金策ミッションっ!!
金策ですっ!!
11月、鏡王の月の末、ヒロシ達を乗せた中型飛翔船は、ノゼ山の中腹の発着場に到着しようとしていた。
ノゼ山はジークスエリアの北東にある山岳地帯の総称で、ヒロシ達が向かったのは『東山』と呼ばれる東側の山地だった。
東山には元々ドワーフやオークの郷があったが、自生していた魔物群の繁殖力を侮って200年程前に郷を放棄している。
数十年に及ぶ掃討戦の後、現在では冒険者ギルドのスエリア支部が直接管理していた。
地脈の影響でちょうどいいポイントに転送門を設置できない為、ショートカットするには飛行魔法や飛翔船等で直接来る必要があった。
「すんごい山だね、マチカちゃん」
「敵が強そう」
「ねー。」
船の窓から雲に覆われた雪深い東山を見ているニックとマチカ。
船室、といっても簡素な作りの中型船の為、操縦室のすぐ後ろの大部屋で、ヒロシ、チュンコ、ラーシエン、フナートはウェストバッグやポーチに入れる持ち物や、火器類やボウガン等のチェックをしていた。
持ち物自体は11月の頭に行ったレベル仮判定を兼ねたダンジョン攻略の時とそう変わらなかったが、回復薬類+1の上等品に変わり、文字や簡単な絵図のやり取りのできる通信石もあった。
体格に合わせた短銃の類いは同じだったが弾は変わった。6連リボルバーと4連マグナムはラバーから通常弾に変わり、非力な者達が装備する2連グレネードガンは炸裂威嚇弾から火力の高い、装甲車等にも有効な通常炸裂弾に変わった。
いずれも配られた弾数はレベル仮判定時と同じであった。
護身用の武器は短剣、小剣類から好きな組み合わせで選べる様になり、ヒロシは汎用小剣を1本。チュンコは護拳があり鍔も発達した短剣のマインゴーシュを1本、選んでいた。
窓辺のニックは細身でやや刃渡りの長い鍔と柄頭の円い短剣のロンデルを2本、マチカは刺突もできる山刀のナガサを1本、選んでいた。
防具は全員鉄製だったが、基本的に軽装で、腰周りまでカバーする防寒具を兼ねた薄手のハイネックギャンベゾンを鎧下として着込んでいた。
マチカは蹴打強化の膝まで覆うシュートレガースと特別頑丈なブーツを履いていたので、足回りの装備は他のメンバーと違った。
利き腕の魔法補助用の手習いの腕輪に加え、主な手持ち武器を収納し自在に武器召喚できる『兵装の腕輪』を逆手の腕に全員装備。
アマラガルド世界では普及率の低い、暖房の埃っぽい温風で乾燥気味の大部屋にはジャイン、ワーキャット族の双子、ガノーン、マサル、バフィもいて思い思いの過ごし方をしていた。
と、奥の通路の扉が開いて、指導官のマーヤがギルドサポーター数名を連れて現れた。
いつもの女装ではなく、+1の上等品だがヒロシ達と同じ様に軽量武装しており、髪も纏め化粧も薄かった。こうしていると中々の美男子であった。
ニックとマチカ以外は立ってはいなかった為、全員慌てて立ち上がって整列しようとしたが、荷物を拡げていたり、配られた通信石で私信を打ちまくったりしていた者達はあたふたとした。
「いーわっ、そのままで! でも、こんな揺れるとこで弾薬拡げるのはやめな」
「す、すいませんっ」
「片します・・」
「あれ? これ俺の??」
「誰、チョコレート持ってきてんのっ?」
ヒロシ達は荷物が混ざってしまい混乱した。溜め息を吐いたマーヤは構わず始めることにした。
「このグループも、もうすぐノゼ山、東山中腹の発着場に着くわっ。現地ではすぐに担当のブッチャーと合流。3班に別れ、協議が済み次第、各自速やかに班のルートのスタート地点に移動、午前8時30分きっかりに攻略開始っ! リミットは12時30分っ! 短めだけど魔物の強さと冬山の環境を考慮したものよ?! 1秒でも遅れたら救助対象と見なすっ! いいね?」
「はいっ!」
荷物を片付けつつ、返事はしっかりするヒロシ達。ニック、マチカ、ガノーン、マサル、バフィも手伝うことにした。
「今回は『金策』が目的っ! 私達冒険者ギルドは年中金欠っ、万年人材不足っ! いつだってお尻に火が点いているの」
自分の尻を片手でペチンっ、と叩いてみせるマーヤ。
「・・専業ブッチャーはいい仕事するけど、まぁ今回は特に制限時間内に無事ゴールすることを優先! 不確定要素も少なくないからね? あとの細かいことはサポーターや担当のブッチャーに聞きなさい。わかった?」
「はいっ!」
「ならよろしい、じゃ、またね☆」
マーヤはウィンクをしてギルドサポーター1人を連れて奥へ引き返していった。その後、残ったサポーター達から細々とした注意点を改めてざっと聞かされ、午前7時27分。ヒロシ達の乗った海魚の様なシルエットのギルド所有の飛翔船は、冷たい雲の中の中腹の発着場に着陸した。
降りると窓から見た印象より雪が激しかった。雲の中にいるから、降っている、というより『舞っている』状態で、よく見ると雪雲の中に様々な形状の鏡を持つ氷の精霊『スネグーラチカ』が数体、笑いながら踊っていた。
全員ギャンベゾンの下にカイロを既に仕込んである。凍傷予防の為、保温効果の高い羊毛の靴下を二重履きし、グローブも今回は指貫タイプではなく先まで覆っている。兜の下には耳当て帽子も被っていた。
「じゃあなっ!」
「頑張れよ~」
「気を付けて」
「滑落注意ですよ?」
ヒロシ、ニック、マチカ、チュンコは同じ班だったが、他のメンバーはバラバラだった。各班は割り当てられた発着場併設の建屋の個室へと入っていった。
「よう、今期受講者君達」
石油ストーブの点いた室内に入るなり、林檎が1つ置かれた机の前の椅子に持たれ、座っていた担当ブッチャーらしい女が言ってきた。
髪を染め、アイシャドーの強い独特の化粧をしている為、どの系統かは判然としないが20代後半の人間族で、ピアスだらけでタトゥーも多かった。
これから雪山の環境に挑むというのに臍出しの格好をしていたが+1から+2の強力な防具を装備し、右の腰に+1のマグナム、左の腰の+2の峰が格子状のソードブレイカーと刃の波打つクリスナイフを装備していた。
