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発展講義っ!!

発展しますっ!!

ヒロシ達の街での休暇から話は前後して、11月、鏡王の月の頭に行ったダンジョンでの特別講義後、もう今月は走破系の講義が無い為、代替え講義として上級指導官のバルバリ・ナッパ・ドズルによる簡易な特別講義『耐久トレインラン』が不定期で入る様になった。

体格体力に合わせた重し入りのバックパックと金属杖を持たされ、1周約50キロの野外コースを走る。

最後尾には回復魔法の使えるギルドサポーターが2名付き、遅れると『減点』を宣言された上で回復してくるので脱落は不可。

コースの魔物避けの処置は行われているが、それでも途中遭遇した場合は即時受講者が撃退する。ということになっていたのだが、先頭を走るバルバリの威圧が強過ぎて魔物に襲われることは一切無かった。


「よく走る学校だよな?!」


「もう既に一生分走った気がするよ・・」


「私、まだまだいけるっ! 負けないっ」


ヒロシ、ニック、マチカは並んで走っていた。


「冬晴れで気持ちいいなぁっ! ハッハッハッ!!」


上機嫌のバルバリ自身は背負った鉄塊を鎖で括り付け、極太の棘金棒を持っていたが走りは軽やかで、体術による物か? 丹氣術による物か? 足元の木の枝を踏んでも折ることもなく、音も殆んど立てなかった。

速度も明らかに長距離走ではなく中距離走のそれで、山の悪路を、それぞれ重しを負って遅れることも許されない受講者達は息も絶え絶えだった。

と、不意にバルバリが後ろ向きになって走りだし、受講者達と向き合う形をとった。


「戦士科のビチグソどもっ!! 今月も、張り切って頑張ろうなっ?!!」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


息が上がってすぐには上手く応えられない一同。バルバリの表情が一変した。殺気に森の獣達が逃げてゆく。


「っ?!」


「返事ぃーーーッ!!!」


「イエッサーーーッ!!!!」


必死で応えるギルド学校戦士科受講者達でであった・・・



各講義は基礎から発展に移行していた。

ドワーフのボルビの講義は『多対一の戦い』の演習に変わった。守り手と攻め手を交互に切り替え、練習用の武具のパターンも様々に切り替えて行う。

ヒロシ達が自主練習で行っていた物に近かった。

物理戦が苦手な異能や魔法タイプの者達は人数を多少は調整される。

ニックは器用さと立ち回りの的確さで、マチカは素早さと勘のいい攻撃の大胆さで一定の評価を得ていた。

ヒロシは全体的に総合力が高く、射撃武器等も概ね的確に扱い、月の後半にはこの講義から抜け、代わりにゴマメ扱いされているバンビ組の残存受講者7名を纏めて相手することになった。

他にも数名、この講義の『一抜け』を認められ上級者はいたが、なぜかヒロシにだけがバンビ組の相手をさせられていた。


「何で俺ですか?」


「他の上級者は手加減が下手であったり、人当たりが悪かったりしました。何よりまともにカタギの社会人経験のあるのが君だけだったのですよ、ヒロシ」


「はぁ・・」


ボルビに促されやむ無くヒロシは引き受けた。が、改めてバンビ組を前にすると癖の強そうな者達ばかりだった。


「え~、ヒロシ・ドーガ・ヤクトです」


「知ってるわっ」


「マチカがよかったな・・」


「私もですっ」


皮の防具に身を包みゴーグルをして木製の盾と剣を装備した、バフィ、ラーシエン、チュンコは当然いた。


「はいはい。じゃあ、まぁ皆で纏めて掛かってきてもらってもいいんだけど、それだとたぶんレクリエーションみたいになるだけだから、これから俺が打ち掛かるんで、皆さんは最初はガードと回避に専念して下さい」


「え~っ?!」


「DV的だわっ」


「そんなので殴られたら首もげますっ!」


ヒロシも皮の防具を着込み、ゴーグルをして、両手持ちの木製大剣を持っていた。身構えるバンビ達。


「いや稽古だから、別に本気で頭潰しにいかないよ? 俺は主に盾や剣の破壊や吹っ飛ばしに専念する。両方失った人は一先ずリタイア! ってことで」


「何の効果のレッスンだよ? SMじゃないだろな?!」


「何? 劣情抱いているの?」


「元妻だけでなく私達バンビにまで・・ケダモノですっ!」


「ちーがーうっ! 皆、実践では魔法や異能ありきで戦うんだろうけど、それにしたって守りが薄過ぎるから、慣れてもらわないと。それにガードと回避を覚えれば攻撃の立ち回りやパワーも身に付く。1人1人は見てられないし、これが合理的なんだ。ニックやマチカとも似たトレーニングをした」


