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会社が倒産したから冒険者ギルドに入ってみたっ!!  作者: 大石次郎


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森の時計、湖のハープ 3

ニック編完結っ! 2話分のボリュームなんで時間取れる時に是非・・

「それは一面的過ぎませんか?」


見かねたヒロシは、フオシンの魔法の絨毯から降りながら話し出した。フオシンも何か言おうとしたが、察したマチカが座ったまま抱えて口を塞いで黙らせた。

手を噛まれたが動じるマチカではなかった。減らず口を叩くより、マチカの血の味に関心が移って傷口をペロペロ舐めだすフオシン。


「なんだお前は?」


樹上で苛立つテオケッサ。

長命なエルフ族、それも街で暮らしていないエルフ族は遥か過去のことを昨日のことのように認識していることが少なくない、ギルド学校でそう習ったことを思い起こしながら、次の言葉を慎重に選ぶヒロシ。


「ヒロシさん」


弱りきった様子のニック。ヒロシはニックの立場で釈明する、というのも酷な話だと思った。


「ニックの仲間のヒロシ・ドーガ・ヤクトです。テオケッサさん、ニックの父、ゼラメーゼさんは確かに厳しい最後で、そのことの為にミモザさんは深く傷付きました」


「人間達のつまらん工作の結果でもあったのだろう?」


見た目はニックと変わらないくらいだったが、テオケッサには苦悩の蓄積による疲労の跡も見られ、それが『老い』と見れないでもなかった。


「軋轢はあったのでしょう。ですが暗殺を企てるような物ではなかった。不幸な偶然まで罪とするのは義憤の捌け口にしているだけではありませんか?」


「何をっ!!」


激昂して樹上で弓を引くテオケッサ。+1はある長弓と矢で、技量もあると見えた。外す距離でもない。射られればただでは済まない。


「ヒロシさんっ?! 叔父さんっ! ちょっとっ」


立ち上がって慌てて2人の間に入るニック。


「気安く叔父等と言うなっ」


「・・治せるかもしれないんだよ?」


既に軟丹氣で噛まれた傷口は塞いでいたが、フオシンがまだペロペロしていたのでその頭を押し退けつつ、マチカが言った。


「昔の話って、今、することかな? 私達、これから貴方の姉で、私達の仲間のお母さんを治そうと思ってるんだ。邪魔するなら、私達、戦うよ?」


「だぞ?」


マチカの血ですっかり満足顔のフオシンも同調した。


「・・・自分の環境を楽に考え過ぎていた。ミモザの繊細さをわかっていなかった。私はあの優男を認めたワケではない。だが」


テオケッサは弓を納め、代わりにニックの前に小袋を投げ落とした。


「拾え。音階の湖にゆくのだろう? あの強欲な、卑しいセイレーンどもはただでは宝を寄越さん。法外な金を吹っ掛けられたくなかったらそれを渡せ」


「叔父・・テオケッサさん」


ニックは感涙しそうになりながら、袋を拾った。


「『夜伽の大樹』の琥珀だ。連中はそれで媚薬を作る。それは私が1人で入手した物で郷の許しは必要ない」


「どれどれ~?」


「えっ?」


フオシンが脈絡無く、片腕を伸ばしてニックから小袋を盗って開け、匂いを嗅いだ。


「うわっ?! クッサぁああ~~っ?!!」


魔法の絨毯の上でひっくり返るフオシン。


「何をしている? まだ加工していない。そのままでは肥溜めに果樹や花束を詰めて発酵させたような臭気しかしない」


「先に言えよっ、この耳長原始人っ!」


「ふんっ! ・・オイ、お前」


ヒロシに向き直るテオケッサ。


「何か?」


「その小僧は」


樹上からニックを顎で差すテオケッサ。


「あの優男とミモザの弱い部分を受け継いだようだ。身の程をわきまえ、冒険者等辞めて街で暮らすように伝えておけっ!」


テオケッサは言うだけ言って、森の中に去る構えを見せたが、


「ニックは確かにフニャフニャした所はありますが」


ヒロシがまた反論しだしたのでヒヤヒヤするニック。


「ヒロシさんっ、もういいからっ。今、丸く収まる流れだったからっ」


「しなやかに強い部分もあります。それに優しくて面白いヤツです。ニックのキャリアは俺達じゃ決められません」


「・・勝手にしろ」


テオケッサは今度こそ森の中に跳び去っていった。


「もぉ~ヒロシさんっ! なんで最後食い下がるかなぁ」


「あそこは『もう一押し』のタイミングだったぜ?」


「えーっ??」


ニックが戸惑いつつ、ヒロシ達は森の時計に続いて夜伽の大樹の琥珀を入手したのだった。



日が暮れる頃に、刻の森の遥か南東の音階の湖を眼下に望む高台の祠跡にヒロシ達は到着した。リガントの冒険者ギルドが指定している野外安全地帯の1つだった。

離れていても、湖から奇妙な音が微かに聴こえる。

祠自体は崩れていたが魔除けの結界はギルドによって維持されていた。リガント王国の場合は国費援助による所が大きいようであったが。


「こっちだっ!」


「あんま状態よくねーぞここっ!」


「マチカ~っ!」


「なんか食いもんないかぁっ? あそこの貸し出しスタンド、ロクなもん売ってなくってさぁっ!」


「ウッキーっ!!」


浮遊する魔法の絨毯から見下ろすと、祠跡にはマサル達以外にも2人、人物がいた。ドワーフ族の女と、痩せた人間族の男で、音階の湖のクエストや入手予定の湖のハープの使用の為に雇われた者達だった。