左腕には+1のウワバミの腕輪を装備していた。ウワバミの腕輪は武器数種類に限らず、様々な持ち物を大量に出し入れできる高価な魔法道具だった。
右手の指貫グループの中指には+1の強力な魔法触媒『ウィッチリング』を嵌めていた。
「どうも、ヒロシ・ドーガ・ヤクトです」
「ニック・ポッキー・カールです。ピアス、凍傷大丈夫ですか?」
「チュンコ・ミハラ・グランリーフです」
「マチカ・ドチカ・ソチカ。お腹、冷えない?」
ブッチャーらしき女は座ったままニッと笑った。
「あたしはネネウン。君達の担当ブッチャー。採点係も兼ねてる。・・寒いのは得意だから、気にしないで」
マチカ以外はやや戸惑っていたが、こうしている間にもスタート時間が迫ってしまう。ヒロシはさっさと進めることにした。
「ミッションの目標獲得金額は担当ブッチャーに決めてもらうよう言われています。ネネウンさん、俺達の目標金額はいくらですか?」
ネネウンは椅子で船を漕ぎながら、ヒロシ達を値踏みし、テーブルに1つ置かれていた林檎を左手の人差し指でコツンと突ついた。途端、林檎は均等に5つに割れ、皮も、芯も、ヘタも外れた。
ブッチャーの職能『解体』の効果だった。
「・・1400万ゼム。林檎を食べ終わったら、死なないコース取りのミーティングするといいよ。君達だけでね」
助成金による決して安くないヒロシ達の月収は月40万ゼム。想定を越える金額だった。そして、
「林檎は剥いてくれるんだ・・」
一応言ってみるニックだった。
午前8時30分、運営からの合図は特に何もなかったが、雪の中、ヒロシ達は建屋近くの魔除けの霊石の置かれた通路の分岐点から出発した。
ヒロシ達の班が最もスタート地点に近かった為、先に建屋から出たらしい他の班とは顔を合わせなかったが、通信石にバフィ、ラーシエン、ガノーン、マサルから出発の旨等の連絡はあった。
「最初の戦闘から1時間半で距離を稼ごう」
「だね」
「うん」
「ですね」
ヒロシの言う『1時間半』は攻略ルート上の洞窟や坑道以外の外で、出現が不確定な厄介なモンスター3種が争いを嗅ぎ付けて現れる可能性が出てくるまでの猶予期間だった。
ネネウンは『ピックロッド』という伸縮構造の武器を持ち、無言でヒロシ達のパーティーの殿を努めていた。
彼女は積極的に戦闘、方針決定に加わらないルール。
上空ではマーヤを含め数名のギルドサポーターが飛竜に乗って保護監視活動をしているはずだったが、雪と雲と、数名だけでヒロシ達以外のパーティーのルートをカバーしなければならない為か、まるで姿は見えなかった。
視界が悪いのと、雪と氷で通路と崖の縁がわかり難く、ヒロシ達は慎重に最初の目的地『山の洞窟出入口・ニョの11番』を目指した。
暫く進むと、寒冷種の『頭突き兎』が9匹発見した。雪を掘って枯れ草や根等を食べている。
「マップに記載は特に無いが、脅威ではないから省略されたかな??」
「ちょっと可愛いね」
「敵だ!」
「見た目より凶暴で雑食です。たぶんたくさん繁殖してます・・」
「まぁやるしかないかぁ」
ニックは諦めてミドルスピアを武器召喚した。1メートル80センチメートル程度の槍。ヒロシもやや細身の両手持ち曲刀シャムシールを武器召喚した。
マチカは元々シュートレガースを装備しているのでその場でピョンピョン跳んでウォームアップを始めた。チュンコは円型のスモールシールドと刺付き鉄球を鎖で繋いだモーニングスターを武器召喚した。
後ろにいるネネウンはピックロッドに凭れて欠伸をしていた。
「兎さんではあるが、一気に片そうっ」
「了解っ!」
「倒す!」
「合点ですっ」
ヒロシ達が物陰から飛び出すと、『餌』が足りなかったらしい頭突き兎達は一斉に、ヒロシ達に突進を始めた。
遠目には兜を被った兎だが、近付くと頭部に外骨格を持つ中型犬サイズのよだれを撒き散らして殺到してくるモンスターだった。
「殺る気満々じゃんっ?!」
「野生ですからねっ」
「マチカっ、先に俺が斬り込むよ!」
「そう?」
ヒロシはマチカが丹氣を使った大技で蹴散らそうとしたのを察して先んじることにした。最初に連携の確認と、チュンコにも攻撃の機会を残して勘を掴んで欲しかった。
「フンっ!」
ヒロシはシャムシールの一薙ぎで固まっていた先頭の4体を仕止めた。続けてニックがミドルスピアの一撃で1体仕止め、マチカは蹴り上げの2連発で2体を倒した。
チュンコは取り零しの内の1体の突進を小型盾のウェポンスキル『浮き的』で受け流し、頭突き兎を転倒させた。
「ちゃーっ!」
チュンコは雄だった頭突き兎の股間にモーニングスターを振り下ろし、止めを刺した。
残る1体はチュンコではなくネネウンに突進したが、前後に小さな鎌の刃と鉤状の小さな鎚を持つピックロッドの鎌でいとも簡単に首を狩られて倒された。
「ナイスファイト、チュンコ! いい動きしてた」
「ヒロシさん、指導モードになってますよ?」
苦笑しつつも満更でもなさそうなチュンコ。
「あの人、手練れだね」
「うん、強い」
ニックとマチカはネネウンに注目していた。
「・・安い獲物に最初に引っ掛かちゃったね」
ネネウンは眠そうな顔で言って、ピックロッドをウワバミの腕輪にしまい、代わりに腰のソードブレイカーとクリスナイフを抜き、切っ先で僅か触れるようにして神速の手際で次々と頭突き兎を解体していった。
目を見張るヒロシ。他の3人も専業ブッチャーの手際に驚いていた。
「うへぇっ」
「美味しそう」
「おいくらでしょうか?」
ネネウンは解体した頭突き兎の部位を一瞥した後、ウワバミの腕輪の中へ次々と吸い込んでいった。
「・・4万ゼム、ってとこかな? 質は悪くないけど、寒冷地ならどこにでもいる」
「そんなもんですか・・」
「程遠いじゃん・・」
「後で食べたい」
「要、下処理です・・」
マチカ以外はガッカリしつつ、ここからはのんびりしていられないので一同は小走りに移動を始めた。
この東山のフィールドのヒロシ達の班のルートはどの順で行っても唯一の回復ポイントを兼ねた安全地帯まで距離があった。
最初の戦闘から1時間半以内にそこまで行けるか否かで、このミッションの達成率が大きく変わるとヒロシ達は踏んでいた。