「・・・・」


バンビ組は顔を見合せ、渋々納得した様子だった。


「じゃ、しっかり構えてな。・・ゆくぞっ?!」


「ちょっ、待っ」


「待たないっ!」


ヒロシはふわっとした構えのバフィと、近くにいたラーシエンとチュンコを纏めて大剣で吹っ飛ばした。


「きゃああっ!」


「最低っ!」


「ちゃ~っ!!」


こんな調子で最初は一方的に吹っ飛ばし続け、泣かせ、嫌われ、ロッカーに『ゴリラの国に帰って下さい』と手紙を入れられたりしていたヒロシだった。

それでも月の末になる頃にはバンビ組の回避とガードも多少マシになり、時折それなりに鋭く丹氣を乗せた重さのある反撃もしてくる様になった。

それに伴いヒロシの扱いも『近所のゴリラ』ぐらいに落ち着いていった。

またゴマメ扱いの者達とはいえ日々技量を上げる7人を纏めて相手にし続けた結果、ヒロシは他対一の立ち回りや繊細に手加減する技術を格段引き上げることができた。



エルフの男、マーヤの講義は丹氣を使った個別の武器の技、『ウェポンスキル』の習得に変わった。

ニックは器用さや位置取り等、頭使って使用する必要のある技を得意としていたがパワーが足りない為、ある程度専門武器を絞って練度を上げてゆくことになった。

マチカは爆発力と素早さが物を言う技の習得に長けたが、メイン武器に蹴り技を強化する『シュートレガース』を選んだ為、この武器と相性のいい手持ち武器の扱いも一通り覚えることになった。

ヒロシはパワーや耐久性を求められる技を得意とし、武器は『拳打』『大剣』『ライフル』『中型盾』に適正があった。

特に大剣は得意で、今期の戦士科の受講者の中では一番の使い手だった。


「取り敢えず大剣は、防御系1種、単発強打系1種、後は制圧力のある連打系を1種。他も最低限度。最初はそんなもんね。今月中に形付けときなさい、ヒロシ」


「ウッス」


マーヤにそう指示された通り、ヒロシは素直に大剣系の3種の技の仕上げに入った。


「・・お願いしますっ!」


隔絶された特別教練室で、刃の付いた大剣を構えるゴーグルと甲羅の防具を身に付けたヒロシ。

目の前の石が敷かれた地面に、小型の石の魔道人形『スモールストーンゴーレム』が20体、停止した状態で膝を抱えて座っている。


「小型でもタダの置物じゃないぞ? ちょっと数が多くないか? 足場の設定もそこそこ厳しいし」


教練室の壁の上部の1角には強化ガラスの窓があり、その向こうの指示室にトレーニングを補助するギルドサポーターが数名いた。スピーカー越しに施設接続型の拡声ワンドで話してきていた。接続型の集音管はスピーカーから離れた位置に付けられていた。


「いけますっ!」


「ヤバかったら中止するからなっ」


「はいっ」


指示室で操作が行われると、スモールゴーレム達は一斉に起動した。即座にヒロシを認識し、意外な素早さで殺到しだす。

ヒロシは丹氣を大剣と全身に乗せながら、視覚と聴覚と触覚とゴーレム達の命の気配を探る霊覚で、可能限り探知する。

連撃の、太刀筋が通った。


「オオオォーーーッ!!!!」


ヒロシは足場の石を踏み割りながら、身体を旋回させながら大剣の横薙ぎの一撃を連打する『狩り獅子』を放った。1体、2体、3体・・次々とスモールゴーレムを粉砕してゆくヒロシ。

しかし、残る3体が意外な動きをして読みが外れ、17体目を倒した所で残り3体と離れてしまい、2回転空振りになった。

すぐには止まれない。そして、離れた位置から観察されると見切られ易い技でもある。スモールゴーレム達はジッと、ヒロシの回転運動を観察しだしていた。

このままでは対応されるのは目に見えている。ヒロシは切り替えた。


「フンッ!!!」


ヒロシは回転の勢いはそのままに、大剣を手放し、スモールゴーレム達に投げ付けた。猛烈な回転の大剣の高速投擲に2体は成す術なく粉砕されたが、残り1体は2体と離れていた為、無傷だった。