マサル達の騎竜も側に繋がれていた。

着陸してから途中の農村で簡単に買ってきた新鮮な食材を出すと、やんやと喝采を浴びるヒロシ達。

ガノーン達は祠の礼拝所跡の広場にテント等を設営していた。ペレットを混ぜた焚き火も焚かれていたが、公式安全地帯だけに簡素な竈や洗い場も端に設置されていた。

但し水道等は無く、金属の蛇口の付いた石の水瓶に汲んだ水を貯める形式になっていた。

トイレは見当たらなかったが、おそらく携帯トイレで男女別々の場所で『致す』ことになりそうであった。


「こんな食事が重視されるクエストになるとは・・」


「辺境系クエストは今度から気を付けようね」


「ガノーン、凄い張り切ってる」


ガノーンは料理人のサブクラスを持っている。


「ワタシはそれより眠い。サイアンの魔法の絨毯、燃費悪い」


森での戦闘後に回復はされていたが、そもそも消耗していたこともあってフラフラしてマチカに手を握ってもらってようやく立っているフオシン。


「これだけ人数多いとなんだか楽しいね。ギルド学校の同期なんだって?」


「スエリアはギルドも大きいんでしょう?」


ドワーフの女と痩せた男の2人が歩み寄ってきた。


「あ、こんばんは。そうですね。同期です。全員でそれぞれのクエストを攻略するのを順番に手伝ってるんですよ」


「仲いいねぇ。あたしなんてこっちのギルドに同期が8人いたけど、全員疎遠だなぁ」


「そうですか・・」


「俺もリガント出身なんですよ!」


「へぇ? まぁ私も隣国のギルドでライセンス取りましたけど、スエリアは遠いですね」


「いや、たまたま近い国の石油自動車整備工場で働いていて、あの辺りだとスエリアが一番ギルドが発達してたんで」


「ニックは糸が切れた凧みたいに転々としていたもんね」


「マチカちゃん言い方っ。ま、実際そうだったけど・・」


「ヒロシっ! そのツンデレの叔父さんからもらった、っていう」


マサルが焚き火に薪とペレットを足しながら言ってきた。


「いやツンデレって・・」


「確かに叔父さん、なんやかんやで凄い準備して俺達が出てくるの待ち構えててくれたみたいだけど」


「まぁなんでもいいけど、それ、ノユキさんに初期加工してもらった方がいい。たぶん原料のままだと値切られるぜ?」


「はい、あたしがノユキ。名乗ってなかったね。マッパー兼魔工師ね。本職はマッパーだけど、元々は魔工師の工房で働いてたから結構スキルあるよ?」


ドワーフのノユキは左の袖を右手で叩いてみせた。


「因みに私はルジネーです。バードです。ま、ここでは待機してるだけで正直現地まで付いて来なくてよかったな、って今は思ってたりするんですが・・」


苦笑するルジネー。


「それね! 行ってみたら音階の湖の『水底通路』の管理が結構ヤバくてさ」


「ウキッ」


ガノーンの調理を手伝っているバフィと、食材の野菜を生でつまみ食いしている仔猿形態の山の主。


「魔物だらけだったわぁ。まぁもう殆んど片付けたけどねっ、ぐっふっふっ・・」


容量の大きいウワバミの球から倒した魔物の一部を取り出して、『肉切り包丁+1,5』で食べられる部位の切り分け始めているラーシエン。

狩人のサブクラスを持っているのはバフィなので役割が逆であったが、性格的なポジショニングであった。


「・・ま、とにかく、加工お願いできますか?」


やや脱線したので、ウワバミの腕輪から夜伽の大樹の琥珀を取り出すヒロシ。

マチカは結局立ったまま寝てしまったフオシンを敷き布団等無く寝袋は大き過ぎるので毛布でくるんで寝かし付けていた。


「勿論! 諸々契約の範囲だよ」


「俺もちょこっと魔工師齧ってるんで手伝います」


「あたしも別に錬成師じゃないから」


錬成師は素材加工の専門家、魔工師は魔法を帯びた工業品の専門家で似て非なる物ではあった。


「刻の森でそっちの専門のフルキさんと一緒だったから戻って頼めばよかったかもしれないッスね」


「あっ、フルキを雇ってたの? アイツ、この間パーティー内の色恋沙汰でトラブってソロやってるらしいよ? ふふっ」


「それそんな有名な話なんッスか?」


「リガントはギルドの構成員が少なくて狭い世界なのよねぇっ」


「ノユキさん、さっき『同期と疎遠』と言ってましたけど、普通に仲悪いだけですしね・・」


「やめてっ! 私の中ではアイツらと疎遠になってるからっ」


等と雑談もそこそこに、その夜の内に夜伽の大樹の琥珀は媚薬の前段階の『緋燈沙』に加工された。



たっぷり夕飯を食べた翌朝、刻の森に残ったメンバーやエイミーとも通信石で連絡を取り、ガノーンが1人で手早く作った『ソーセージエッグトースト&オリーブミソペーストハーブオニオンスープ』を食べてすっかり血色が良くなったヒロシ達。

食休みもそこそこに、高台の祠跡のキャンプで待機するルジネーに見送られて湖畔から音階の湖の水底へと続く通路へと入っていった。

音階の湖のスィートウォーターセイレーン族は湖の中心部の水底に拠点を築いていて、そこまで通路は通っていた。

8年程前まで人の出入りもあったが、どうも地元の領主等とセイレーン達が揉めたらしく、以来この通路は放置されている。


「なんか、やっぱり聴覚が変な感じがするな」


ヒロシは最初に石を組んでから滑らかに錬成し直して造ったらしい内部を見回しながら、戸惑った様子で窒息しないように大気石も仕込んだフルフェイスの遮音ヘルメットの側面を両手で触った。