出現不確定のモンスターは寒冷種のハンターエイプの群れ、風属性のレッサーデーモン、寒冷種のハイグリフォンの3種。どれも厄介だった。
山の洞窟出入口・ニョの11番に着いた一行は氷の属性の『ホワイトスライム』の巣窟になっている内部へと入っていった。
電灯は設置されていたが、明かりは点いておらず、チュンコがキープした2つのライトトーチの灯りを頼りに雪の外より冷える通路を進んでゆく。
「寒ーっ! 冷凍庫だよっ。寒いからホワイトスライムが住み着いてるのか? ホワイトスライムが住み着いたから寒いのか? おっ」
ニックが呟いていると、前触れなく氷や岩の隙間からホワイトスライムが7体ブニョンっと出現した。3体は天井に貼り付いていた。
「ニックが呼んだ」
「違うってマチカちゃんっ?」
「動線からだいぶハミ出しちゃってますね」
「ここはマップの配置は当てにならないかもなっ、天井は俺が!」
「じゃ、下は俺達で。マチカちゃん、凍傷になっちゃうからキック禁止だよ?」
「うん」
「照らします!」
チュンコはスモールシールドと木と石の属性を持つが魔力も底上げされる『苔石のワンド』を構え、ライトトーチの位置を見易く調整した。
ヒロシは汎用ライフルを武器召喚し、天井に貼り付いたホワイトスライムの核を狙撃し始めた。
突進したニックとマチカは、ホワイトスライムの放った地表への小規模範囲攻撃の『霜柱』を躱しつつ、攻撃の構えを取った。
ニックはミドルスピアで旋回させながら突きを打つウェポンスキル『錐突き』を放って2体を串刺しにした。
マチカは短槍の穂先が鉈の様な鈍い小刀になった武器、短尺長巻を武器召喚し、溜め動作から一気に薙ぎ払うウェポンスキル『バーバリースイング』を放って2体を両断した。
程無く、ヒロシも3体の核を撃ち抜いて仕止めた。
「スライム系はジェムを落とすかどうかで価値が変わってくる」
粘液が溢れた樹脂袋の様になったホワイトスライム達の死骸に2本の短剣を次々振るうネネウン。
粘液から切り取られ、浮き上がる様にして3体から氷の属性素材『ホワイトジェム』を回収できた。
「わりと大きいのもあった。これで8万ゼム」
「う~ん・・」
結局、今のヒロシ達で簡単に倒せるモンスターからは高価なドロップ素材はあまり期待できそうになかった。
それから一行は散発的に出るホワイトスライムを撃退しながら、『送電管理室』へ向かった。
多くの場合、電灯の通ってる施設で灯りを灯せばモンスターは沈静化し、少なくとも視界は良好になる。
テキストとして意図的に電気を止められていて、それは自分達の基礎的な『機械工』の職能で復旧可能。そう予測しての進路だった。
実際山の洞窟へ入ってみるとホワイトスライム達の基本動線自体はマップの記載通りであったが、そこからハミ出して異常に繁殖しており、大して収入にもならず弾薬やウェポンスキルを気前よく使わないとブヨブヨして倒すのに手間取ることを危ぶんでもいた。
「アレだな」
「魔物避け設置してあるじゃんっ? ちょっと休まない?」
「もう結構時間食ってますっ」
「何か食べながら作業しよ」
「魔除けは随分古い充填式だ・・」
ヒロシ達は話しながら、魔物避け装置が置かれた出入口から送電管理室へ入った。
調べてみると、配線が人為的に切られていた他、わざわざ劣化した部品も取り付けられ、しかし安全の為にブレーカーは4重に念入りに落とされていた。
修理ガイダンスは大きな文字で、レーゲン語と共通語でイラスト付きで記されている。
後ろでヒロシ達の作業を見ていたネネウンは可愛らしいイラストに、密かに苦笑していた。
修理に必要な道具は管理室に揃っており、ヒロシ達、特に機械が苦手なマチカは四苦八苦しながら修理を終えた。
「ブレーカーを順に上げよう。俺から」
ヒロシ達が次々とブレーカーを上げると、
ブゥウウゥゥンッ!!!
起動音と共に送電管理室に灯りが点いた。
「よしっ!」
歓声を上げてハイタッチするヒロシ達。ニックが調子に乗ってネネウンにまでハイタッチを求めたが当然スルーされた。
「とにかく、これで灯り要らず!」
「洞窟と坑道のアンデッドと魔族のリスクも減った、かなぁ?」
「リフトはヤバそうですけど、だいぶ遅れてるからエレベーター使ってみません?」
「隙間から入ってくるから、スライムの多いエリアはやめとこうよ。何か気持ち悪くなってきた」
「マチカに賛成。次の旧坑道のエレベーターを使おう」
ヒロシ達は環境の変化にホワイトスライム達が積極的に襲って来なくなった山の洞窟を殆んど戦わず、撃退しても素材回収の為に足を止めずホワイトスライムまみれの山の洞窟を抜けた。
外へ出るとすっかり晴れていた。雪山の景色も素晴らしかったが、時間に終われる一行は小走りで急いだ。安全地帯は先の坑道の上階に設置されているはずだった。
途中、両サイドが崖になった山の通路の近くの壁面が、刃の様に鋭い翼を持つ怪鳥『シェイバーウィング』の寒冷種の巣になっているポイントがあった。
一行はこの怪鳥が素早く攻撃力が高い割には大して金にならず、何なら倒しても殆んど崖に落ちていってしまう環境であった為、まともに戦わずやり過ごすことにした。
まず物陰からニックがフルパワーで『ミストクラウド』の魔法で撹乱し、マチカが遠距離攻撃武器に選択していたショットガンを乱射して威嚇し、そのまま通路を走り抜ける。
通路が予想より凍って滑ったのでネネウン以外は渡る時に肝を冷やしたが、どうにかタイムロス無く無傷で突破できていた。
坑道近くまで来ると、向かって左手が崖で、右手はなだらかな崖の壁になっているエリアがあった。
マップ状では風の属性の豹型の魔物『ブロウジャガー』の寒冷種の出現が記載されている。
「居ます! 崖の上っ」
物陰から様子を見ていると、いち早く見付けたチュンコが指を差した。なだらかな崖の上に寝そべり、崖下の通路を監視していた。狩り場らしい。
「チュンコ、崖上の確認いけるかな?」
「了解・・はぁ、得意ではないですけどね・・・」