回転を止めたヒロシは手近に転がっていた撃破されたスモールゴーレムの腕を1本拾い、残り1体に駆け込み、スモールゴーレムもヒロシの突進した。

かなり近い間合いでゴーレムの腕を投げ付けるヒロシ。猛烈な勢いの腕をガードするスモールストーンゴーレム。

ヒロシは懐に飛び込んだ。腰溜めに右の拳に丹氣を集める。


「セイッ!!!」


渾身の『正拳突き』でゴーレムの胸部を打ち抜き粉砕するヒロシ。


「ふぅうう・・・何とか狩り獅子を習得できました」


「いやっ、最後の方、凄い勢いで技以外に色々してたろっ?!」


指示室のギルドサポーターにツッコミを入れられるヒロシだった。

こんな調子で、ヒロシは月内に大剣技は他に単発強打の『ミスリルブレイカー』、防御技の『ハードミラー』の高い練度で習得することに成功した。

拳打技は正拳突き加え、打ち払い特性の『鎚受け』を習得。ライフル技は弾丸に丹氣を乗せて貫通力を高める『ピリオド』を習得。中型盾の技はシンプルに守りを固める『鉄亀』を習得した。



ファイアピクシーのエルの講義は『時間制限型野外演習』に変わった。

と言っても定期的に『間引き』する必要のある、比較的人里近い下位モンスターの繁殖地での討伐活動だった。

可哀想、等と言っているとあっという間に魔物に生存圏を奪われるのがアマラガルド世界の自然の掟である。

制限時間は厳しめであったが、事前にギルドサポーターによる再度の安全確認が行われる他、万一の時の為に十数名の受講者1組につき2名程度遠目保護監視を行うギルドサポーターも付き、移送体制も整っているのでアクシデントがない限りは大きな破綻はなかった。

10月の時点で先行していたヒロシ他数名は特に早かったが、魔法解禁の講義であった為に火力UPのニック、元々制圧力の高いマチカ等も、合わせて19名の上級者達が月の後半になる頃にはこの演習講義を抜けることになった。


「は~い。じゃ、殺しのスキルの高い血塗れのあんた達には3パターンの特別課題出すよぉ? 人の役に立つのが冒険者の基本、って忘れちゃダメだよ?」


とエルに『魔法科・複合科指導補助』『保育施設でのボランティア』『戦士科の非上級者組の野外演習の保護監視』の3つの内、いずれか1つの割り振られる課題を出された。

分け方は明白で、ヒロシの様に人当たり良い受講者は指導補助。マチカやダンジョンでニックを見切った鬼眼族のジャインの様な人当たりに難のある者には保育施設。どちらでも無いニック等は保護監視の課題が出された。

指導補助班や保護監視班は無難に対応したが、コミュ力に難があるにも関わらず保育施設に派遣された者達は当初四苦八苦していた。

が、この課題もまた、月の末ともなるとそれぞれ多少は父性や母性を多少開花させ、ジャイン等はボランティアの最終日に園児から拙いレーゲン語で『じゃいんせんせいありがとうすき』と書かれた手紙を園児から渡され、一旦無言で園の廊下に出てから3つ目で密かに号泣しているのをマチカに目撃され、


「何? ジャイン」


「っ?! 違うっ! マチカ、違うぞ? これは砂場の砂が目に入っただけだっ! このジャインは完全に平常心だっ! 違うっ、違うぞぉーっ?!」


等と全力で否定したりする一幕もあった。

一方、11月になって講師役を引き受ける機会が妙に増えたヒロシは、指導も適切であった為に普段警備会社の役員をしているギルドサポーターに、


「君っ! 適正があるっ。是非、ウチの警備会社の訓練担当者になってほしいっ! 冒険者と違って安心安全っ、待遇も間違いないよっ?!」


と熱烈にスカウトされ、


「いやあの、合格したいんで・・」


と困惑していた。



影の身体と光る目を持つシェード族のサイアンの講義は、沸き立つ薬湯の上に立つ無数の石柱の上に甲羅の防具を付けた受講者達が長棍を持って構え、個人戦サバイバルと団体戦の2種の競技で互いに薬湯に落とし合う『薬湯石柱』に変わった。

マチカは個人戦は得意だったが、団体戦では上手く協調できず不調。ニックはどちらも無難にこなしていたがやや埋没気味。ヒロシは団体戦の指揮官や副官として優秀だったがそれで目立ってしまい、個人戦では集中攻撃されがちであった。