ヘルメットは全員被っていて、通話は無線機で行っていた。

音階の湖はその名の通り四六時中、湖から波の揺らめきに応じて怪音が響いており、まともに聴き続ければ特殊な耐性持ちでない限り正気を保つのが難しかった。


「すぐ慣れるさ」


体格に合わせ大型のヘルメットをしているマサルが言ってきた。


「独り言とか全部聴こえっからなっ」


辟易した様子のガノーン。


「なんか凄い浅い、早い呼吸してる人いない? 野性的っ?!」


聴き慣れぬ息遣いに動揺するニック。


「それはウチの山の主。昨日はすぐメット脱ごうとするから大変だったんだよ!」


「ウキ?」


合うサイズのヘルメットがなかったのでノユキに子供用のヘルメットをさらに小さくしてもらった物を山の主は被っていた。

野生丸出しな山の主の姿からすると中々窮屈そうで、容易にバフィの苦労は想像できた。と、


「これ、頭とか痒くなったらどうするの?」


不意にマチカがポツリと呟くと、一瞬間が空いた。


「マチカそれ言わないでーっ?! 皆、『意識の外』に追いやってることだからぁっ!」


昨日、それが余程堪えたらしいラーシエン。そもそもラーシエンはすぐ自分の髪を触る癖もあった。


「昨日の内に補修した安全地帯もあるから。そこは音、響かない。まぁ神経質な人もいるし、さっさと進んじゃおうよ?」


ノユキはフランクな調子で言った。


「ですね。行きますか」


ヒロシ達は特殊な環境と装備は慣れるしかないと、割り切って進みだした。

マサル達が衰退していた照明苔を活性化させたり、所々に設置してあるエレメント充填式の水の属性の照明石等は整備し直してくれていたので明かりは十分だった。

ただ通路をあちこちで塞いでいたという過剰発達した水の属性のブルージェム原石群は取り除かれて尚、かなり邪魔で足場は悪かった。

足元を小型の甲殻類方モンスター達がウロウロしてもいた。


「原石でも全部剥がしたら相当額になるな。怪音の影響で変質していて珍しいし、宝の山だ」


「セイレーン達に許可無く持ち出すと呪われる魔法式がばっちり掛かってるぜ? 装備をレンタルできるから通路を通すサブクエも受注してんだけど、率は悪いなぁ」


キャンプの調理はノリノリだったが、どうもこの湖のクエスト自体はそうでもない様子のガノーン。


「『通路を通し、セイレーンの様子を報告する』クエストは何年も前に発注されてるけど、人気は無いクエストよ。私もあんた達同伴で、別途にギャラが出ないなら来てないわ」


マップを左手に持っているが細かい通路の形状まで完全に記憶しているらしく前だけ見て歩くノユキ。

先導するので前列にいるが、右手にスモールシールド+1のみを構えて戦闘その物には参加するつもりが無いらしい。

水先案内と通路補修のみに対応する、割り切ったスタンスだった。

脇道、別れ道、簡易な補修では対応不能な通れない道もあったが、迷わず足早に案内してゆく。安全地帯も2ヶ所経由した。

そうして戦闘という程の戦闘の無いまま、マップ中盤までくると天井からの水漏れが増え、足元の水溜まりや泥濘が目立ってきた。


「マチカ、ワタシは歩くの飽きた。びちゃびちゃしてきたし、敵も殆んど出ないし、魔法の絨毯でビュンっ! って行こうぜ?」


「あんたすぐビュンっ、て行こうとすんね。別にいいと思うけど、人数多いし、ここ、変な音が響いてるから飛び難いんじゃないの?」


「行けるってっ!」


「どう? 皆?」


一行は一旦立ち止まった。


「昨日、放棄した水没ルートを浮遊系魔法で行ってみた時は、怪音で不安定化させられて水ポチャしかけたけどねぇ」


慎重な構えのノユキ。


「フルパワーなら行けるってっ!!」


ややムキになってきたフオシン。両拳を胸の前に持ってゆき、足はその場にガッチリ踏ん張っている。『これは早々納得しない』と察するヒロシ達。


「ノユキさん、まだ整備や駆逐が終わっていない終盤エリアまでどれくらいですか?」


「この調子だと徒歩で40分掛からないくらい、そこまで遠いワケでもないし、微妙なところね」


「水上でも高所でもない、いいんじゃないか?」


内心、ゴネられるのが面倒臭かったマサル。


「お? 珍しくわかってるなっ、デカブツ1号っ!」


「へいへい」


「よし、足が濡れてるから払ってから乗ってみよう」


「ヤッターっ!」


シンプルに喜ぶフオシン。ヒロシ達は乾いた地面のある場所を探し、そこでニックの『ウォーターコントロール』の魔法で靴の泥や水気を払い、フオシンが大きめに拡げた魔法の絨毯の上に乗ってみた。

