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『ねむほんや』

作者: morko

 あ、こんにちは。はい、はい、え? インタビュー?



 はあ。お気に入りのお店、ですか。ずいぶん唐突ですね。あ、いろいろ聞いてまわっていらっしゃる。なるほど。このあたりのお店、お店……。


 えっと、駅前のパン屋さん、は、有名ですよね。あ、そうですよね、みなさんまずはおっしゃいますよね。ええ、ええ、美味しいですもん。カレーパン。お肉がゴロゴロしてて……あ、だからパン屋以外で?



 …………えっと、これは、なんていうか……とっておきのお店なんで、あんまりくわしくお話できないんですけど、あの……それでもよければ。

 私、一つ、知ってます。 





   『ねむほんや』





 そうですよね、最初は、なにそれってなりますよね。眠るに本屋って書いて「眠本屋」っていうんです、そのお店。

 ただじつは私が勝手にそう呼んでるだけで、ほんとうはどう読むのか、ちょっと、わかんないんですよね。お店の名前、なんて読むんですかって店主に訊いたら、興味なさそうに、お好きにどうぞって言われちゃって、それで真相は闇の中、みたいな。


 だから「ねむほんや」じゃなくて、もしかしたら「みんほんや」かもしれないし、意表をついて「みんぼんおく」とか、見えない送りがなをふって「ねむりのほんや」とか……? ちょっとわかんないんです。

 こんなので大丈夫ですか? あ、はい。すみません。


 売ってるものは店名のとおり、本ですね。はい。小さな本屋です。裸電球一つで見渡せるくらい、狭い。鶯色の漆喰が四方を囲ってて、窓はなくて、小さな扉がついてます。扉は、私の身長の半分くらい。あ、はい、かがんで入りますよ。みんなそうしてます。


 あとはひたすら本、ですかね。店主手書きの本が。薄い冊子なんですけど、それが店中の机とか棚とか、なにかの台とかに、平積みになってて。あとは、天井から洗濯ばさみで吊られてたり。そう、のれんみたいに。


 え、どんな冊子? うーん、見た目は湯葉、っていうとわかりやすいですかね? いやほんものの湯葉なわけはないんですけど。

 えー……、淡い生成色で、とくに題名なんかは書かれてなくて、だからぱっと見は、メモ用紙の束、みたいな? だからこっちはまったくのフィーリングで一つ、手にとるってかんじです。


 店主は茶トラの猫ですね。茶トラのオス? だったかな? えっ、猫? 猫が珍しいですか? まあ、たしかに……たしかに、そうですよね。珍しいですよね。


 でもこのあたり、他にもありますよ。猫の人のお店。探してみられると面白いかも。ま、たぶん探しているうちは行けないんですけどね。

 え、どういう意味かって? いやあ、本当に必要なときにだけ、勝手に足が向かってるっていうか。眠本屋に行きたいなって思ってるだけじゃ、たどり着けないんです。自分の意志だけでは。他のお店もそうです。私、行きたいと思って行けたこと一度もないです。


 ……お店に招待される条件。うーん……。それは難しい問題ですね。

 ちなみにですけど、私が眠本屋で本を買うときは、だいたい夜、迷子になってるときです。あ、や、ちがいます。深夜徘徊ではないです。もちろん夢遊病でもなく。比喩です、比喩。いや……こっちこそすみません。

 あー、うまく眠れない夜とか、夜なのに目が冴えて仕方がない日って、ありません? だいたいそういうときって、帰り道に、気づいたら眠本屋に寄ってるんですよね。本を求めて。そう、湯葉みたいな冊子を買いに。夜のお供に。


 効果はものすごいですよ! ころりです、毎回。肝心の中身? 内容? えーっ、と……いや、書いてあります、文章。もちろんじゃないですか。本ですからね。でも、すぐ寝ちゃうんで、覚えてられないんです。

 いつも「睡眠とは、なにか」みたいな一文からはじまって、ってそれは覚えてるんです、けど、でもそのあとがちょっと……もうまともに読んでられないというか。はい、眠くなるんです。ぐぐぐっとまぶたが重くなる。眠くて眠くて、本なんて放りだして寝ちゃいます、私。いつも。


 そのあと? ああ、起きたあと。それが、翌朝になるとまっさらになってるんです、眠本屋の本って。寝る前は、ぱらぱらめくるといろいろ書いてあったはずなのに、朝起きて見たら、まっさら。そう。そうです全ページ。ほんと不思議な話ですよね。

 だから読んだあとはごみ箱に捨てます。え、意外ですか? いやでも、置いといてもしょうがないじゃないですか。なにせまっさらなんですから。読み返せないんですよ?


 値段は、じつはついてないんです、どの本にも。でもタダじゃないです。お金の代わりに、種を……あ、種、種です。seed。そうです、タネ。種を渡します。いやー、それが植物の種じゃなくて、悩みの種、とか喧嘩の種、とか、不安の種、とか……言葉遊びじゃないんですよ、それが。ほんとうに、そういう種を、取りだされちゃうんです……ほんとですよ。えっと、ここ。はい、頭からですね。頭頂部。

 店主の猫の人が、ぽむってつむじに手を置いて……ああ、めっちゃ屈みます。店主はカウンターに登って。じゃないと届かないんで。ってまあそれはどうでもよくて。

 とにかく、そしたら私の頭と店主の猫の人の手のあいだから種が出てくるんです。ぽろぽろ、ころころ。……ですよね。なんでそんなのがお金のかわりになるのかわからないですよね。

 ただこっちとしても、たとえば悩みの種とか、全然いらないじゃないですか? だからもらってくれて、むしろありがとうっていうかんじというか。はい。


 そのあと……はあ、たしかに。どうなんでしょう。考えたことなかったです。どうしてるんですかね、私から出た種。育ててるんですかね。その、鉢植えかなにかで? えーっ、こわいなあ。でもちょっとわかんないです。

 そういえば、なんかそういうのを、あ、そういう種を卸すところがあるとかないとか、聞いたことはありますけど。いやあ、実際のところどうなんでしょう、ね。




 あ、そろそろ時間が……。いまの話、ほんとに記事にするんですか? あ、記事にはなりそうにない。ですよね。こんなの、ちょっと、頭がおかしくなったと思われちゃいますよね。えっ、眠本屋に行ってみたいんですか? いや〜……やめといたほうがいいと思いますよ?