チュンコは目を閉じて右手首の辺りから蔓を出し、その先端にニュポッと目玉を1つ出した。『蔓操作』と『植物体五感器生成』の異能の合体技だった。
「違和感が物凄いですけど、ちゃっ、と確認してきます。マチカさん、身体がフラフラするんで押さえておいてもらえます?」
「わかった」
目を閉じたチュンコの身体を両手でガッ! っと掴むマチカ。
「痛タタっ?! そんな本気で捕獲しなくて大丈夫ですっ」
「あ、ごめん」
力を緩めてもらい、チュンコは慎重に、見張りのブロウジャガーに見付からない様に死角を攻めながら、岩肌を伝って『目玉蔓』を伸ばして崖上を目指した。
「何か『ヤバいタイプの敵の能力』っぽいね」
「ニックっ! 何か言いました?!」
「いや、別に・・」
ムッとしつつ、目玉蔓を崖上に到着させたチュンコ。様子を伺う。近くの雪を被った茂みや痩せた木の辺りに6体、ブロウジャガーがいた。他には見当たらない。
「6体います! すぐ近くですねっ」
「6体か・・ありがとうチュンコ戻して休んでてくれ」
「はい・・」
目玉蔓を戻したチュンコは疲労と視点の違和感に酔ってしまったらしく、ポーション+1を一口飲んで「ちゃ~・・」と呟きながら座り込んでしまった。
「時間を置くと状況が変わる。ここは3人で片そう」
「逃げられそうにないし、高く売れ・・ますよね?」
ニックが振り返るとネネウンは肩を竦めた。
「私、ショットガンで4体くらいは足止めできると思う」
「じゃあ俺がライフルで陽動するから、ニックが先頭の2体くらい仕止めてくれるか?」
「任せてっ。コレすんごい練習したから、いけるよ!」
ニックは遠距離攻撃武器に選択した連射できる弓銃『マシンボウガン』を武器召喚した。
「よしっ、チュンコ、万一そっちに来たら攻撃せず全力で身を守ってくれ」
「了解です・・」
ヒロシ、ニック、マチカは物陰から飛び出した。ネネウンはチュンコの背後をキープする様だった。
見張りのブロウジャガーはすぐに気付いた。
「ナァアアーーーウゥッ!!!」
吠えて仲間を呼ぶブロウジャガー。すぐに6体のブロウジャガー達が駆け付け、7体揃ってなだらかな崖を駆け降り始めた。
これに2連装式のショットガンを無駄の無い動きで給弾しながら連射するマチカ。打ち合わせ通り4体を足止めした。
ジグザグに駆け降りるブロウジャガー3体を単発装填式ライフルで威嚇、陽動するヒロシ。誘い込まれた2体にニックがマシンボウガンを連射して仕止めた。転げ落ちてくるブロウジャガー2体。
「っ! 土よっ!!」
ヒロシは崖に落として無駄にしたくない、と『ガイアウォール』の魔法で土壁を魔法で作って2体の死骸を受け止めた。
先頭で残る1体はニックが対処に動いた。マシンボウガンに替わりミドルスピアを武器召喚する。
ブロウジャガーは崖を走りながら風を纏い始めた。交錯時に風の小規模範囲攻撃を発生させる『エアラッシュ』を仕掛けるつもりだった。
動きが早く不規則で、錐突きでは仕止め切れないと判断したニックは猛烈な4連突きを放つウェポンスキル『四星』を放った。
「セァッ!!!」
纏った風に少しズラされたが、4撃の内、一撃が口に命中し、絶命させた。
「危なっ」
冷や汗をかくニックだった。
後続の4体は着実に距離を詰めると完全にマチカのショットガンを見切る様になり、マチカは銃を兵装の腕輪に戻してヒロシに叫んだ。
「ヒロシっ! 前も壁っ!」
ヒロシはすぐに意図を理解した。
「土よっ!」
ヒロシは通路の前方にもガイアウォールで壁を作った。
ブロウジャガー達は自分から袋小路に突進する形になり、土壁の近くに駆け降りてきた2体は驚いて土壁の方に視線を逸らせた。
マチカはその隙を逃さなかった。一気に崖を駆け上がる。
「ディアアァーーーーッ!!!!」
間合いに入ると、蹴打のウェポンスキル『旋風脚』を放つマチカ。
鋼鉄のシュートレガースを用いた回転しながらの連続蹴りに、ブロウジャガーの1体は成す術無く首をへし折られ、もう1体は横腹に3連打受けて土壁に激突して絶命した。
残るの2体は魔法を使ったばかりのヒロシに崖から襲い掛かろうとしたが、ニックがミドルスピアを振るって牽制した。
2体はそれを素早く回避して、崖下の通路に着地したが、既にヒロシが武器召喚したシャムシールを構えていた。
「マチカ避けろっ!」
「っ!」
叫びながら大剣のウェポンスキル『狩り獅子』を発動させるヒロシ。通路の氷を踏み割りながら、豪快に回転しつつシャムシールを振るう。手前にいた1体を両断し、奥にいた最後の1体は喉と胸部を深く斬られ絶命した。
狩り獅子の回転はすぐには止まれずマチカに迫ったが、マチカは落ち着いてなだらかな崖側に飛び退いて回避した。
狩り獅子は土壁近くで回転を止めた。
「ヒロシ、危ない」
崖からジト目で見てくるマチカ。
「いや、すぐ止まれない技なんだ。ごめんごめん」
「何とかなったね。ボウガン練習しといてよかった」
3人で集まっていると、ネネウンとチュンコも物陰から出てきた。
「これはいい値段になる」
ネネウンは楽し気に言い、神速でブロウジャガー達を解体した。
「・・合わせて。およそ320万ゼム」
「おおーっ」
感心する一同だったが、一方で乱獲が心配になったりもした。
2分後には電力の復旧している旧坑道へと一行は突入した。
内部では電灯をさほど気にしない鉤爪を持つ大型の穴熊型モンスター『クロースネザリン』の寒冷種に度々襲われたが、倒しても金にならない上に爪の攻撃力が高く、面倒であった為、一行は臭気玉とリボルバーの射撃で威嚇してやり過ごし、午前9時49分に、何とかこのルートで唯一の安全地帯兼回復ポイントに到着できた。
そこは送電管理室より念入りに魔除けの装置が設置された部屋で、中央に機械化はされているが装飾された煌めく黄金の炎を灯した灯火台が置かれていた。
「うわっ、『治癒のトーチ』だ。これあっついんだよっ」
苦手そうなニック。
「エルに鍛えられたから私、得意」
初期の講義で散々ファイアピクシーのエルにしごかれたマチカは最初にトーチの前に進み出た。黄金の炎に包まれ、回復するマチカ。