「クッソぉ~・・」


個人戦で何度も熱い薬湯に落とされたヒロシは一計を案じ、個人戦では『ある程度数が減るまで断固参戦しない』という戦術を取って、柱から柱へ逃げ回った。


「ズルいっ!」


「悪いゴリラだっ」


ブーイングを受けつつも当初はこの作戦は上手くいった。しかし・・


「ふっふっふっ、ヒロシさん。決着をつけようか?」


「温泉卵にするよっ? ヒロシっ!」


なぜか途中からニックとマチカが個人戦における『ヒロシ担当』となって毎回コンビで襲ってくる様になり、思うように戦績を上げられなくなっていった。


「・・先生っ、この講義の個人戦、人間関係で決まり過ぎではないでしょうか?!」


「バンビ組は個人戦でも協力してそこそこのスコア取ってるじょ。プロのクエストでも、せっまいせっまい、小っちゃな煮詰まった人間関係が絡まって思う様に攻略できないことが多いじょ? 敵を倒せばどうにかなると、そればかり考えるのは甘いじょっ!!」


「何か、すいません・・」


ボヤきを小さな空飛ぶ絨毯に乗ったサイアンに一喝されるヒロシだった。



西方温帯種の人間族の女、オルダズィーテの講義は『属性判定』と『固有属性魔法基礎』に変わった。

『水』と『時』の属性のニックと、『土』と『木』の属性のチュンコ等は既にその段階を過ぎていたので最初から別講義を受けていた。

個別の属性を詳しく判定し、その属性にあった魔法を基礎を習得する。

ヒロシは初めて袖を通す初心者用の灰色のローブを纏い、属性判定の助けになるガラスの様な材質の林檎の形の魔法道具『カラーシード』を手に、判定の間に足を踏み入れた。

短い通路を進むと宙に浮く装飾された台座があり、その先の下方には中心部に穴の空いた大型の魔方陣が描かれていた。

魔方陣の端の全周には等間隔に小さな魔方陣が描かれており、11の属性を表す11体の小精霊達が静かに佇んでいた。

輝く陣以外は薄暗い判定の間の中空には骨の大蛇に乗り、両手持ちの杖を持ったオルダズィーテが待ち構えていた。

無言で頷いて促すオルダズィーテ。ヒロシは前方の浮いている台座に乗った。

ヴゥンッ、と音を立てて台座は宙を移動し、魔方陣の中心部の穴に収まった。


「っ?!」


カラーシードが目まぐるしく11色に色彩に移り変わり始めた。魔方陣も反応し、眠った様だった小精霊達も目を覚ます。


火の精霊サラマンダー、雷の精霊シュガール、氷の精霊スネグーラチカ、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、土の精霊ブラウニー、木の精霊ドリアード、時の精霊グルモン、光の精霊ルーメン、闇の精霊テネブラエ、魔術の精霊トート・・


いずれもヒロシに注目していた。


「色が・・」


変わり続けたカラーシードが『白』と『茶』の光に絞られ、やがてカラーシードの中で白と茶の小さな光が競い合う様に時計回りにゆっくりと回転し始めた。

魔方陣の紋様が、土のブラウニーと光のルーメンに対し強く光って繋がり、ブラウニーは喜んで頑強な両拳を打ち付け、ルーメンは微笑んで光の羽衣をはためかせた。

他の小精霊達はすぐに再び眠りに落ちた。


「属性が決まったようですね」


骨の大蛇に乗って、オルダズィーテは光るカラーシードを持つヒロシの側に降下してきた。


「ヒロシ・ドーガ・ヤクト。貴方の属性は『土』と『光』。性質は緩やかな物ですが『秩序』を現しています」


「土、光、秩序・・」


我ながら『緩やかな』の部分を含め、らしいとは思った。


「貴方と親和性の高い土のブラウニーには忍耐と頑迷の性質が、光のルーメンには勇気と冷徹の性質があります。それらは貴方の一面でもある。そのことを忘れずに・・」


「・・・はい」


やや耳が痛い指摘だった。改めてブラウニーとルーメンを見ると、ブラウニーは腕を組んで鼻から息を吐いて試す様な顔をし、ルーメンは腰に手を当てて視線を斜め上に向けて知らん顔をしてきた。