結果、少し高めに浮き上がっただけでかなり揺れている。


「オイオイっ、絨毯酔っぱらってるぞっ?!」


「ウキキッ!」


焦るガノーンと面白がる山の主。


「ふぁ~~~、落ちてしまいそうだから抱き締めてもらうしかないわっ、マチカぁっ!」


言いながら自分がマチカを抱き締めるラーシエン。


「絶対してくると思った・・」


成すがままのマチカ。


「オイっ、フオシンっ! いけんのかっ?」


うっかり揺れの激しい端の方に乗ってしまったので急いで這って絨毯の中央に移動するバフィ。


「うぅ~・・見切ったっ!!!」


目を見開き、一気に魔法の絨毯を加速させるフオシン。ヒロシ達は慌てた。


「フオシンっ! 速いぞっ?」


「次の角左っ! 間違えないでっ」


「あばばばっ?!」


はしゃいでいたので落ちそうになった山の主の首根っこを掴んでキープするヒロシ。

ミスすると魔物を駆逐していない明かりも復旧してないルートに突っ込むので即座に指示に入るノユキ。

ある種の義務感で最前列に座った為にまともに空気の圧を受けて仰け反り、遮音ヘルメットが取れかけて必死で押さえるニック。

何人かのメンバーが肝を冷やされたが、あっという間に、終盤の未整備エリアまできた。


「暗っ。というか、川っ!」


眼前の通路にもツッコミを忘れないニック。明かりは僅かに残った照明苔のみで、ほぼ水没し、過剰発達したブルージェム原石の頂点部分のみが足場になっている。


「他にルートは?」


「ないではないけど、通路全体の構造や全体の劣化具合からするとどこもこんな感じだと思う。距離的にはあと少しだよ?」


ここに来てようやくマップを直に見るノユキ。ここからは8年前のマップとここまでの内部状況から変化を類推するしかない。


「・・まぁ、ですね。じゃあ」


「ワタシ、もう眠い」


ヒロシが言い終わる前にフオシンがフラフラしだした。ここまでの飛行で力を使い切ったらしい。


「マチカ、フオシン頼む」


「うん。あんた、軟丹氣大丈夫だっけ? ポーションとか掛けちゃってもいいけど」


「丹氣もゆっくりなら『喰える』。エルの技もちょっとは『喰った』し」


「食べちゃうんだ・・ま、いっか」


マチカはヘルメットが邪魔で回復薬を飲ますことはできないフオシンにゆっくり軟丹氣を送り込んだ。

以前は加減が苦手だったが、経験を積み、性質も柔らかく変わり、加えて今のマチカのメインクラスは気法師。丹氣の扱いの専門家だった。


「よし・・皆、最短で行こう。ただ水中の探知は済ませる。明らかになんかいる気配だし」


「それも、私、できる」


多少はフオシンを回復させたマチカが手を上げた。


「・・水よっ!」


マチカは『ウォーターリプル』の魔法を発動させて水の波紋で水没した通路を可能な限り遠くまで探知した。


「ん~~っっ!! 怪音が凄い邪魔だけど・・・・大体わかった! 大型の個体はこの先の三叉路の広間に3体! 中型や小型は・・『大漁』っ!!」


魔法を解除し、座り込むマチカ。ニックとラーシエンが同時に軟丹氣しようと接近したが、即、かち合って無駄な牽制を始めた。


「大型2体くらいなら封じることはできる」


マサルのメインクラスは封印術専門のシールナイト。


「俺のモノアイ達は水中戦は正直微妙だなぁ」


ガノーンのメインクラスは料理人ではなく、石系モンスターを使役するストーンコマンダー。


「俺は正直、足場増やすくらいかな?」


ヒロシは巨人殺しがメインクラスだが、ここでは使い道が無さそうであった。


「山の主は水あんま好きじゃないんだよ」


バフィは山の主限定のビーストテイマーだったが、ややこのクエストでは持て余し気味となっていた。


「魔法道具は色々持ってるけど?」


ノユキの水先案内のマッパー職は別として、魔工師の能力はサポート能力としても高かった。


「水中の魔物なら任せて!」


結局ニックが右肩、ラーシエンが左肩に手を置いてマチカに軟丹氣を送ることにしていたが、回復させながらニックが言った。

当のマチカは湿っぽくて絡まり付くようなラーシエンの丹氣と、フワフワして落ち着きないニックの丹氣が同時に身体に入って悪酔いしそうになっていた。



「よ~し、まず水よ!」


ニックは『クリエイトウォーター』の魔法で自分で支配できる水を周囲に造りだした。


「からの、怒涛よっ!!」


メインクラス、ドルフィンナイトの職能で水の力を増させて逆巻かさせるニック。


「仕上げ!『六花水』!!」


逆巻く激流をシャーベット状の氷水に変えて、水没した水路に注ぎ込むと、瞬く間に水没通路全体がシャーベット状の氷水で埋め尽くされた。


「ふぅ~っ、大型はギリギリだったけど、中小モンスターはバッチリ深い眠りに落ちてるよ。あー疲れた」


言うだけ言って、その場に仰向けに寝転がってしまうニック。


「一方的過ぎてあまりいい気はしないけど、『掃討』も依頼の内だから、中小の個体は私のドールに任せて!」


人形遣いのサブクラスを持っているラーシエンは霊剣ディードを振るい、召喚済みのウィンドマリオネット2体を操り、シャーベット状の水没通路に飛び込ませた。

眠る中小水棲モンスター達を猛烈な勢いで撃破してゆくウィンドマリオネット達。


「使役しているラーシエンのカバーよろしくっ!」


「わかった!」


「皆、気を付けてね~」


「ワタシ、回復したからもうデカいのとも戦えるぞ?」


「フオシンは待機だっ!」


「え~っ?」


ヒロシ達は動けないラーシエンと、まだ回復しきってないマチカ、ニック、フオシンを置いて水没通路前に残し、ブルージェム原石の頂点伝いに通路の先、大型個体3体を一先ず眠らせた三叉路の広間へ急いだ。

ノユキはニックの力で一気に肌寒くなる中、複雑に分岐するブルージェムの頂点を小走りに正しく先導し、合わせて手近な充填式照明石を補給用の『アクアスプライトワンド』を振るって次々とチャージさせて明かりを灯していった。


「昨日から思っていたが、あんたいい仕事するな」


マサルが手際に感心して言うと、


「身体大きいし、足場悪いから気を付けなっ」


と一喝され、ガノーンに笑われてしまった。ノユキの『照れると怒ったような反応をする』という性格をマサルが知るよしもなかった。


「アレかっ! デカいなっ。ハハッ」


水没した三叉路の広間まで来ると、ヒロシは水中で眠る3体の巨大怪魚『ボトムレスパーチ』を見て笑ってしまうヒロシ。


「呑気なツラだ。人の来ない秘境暮らしなら見逃してやりてぇよ」


言いながら、ガノーンは小石形態でキープしていたモノアイロック群を出現させ、さらにそれらを1体の、石の砲台の隻腕を持つ上半身だけの岩の巨人『ガナーギガントモノアイロック』に合体させた。

隻腕に力を溜め始めるガナーギガントモノアイ。


「明かりを灯すよっ!」


ノユキはアクアスプライトワンドをふるって広間全面にある燈台の内、破損していなかった物、全てを充填させて輝かせた。

その光に眠ってるボトムレスパーチの内、2体が反応をした。


「マズいなっ」


右手を差し伸べ、魔法式を宙に発生させて水中の身動ぎしだした2体の動きを封じるマサル。


「んんっ! 反発が激しいっ、さっさと頼むっ」


早くも脂汗をかくマサル。


「バフィはノユキさんのフォロー頼むっ。土よっ!」


ヒロシはガイアウォールの魔法をフルパワーで発動させて、広間の水面から散見されるブルージェム原石の頂点の隙間を埋める形で岩壁を作った。


「山の主はメットが邪魔で大きくなれないから、あんま期待しないでくれよ?!」


「ウキっ」


シェルロッド+1,5を構えながらノユキに断っておくバフィ。仔猿形態の山の主は興奮して宙返りを始めたりしていた。


「あたしもルジネーも敢えて言ってなかったけど、あんたら『色々』連れてるよね?」


「まーねっ!」


バフィはニヤリと笑った。


「まずは1体っ」


ガノーンは同調させたガナーギガントモノアイロックに、封印されることなく水中で眠り続けていた1体へ冷たい水飛沫を上げて『石化弾』撃ち込ませ、体内から石柱を吹き出させて全身を石に変え倒した。

これにマサルに封じられている残る2体が激しく反応し、身を振るわせた。


「っ! 2体は無理だっ。遠い方を解放するぞっ?!」


「2人はフォローするっ! ガノーンっ、次弾を早くっ」


ヒロシはガノーンとマサルの前にシミター+1,5を二刀流の構えで立った。ボトムレスパーチには背中の針状の背鰭を放出する能力があり、手数が必要だった。

バフィとノユキはやや離れたブルージェム原石の頂点にいた。


「これが連射できないんだよなぁっ!」


ガノーンは必死で急がせているが、再び溜め動作に入ってるガナーギガントモノアイロック。

マサルは水中でもより遠くにいる個体の封印を解除し、残る1体の封印に集中した。

ボトムレスパーチは水面に急浮上し、巨大な顔を出すと自分に干渉した者を理解しているらしく、迷わず主にマサルに向かって無数の針毛を放出した。


「んがっ!」


双剣連打技『黒衣連剣』を連発して針毛を打ち払い、マサルと、一部流れ弾がゆくガノーンを守るヒロシ。


「主っ、『腕だけ本気ぱんち』っ!」


「ウッキィーーーっ!!!」


バフィの指示に反応し、山の主が突然水没した凍てつく広場に跳び出し、両腕だけ巨大化させて、強烈な左右のフックパンチをボトムレスパーチに続けて打ち込んだ。

ヒロシ達の方ではなかったが、津波のような水飛沫が上がる。

ボトムレスパーチは対岸まで吹っ飛ばされ、針毛を撃つどころではなくなった。

 冷たい中に落水した山の主は大騒ぎしたので慌ててバフィがロープを投げていた。


「隙有りっ!」


ノユキは腰に差していた2連装グレネードガン+1で、対岸にブルージェム原石の頂点とヒロシが造った足場を砕く形で打ち上げられたボトムレスパーチの頭部に、凍結弾を2発撃ち込み凍結させ、脳を麻痺させて動きを止めた。


「溜めた1発はもう1体に使ってくれっ!」


ガノーンに叫び、勝機と見たヒロシは駆け込みながらシミター+1,5をウワバミの腕輪に戻し、代わってクレイモア+1,5を武器召喚した。


「足場悪っ」


対岸への衝撃等で脆くなったブルージェム原石の頂点や自分が造った岩の足場に苦戦しながら、ヒロシはヘルメットが邪魔で飲めないのでポーション+1とエーテル+1を身体に振り掛けて、最低限度回復効果を得つつ、跳び上がるヒロシ。


「セェアっ!!!」


気合いと共に溜め斬り技『ミスリルブレイカー』を凍ったボトムレスパーチの頭部に打ち込み、切断するヒロシ。

ガノーンも狙いをマサルに封じられたまま、水中で身動ぎし続ける最後のボトムレスパーチに定めた。相手は明確にガノーンを睨んでいた。


「そんなに見られたら気まずいぜっ!」


石化砲を放たせるガノーン。霙の水飛沫が上がり、最後のボトムレスパーチは横腹を撃たれて全身から石柱が飛び出し、怪魚の巨石像と化し倒された。


「なんとかなったな! おっと」


いった側から足場の一部が崩れて軽く飛び退くヒロシ。


「『まともに戦い難い系』は基本全部しんどいぜ・・」


封印術の維持が堪え、その場に座ろうとしたが、ブルージェム原石の頂点が放射状に全て尖っていて座れず、半端な体勢でしゃがむハメになって顔をしかめるマサル。

そんな具合にヒロシ達は完勝し、マチカ達とも合流し直し、残りわずかな後半通路も問題無く補修、攻略していった。



・・水底通路を踏破し、スウィートウォーターセイレーンの住み処にたどり着いたヒロシ達は、まず窮屈だった遮音ヘルメットと無線機を取った。

ドーム状のその箱庭のような空間には音階の湖の怪音は響かず、呼吸も問題無くできた。天井はガラスのような材質で、まだ午前中の水上の明かりが少し光量を減退させながらも降り注ぎ、中は明るかった。