「あっ」
自分の足元を気にするマチカ。
「どうした? マチカ」
「爪先の辺り、凄い回復された。凍傷になりかけていたのかも?」
「シュートレガースは足先まで覆うからな。気を付けた方がいい。靴下は破けてないな?」
マチカはブーツの中で足の指をモゾモゾと動かした。
「大丈夫みたい。足、凍傷にならないように少し丹氣をキープしてたんだけどな・・」
「着脱式のシュートレガースの方が良かったかもしれませんね。アチチっ?!」
自分も治癒のトーチで回復させるが炎にあたふたするチュンコ。頭の上で咲いている鈴蘭の花も一瞬焦がされていた。
「うーん、固定式の方が頑丈なんだよ」
「プロになったら、冷えても凍傷にならない高いヤツを買えばいいんじゃないかな? マチカちゃん。熱っ! やっぱコレ嫌いだっ」
水の属性を持っていることもあって炎の回復は苦手らしいニック。
「換えの汎用レガースは持っているんだろう? ブーツは耐久仕様にしてるし、ウェポンスキルを使う分にはある程度は、おおっ? ああ、何かドライサウナに近い物がある、かな??」
治癒のトーチに関し、あまり共感されない感想を述べるヒロシ。
「・・そだね」
マチカは座って、ヒロシ達と同じ汎用レガースを武器召喚しつつ、シュートレガースを外し始めた。
「耐久ブーツの替えも一組持ってるし、後半はシュートレガースやめるよ。軽くなるし」
「思い切ったねぇ、マチカちゃん。・・付け替えるの手伝おっか? ムフフっ」
「キモい。わざと言ってるよね?」
「デヘヘっ」
「私がモーニングスターで成敗しましょうか?」
「やめてくれよー」
回復して落ち着いた一行が軽口を叩き始めると、ネネウンは無言で治癒のトーチに歩み寄り、自分の回復を済ませるとすぐに部屋の隅に戻った。
ヒロシは何か声を掛けようかとも思ったが、返って煩わせるかと思い直し装備品のチェックを始めた。
一行は休憩中、他の班とも通信石で連絡を取ってみた。
ジャイン達と双子とフナートの班は各ルートに1ヵ所ある回復ポイントを出て先行している様だったが、あまり稼げていないらしく焦っている様子だった。
ガノーン、マサル、ラーシエン、バフィの班は稼ぎ安いルートらしくかなり収入になっているようだったが、進行が遅いようで、これも各ルートに1ヵ所設けられているらしい送電管理室をついさっき出たばかりの様だった。
こちらは『制限時間内ならまぁいいだろう』くらいのスタンスでのんびりしていた。
いずれの班もまだ警戒すべき出現不確定モンスター3種には遭遇していなかった。
一行は回復し、荷物や装備をチェックし、連絡も取り終えると、午前10時10分に安全地帯から再出発した。
旧坑道を暫くはまたクロースネザリンをやり過ごしながら進んでゆくと、小型の下級魔族の『インプ』の群れが出現するはずのトロッコの分岐点まで来た。
インプ達は頭上の電灯を破壊した暗がりの1ヵ所に集まっていた。その下方には単眼で岩の様な身体を持つ人を簡単に一呑みできるサイズの大蛇『ロックパイソン』を2体とぐろを巻いて眠っている。
ヒロシ達は物陰から様子を伺った。
「思ったより数が少ない。仲間を生け贄にしてロックパイソンを使役モンスターとして召喚、ってとこかな?」
「灯りが点いて『敵』が来る、ってわかったのかもね」
「早く倒そうっ! 魔族は気に入らないっ」
「減ったっぽい、といってもインプは30体以上はいますし、ロックパイソンも動き出したら早くて射撃は当て難いかと。最初の一手、大事ですよ?」
ヒロシはやや興奮したマチカが飛び出さないように、右手でマチカの肩をしっかり押さえた。
「マチカ落ち着いて。作戦を立てよう」
「・・わかった」
マチカが前のめりの姿勢を改めたのでヒロシは手を離した。
「俺が最初に狙撃でロックパイソンを1体倒すよ」
「なら続けて私がフルパワーでガイアブラストを撃って、インプの大半を仕止めます」
「残りのインプは俺がマシンボウガンで片付けるよ」
「最後のロックパイソンは私が引き付ける」
「後は流れでいこう」
作戦が決まり、まずチュンコが「土よっ」と『クリエイトソイル』で触媒になる輝く土を作り出し、ヒロシは眠るロックパイソンの1体の頭部に狙いを定め、丹氣を銃身と弾丸に通し、集中した。
「・・っ!」
特に合図は無いが、ヒロシは引き金を引き、ライフルのウェポンスキル『ピリオド』を放った。
丹氣の力で加速した弾丸は真っ直ぐにロックパイソンの1体の頭部を貫通した。
「っ?!」
「ガイアブラストッ!!」
狙撃されたロックパイソンがどうっ、と倒れる中、驚いたインプ達にチュンコが最大の力で無数の石の礫弾を放った。
20体以上がミンチにされた。残存個体にもニックが素早くマシンボウガンを連射しだす。
狙撃を免れたロックパイソンは巨体にも関わらず素早くヒロシ達に接近を始めた。
「雷よっ!」
マチカは突進しながら武器召喚した予備武器の9つの筒と1つの穂先が内部の鎖で繋げられた変形する槍『九節鞭』に雷の属性付与を与える魔法『エンチャントサンダー』を使い、帯電させた。
マチカの支配下にある雷はマチカを傷付けない。
「セァッ!」
ロックパイソンの素早さに突きは当たらないとみたマチカは帯電した九節鞭を文字通り鞭として振るい、ロックパイソンの最初の突貫を弾いた。だが、九節鞭はたった一回の攻撃で砕け散ってしまった。
「嘘っ?!」
マチカは慌てて対象崩壊でエンチャントサンダーの解けても残っていた九節鞭内部の鎖を手放し、通電させられながらもロックパイソンが放ったカウンターの尾の一撃を、武器召喚した両手持ち用の大盾『ウォールシールド』で受け2メートル程吹っ飛ばされた。
しかし、着地はして踏ん張るマチカ。そこへ残存のインプ達が独自言語の詠唱で闇魔法の『シェードキューブ』を連発してきた。
負の属性の立方体がマチカを狙って中空に設置されてゆく、精度は甘く発生の予兆もあるが、設置後暫くその場に残るので行動阻害力の高い攻撃魔法だった。
触れれば生命力を奪われ器物は劣化する。