「手強、そうですね」


「貴方は貴方とよく似た性質の怪物と付き合ってゆく。それが魔法使いの覚悟という物ですよ?」


オルダズィーテは杖を手にイタズラっぽく笑い掛けてくるのだった。

判定の間から出たヒロシはどっと疲れ、担当のギルドサポーターにカラーシードを返却した後にロッカー室に着替えにゆくのが億劫になり、一旦、喫煙室に行くことにした。

実は灰色のローブのポケットに煙草とマッチを入れていたヒロシ。


「頑迷と冷徹か・・」


煙草道具を手に歩いていると、喫煙室の前の休憩スペースに灰色のローブを着たマチカと4椀族のフナートがいた。

マチカは自販機の近くのベンチにぼんやりと座り、フナートは休憩スペースの奥の一番端の席にちょこん、と冷めた金属カップを持って小さく座っていた。

自販機はお湯と金属カップの貸し出しと砂糖等は無料で、粉茶のみ購入するタイプの物だった。マチカは特に何も飲んでいない。


「どういう状況??」


「ん?」


「いや、違う違うっ」


何やら慌てるフナート。


「俺が先に休憩してたら、後からマチカが来て、何か元気無いから上手いこと話そうと思ったが、話が続かなくて・・現在に至る、だ!」


ヒロシとマチカは苦笑した。


「ごめん、フナート。何か空気重くしちゃって」


「いやっ、いいんだけど・・」


ヒロシは小さく溜め息を吐いて煙草道具をしまった。


「マチカもフナートも、終わったら座学自習なんだぜ?」


自販機に向かいながら話し掛けるとマチカは「ううん」とだけ曖昧に応えた。

ヒロシはココアとコーヒーの粉茶を購入した。砂糖の袋を1つと金属カップを取って給湯器で甘いホットココアとブラックのホットコーヒーを作った。

マチカにホットココアを渡し、自分はコーヒーを持ってマチカから少し離れた、端にいるフナート寄りの位置に座った。


「ありがとう」


「うん」


ココアを飲むマチカ。顔色が良くなった気がした。


「俺、土と光だったよ、判定。2人は?」


「俺は『火』と『魔術』。でも魔法向いてないってさ」


「キツいな、オルダズィーテ先生っ」


「だろ?」


何てことない、といった口調で言いそうなオルダズィーテの姿が容易に浮かぶヒロシ。


「マチカは?」


「・・私は『雷』と『闇』だった」


「へぇ」


さらっと相槌を打つのにやや苦労したヒロシ。フナートももはや中身が残ってるかどうかも疑わしい金属カップに目を落とした。

詳しい話はともかく、マチカがワケありなことは全受講者に伝わっている。


「ライトトーチは普通にいけたのにな」


「俺より上手いっ」


「ありがとフナート。私、雷属性持ってるから、物理的な『光』ならそんなに相性悪くないみたい」


「そんなもんか・・」


「何でも都合がつくもんだ。俺も腕が多くてバランス悪いが、下の腕2本で上手く固定できる場所なら射撃得意だからなっ」


「そうなんだ」


「この間のダンジョンでもやってたね」


言葉選びを慎重にせねばならない、と内心冷や汗をかくヒロシとフナート。こういう時に限ってニックやチュンコは来そうになかった。


「・・雷のシュガールは直感と激昂、闇のテネブラエは安息と害意、を現すんだって。性質も強めの混沌だった。・・私、自分が正しい人間だとは全然思ってなかったけど、改めて客観的にお前はそんな人間だよ、って言われると結構グラっときちゃったよ」


ヒロシはブラックコーヒーを一口啜った。安っぽい味だが会社員の頃、オフィスで飲み慣れた味でもあった。ほんの数ヶ月前だが遠い昔のようだった。

そして普通に上手くやっていた元同僚達の顔を殆んど思い出せないことにヒロシは愕然とした。やはり『冷徹』は間違いない、と思わざる得なかった。


「・・自分が、自分で思ってた最低ライン以下何てよくある。俺もしょっちゅう自分にガッカリしてる。厚顔無恥だな、って思うよ」


マチカは知り合いの家の犬か猫を観察する様な顔をした。


「私、ヒロシをそんな風に見えてない」


「他人の目は大事、て話さ。マチカも色々な人に見られてマチカになるんじゃないか? ・・えーと、だからコーヒーも砂糖とかミルクを入れたら美味しいカフェオレになる、みたいな。ん? 何か違ったか??」


「上手いこと纏めようとするからだぜ? ヒロシっ」


ヒロシは途中で講釈が気恥ずかしくなっただけだったが、フナートが冗談っぽくしたことが功を奏したのか、マチカも笑った。


「ふふっ、でもヒロシ、今、飲んでるのブラックだよね?」


「そこは俺の頑迷さの成せる技だ」


「何それ?? ふふふっ」


いい感じの会話の流れにはなってきたが、さっきの講釈が改めて気恥ずかしくなってきたヒロシは立ち上がり、漏斗状の飲み残し回収箱に残りのコーヒーを捨て、金属カップも返却箱に置いた。


