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3月22日月曜日③

【side:夢野 真守】


「・・・や、やっと、つ、着いたぁ~・・・」


 ずっと足下を見ながら歩いてきたため、ふとあとどのくらいだろうと顔を上げたときに、暗闇のなかに薄らと橋の入口で見たのと似たフェンスが見えてきたときの感動はすごかった。

 なんだかそれでこの橋を渡ってきた目的を達成できた気がしてしまったけど、違う違う。本当の目的はこれからだ。

 橋の途中でも足を踏み外しそうになって何度もヒヤヒヤしたけど、最後が一番危なかった・・・。片足が完全に落ちたからね・・・。


 フェンスの麓にたどり着きそこにもたれ掛かるように座り込む。フェンスの隙間から目を凝らし、その先に()()いないことを確かめる。街灯や看板で多少の明かりはあるが、静かな暗闇には何の気配も感じなかった。

 俺自身、まだその姿を見てもいないが変な確信がある。俺の僅かな論理的思考がそれを否定してくるが、()()に近い何かがこの島にいることは間違いないだろう。


「・・・ふぅ。だ、大丈夫そうだな。ちょっと休憩しよう」


 鞄からペットボトルの水を取り出す。カラカラだった喉に何の味もない水が染み渡っていく。こんなに水が美味しいと感じたことは、田舎を出て都会に来てからは初めてだった。

 ポケットから携帯を取り出し画面を表示する。何の着信も知らせも届いてはない。着信履歴から優の携帯に発信する。コール音が鳴り無事繋がったことにひとまず安堵する。優が出なかったら・・・と、思いはしたが3回ほどで電話は繋がった。


「お!もしもし、優か?」

『しっ、しぃっ!こ、声がでかいって。外に響いたら奴らに気づかれるだろっ』

「わ、悪い。や、奴らって、近くにいるのか・・・?」

『わ、分かんねぇ・・・。たまに外を見てるけどおかしいぐらいに静かなんだよ・・・』

「お前、今何処にいるんだ?」

『どっかのマンションのゴミ置き場・・・』

「どっかのマンションて何処だよ。それじゃ──」

『し、仕方ねぇだろっ。俺だって必死だったんだよ!ここもたまたま鍵が開いてたから良かったけど、し、死ぬかと思ったんだ・・・恐かったんだよぉっ』

「おい。声がでかいぞ・・・」


 優のこんな声を聞いたのは、確か卒業式以来だな。普段は風俗大好きな下ネタがスーツ着て歩いてるような奴だが、意外と涙もろくてあのときはひとりで大泣きしてたっけな。

 今、泣きそうになってるのはあのときとはまったく違う感情からだろうけど、電話越しとはいえ優がこんな姿を見せるなんて珍しかった。


「おいおい。泣くなよ気持ち悪い。助けてやんねぇぞ」

『なっ、泣いてねぇよ・・・って、助けにって来てくれたのかっ?!本当にっ──いてっ!?』


 電話の向こうからガサガサ音が聴こえる。な、何かあったのか──?!


「お、おいっ!大丈夫かっ」

『・・・あ、 ああ。大丈夫だ。ちょっとゴミが崩れてきただけだよ』

「・・・な、なんだよ。ビックリさせんなよ。で、助けに来たのは本当だ。優だけじゃなくて、病院に哲も、咲もいるんだろ?それに・・・」

『それに?』

「っ!な、なんでもないっ。そ、それでお前は実際何処いるんだよ。何か目印とかないのか?」


 人工島にはアルバイトで通ってるだけあって、全てとはいかないがある程度の道や目立つ建物なんかの場所は把握している。交通費は貰えるから一応電車で通勤はしているけど、天気の良い日なんかは自転車で来たりもしてるしな。


『ち、ちょっと待て・・・、少し外見てみる・・・』

「ああ。・・・気を付けろよ」


 しばらく音が途切れる。聴こえてくるのは荒い息づかいと押し殺した足音だけ。なんだかこっちまでドキドキしてくる。


『──ふうっ。はぁ、はぁ・・・うっ!クッセッ」


 小さなバタンという音と共に優の声が聴こえてくる。最後臭いって言ったのはゴミ置き場にいるからか?


「どうだった?何か目印になるものあったか?」

『あ、ああ。あの、なんだかで有名な建設会社のビルが目の前にあったよ。ほら、あの()()()()~♪とかCMでやってる・・・』

「ああ。あそこら辺か」


 正直テレビはあまり見ないのでそのCMはよく分からないが、その会社ならよく知ってる。KKKCは略称で正式名は『港湾()開発()建設()株式会社()』。一戸建ての住宅なんかではなく、高層ビルや大型施設、橋やトンネルや街全体の再開発、さらには発展途上国の開発なんかも手掛ける超一流企業だ。確か人工島の建設にも係わっていたはず。

 俺のアルバイト先の居酒屋は割りと近くにあるので、よくそこの社員さんが飲みに来ていた。顔なじみも何人かいる。


「そこなら、今いる場所からそんなに遠くないな。そこはとりあえず安全なんだろ?準備してから行くから多分30分くらいで行けると思う。もうちょっとだけ待ってろ」


 優がいる場所のほうが病院よりは近い。俺も正直ひとりでは心細い。まずは優と合流して、それから──


『・・・真守。その、あ、ありがとな』

「なんだよ。お前が来いって言ったんだろ?気持ち悪いな」

『気持ち悪いってお前・・・。ま、まぁ、俺が呼んだのは確かだけど、その・・・気を付けろよ』

「・・・ああ。分かってる」


 そう言って電話を切った。いつもすぐふざけたがる優の最後の言葉に、俺の確信が、今この島で起きているだろうことが、フィクションではないことを改めて実感する。ぐずぐずはしていられない。

 携帯をしまう前に咲にもメッセージを送っておく。


真守

今、病院か?俺も今人工島に来てる。優と合流したらそっち向かうつもりだから、無事なら返事よろしく


 送信を押して携帯をマナーモードに変えておく。急に音でも鳴ったりしたらやばそうだからな。

 地面に置いた鞄から準備に必要なものを取り出す。いつか()()自転車を買ったときに使うように先に買っておいたヘルメット、首と耳を守るためのタオル、手首と足首にも普段はまったく使わないハンドタオルを巻き付けてガムテープでとめる。

 一旦着ていたコートとカーゴパンツを脱ぐ。カーゴパンツの下にはスキニーのデニムを履いている。鞄から()()()()()を取り出し脛に巻き付けてまたガムテープでとめる。腕には"レモン"がトレードマークのテレビ番組表を巻き付ける。

 厚手のマンガ誌がいいって何かの作品で書いてあったけど、実際にやるとなると重いし分厚すぎるし動きづらいし、さらにカッコ悪いのでやめた。ただの紙よりこっちのほうが丈夫そうだし大丈夫だろう。

 準備を終えて脱いだコートにまた袖を通す。コートは生地が厚めのダッフルコート。3月の夜はまだまだ寒いが流石に真冬ほどの寒さではないため、橋を渡ってきた間でもう汗だくだ。・・・制汗スプレーも持ってくるんだったな。


 入口と同じく鞄とベースを音を立てないように慎重に降ろし、自らもフェンスに指をかける。


 何処か遠くから、悲鳴のような音が聴こえた気がした──

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