加えてロックパイソンも威嚇する為、重いウォールシールドを手放せず、マチカは回避に苦慮した。
「マチカっ!」
ヒロシは盾持ち装備として選択していたツルハシ型の戦鎚『ウォーハンマー』を至近距離で投げ付けてロックパイソンに命中させ、距離を取らせた。
パズルの様にシェードキューブに詰められ掛けていたマチカはラージシールドを兵装の腕輪に戻し、身軽になって前転とスライディングでシェードキューブの檻から脱出した。
ヒロシは凧型の中型盾『カイトシールド』と予備武器の鉈の様な片手刀『カトラス』に持ち換え、体勢を立て直したロックパイソンに挑んだ。
「雷よっ!」
マチカはヒロシのカイトシールドにサンダーエンチャントを掛けた。
帯電した盾はマチカの意思でヒロシは傷付けない。
「シァアアァーーッ!!!」
ロックパイソンが尾の一撃をヒロシに放つ。帯電した盾で『鉄亀』のウェポンスキルで受け切るヒロシ。盾の電撃で尾が通電し、苦しむロックパイソン。
ヒロシは跳び上がってカトラスでロックパイソンの単眼をカトラスで叩き割った。硬い頭部にも当たってカトラスの刃はバリバリと砕けたが、目を損傷したロックパイソンは巨体で苦しもがいた。
手が付けられないので飛び退いて一旦距離を置くヒロシ。インプの残りは2体で、もはや掃射してくるニックの相手で手一杯になっていた。
マチカは持ち直し、いつでも攻撃を合わせられる構えだった。
「土よっ!」
魔力を回復させたチュンコが後方から石の槍を地表から発生させる『ガイアランス』を放ち、暴れるロックパイソンの動きをある程度制限させた。
マチカがヒロシに目で合図してから再び武器召喚したウォールシールドを両手持ちして突進を始めた。
ヒロシは武器召喚でシャムシールに持ち替え、大剣に丹氣を溜めながらマチカの後か続いた。
「エェイッ!!」
マチカは全力でウォールシールド越しに暴れるロックパイソンに体当たりを仕掛けた。大盾に激突して仰け反るロックパイソン。ヒロシは一気に間合いを詰めた。
「オゥッ!!!」
ヒロシは大剣に丹氣を溜めて一気に振り抜くウェポンスキル『ミスリルブレイカー』を放ち、ロックパイソンの首を切断した。
ロックパイソンは首だけになってもまだ生きていたが、チュンコがグレネードガンで炸裂弾を口に撃ち込んで仕止めた。
「あばよ、です・・」
グレネードガンを手にニヒルなポーズを取るチュンコ。
「ちょっとヤバかったぁ」
インプを全て倒し終えたニックは重いマシンボウガンを兵装の腕輪に戻し、しゃがんで一息ついた。
「ヒロシ、さっきありがと」
「いや、いい。エンチャントサンダーも助かったよ」
「うん。雷系、これしか使えないけどさっ」
マチカは苦笑し、ヒロシも笑った。
「これはおいくら万ゼムですか?」
「急かすな急かすな」
後方で時折自分に向かって撃たれたシェードキューブを回避するだけだったネネウンは、短剣2本を手に神速の解体を始めた。
「・・・437万ゼム、ってとこ。インプがブラックジェムをたくさんドロップしたのが効いたね」
「よしっ!」
「一気にきたねっ」
「あといくらだっけ?」
「え~っと、600万くらいです」
「あー・・」
「ま、何とかなるよ?」
「取り敢えずこの先のエレベーターだ。装備の消耗も激しい」
一行は無事使えたエレベーターでコースを大きくショートカットして、旧坑道の上階へと進んだ。
途中、氷の属性の幽鬼『アイスゴースト』が、階下のフロアから電灯を嫌って廃棄コンテナの陰に隠れ氷魔法の『アイスアロー』を連発してくるエリアに至った。
幽体相手に倒して確定で高価素材をドロップさせられるのはブッチャーのネネウンだけで、潜んでいる場所は階下の物陰。
その奥にどれだけ潜んでいるかも不明であった為、ヒロシの光属性魔法の輝く短剣を複数放つ『ライトダーツ』と、チュンコのグレネードガンの炸裂弾で威嚇してやり過ごすことになった。
旧坑道最上階の『ンパの21番』の出入り口まで出ると、また曇り粉雪が散っていた。
「山の天気は変わり易いな」
「他の皆と連絡取ってみない? もう外フィールドの不確定モンスター、いつ出てもおかしくない時間だよ?」
一行は通信石で他の班と連絡を取ってみた。
ジァイン達の班はゴール間近だったが途中、風のレッサーデーモンと交戦していた。マサル達の班はまだ自分達のルートの安全地帯を出た所だったが、ハンターエイプの群れと交戦済みだった。
残るは寒冷種のハイグリフォンのみ、重複して他のルートに出る可能性もあったが警戒は必要だった。
「レベルが逸脱してるから保護監視担当の対処対象でも、先に俺達が対処せざるを得ない可能性もある。シュミレーションはしておこう」
ヒロシ達は手短に協議してからンパの21番口から出て攻略を再開した。
暫く何事も無く進むと切り立った円柱形状の崖に通路が上へ上へと続くエリアに来た。
その崖の正面により低い岩山があり、そこの平坦な雪の積もった面に雷属性の山羊方モンスター『スタンホーン』の寒冷種が二十数体、スタート地点近くにいた頭突き兎同様、枯れ草や苔や根を齧っている様だった。
「酷い配置です・・」
「向こうの『サンダースタンプ』はガンガン決まるけど、こっちの射撃や魔法は厳しいね・・」
サンダースタンプの魔法は当たらなくてもあちこち放電し、通電するので狭い通路、しかも崖の環境では相当危険だった。
「狙撃はできないでもないが数が違う。打ち負けるだろう」
「ニックの霧は?」
「直撃は避けられる様になるだろうけど、連発されたらどっちにしろ感電させられちゃうね」
「スタンホーンは耳も鼻もわりといいはず、視覚を封じても気付かれる」
一行は暫し苦慮した。
「私は『ガイアアミュレット』を掛けます」
「俺は・・まだ習得が甘いけど、『タイムクィック』使ってみるよ」
「後はひたすらダッシュか」
「わかり易くていいよっ。チュンコ、またおぶろうか?」
「丹氣乗せで頑張ります・・」
作戦が纏まった。
「では私から・・土よっ! ガイアアミュレットっ!!」
ネネウンを含めた、ヒロシ達全員の前の中空に輝く石の鈴蘭の小さなオブジェが出現した。地の護りだった。形状はチュンコのイメージによる物。