装飾で華美であったが、通路にあった物と同じ照明灯もいくつも灯っていた。

ドーム空間には甘い匂いが立ち込めていた。建物は神殿風とも古代都市風とも言えたが、管理されているわりには生活感のような物はあまり感じられなかった。

非戦闘型の水棲モンスター達がウロ付いてもいた。


「アポは取ってないけど、いいのかな?」


刻の森でも同じような話をしていたヒロシ。


「いや、別ルートと出入りのある別の水棲種族を介して一応話は通してる。といっても通路の補修の件だけだけど」


肩を竦めるノユキ。

それを合図にしたように、建物の1つから浮遊する霊魚の類いに乗ったスウィートウォーターセイレーンが随分ゆったりした速度で数名こちら向かってきた。

耳が鰭状で鱗や鰓を持つ淡水タイプの人魚の一種で、現れた個体は全て2本足形態をしていた。

古風な貴族風とも娼婦風ともつかない服装で、絵画のように、あるいは過剰に、整った陰のある容姿をしていた。


「大儀であった。後の細々としたことは必要無い。我らからも褒美をやろう。ほれ」


野良犬に餌をやるようにかなり古い時代の銀貨が入った小袋を地面に投げ落とす先頭にいたセイレーン。


「・・ニック。この国の人達ってなんですぐ地面に投げちゃうの?」


ムッとした顔で聞くマチカ。


「いやいやっ、レアケースのラッシュに遭遇してるだけだからっ」


出身国への誤解を解きたいニック。それらにまるで構わないセイレーン達は早くも霊魚の手綱を引き、身を翻そうとした。


「あのっ! ちょっといいですか?」


「金、げっとっ!」


隙を見て腕を伸ばし、銀貨の銀貨袋を盗るフオシン。


「なんぞ?」


流し目気味にヒロシに振り向く先頭のセイレーン。特に異能は使われていないが、ゾクゾクさせられる物があった。


「湖のハープを交換してもらえませんか? 我々は緋燈沙を・・えーと、今、誰が持ってたかな?」


ヒロシ達は互いに顔を見合わせた。ハッと気付くラーシエン。


「あ、私だ。昨日の夜、嗅いでた」


「何してたんだお前・・」


引き気味に怪しむガノーン。


「フフフフフフッ」


謎な笑みを浮かべながら、ウワバミの腕輪から緋燈沙の入った袋を取り出すラーシエン。

ヒロシは咳払いをしてから先頭のセイレーンに向き直った。


「湖のハープと交換しませんか? 等価くらいかと思うのですが?」


「・・・見せてみよ」


ラーシエンはヒロシ達と目配せし、緋燈沙をセイレーンに渡した。中を確認するセイレーン。


「本物、のようだな。しばし待て、交換はしてやろうぞ?」


緋燈沙を持って、セイレーン達は出てきた建物へ戻っていった。


「そのままパクられたりして」


「ウキっ」


なぜか面白がるバフィ。


「セイレーンは強欲だけど姑息ではないから大丈夫でしょ? でも思ったより儲かったね」


フオシンが「ウッシッシ」と小躍りしながら喜んで掲げている銀貨の袋を見るノユキ。


「というか噂以上に美形ね! 退廃的っ」


「言うと思った」


「同意せざるを得ないな」


興奮するラーシエンに呆れるガノーンとマサル。


「上手くいきそうだな、ニック。これで物は揃う」


「うん、こっから本番なんだけどね」


「大丈夫だよ」


ヒロシがニックの肩に軽く拳を当てると、マチカも反対の肩を軽く小突いた。マチカのパンチがちょっと痛かったニック。


「マチカちゃん、『肩パン』がいつもちょっと強いからね」


「『強パン』だよ」


「何その造語っ?! 語感程可愛くないからねっ」


「ふふっ」


等とやっていると、


「おっ、おっ? おおおーーっ???!」


仰け反るヒロシ。建物の中から、霊魚に乗り、古風な竪琴を持った先程のセイレーン達を先頭に、数百人の痩せ細った老人達が次から次へと出てきた。誘導役らしい他のセイレーンも数名付いていた。


「待たせたの」


「いや、待ちはしましたがっ。なんですかこの方々??」


間近で見ると老人というより消耗し尽くした若者達であるようだった。9割は男だったが、女もおり、全員古風な貫頭衣を着て。虚ろな目で何かうわごとを言っていた。


「我らの『蜜屋』の住人であった者達だ」


「蜜屋・・??」


「セイレーン達の『お楽しみ部屋』だよ」


小声で伝えるノユキ。これに不敵に嗤うセイレーン達。


「勘違いするでないぞ? 誘拐や洗脳はしておらん。この者達は自ら進んでここへゆき着いた我らの信徒達だ。この世の悦びの全てを教えてやったわ。ホホホッ」


確かに、蜜屋の住人であった者達は恍惚の表情を浮かべているようでもあった。


「だが、もう使い物にならん。通路の原石の3割くれてやる。『これら』を引き取れ。それが交換の条件じゃ」


挑戦的な視線をヒロシに向けるセイレーン。その腕にはまさに湖のハープが抱かれていた。


「・・どうする?」


断り切れない、と思いつつ仲間達にも聞いてはみるヒロシ。銀貨を地面に拡げてお弾き遊びを始めているフオシン以外は全員やむ無し、といった顔だった。

ヒロシは溜め息を付いて霊魚に乗るセイレーンを見上げた。


「わかりました。その方々は我々で引き受けます」


「ならばよし」


スウィートウォーターセイレーンは耳の奥で音が転がるような淫靡な声でそう言い、微笑むのだった。



湖のハープを入手したヒロシ達だったが、まともに歩けもしない蜜屋の元住人達数百名を無事湖畔まで連れ出すのには大いに手間取り、昼過ぎまで掛かった。

原石の回収等は今はしている暇が無かった。


「ヒロシっ、あとはもうこっちでやっとく。お前達はニックの母さんの所に行ったらいい」


耳栓をさせているが、ふらふらと音階の湖に入ってゆこうとした元住人の数名を掴まえながらマサルが言った。

ヒロシ達はまた遮音ヘルメットを被り無線機を使っている。


「悪いな」


「恩に着るよっ」


「交代でクエストやってんだ。気にすんな」


「ノユキさんもありがとうございました」


「仕事だから。上でルジネー拾うの忘れてやらないでね」


「了解ですっ!」


「マチカっ! また明日ねっ」


「うん」


「ニック、落ち着いてやれよ?」


「ウキ~」


「わかった」


「キャンプにクッキー作り置きしてあるから持ってけっ」


「早く乗れよぉ。ここの『音』、鬱陶しいから」


ヒロシ達はマサル達と別れ、フオシンの魔法の絨毯に乗ってまず高台でルジネーをピックアップし、ついでにガノーンの刻みドライフルーツ入りクッキーも入手して、それを食べながら音階の湖からは北西に向かうことになる、ミモザの待つ集落へと飛び去っていった。