「もう行くんだ」


「マチカも早く着替えて自習室に行かないと減点されるぞ?」


「飲み終わったら行く」


「うん。じゃ、な」


「ありがとう。ヒロシ」


「応っ」


「じゃあ俺もっ! マチカ、これやるっ」


今が機会とばかりに席を立ったフナートは、マチカに野外演習でよく配布される塩練り蜂蜜飴を1つ渡し、やはり既に空だった金属カップを返却箱に戻し、急いでヒロシに続いた。


「ありがとっ、2人とも!」


ヒロシとフナートは軽く手を上げて応じつつ、そそくさと退散した。

それから11月の末までに、ヒロシは基礎的な自分の属性魔法の習得に励み、土属性は『クリエイトソイル』『ガイアランス』『ガイアウォール』を習得した。

光属性は『ライトトーチ』に加え『クリエイトティンクル』『ライトダーツ』『エンチャントライト』を習得した。



黒い肌のホビット族の老人ベナンの講義は『壁歩き』といった細かい丹氣述の習得と回復技の『軟丹氣』の習得に変わった。

マチカは既にこの段階を終えていたので、別の上級者向け講義を最初から受けていた。

細かい体術の類いはニックの上達が早かったが、異質な軟丹氣の習得には苦労していた。

ヒロシは意外と軟丹氣は器用に習得したが、早い段階でニックからコツを教わっていた壁歩き以外には手間取っていた。


「マチカは丹氣の練り方の癖が強い。2人は互いにできてる点を教え合って自主練習するといい。昼寝も好きにしたらいい」


「いや、昼寝は特に必ずでは、ないです・・」


「もう外寒いしね」


ヒロシとニックはベナンの珍しい軽口に、やや照れ臭い気がするのだった。



副職の講義も高度化したが、一方で専門家を目指しているワケでもないので、地図師と農民の職能修得に関しては月内で終了する見通しとなっていた。

今月からは身辺素行審査も済んだとして『商人』の職能修得も始まった。元会社員のヒロシは得意であったが、算術と接客が苦手なマチカと、商業その物に感心が薄いニックはやや手間取っていた。

ヒロシは同じく元プロ薬師でわりと商業が得意なチュンコと2人で、座学や接客法に関しマチカとニックの自習のサポートに入ったりもした。

そして商人の講義は月の後半にジークスエリアの一角で行われるバザーに参加して『利益』を上げるという課題が最初の山場となった。

同じ班になったヒロシ、ニック、マチカ、チュンコ、バフィ、ラーシエン、オーク族のガノーン、ホブゴブリン族のマサルは、昼間の講義が終わった後に風呂と夕食を済ませてから、学校の小会議室の一室を借りて作戦会議を開くことになった。


「はい、じゃあまず何売りたい? 普通のバザーだからナマモノと高価格商品はダメだぞ?」


「予算は私達全員で70万ゼム。バザーの相場からするとそこそこ高額ですね。ギルドから支給されたお金はギルドメンバーからの寄付や協賛費から賄われていますし、ギルドは税金も優遇されています。ここは無駄遣いせずにしっかり稼ぎましょう!」


黒板の前で進行するのはヒロシとチュンコだった。


「はい!」


マチカが即座に手を上げた。


「お? マチカ、聞こうか」


「肉食べたい」


「却下。『食べたい』ってそれお客側だよっ?」


「う~っ」


「マチカちゃん、唸ってもダメだからねぇ」


茶化すニックを睨むマチカ。喜ばせただけだった。


「でもテイクアウトに適した肉料理は定番ではありますね」


「飲食品は事前審査があるし、量を出すなら手数料1万ゼムくらいかかるんじゃない?」


『必勝っ!! バザーの極意っ!』というテキストを拡げているラーシエン。


「俺達のブースは3つくらいにワケられそうだから1つは飲食にしてもいいと思うな」


「何を売ると言うのですか?」


「あんた、タメ口か丁寧語かはっきりした方がいいよ。聞いててフワフワする」


ラーシエンに横槍を入れるバフィ。


「ではタメ口でっ! 何を売ると言うのですかっ、ヒロシ・ドーガ・ヤクトっ!!」


「いや何でフルネーム。まぁいいけど・・要はブースごとの色分けがはっきりするかな、って思ったんだ。ガノーンとマサル何かが旨そうな物売ってたら購買意欲を刺激するだろ?」


