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始まりのエピソード

3月18日木曜日──


 真っ白な皿に取り分けられた料理にフォークを突き刺し、口へと運ぶ。


 生の魚には醤油とワサビが一番だとずっと思って生きてきたけど、このピンク色したグレープフルーツの酸味とオリーブオイルが香る"カルパッチョ"なる料理も実に旨い。店のスタッフが「お待たせしました。"パルマ産プロシュートと苺のバルサミコサラダ"です」と、次の料理をテーブルに置いていく。

 これまで食事といえば、コンビニ弁当やカップ麺、チェーンの牛丼屋やラーメンなんかがもっぱらだったけど、咲と付き合うようになってからは、こういった"イタリアン"や"バル"なる店によく来るようになった。


 今日は俺の誕生日。咲が予約してくれた新港に最近できたイタリアンに来ている。できたばかりという割には店内はかなりの混雑で、人気のほどがよく窺えた。


 カルパッチョを飲み込み、白ワインを口に含む。最近では飲む酒の種類もこれまではビールや酎ハイ、ハイボールなんかが当たり前だったけど、ワインも旨いもんなんだなと好んで飲むようになった。


 サラダの次には薄焼きのピザ、そのあとにはパスタが運ばれてきた。ピザはよく聞く名前の"マルゲリータ"。咲はこのピザが好きで、どこのイタリアンに行っても必ず食べる。俺はたまには違うピザも食べてみたいのだが、二人で2枚はさすがに量が多いので文句も言わず食べている。おっ!でもここのマルゲリータ旨いな。

 パスタはお薦めメニューに載っていた"岩中豚と短角牛の合挽きボロネーゼ"。まぁいわゆるミートソース。岩手県産の豚肉と牛肉の挽き肉を使ったこの店特製のパスタだというそれはチーズもたっぷりとかかっていて、お薦めと言うだけあってかなり旨かった。一緒に頼んだ赤ワインも美味。うん。この店なかなかいいんじゃないの?


 食後に珍しく咲が紅茶を飲むと言うので、俺もコーヒーを注文する。それを待っていると急に店内が暗くなり、店のスタッフが『ハッピーバースデー♪』と歌いながら花火の点いたデザートを運んできた。


「哲さん。お誕生日、おめでとうごさいますっ!」


 スタッフが拍手をすると、周りにいた他の客まで一緒に手を叩いた。は、恥ずかしいからやめてほしい。




 店を出たあと、海沿いの公園を酔い醒ましに歩いた。この公園はかなり広く、中には芝生の生えた広場やたくさんの木の茂るちょっとした森のような場所もある。

 昼間は、子供を連れた親子が広場で遊ぶ姿や、森の中に作られた遊歩道を草花を観賞しながら散歩する老人なんかも多いらしい。咲の勤める病院もこの近くで、入院患者のリハビリや散歩なんかでもよく来るそうだ。


 夜はそれとはガラリと変わり、新港と本土を繋ぐ橋がライトアップされ、向う岸に見える夜景も綺麗に見えるデートスポットになっている。俺達の他にもチラホラとそんな二人組が見てとれた。


「料理も美味しかったし、夜景も綺麗で最高の誕生日だったね」

「それ、俺が言うセリフじゃない?」


 俺の誕生日──ではあったけど、特別どこかに出掛けたとかはせず、昼間はお互いに仕事をしていた。仕事終わりにさっきの店で待ち合わせただ食事をしただけだったけど、昨年までは優と真守と居酒屋で飲んで過ごしていただけだったから、良い思い出になったのは確か。

 今日はこのまま島の中にある、咲の働いている病院が社宅として借りているマンションに泊まることになっている。

 咲とは三年前に出会いしばらくは一緒に遊んだり飲みに行ったり、たまにライヴに招待するくらいの関係だったが、昨年の俺の誕生日に二人に『告っちゃえよ!』と煽られ、次の日に無理言って食事に誘い俺から告白して付き合うことになった。

 普段は外で会ったり俺の借りてるアパートに来てもらうことが多く、咲の家に行くのは今日が初めてで、内心ドキドキしっぱなしだった。


「別にどっちが言ったっていいじゃん?めでたい日なんだしぃ?あ、あとこれ、プレゼント」


 咲がずっと持っていた大きな紙袋を差し出してきた。ありがとうと言いながらそれを受け取り中を覗くと、俺の好きなブランドのロゴが見えた。


「えっ!?これって──」

「へへ。哲、それ欲しいって言ってたでしょ?知りあいの知りあいが抽選当たったの転売しようとしてたから、譲って貰ったんだ。しかも、定価で!」

「うわ・・・。すっげえ嬉しい・・・。開けていい?いや、むしろ履いて帰る!」


 紙袋から箱を取り出し蓋を開ける。中には薄紙に包まれた年始に限定で販売された──しかも俺が欲しかったカラーの"スニーカー"が入っていた。もちろん俺も応募していたが見事抽選に外れてしまい、その愚痴を咲に話していた。それを覚えてくれていたんだ。