「ジャイン達も夕方には刻の森の設置クエスト終えられるらしい」


「マサル達の方が掛かりそう」


「私が言うのもなんですが、リガントのギルドは腰が重いですから、車両の手配等は遅くなると思います」


「なんか、全部任せて悪かったなぁ」


「あんなポンコツども、そこら辺に捨ててったら野良モンスターどもが掃除してくれるぜ?」


「そういうこと言わない」


「イテテっ」


マチカがフオシンの頬をつねっていると、眼下にミモザのいる集落が見えてきた。


「モルゾーン先生も2時間後には来るそうだ」


こちらも通信石+1で連絡済みであった。


「あの先生のお師匠さんの代から診てもらってるから、こんなに時間が掛かっちゃって、申し訳無いよ」


「ニック、『申し訳無い』とかそういう台詞言い過ぎ」


「あー、ごめん・・」


「マチカも自分のクエストの時、大概ネガティブだったぜ?」


「覚えてないっ」


「ワタシ達を倒しに来やがったが、生き残ってやったぜっ! キヒヒっ」


「皆さん、仲よろしいですね」


「あ~」


「うーん」


「ねー」


「知らね」


ヒロシ達の反応を楽しげに見るルジネーだった。

静か蔦の家に到着すると、エイミーだけでなく、タカモリも疲れた様子でヒロシ達を驚かせた。

ミモザの姿は見えない。


「どうかされたんですか?」


「ニック。昨日、貴方が来たからだと思うけど、目覚めてからミモザが興奮してしまって、色々な時間の気持ちではしゃぎ続けるものだからもう本当に疲れてしまったわ。今はまた眠っているけど・・」


ソファに座ったまま立つのも億劫な様子のエイミー。


「そうだったんですか」


「お風呂に入られますか? 二室あります。一室はお客様用の広いお風呂になっております」


不意にタカモリが言ってきて、ヒロシ達は一瞬意味がわからなかったが、ルジネー以外のメンバーは特に、薄汚れた格好をしていた。


「あ、はい。そうですね。まだちょっと時間あるし、じゃあ」


「だな。頂きます。着替えはあるのでお構い無く」


「フオシン、一緒に入るよ」


「風呂かぁ」


「私もですか・・」


同性とはいえ、昨日会ったばかりでいきなり混浴というのもやや戸惑うルジネーであった。

ヒロシ達男子3人は客用の広い風呂に入り、マチカとフオシンは普段ミモザ達が使っている底が浅く手摺があちこちに付いた小ぢんまりとした風呂に入ることになった。

狭い風呂に大人の男子3人が入るのはさすがにハード過ぎたゆえの配置であった・・。


「ふ~、さっぱりしました」


「それはよろしかったですね、ニック様」


ヒロシとニックとマチカは私服に着替え、ルジネーも私服ではないが、やや簡単な装備に着替えていた。フオシンは『風呂に入ったら、寝る準備をする』と学習していた為、パジャマ姿であった。

タカモリが冷たいハーブ水を用意してくれていたのでそれを飲み、寝室で昨日と変わらず少女のような寝顔のミモザの様子を見、軽食を食べながらエイミーとミモザの若い頃の話をしたりしていると、やがてモルゾーンがワースリザリン族の看護師を連れて静か蔦の家に到着した。


「そうですか、刺激で躁状態が強かったんですね。比較的現在に近い認識や、過去の核心的な認識の片鱗も多くみられた・・ふむ」


ミモザの寝室で、ベッドの側に置かれた丸椅子に座って考え込む。


「急いだ方がいいですね。なんの備えもなく、引き金になった過去を思い出すとまた強いショックを受けてしまうかもしれません」


「道具は揃えました。具体的な手順は?」


森の時計はヒロシが、湖のハープはルジネーが持っていた。


「皆さんにはこれからミモザさんの夢の中に入ってもらいます。夢に侵食されないように、これを身に付けて下さい」


モルゾーンは自分のウワバミの指輪+1からサイズの様々な『貝霞のケープ+1』を取り出した。


「まず、ミモザさんの夢の底の深層意識は時が入り交じった混沌の中にあります。それを湖のハープで正しい順序に並べ直して下さい」


「パズルみたいだなっ! ヒヒっ」


「フオシン」


茶々を入れたフオシンの口を塞ぐマチカ。今度は血が出る程は噛まず甘噛みしてじゃれるフオシン。


「あとは状況次第になるので、案内に一緒に入れる私の助手のユカットを介して指示します」


「・・わかりました。やって、みます!」


貝霞のケープを着込んだヒロシ達は、ミモザのベッドの近くに集まった。部屋には香が焚かれ、煙が立ち込めていた。


「ニック、皆、気を付けるんだよ? ミモザをお願いね」


「はい、エイミー叔母さん。行ってきます」


「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


タカモリが一礼し、香の煙の中、モルゾーンが一際大きな魔法式を宙に編み、ヒロシ達はミモザの額から、夢の中へと吸い込まれていった。



「・・え? ふわぁ~」


失っていた意識を取り戻したニックは自分が小人の姿で、木と草と土塀の建造物ばかりが目立つ素朴なエルフ郷にいることに驚いた。

住人のエルフ達もおり、それは鼠程度の大きさの小人のニックには巨人に見えた。エルフ達にはニックは見えておらず、踏まれそうになってニックは慌てて逃げ回った。


「ちょっ?! 危なっ」


焦るニック。


「ニックっ! 来いっ」


物陰からヒロシが手招きした。隣にルジネーもいた。


「ヒロシさんっ、ルジネーさんも!」


駆け寄り、自分も物陰に入るニック。


「母さんの記憶ベースなんだろうけど、どうすりゃいいのコレ? というかマチカちゃん達は?」


「マチカ達とははぐれた。この郷の住人は俺達に気付かないが、なぜか『猫』は俺達に気付いて襲ってくるから気を付けた方がいいっ!」


「猫??」


見れば郷のそこかしこに猫達がいて、明らかに『何か』を探し回っているようだった。


「潜在的な異物を排除しようとする意識の象徴なのかもしれませんね」


神妙に猫達を観察しているルジネー。


「猫が??」


「倒していいものかどうかもよくわからないし、上手くやり過ごしてマチカ達と合流しよう。モルゾーン先生の助手の方もこっちに来てるはずだしな」


ヒロシ達は物陰から物陰へ、雨樋から雨樋へ、屋根から屋根へと隠れ、逃げ回り、時に臭気玉を投げ付けて猫達を撃退しながら移動を続けた。

通信石は繋がらなかった。と、

郷の1角で炎が上がった。天を焦がすような火柱が上がっている。


「フオシンだっ!」


「目立ち過ぎだよっ」


「行ってみましょう」


そこはとある納屋の前の広間だったが猫の大群が集まっていた。


「猫まみれだよっ?!」


その中央で小人の姿のフオシンが真上に炎を吹き出し、その側に少し擬人化した小さな蛇のぬいぐるみの置いてあり、さらに五節鞭+1,5を構えたマチカが時折飛び掛かってくる猫達を吹っ飛ばしていた。