「ホントだ。2人とも肉っぽい!」


獲物を見る目でガノーンとマサルを見て、動揺させるマチカ。


「いやいやいやっ、食いもん売るのは別にいいけど、俺達は肉じゃないからなっ、マチカ!」


「怖ぇよっ!」


「食べないよっ、フフフフフ・・・」


余計に警戒される笑い方をするマチカ。


「可愛い」


「可愛いっ?!」


ラーシエンの反応に困惑するバフィ。


「まぁガノーンとマサルには、ちゃっ! と何か食べ物を売ってもらうのもいいかもしれませんね。マチカさんも試食できるでしょうしっ」


ニコニコ頷くマチカ。それを目を細めて眺めるチュンコとニックとラーシエン。


「・・会議の体を成してないんじゃないっ?!」


ツッコまずにはいられないバフィ。取り敢えずガノーンとマサルに飲食品を売ってもらう案を黒板に書き出すヒロシ。


「他はどうする? 俺とニックはタートルカービングしようか、って話したりもしてたんだけど?」


「あっ、あれホントにやんの? ヒロシさん」


大工の講義で習った木材加工のカービングの技法で『亀』を題材にしよう、と話したことがあったヒロシとニック。


「男子、カービングやる人多いんじゃない? やるんだったら被らない様に当日までに殴り合いでも何でもして、住み分けといてね?」


興味無さそうなラーシエン。


「いや、殴り合いまでしなくても普通に話し合うよ・・」


「じゃ、ヒロシさんとニックはタートルカービングですね。原価は安そうですけど、ちゃんと売って下さいよぉ?」


「頑張るよ」


「亀かぁ」


ヒロシとニックのタートルカービングの案も黒板に書き出された。


「後はウチら女子かぁ・・ちょっと冬で寒いけど、軽くエロい格好でもしてインチキな油絵でも売っとく?」


「どっからそんな発想が出てくるの?」


「絵かぁ、描くの苦手」


「マチカさん、この案は大丈夫です・・」


「うん?」


出だしから着地点がボヤける女子メンバー達。ここから小一時間、不毛な女子達の議論が続き、面倒臭くなったマチカは居眠りを始めてしまった・・。


「ベタだが、ジャンルを絞った古着でも売ってみたらいいぜ? ヒロシ達じゃねーが、他の班とは住み分けたらいい」


「ギルド関連のリサイクルショップで纏めて仕入れたら安くはなるな」


ガノーンとマサルが見かねて提案した。


「確かに、このバザーにギルドの受講者が毎年出店するのは名物になってるみたいだし、俺達の班もギルド関連商品を売るブースを1つは欲しいな」


「ブルゾン何かいいのがあるし、部門や年代や支部でも違うからいいと思うよ? 4人とも着て売ったらバッチリだよっ。マチカちゃん似合うだろうしね!」


「・・っ?! え? 呼んだ?」


起きたマチカ。


「マチカちゃん、『かぁいいね、かぁいいね』って言ったんだよ? ムフフっ」


「何? 気持ち悪いっ。怖っ」


寝起きでゾッさせられるマチカ。


「まぁ、それでいいんじゃない? もう眠くなってきたわ。明日も5時起きだし・・」


「いや男子に言われたままやるのは嫌だっ。品目はウチらで考えようぜ?!」


「それもそうですね。まぁ、マチカさんに着せて、ちゃっ! と決まる服にしましょう」


「ハイハイ、マチカマチカっ!」


初回の会議はそんな物だったが、バザー当日の第1曜日。

ヒロシとニックはそのままタートルカービング。ガノーンとマサルは串焼きメルメル鳥の肉と香菜を脂肪を含まないパンのマラケタに挟んだ物を売ることになった。

マチカ達女子チームは結局、ギルドのダウンベストの古着を売ることになった。



接客が基本苦手なマチカはダウンベストを着て『演武』パフォーマンスを担当。強めに当たれるバフィが客引きを担当。美人なラーシエンが接客対応。チュンコは会計や細々なフォローを担当した。

ヒロシ達のタートルカービングの置物は手先の器用なニックの仕上げの確かさと親しみを感じるデザイン力、ヒロシが一押しした見易く動きのある手作り陳列棚と、ヒロシの『小慣れた接客』が上手くハマり好調だった。