 改めて感謝の気持ちを咲に伝えようと顔を上げた。その瞬間──


「キャアアァァァッ!!」


 と、咲の後ろから女の叫び声が、波の音しか聴こえない夜の公園に響き渡った。


 そこには、地べたに座り込む女と、その横には女の彼氏だろう男が()()にのし掛かられていた。あれは・・・、犬──?

 男は足でその犬を思い切り蹴り飛ばすと、女のことなど無視して走り出した。押さえた腕からはボタボタ何かが地面へと零れていた。女も這いつくばるようにして起き上がると、その後を追うように走り出す。地面には真っ赤なハイヒールが転がっていて、男の腕から零れた何かも似たような色をしていたことが分かった。


「咲っ──!」

「きゃっ!?」


 ラグビーのタックルのように肩からぶつかり咲を弾き飛ばす。そこを目掛けてさっきの犬が飛び掛かって来ていた。咄嗟に身をよじりなんとかそれを躱す。


「咲っ!逃げろっ!この犬・・・、なんかやばい・・・」


 飛び掛かってきた勢いのまま着地に失敗し派手に転んでいた犬がゆっくりと身体を起こす。その動きも普通の犬には見えなかったが、こっちを振り向いたその顔はもっと普通じゃなかった。

 目は白く濁り、どこを向いているかも分からず、口からはダラダラと涎を垂れ流している。毛足の短い身体には血管が太く黒く浮き上がり、吠えるでもなく気味の悪い唸り声を漏らしていた。・・・これって、"狂犬病"とかいうやつなのか?


「て、哲はど、どうするの・・・?い、一緒に逃げよ?」

「二人で逃げたら、追いかけられるだろ・・・?俺がな、なんとかしとくから、警察か誰か呼んできてくれよ・・・」

「・・・え、で、でも・・・」

「いいから、行けって!早くっ!」

「~~~っ!?」


 いつまた飛び掛かってくるかも分からない。視線は犬に向けたまま、遠ざかっていく足音で咲が離れていったのを確認する。犬は完全に狙いを俺に定め、理性があるようにはまったく見えないが、生物としての本能なのか隙を窺うように左右に行ったり来たりを繰り返していた。

 俺はその恐怖に怯え、自分でも気づかぬうちにじりじりと後ろに下がってしまっていたようで、気づいたときには段差に足を引っ掛け尻餅を着くように後ろに転んでしまった。獣がその隙を見逃すはずもなく、倒れた俺を押し潰すように飛び掛かってきた。

 思わず伸ばした両腕は、運良く犬の前肢の付け根辺りを掴み力いっぱい突っ張った。犬は俺の首に噛みつこうと歯をガチガチと何度も噛み合わせる。その度に涎が顔に降りかかり、あまりの臭いに目を閉じてしまった。


「──いつっ!?」


 犬を押さえていた左手に激痛が走る。目を開けると犬は首を曲げ俺の手首の下辺りに噛みついていた。

 もう一方の腕で犬の顔思い切り殴り付け、なんとか引き剥がす。無我夢中で犬に飛び付き、噛まれないように口を手で掴み腕で首を絞める。それでも犬は腕の中でもがき暴れ、まったく苦しそうな素振りすら見せない。

 俺はそのまま立ちあがり犬の首を絞めたまま海の方へ歩き、口を掴んでいた手を思い切り降り犬を海に投げ込んだ。

 犬はしばらくバタバタともがいていたがそのまま暗い海の底へと沈んでいった・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 そのままそこに腰を降ろし呼吸を落ち着けようと深呼吸をした──のだが、何故か呼吸はどんどんと強く早くなっていく。ズキズキと噛まれた左腕が痛む。あれ?視界がボヤける・・・急に眠気が襲ってくる・・・息が上がってアルコールが回ったか──?堪らずそのまま横に寝転がる。


 遠くなっていく意識の向こうで、咲の叫ぶ声とサイレンのような音が聴こえた──

昨日、PV数が急激に伸びて驚いております。

たくさんの方に読んで頂けありがたいばかりです。

頑張って執筆を続けていこうと思っておりますので、今後とも宜しくお願い致します。

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