 いやいや、意地悪で言ってるんじゃないです。でも、絶対、眠本屋なんて見つけられないほうがいいんですって。だって、それって眠れない夜がない証拠じゃないですか。健康な人には、毒にも薬にもならないです。眠本屋なんて。

 ちなみに、こんな店早くつぶれろ、が店主の口ぐせです。あはは、笑っちゃいますよね。







「こんな店、早くつぶれちまえばいい!」


 店主である茶トラの猫の人は、カウンターの奥で怒っている。いつもそう。青い前掛けを手でモミモミこねながら、客である私たち人間に、飽きもせず説教を繰り返す。


「こんなふざけた商売が成立するのは、くたびれた人間が多すぎるせいだ。あんたたち、いい加減になんとかする気はないのか!」


 一週間ぶりに訪れた眠本屋で、私はいま、まさにお叱りを受けている最中だ。


「これはたしかに本だが、薬と同じなんだ! 依存する前に早くこの店のことは忘れろって、いつも言ってんだろう!」

「……はい」

「前に来たのは?」

「い、一週間前……?」

「一週間?! おいおいスパン早まってんじゃねえか!!」

「ごもっともで……」

「あんた…! このままじゃいつか死ぬぞ…!」


 店主の説教は、いつもこの「いつか死ぬぞ!」で終わる。そして自分で言ったことに傷ついて、細い目をしとどに湿らせる。優しい人なのだ。


「ばかやろー! 人間のばかやろー!」


 返す言葉もない。

 店主は私への、あるいは毎日かわるがわる店を訪れる数多の人間たちへの罵詈雑言をまき散らしながら、それでも愚かな客のために筆をとり、本を書く。睡眠とは、なにか。それを読めば、私たち人間はなぜかぐっすりと眠ることができる。その才能に気づいたのは十年前、店主がまだ飼い猫であったころだというから驚きだ。


「おれはほんとはこんなの書きたくねえんだよおー!」


 あふれる涙を振り払いながら、湯葉みたいなぼやけた紙に文字を認めるその姿は、痛ましいったらありゃしない。

 怒りっぽくて優しい猫の人のために、もう荒んだ生活はやめよう。この光景を目の当たりにしているあいだはたしかに、そう強く思うのだけれど、人間というのはほんとうに愚かで、大馬鹿者で。一晩経ってすっきりしてしまえば、まだいける、まだ大丈夫と錯覚を起こして、何度も同じことを繰り返す。

 そうして、覚束ない足どりで気づけばまた、眠本屋の前に立っている。


「うっうっ……」


 完璧な男泣き。ごめんなさい、と心の中でつぶやきながら、天井から吊られた本をぱちんと引っ張って手にとり、すみません、と小さく声をかける。店主は青い前掛けで乱暴に顔を拭ってこちらを向いた。顔まわりのトラ模様が濡れて黒々と光っている。


「……なんだい」

「これ、ください」

「あんた……ほんと性懲りもなく……」

「次こそ! 次こそもう、ここへは来ませんから!」

「……うっうっ、あいよ……!」


 冊子をいそいそとバッグの中にしまい、カウンターの前で床に膝をついて頭を下げる。すぐに、ぽむ、とつむじのあたりに小さくてあたたかな感触。ほとほとと落ちてくる店主の涙が、私のクリーム色のスカートに黒い染みをつくっていくのを、うつむいたまま黙って眺める。

 すると、五秒と経たないうちに、視界の端をころころと茶色い粒が転がって落ちていった。慌ててそれを拾う。心なしか頭が軽い。

 これが種。今日のは、なんの種だろう。


「今日は諍いの種、いただいてくぜ……」

「諍いの種」

「すんすん……とくに職場がきな臭え。まあこれでしばらくは心配ないだろうよ」


 青い前掛けを天幕のように広げて待っている店主に種を渡す。ばらばらと音を立てて種が布の上を転がった。


「……これ、植えるんですか?」

「あ?」

「これ。私の諍いの種」


 店主は、眉を吊り上げた。


「バカヤロー! 諍いの種なんて芽吹かせておれになんの得があるってんだ!!」


 そのとおりだ。ではなぜ。


「じゃあ、なんで種がお代のかわりになるんですか?」

「……そういうのを集めてる奇特な奴がいるんだ」

「それも猫の人?」

「ああ」


 さあ、用が済んだらとっとと帰んな! 店主はまるでなにかに急き立てられるように私を追い出そうとする。具体的に言うと、短い足でぽくぽくとすねを蹴ってくるのだ。ストッキングが黒い肉球のかたちに汚れるけれど、これもいつものこと。


「じゃ、失礼します」

「二度とうちの門、くぐるんじゃねえぞ!!」


 ちなみに、眠本屋に門などといったたいそうなものはない。


「はーい」

「いっつも返事だけはいいんだから困っちまうぜ……」


 それでも店主の猫の人は、律儀に外までお見送りしてくれる。手を振り尾を振り、お辞儀までして。

 私はやっぱり、笑ってしまった。






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