「次は俺か・・時よっ! タイムクィックっ!!」
今度はヒロシ達の背後に木の枝で覆われた様なデザインの掛け時計をモチーフにした抽象的なオブジェが出現して速回しで時針を回し始めた。
ヒロシ達の『身体の時間』が加速する。
「ややこしいから五感や口の時間はそのままだから。この状態で遠距離攻撃したりするとワケわかんない感じになるから気を付けて」
「すぐお婆さんになったりしない?」
「疑似的な加速だから大丈夫だよマチカちゃんっ、時間は主観的な物だから。俺が皆の正しい時間を奪って『俺ルール』の時間を押し付けてるだけ。魔法が切れて筋肉痛になったりもしないよ? 後、今ので俺の魔力0で、エーテルももう無いからっ」
「2人の魔法が切れる前に一気に行こうっ!」
加速状態のヒロシ達は猛烈な勢いで崖の通路を駆け上がり出した。通路が凍り崖に合わせて円形であることもあって速過ぎて飛び出しそうになって肝を冷やしつつ、走り抜けるヒロシ達。
スタンホーンの群れはヒロシ達に気付いてサンダースタンプを連発したが、まるで当たらず、たまにまぐれで近くに着弾してもチュンコのガイアアミュレットに電撃を吸収された。
「行けるぞっ?! 滑落だけ気を付けてっ!」
ヒロシ達はこのまま、スタンホーンの群れの視界から外れる角度まで円形の通路を走り抜けられそうだった。しかし、
「っ?!」
スタンホーン達が攻撃を止め、一斉にその場から逃走し始めた。1拍遅れて、ヒロシ達もプレッシャーを感じた。
弾かれた様に後方を振り返ると、東山の雪と氷の岩肌すれすれを、一軒の大きな館程の大きさのハイグリフォンがこちらへ向かっていた。
ヒロシは通路の先と、走ってきた下方を見比べた。どちらも遠かった。
「止まろうっ!」
ヒロシは宣言してから走るのを止め、1本残っている自分のエーテル+1をニックに渡した。
ニックはすぐに理解してタイムクィックを解除した。
「霧よっ! ミストクラウドっ!!」
霧の煙幕を広域に張るニック。
「ガイアウォールっ!」
ヒロシは通路の前方と崖側のみ、土の壁で覆った。
「土の護りはキープしますっ」
「襲ってきたら臭気玉、私まだ残ってるから使うっ!」
「・・アレは君達の討伐対象じゃない。そこを忘れない様にね」
ずっと黙っていたネネウンが、ピックロッドをウワバミの腕輪にしまい、+3はある古風な長弓と矢筒を武器召喚しながら言った。
ハイグリフォンは突如発生した霧の雲等意には介さずそのまま飛行を続け霧を掻き分け、上から土壁を見下ろした。
ネネウンは弓は決してハイグリフォンには構えなかったが真っ直ぐ、その鋼の様な大きな瞳を睨み返した。
「・・・」
ハイグリフォンはヒロシ達に構わずそのまま上空へ高度を上げた。
すぐにマーヤの駆る飛竜が飛来し、ハイグリフォンに接近したが、交戦にはならず、マーヤの飛竜とハイグリフォンは並ぶ形で西側へと飛び去って行った。
西にはマサル達のルートがある。ヒロシはすぐに通信石でハイグリフォンの出現をマサル達に報せた。
「助かったね・・霧、意味無かったかも?」
「デッカ過ぎですっ」
「アレ、乗ってみたいっ!」
「マチカちゃ~ん・・」
ネネウンは弓と矢筒をしまい、ピックロッドに持ち替えた。
「・・早く再開した方がいい。スタンホーン達が戻ってきても詰みかねないよ?」
一言忠告し、ネネウンはまた殿で気配を消した。
崖の通路を登り切ると、東山のヒロシ達のルートではもっとも高い標高の岩場のエリアについた。粉雪は晴れ、眼下に雲海見える。
片翼の風の精霊『シルフ』達がヒロシ達を興味深そうに見ながら数体、飛び交っていた。
エリアの先に3階建ての『旧観測塔』が見えた。このルートのゴールだった。
正し、旧観測塔の近くには寒冷種の手足の無い翼竜『コールドワイアーム』が3体いた。
地表に身を横たえた3体は先程のハイグリフォンの出現に動揺している様で、首だけもたげて、しきりに西の空を警戒していた。
「土の護りはブレス対策で引き続きキープします。魔法はこれで最後ですっ。マチカさん、私は接近できそうにないんでこれ、使って下さい」
チュンコは遠距離武器に選んだライトボウガンと矢筒を武器召喚しつつ、グレネードガンと残りの炸裂弾を全てマチカに渡した。
「チュンコ、上手く使うよ」
「俺も魔法は完全に店仕舞いっ。取り敢えず最初は援護するよ?」
ニックはマシンボウガンを武器召喚した。
「最初の1体はピリオドで仕止める。残り2体も何とか羽根を傷付けて下に落とそう。ずっと高い位置からブレスを撃たれ続けたら詰む」
「私も最初はショットガンの弾を使い切るよ。竜と戦うのは何か、燃えるっ! 接近戦に持ち込もうっ」
「いいねマチカっ!」
「こっちまでノッてくるよね?」
「また私が止めを刺すかもしれませんよ?」
空元気気味ながら盛り上がるヒロシ達を、後ろのネネウンは渋い顔で腕を組んで見ていた。
・・ヒロシ達は気付かれなさそうなギリギリまで岩陰に隠れながら近付き、所定の位置に皆がつくと、ヒロシはライフルを構えた。丹氣を集中する。
「・・・っ!」
ヒロシはウェポンスキル、ピリオドでコールドワイアームの1体の胸部を撃ち抜き、仕止めた。
即、残り2体が『冷たい光』のブレスをヒロシに放ってきた。転がって回避するヒロシ。さっきまでいた場所は氷漬けにされた。
別のポイントのチュンコが1体の翼に矢を撃ち込み、もう1体が飛び上がる前にニックがマシンボウガンが右の翼に連射して飛行不能に追い込んだ。
先にチュンコに撃たれたコールドワイアームが飛び立つ瞬間にマチカが散弾を撃つ。火力は低いが相手の左目を傷付けた。
片目のコールドワイアームは仲間の傷付いたワイアームを吹っ飛ばす勢いで上空へ飛び上がった。残る1体も仲間の風圧に押されながらも、もはや飛行は諦め、蛇の様に素早く這い周りながらやみくもに冷たい光を連発した。
「上は俺が威嚇するっ!」
ヒロシは宣言して岩に身を隠しながら上空から再攻撃のタイミング伺う片目のワイアームに威嚇射撃を始めた。