「マチカっ! フオシンっ!」


「マチカちゃーんっ!」


「遅いぞっ、ヒロシどもっ?!」


炎を止め、代わりに飛び掛かってきた猫に頭突きを食らわす小人のフオシン。


「早く来てっ! ユカットさんに『場面』を変えてもらう」


「ユカットさん? 場面??」


「私ですっ! こっちで動き易いようにこんな姿をなっていますっ!」


蛇のぬいぐるみ、ユカットが喋った。


「よーしっ! そうとなったら・・土よっ!!」


ヒロシはフルパワーのガイアウォールの魔法でマチカ達の所まで土の滑り台を作り、その勢いで猫達をはね除けた。


「じゃ、お先! いやほーいっ」


ヒロシは滑り台に飛び乗り、滑り降りていった。


「では私も、おっほほーいっ」


ルジネーも滑り降りていった。


「いや、なんか俺が一番トロいみたいになってるっ? ええいっ、とりゃーっ!」


ニックも滑り台に飛び乗った。


「うぉおおおーーっ??!」


予想を超えるスピード。ただ乗るのが遅れた為、統制を取り直した猫達の内、数匹が飛び掛かってきたので残りの臭気玉を全て使うハメになった。


「うわっ、臭っ?! 自分が臭いっ」


咳き込みながらも最後傾斜になって減速できる構造になった滑り台を滑り切り、ニックもマチカ達の元へたどり着けた。


「ニック臭いっ」


「えんがちょっ!」


マチカとフオシンに鼻を摘ままれるニック。


「・・・で? どうすりゃいいです? ユカットさん?」


「こうします!」


ぬいぐるみのユカットが尻尾を一振りすると、周囲の風景の時間が減速し、ぐるり、と回転を始めた。


「おおっ?」


「あれ、テオケッサさんだな」


ヒロシが差す方に、回転する景色の中、農作業の帰りらしい若く、いや表情が若くまだ苦労を知らない郷の平服姿のテオケッサの姿があった。


「合流すればこっちのモンですから、一気に深層域まで飛ばしますよ? そーれっ!」


一気に風景は高速旋回し、郷も、猫達も、若きテオケッサも、吹き飛んでいった。

続けて現れたのは輝くガラスの大木と、温かい水とも草とも知れない原っぱであった。

ガラスの大木の周囲に様々な風景を移す水の球が多数浮かんでいた。


「ここが母さんの深層域?」


「はい。長年掛けて、モルゾーン先生にだいぶ整理してもらっていますけど」


「あの球の景色を時系列に並べるよう誘導すればよいのですね。始めてだな、こんな作業は・・」


ルジネーは湖のハープを手に眉を寄せた。


「私も、今の環境がキープされるように協力します」


ユカットは目を閉じて、ぬいぐるみからガラス質の姿に変化してガラスの大木と同調し始めた。


「ルジネーさん、よろしくお願いします」


「頼みます」


「よろしく」


「弱いヤツはまだるっこしいなぁ!」


「・・はい。やってみます」


ルジネーは温かい水のような原っぱに腰掛け、呼吸を整え、湖のハープを構え、掻き鳴らした。原っぱと大木が共鳴する。

爪弾きながら、ルジネーは唄いだした。特に迷わず、曲は最初に師に習った物を選んだ。


燕の尾羽の鋭さ 帰るべき 空の道

その仔の家まであと何里 雷も怖かろう


十四で車に乗って来た遠い街 煙の煙突の高さ 共に来た子ら 好きな帽子は失くした


明るい夜 吸い込まれる陸橋 躍ってみようかな


燕の尾羽の鋭さ 帰るべき 空の道

その仔の家まであと何里 雷も怖かろう


朗々と唄い上げるルジネー。水のエレメントは呼応し、錯綜したミモザの記憶は正しい順序に組み合わさり始め、水球は、一つの円環を成した。


「・・・整えられましたね」


ルジネーの『燕の唄』が終わる頃、ユカットは同調を時、少し疲労の色を見せながらもガラス質からぬいぐるみの材質に身体を戻した。

ニック、マチカ、ニックは少し涙ぐみ、フオシンは号泣していた。


「何とかなりましたか」


燕の唄は効果を限定しない初歩的な解呪の魔法歌だったが、これだけ気を入れて、強い力の楽器を使って唄ったことは無く、ルジネーも消耗していた。

湖のハープは力を失い、砂のように砕け散った。


「あとは事故の記憶ですが・・・・はい、わかりました。ではそのように」


念話でモルゾーンと話していたらしいユカットは、ニックを改めて見た。


「やはり事故のお父上が亡くなられる瞬間の記憶は封印して、一旦外に出す、と先生は判断されました」


「出せるんですか?」


「ええ。欠落にはなりますが。それをいつかはっきりと取り戻すかどうかはミモザさん本人に決めてもらいましょう。勿論段階を踏んでのことですが」


「母さんが自分で・・」


考え込むニック。


「ニックさん、貴方自信も直視すべきではありませんが、記憶の解凍には貴方の『時』の属性の適性が必要になります」


「どうすれば?」


「なるべくミモザさんの負担は軽くしたいので、中へは解凍する貴方と、案内する私、あとは記憶を取り出すのにあと2人ほど・・」


「俺とマチカが行くよ」


「うん」


迷わず、ヒロシが言い。マチカも続いた。


「ヒロシさん、マチカちゃん」


「では・・」


ユカットはガラスの大木の幹に扉を開いた。


「この先は心の時が凍っています」


扉の向こうからキラキラと、冷たい風が吹いていた。


「気を付けろよーっ!」


「御無事でっ」


ニック達は、フオシンとルジネーに見送られ、凍った心の領域へと入っていった。


「これが・・」


灰色の世界だった。事故前後の出来事が砕け、静止し、漂う空間。


「刻の流れを解凍して下さい」


「ニック」


ヒロシは森の時計をニックに渡した。


「やってみるよ・・」


ニックは森の時計を掲げた。


「刻よっ!!」


森の時計は時報を幾度も鳴らし、凍った心の領域に干渉を始めた。

砕けた記憶が繋がり、色を取り戻してゆく。


「くうっっ」


力を込めるニック。修復は・・成った。


「ハァ~っ」


へたり込むニック。森の時計は煙のようにバラバラに砕けて消えていった。


「ニック!」


「大丈夫?」


駆け寄るヒロシとマチカ。


「ああ、うん。なんとか。丹氣ガッツリ持ってかれたけど」


「ヒロシさん、マチカさん。次は2人の番です」


ユカットは輝く吐息を吐いて、それでニックの周りを覆った。


「暫くは護られるのでニックさんはそこを動かないで下さい」


「俺達はどうすれば?」


「なんでもするっ!」