・・もうすぐ亀が完売というところで、リュッテがタツオを連れて現れた。


「木工の学校に行ったんだっけ?」


「ヘッヘッヘッ。色々するんだよっ」


「これお父さんが作ったのぉ?」


「そうだぞタツオ~。このニックおじさんと作ったんだぞぉ?」


「ど、どうも、『ニックおじさん』です」


ヒロシと似た子供と、明らかに『高い女』に見えるリュッテの登場に動揺を隠せないニック。内心ヒロシの元妻は下町風の女性だと想定していた。


「貴方、ヒロシと仲良いの?」


ニックに視線を向けるリュッテ。三日月のピアスが揺れる。


「はいっ、ヒロシさんには良くしてもらってますっ!」


「フフッ、面白い人」


リュッテは隣のブースでダウンベストを売ってるマチカ達をスッと流し目で見た。マチカ以外は緊張感を感じた。


「結構、可愛い子達がいるのね」


「あ~、そうだなぁ。ラーシエン何か、女優っぽいな」


「大袈裟ですよ、ヒロシさん」


丁寧語に戻るラーシエン。


「あの元気のいい、カッコイイ子がマチカちゃんね」


名を呼ばれて演武を止める汗を少しかいたマチカ。リュッテと目が合うと、軽く会釈した。


「ふ~ん」


「お母さん、この亀欲しいっ!」


「いや、渡す用にとっといたのがあるから、やるよやるよ」


「やったーっ! ありがとうお父さんっ」


「うん」


「じゃ、私達、もう行くわ」


「ああ、あっちのブースのマラケタサンドも俺らの班なんだ。支払い俺がするから買ってけよ、リュッテ」


「あらそう? でも自分で払うわ。亀はありがとう」


「そうか、じゃあ・・風邪引くなよ?」


「何それ? フフッ。じゃあね」


「お父さん、ニックおじさん、バイバ~イっ!」


「応っ」


「またね~」


リュッテはタツオを連れ、マチカにだけ会釈してガノーン達のブースにゆき、マラケタサンドを2つ購入して去っていった。


「・・何か、元奥さん、迫力あったねぇ! ヒロシさんっ」


「そうか?」


「私、苦手なタイプだわっ!」


「いーやっ、あんたのど真ん中に見えたけどぉ?」


「どこがよっ!!」


「うっほ、キレ過ぎっ」


バフィに混ぜっ返されて激怒するラーシエン。


「でも、綺麗な人でしたねぇ」


「そだね」


マチカはチラっと、タツオを連れて雑踏に消えたリュッテの方を見たが、すぐに演武を再開した。

その後すぐに亀の置物は完売した。

ガノーンとマサルのマラケタサンドは2人の容姿と雰囲気、手堅い肉料理と食べ易いあっさりしたマラケタの評判が上々で、多めに用意したがこちらも程なく完売した。

マチカ達のダウンベストは高過ぎない値段で、ケチらずいい物を仕入れ、クリーニング屋に頼むと思ったより高額になった為、女子だけでは手が足りず男子達にも手伝ってもらい大騒ぎでしっかり洗浄して慎重に乾燥させたおかげで状態がよかった。

マチカの演武も好評で、そこそこ強引なバフィの客引きも、いるだけで映えるラーシエンの接客も、チュンコの抜かり無い店の仕切りもバッチリ決まった。

途中からヒロシ達にも手伝ってもらい、バザー終了2時間前に見事完売と相成った。


「・・諸々差し引きましてぇ~。我々の班の利益はぁ・・・ちゃ~っ!!! 8万8百13ゼムでしたぁっ!! やったぁーっ!! 黒字ぃーーーっ!!!」


「めでたいっ!!!」


自分達のブースの後片付けが済んだヒロシ達は帰りのバスに乗り込む前に打ち上げモードに入っていた。


「ギルドから出た70万は戻さなきゃならないけど、残りは山分けじゃんっ?! ウッシッシッ」


お金が好きなバフィ。


「税金は?」


冷静なラーシエン。


「大体ですが、差し引き済みです!」


「サンドもうちょっと作っても良かったかもなぁ」


「いや、あの辺が限界だぜ?」


マラケタを自作するのを早々に諦めて、ギルド関係のベーカリーから美味いパンを購入したのが実は一番の勝因だったとは気付いてないガノーンとマサル。


「私、ずっと演武してたから普段の戦士系の講義とあんま変んなかったよ。早く学校戻ってお風呂入りたい」


「じゃ、私も」


「私もです!」


「同期のハラスメントを阻止しねーとなっ」


利益の一番大きかったのはやはり単価が違うダウンベストだった。


「俺達の亀、売れたけど、あんま儲からなかったね。ヒロシさん」


「単価がなぁ」


ともかくヒロシ達は冬の夕暮れの中、石油ストーブの前で他のブースで売れ残ったビールを飲みながら、労い合うのだった。

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