地表に残されたのコールドワイアームは坑道で戦ったロックパイソンを上回る攻撃性で暴れ回ったが、マチカがウォールシールドを構え、突進を始めた。
当然、冷たい光を撃ち込まれたがガイアアミュレットが僅かの間、砕け散るまで防いでくれた。それでも凍気がマチカを襲ったが両手持ちしたウォールシールドで何とか受け切る。
その隙に、チュンコはワイアームの喉を、ニックはワイアームの目の周りにボウガンを撃ち込んだ。
喉の穴からから氷のエレメント溢れ、両目の潰されて苦しむコールドワイアームは大剣の様な尾を振り回す。
マチカは大盾のウェポンスキル『イージス』で丹氣を瞬間的に盾から爆発させてワイアームの尾を弾き、引き千切って防いだ。だがウォールシールドも砕けた。
「うわぁああっ!!!」
叫び、ニックとチュンコの援護射撃を受けながら、外さない近距離でワイアームの周りを駆けながら2連装グレネードガンを給弾しながら次々と撃つマチカ。
炸裂弾の連打に、コールドワイアームは炎上して力尽きた。
「よしっ! あと1体だマチカちゃんっ」
呼び掛けたが、アドレナリンが出過ぎてフラフラしているマチカ。
「こっちも弾切れだっ! 何発かは当ててやったっ」
ヒロシが岩陰から出てきた。
上空のワイアームは高い高度を維持仕切れなくなり、高度をやや落としていたが、ヒロシの銃撃がなくなったとみると、冷たい光でヒロシ達に攻勢を掛けだした。
「マチカっ! しっかりしろっ。3人で何とかもう少し下まで落としてくれっ。俺も一応リボルバー撃ってみる」
「私のライトボウガンじゃ厳しいですっ」
それでも回避しながらの4人掛かりの遠距離攻撃で、徐々に翼を傷付けられたワイアームはついに低空飛行しかできなくなった。だが、ショットガン、マシンボウガン、ライトボウガン、ヒロシのリボルバーは弾切れとなった。
ニックとマチカがリボルバーに切り替え、チュンコがスモールシールド片手に陽動を試みる中、ヒロシは予備武器の刃の落ちたカトラスとウォーハンマーを武器召喚した。
「当たってくれよっ?!」
まずはカトラスをコールドワイアームに投げ付けるヒロシ。刃の落ちたカトラスはワイアームの背に命中した。ガクンと飛行がぎこちなくなるワイアーム。
ニックとマチカのリボルバーの命中率も上がった。翼を傷付けられる。
飛行がいよいよぎこちなくなると、ヒロシはウォーハンマーを構えた。
「フンッ!!」
投げ付けられたウォーハンマーはコールドワイアームの右の翼を引き裂いた。落下するワイアーム。
マチカはグレネードガンに持ち替え、2発を尾の付け根の辺りに放った。千切れるワイアームの尾。
「ゴァアアアーーッ!!!!」
絶叫するワイアーム。
「炸裂弾、今ので最後っ!」
マチカは短尺長巻に持ち替え、ニックはミドルスピアに持ち替え、ヒロシは距離があったのでとにかく走った。
チュンコは離れているが、ワイアームの視界に入る位置でスモールシールドを構え、技でもない謎の踊りを踊る等して挑発し、陽動を続けた。
コールドワイアームの攻撃は激しく、疲労しているニックとマチカはウェポンスキルを使う間が無かったが、ヒロシが駆け寄ってきた。かなり息が上がってる。
「ゼェゼェ・・位置取り間違えた。空気薄いっ」
ヒロシは気を取り直し、シャムシールを武器召喚した。
「狩り獅子と『ハードミラー』、どっちが当て易いと思う?!」
「今、ヒロシに襲われたら避ける自信無いからハードミラーでっ!」
「誘導してみるよっ!」
「よしっ!」
ヒロシは大剣を半身で逆さに構えて、丹氣を溜め、慎重に暴れるコールドワイアームに接近した。
短尺長巻の刀身が砕けた為、ヤケクソ気味に蹴打技の『鉄串』をワイアームの腹に撃ち込むマチカ。
「ディアアーーッ!!」
ダメージは通ったが、ワイアームはマチカを噛み砕きに掛かった。
「セァッ!」
ミドルスピアの穂先で強引にワイアームの横面を殴り付けるニック。右の牙を叩き折る。雑な打ち方に穂先が砕けたが、噛み砕きは阻止できた。
激怒したコールドワイアームは攻撃対象をニックに切り替え、再度噛み付きを放った。その間にヒロシが割って入った。
「っ?!」
動揺したが、攻撃を止められないコールドワイアーム。ヒロシは攻撃される瞬間、丹氣を乗せた逆さ持ちの構えをしていた大剣で一気にワイアームの口を打ち上げた。
似た動きの小剣の技『一角受け』ならここからラッシュに入るが、ハードミラーは一撃のカウンターに賭ける。
「マチカ邪魔ーーッ!!!!」
攻撃しようとしたらマチカがまだワイアームの腹の前にいた為に叫びつつ、猛烈な突きを撃ち込むヒロシ。全力で転がって避けるマチカ。
コールドワイアームは腹に大穴が空けられ、絶命した。
「はぁはぁ・・危ないところだった」
「ヒロシっ! 今日2回目っ」
「ヒロシさ~ん」
「いや、今のは俺、悪い?」
「やりましたねっ、皆~っ!」
「そう言えばニック、さっきありがと」
「ちょっと好きになっちゃった?」
「すぐそういうこと言う」
「へへへっ」
どうにかコールドワイアーム3体を撃破できたヒロシ達だった。ネネウンも密かに冷や汗をかく手際ではあった。
解体後、ネネウンの査定価格は・・
「800万ゼムくらいにはなるね。1体焼き尽くしたのがもったいなかったけど」
「マチカちゃ~ん」
「しょうがないじゃんっ。私、悪くないっ!」
「まだ仲間がいるかもしれないから早くゴールしませんか?」
「賛成っ! もうシャムシールもボロボロだ」
・・・一行は素材回収が済むとさっさと旧観測塔へ向かった。ゴールは午前11時16分だった。
3階にあった無線で飛翔船発着場建屋の本部に連絡を取るヒロシ。
「こちらヒロシ班です。ゴールしました。獲得金は概算、1589万ゼムですっ! ピックアップお願いしますっ。何か、観測塔の周りに凄いワイアーム集まっちゃってますのでっ! 一刻も早くっ、ピックアップお願いしますっ!! 早くっ!」
旧観測塔の窓の外にはいつの間にか20体以上のコールドワイアームが集まっているのが見えており、ネネウン以外のヒロシ達は、震え上がるより他無いのであった・・・