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3月21日日曜日①

 ピ──ピ──ピィ───ッ


「・・・優、もう病院に行ってんのかな?」


 青白い炎に急かされるように、ステンレス製のやかんが警笛を鳴らす。

 何度かけても繋がらない電話を切り、コンロのレバーをひねる。やかんの中のお湯が沸々と音を立てている。


 昨日はあれからどうしたか、あまり覚えていない。風呂に入った覚えだけはなんとなくあるが、こうして食べられていないカップ麺の口を開けているとこを見ると、折角買ったカップ麺は食べなかったようだ。


 朝からカップ麺か・・・とは思ったが、壁掛け時計の針はアーティスティックスイミングの選手の様に、真上に向けてその足を"Vの字"に伸ばしていた。


 優からのメッセージに気づいたのも、朝──昼前に目を覚ましてからだった。

 夕方に来ていたメッセージは案の定、風俗店の誘いだったが、二つめのメッセージを見て慌てて電話をかけたのだが、何度かけても繋がることはなかった。


「・・・哲が看護士に()()()()()ってなんだよ・・・?昔見たゾンビ物の映画でもあるまいし、今ごろ病院がゾンビまみれになってたりしてな?・・・なんて、冗談だとしても面白くも何ともないな・・・」


 沸いたお湯をカップ麺の容器に注ぎながら、子供の頃に見た映画の内容を思い出した。たしかアメリカの有名な監督の映画で、ショッピングモールかどこかに立て籠るんだったか。暫くはそういう場所に行くのが恐かった記憶がおぼろげにある。


真守

電話出ろよ。もう病院行ってんのか?俺もこれから行くから、着いたらまた連絡する


 優に一応、メッセージを送っておく。きっともう病院の中にいるから気を使って電話に出ないんだろう。

 哲が入院している病院は、哲の彼女─咲が勤めている新港区病院。十年くらい前に新しく埋め立てられた、名の知れた企業や高級マンションが立ち並ぶ人工島にある大きな病院。

 哲が何年か前に肺気胸で倒れたときに運ばれたのと同じ病院で、咲とはそこで出会ったらしい。


 当時は看護士との合コンなんかもセッティングしてくれたりしたのだが、今になって勿体なかったなと思うが、あの頃の俺はそういうのがなんだかカッコ悪いだとか、面倒臭いとか感じて、逆に変にカッコつけてた覚えはある。

 あのとき上手くやっておけば、今頃彼女が居たかもしれないのに。・・・いや、夢のないフリーターなんかと付き合う看護士なんていないか・・・。


 食べ終えたカップ麺の容器を部屋の隅にただ置いてあるだけのゴミ袋に突っ込む。簡単に支度をし、部屋を出た俺はアパートの裏に停めてある愛車──と言っても自転車、しかも高校生が乗るような前カゴ付きの安物に跨がり走り出す。


 病院のある人工島には陸地へと繋がる大きな橋がふたつある。その内のひとつは俺の住む下町の近くを走る国道へと繋がっていて、自転車で渡ることも出来る。

 立派な歩道は歩くにはそうとう長く、もっぱらジョガーや犬の散歩、あとは物好きくらいしか歩いていないため、スイスイと走れる。橋の下に広がる海には、大きなトンネルも沈められていてそこを地下鉄が走ってもいるんだが、私鉄路線のためやたらと運賃が高い。


 俺は基本どこへ行くにも自転車があれば何の問題ない。都会なんてゴミゴミしてるだけで、田舎に比べたらよっぽど狭いのだ。電車に乗るのはアルバイトに行くときくらいで、それも駐輪場が近くにあったら自転車で行きたいんだけど。交通費も浮くし。


「・・・なんであんなに渋滞してるんだ?いつもの日曜なら全然空いてんのに・・・」


 大橋が視界に入る頃になってその異変に気づいた。いつもの土日は人工島で働くサラリーマン達も休みで、車なんてほとんど走ってなんかいないのに、今日はやたらと混雑している。しかも、全然進んでもいないようだし、近づくにつれけたたましいクラクションの音が響いてきた。


 いつもより空いている歩道に乗り上げペダルを踏む足に力を込める。橋の入口と出口は長い坂になっていて、これが結構疲れる。橋のふもとから見ると先が見えないほどだ。電動式の自転車が羨ましくなるほどの坂を、立ち漕ぎしてなんとか登りきると渋滞の原因──その()()が目に飛び込んできた。


 チカチカと回る赤い光。白黒の何台もの車両。紺色の揃いの制服を着た何人もの人。その奥に見えるバリケード。──警察が橋を封鎖していた。


「・・・おいおい。こういう橋は「封鎖出来ませんっ!」じゃないのか・・・」


 突如現れた壁の前後は、こちら側からもあちら側からもたくさんの人と車が行くてを遮られ、たくさんの人と車の怒号が飛び交っていた。


「おい!なんで封鎖なんかしてんだよっ!仕事でそっちに行かないといけねぇんだよ!」


 ブーッ、ブッブッー


「ねぇ!早くここ開けてよっ!警察がこんなことしていいと思ってんのっ!?」


 ブーッ、ブッブッー


「・・・娘が、娘夫婦と孫が住んでるんですっ。私はただ、無事を確認したいだけなんですっ」


 な──なんなんだ、いったい・・・。


 なんかこの先で大きな事故でもあったのかな?これだけやるとなると相当ひどい事故っぽいけど、それにしても封鎖はやりすぎなんじゃないかと思う。


 鳴り響くクラクションは延々と鳴りやまない。これは、この先に行くのは無理そうだ。


「・・・はぁー。こりゃ病院に行くのは無理だな。戻って地下鉄に乗るのも面倒だし、今日は止めとくか・・・」


 自転車をくるりと回転させると来た道を戻る。今度は下り坂になるため、漕がなくてもスイスイと進む。本当は人工島へ繋がる橋はもうひとつあるんだが、この橋とは反対側、いくら自転車に慣れ親しんでいる俺でも厳しいほどの距離があるためその案ははなからない。