ヒロシとマチカは立ち上がった。


「この先、最後の領域です」


ユカットは扉を開き、嵐のような風が吹き荒ぶ空間を示した。


「2人ともっ! 頼むっ」


「任せろっ」


「大丈夫っ! 強パンだからっ」


ヒロシとマチカはニックを残し、ユカットに誘われ、嵐の空間へと飛び込んでいった。



高高度の空の上だった。


「おっ?!」


「わっ?!」


「認識に飲まれないで下さい。我々『侵入者』です。この世界のルールは通用しない。そう『認識』して下さい」


ユカットは空の上であることを無視して、進んでゆく。その先には今、正に無数の鋼殻種の鳥竜に襲われ出す飛翔豪華客船があった。

刻は進んでいるが引き延ばされ、ゆっくりと進行していた。


「速くっ! 減速しても『結果』まで到達すれば即座に引き戻されます。巻き戻しを食らうと私達はあちら側に取り込まれる可能性が高くなってしまいますっ」


「わ、わかった! 行こうマチカっ」


「うんっ」


ヒロシとマチカは手を取り合って、貝霞のケープをはためかせ、烈風の空の上を走り抜け、ユカットの後を追った。


「酷いな」


スローモーションの甲板は地獄その物だった。風の結界に穴を空け、先行して飛来した鳥竜の一部が既に船や客に激突、貫通していた。空けられた穴から空気の力から外に吸い出されてゆく人々もいる。

ヒロシは甲板なたどり着いたのでマチカから手を離そうとしたが、手汗をかいたマチカは強く握って離さなかった。


「あそこです。アレがこの領域の中心」


ユカットは、自分の『帰還の指輪+2』をミモザの指に嵌め、ミモザを驚かせるゼラメーゼを示した。

ヒロシとマチカは頷き合い、もうどうしようもない乗客達を避けて2人の近くへ向かった。

絶望の表情の今と変わらないミモザと、どことなくニックに似たミモザに笑い掛けるゼラメーゼ。


「優しい顔」


呟くマチカ。


「刻がありません。封じます!」


ユカットは宣言すると、突然大口を開けてゼラメーゼもミモザも一呑みにしてしまった。


「えーーーっ?!!!」


動揺するヒロシとマチカ。2人を失った瞬間、減速した世界は失われた甲板を中心に収束を始めた。


「ユカットさんっ?! どうすれば??」


「縮んでるっ!」


ゲップをするユカット。身体が肥大している。


「・・私はもう動けません。私を連れて来た扉から出て下さい。心はあるべき場所から離れたがりませんっ。負荷は相当ですよ?!」


「あー、やろうっ!」


「うんっ!」


ヒロシとマチカは膨らんだユカットを2人で抱え上げ、一直線に来た扉に向かって駆だした。


「ぬぉおおおーーっ!!!」


「ディアァーーーッ!!!」


信じ難い力で収束してゆく世界の中心に引っ張られるヒロシとマチカ。2人はそれでも駆け続け、どうにか扉から跳びだした。

出ると即、尻尾の先で扉を閉じるユカット。


「ヒロシさんっ! マチカちゃんっ! ・・えーっと、ユカットさん?」


「はい、ユカットです。ここでは外と交信できないので木の外へ。すぐに夢から出ましょう。閉じ込められます。我々は『泥棒』になりました」


「うん?? わかりました。行こう、2人とも」


「ちょっと待ってくれ・・長距離走直後ぐらいだ」


「足がつっちゃった・・」


ユカットが閉じた扉が内側から殴られ出していた。


「ヤバいんだねっ! よっしっ」


ニックの輝く護りはまだ有効であったが、この場止まっていられないことは間違いなかった。


「どっりゃぁああ~~っ!!」


ニックはヒロシ、マチカ、ユカットを抱え上げ、出口に向かって走りだした。

後方の扉が破られ、烈風がニックに迫る。


「何やってんだぁっ!!」


出口からフオシンが両腕を伸ばし、ニック達を掴まえ、出口の外へ引っ張り出した。ルジネーが慌てて幹の扉を閉める。


「モルゾーン先生っ! ピックアップお願いしますっ!!」


ユカットが叫び、ニック達一同は来た時と同じ香の煙に包まれた。



気が付くと、ヒロシ達はミモザのベッドの側に倒れていた。


「大丈夫かいっ?! ニックっ、皆もっ」


「エイミーさまっ」


エイミーが杖を放って椅子から立ってニック達に駆け寄り、タカモリが慌てて低い姿勢を取ったエイミーを支えた。


「エイミー叔母さん。たぶん、成功です!」


「何とかですが」


「やったと思う」


「意外と体力勝負でしたね」


「ニックっ! ワタシの上から退けっ」


「あっ、ごめんごめんっ」


わちゃわちゃしつつ、ヒロシ達は起き上がった。ミモザはまだ眠っていたが、少女の顔ではなく、落ち着いた大人の女性の寝顔だった。


「ユカット」


「はい」


ユカットはモルゾーンの前に両手を差し出した。モルゾーンは小さな宝珠を取り出し、その手に近付け、光る『何か』を宝珠に吸い込ませた。


「事故の記憶ですか?」


「はい。これは私が管理します」


モルゾーンが厳粛にそう言った時、ミモザが大きく吐息を吐き、ゆっくりと瞳を開いた。


「・・・ニック?」


「母さん。っっうん、俺、ニック! 仕事決まったんだっ」


「うふふ」


泣いて言ったニックの第一声に、笑ってしまうミモザ。


「ミモザ義姉さんっ」


「ああっ、・・エイミー! 時が経ったのね。ごめんね」


エイミーはそれ以上何も言えずミモザに抱き付いて泣き、ニックも立ったまま子供のように号泣するのだった。

・・夕飯を皆で食べたヒロシ達は、マサル達はまだ掛かりそうだったが、既に刻の森の設置クエストを終えたジャイン達と騎竜の貸し出しスタンドで合流する為に出発しようとしていた。但し、


「落ち着いたら必ず俺も合流するから」


ニックは暫く静か蔦の家に残ることになった。


「待ってるぞっ!」


「急がなくていいよ」


「過保護だなぁ」


「お元気で」


ヒロシ、マチカ、フオシン、ルジネー、は魔法の絨毯で浮上しつつあった。


「皆さん本当にありがとうございました」


ミモザが頭を下げると、エイミー、タカモリ、ニックも頭を下げた。集落の転送門でこれから帰るモルゾーンとユカットは手を振っていた。


「じゃあなーっ!!」


ヒロシ達はニック達に別れを告げ、一路南へ、貸し出しスタンドを目指して飛び去ってゆくのだった。

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