中量曲刀の『シミター』を2本武器召喚する。丹氣を込めて構える。
「せぇあっ!!」
7連撃の双剣技、黒衣連剣を放ち、すぐに双剣を交差させて受け流す技、曲辻に切り替え、そこから3連撃しながら敵の側面を取る技、鉈風を打ち、また切り替えて曲辻を打ち直し、飛び掛かって空中で双剣を開いて斬り払う技、飛び魚を放つヒロシ。
シミター2本を兵装の腕輪に戻し、代わりに『ライフル』と弾丸1発を武器召喚し、装填し、部屋隅に置かれた衝撃吸収効果の付与された岩に向かって構える。
「っ!」
丹氣を銃弾に乗せる技、『ピリオド』を放つ。弾は的の中心に命中した。
ヒロシはライフルを戻し、代わりに『リボルバー』を武器召喚した。シリンダーを振り出し、装填済みであることを確認する。
「っ!」
大岩の的の置かれた部屋の反対側に置かれた複数の小岩の的に狙いを定め、丹氣を乗せてリボルバーを全弾撃つ技、『スピッツファイア』を放つヒロシ。全弾、小岩の的の中心に命中した。
リボルバーを戻し、代わりに『汎用ショートソード』を武器召喚するヒロシ。
「フンッ!!」
大きく踏み込んで小剣技、『一角受け』を放つヒロシ。丹氣を溜めたショートソードを突き上げ、そこから5連撃を放つ技、『颪』を放った。
汎用ショートソードを戻し、凧のような中型盾『カイトシールド』を武器召喚するヒロシ。
「土よっ!」
ヒロシはまず『ガイアランス』の魔法で目の前に岩の槍を複数出現させた。
「オゥッ!!」
丹氣を込めたカイトシールドを叩き付ける様にして中型盾の技、『鉄亀』を発動して岩の槍を全て打ち壊した。
ヒロシはカイトシールドを戻し。素手で構え、丹氣を集中した。
「セッ!」
打ち払い技、『鎚受け』を放ち、空気を抉って拳で弾く動作をするヒロシ。そこから切り替えて、腰溜めに払った逆側の拳を正面に打ち出す技、『正拳突き』を放つヒロシ。
「ゼァっ!!」
空気が撃ち抜かれた。
「フゥウウウ・・・・・ッ」
呼吸を整えたヒロシは兵装の腕輪からメイン武器の中量両手刀『シャムシール』を武器召喚した。
目を閉じ、構え、目を見開いた。
「っ!!」
『狩り獅子』、ミスリルブレイカー、『ハードミラー』を続けて打ち、更に構えるヒロシ。
「オゥッ!!」
真上に跳び上がりながら斬り上げる技、『滝断ち』を放ち、中空から縦回転斬りをしながら落下する技、『フルムーン』を放ち、着地後、半回転しながら大きくシャムシールを振りかぶった。
「ゼァアッ!!」
回転の勢いのまま丹氣の刃を伸ばした斬撃で半周を斬り払う技、『リベンジャー』を放つヒロシ。砂塵舞う演習室の空気を大きく断ち切った。
ヒロシはシャムシールを腕輪に戻し、呼吸を整えながら、汗だくで、潰れた豆の痕だらけでボロボロになった両手を見下ろし、演習室の白い照明を見上げた。
柵と強化ガラスで守られた演習室の時計は午後3時を差していた。
「リュッテとタツオは今頃、飛翔船か・・・」
ヒロシは砂地に仰向けに倒れ込んでみた。見れば、いつの代の誰の物か? 折れて乾燥した歯が砂地に落ちていた。
笑ってしまうヒロシ。一息ついた。
「変わらないとな」
そう呟き、ヒロシはリュッテのことを諦めることにした。