 日曜だからきっとお見舞いの終了時間も早いだろうし、今からそっちを回っても閉まってるだろうしな。


 家に戻ったら、また優に電話してみよう。優はあのバリケードのどちら側にいるんだろうか。



 帰りに、またあのドラッグストアに寄る。昨日買わなかったトイレットペーパーを買うためだ。折角自転車で来てるから飲み物もついでに買っていこう。今日の夜飯は駅前のスーパーで見切り品の弁当でも買おうかな。


 店の入口前に積まれた安売りのトイレットペーパーを掴んで店内に入る。飲み物はいつもの炭酸飲料と・・・、ついでにミネラルウォーターでも買っておこう。

 商品を抱えてレジに行くと、今日はこの店のオーナーの奥さんだっていうおばさんがカウンターの中に立っていた。


「あら?真守。今日も来たの?毎日カップ麺ばっかりじゃ身体に毒よ」

「・・・今日は買いませんよ。このあとでスーパーに寄りますから」

「スーパーって言っても自炊するわけでもないでしょ?また今度煮物でも持ってきてあげるから、野菜もちゃんと食べないと」

「はいはい。いつもありがとうございます」


 実はこのおばさん。俺の母親の妹である。小学生くらいのときは夏休みの度に母親の実家に遊びに行っていて、そこで自分の子供─俺にとっては従兄弟を連れたこのおばさんも来ていたらしい。

 俺は全然顔を覚えていなかったのだが、例のポイントカードの名前を見たおばさんが声をかけてきたのだ。


「そういえば、真守。昨日、叶会ちゃんと話してたわよね?あんた知りあいだったの?」

「なっ?!な、なんでおばさんがか、叶会さんのこと知ってんだよ」

「なんでって言われても、叶会ちゃんはうちの常連様だからね。あんたと違って私の料理をちゃんと「美味しかったです」って言ってくれるいい娘だよ」

「・・・おいおい。甥の俺以外にも手料理振る舞ってんのかよ・・・。バアちゃんみたいだな・・・」

「そりゃ私と姉さんはその娘だもの。似て同然でしょ」


 そう言われると確かに母さんもよくそんなことしてたな。食卓の上の料理が、どこそこの誰が漬けた漬物だとか、替わりに煮物あげたとか。子供の頃はそれが普通だと思って食べていたもんだ。


「でも最初は叶会ちゃんからだったのよ?叶会ちゃん、お菓子作りが趣味みたいでクッキーとかパウンドケーキとかよく作るみたいでね。「たくさん作りすぎちゃって、良かったら貰って頂けませんか?」って言ってきたのよ。ほら。真守にもあげたことあったでしょ?」

「・・・・・・え」


 確かに貰った。クッキーの中にチョコレートが入っていて、ちょっとレンチンするとトロッと溶けだして美味しかった。()()()()もこんなのも作るんだなって思った覚えがある。


「あ、あのクッキーが・・・、か、叶会さんが作ったク、クッキィ・・・?」

「そうよ。叶会ちゃんは美人だし感じも良いし、料理も出来て本当今時には珍しいくらいいい娘よねぇ。あんたもどうやって知り合ったか知らないけど、変なことしちゃダメよ。私が許さないからね」


 か、叶会さんの手作りのクッキー・・・。やべぇ・・・。食べずに取っておけば良かった。いや、それは逆にもったいないのか?あ~~っ!もっと大事に食べておけば良かった・・・。言えよな、そういうこと。


「真守?」

「えっ・・・ああ、うん。分かってるよ。それより、叶会さんがどうかした?そんなこと急に聞いてくるなんて・・・」

「ああ、そうね。なんかニュースでやってたんだけど、新港の方で暴動があったみたいで、橋とか地下鉄も通行止めになってるらしいじゃない」

「そうみたいだね」


 地下鉄も止まってる?何か事故じゃなかったのか。暴動って・・・、テロでも起きたってのか?


「叶会ちゃん。あそこの病院で看護士してるのよね。昨日、明日は出勤だって言ってたから大丈夫かなって思ってね・・・」


 叶会さんは看護士をしてたのか。新港の病院ってあの病院だよな。てことは咲とも知り合いなのか?

 なんだよ・・・。電車で会うだけの"アノコ"が、まさかこんなにも身近な人の側にいたなんて・・・。誰か教えてくれてもいいだろうに。


「あんたももし叶会ちゃんに会ったらおばちゃんが心配してたって伝えといてね」

「なんで俺がそんなこと伝えなきゃいけないんだ・・・?」

「あら?折角話しかける切っ掛けでも作ってあげようって思ったのに、分かんない子ね」

「なっ──、い、いいから早く会計してくれよっ。弁当売り切れたらまたカップ麺になるからっ」

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