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3月22日月曜日⑥

【side:夢野 真守】


 真っ暗だった闇空はいつのまにかうっすらと白ばみ、黒い運河の様だった道を仄かに照らし始めていた。


 まだ暗いうちでも乗り捨てられた車やバイク、倒れた看板などが目についたが、まだ顔すら覗かせていない朝陽のか細い光に照らされた道には、誰のものかも分からない鞄や靴や眼鏡なんかも落ちているのが分かった。


 相変わらず()()の姿は全然見ていない。この島で何かがあったことは間違いないが、優が言うように本当にゾンビらしきものに襲われたという証拠みたいなものは何もなかった。


「──なぁ真守。病院はまだ遠いのか?」


 少し後ろから優の声が聞こえた。ついさっきまでマンションのゴミ捨て場で泣き震えていたとは思えないほどハッキリとした大きな声だ。


「次の次を右に曲がったらもうすぐだよ」


 視線は前に向けたまま首を少しだけ後ろに向けて答える。もちろん俺もそれなりの大声で。


 視界の端に写る建物や捨てられたモノ達が早いスピードで通り過ぎていく。さすが海外製の高級車。乗り心地が段違いだ。

 実は優が隠れていたマンションのエントランスに停められていた自転車を()()()きたのだ。移動速度も速くなるしいざというときに逃げるのにも役立つだろうと思ったからだ。

 ちなみに優は極々普通の自転車に乗っている。二台ともチェーン鍵がついていたがベースの弦を張り替えるときに使うニッパーを持っていたので外すのは簡単だった。


 もちろんあとでちゃんと返すつもりはある。一応メモ紙に『お借りします』と俺と優の携帯番号も記した伝言を残してある。自転車を盗まれる怒りと悲しみは痛いほど理解できるからな。こんな高級車なら尚更だ。


 漕いだペダルから伝わってくるスピードや、サドルから伝わってくる優しい衝撃や、顔に当たるまだ冷たい風にこんなときながら少し興奮しながら、まっすぐ道を駆ける。

 いつか絶体買ってやる!


 二つ先の交差点に近付きスピードを落とす。急に曲がって目の前にゾンビがいましたじゃ逃げられないかもしれないからな。

 交差点の中心で左右を確認する。よし!大丈夫・・・そうだな。右側の道の先には目指すべくまだ灰色の大きな建物が見えている。

 あそこに哲と彼女の咲と、そして──叶会さんがいる。


 無事でいてくれるだろうか──




【side:(まこと) (もとむ)


 廊下にも他の病室にもトイレにもやはりあれの姿はなかった。そこらじゅうに医療器具や破れた衣服が散乱し、暗くて色までは分からないが明らかに()()だと分かるような痕や水溜まりなどはどこにでもあったが。

 この分なら残りの面々も問題なく食料と飲物を持ってこれるだろう。


 しかし、女性というものは排泄にも時間がかかるものなのだな。まさか中で襲われていないだろうな。さすがに女性用トイレの中は確認していない。する必要も感じなかったのもあるが、そこまでしてやる義理もない。まあ悲鳴も聴こえないことだし問題はないだろう。


 だがいつまでも待ってはいられない。僕には()()()()()()()()()()事がある。ここで時間を無駄にしている余裕などないのだ。ひと声かけてもう行くとしよう。


 そう思ったタイミングでトイレの扉が開き三人が続けて出てきた。そのうちの二人は何故だか鼻をすすり俯いていた。


「すみません。待っていてくれたんですね」

「・・・いえ。考え事をしていただけです。今ちょうど動こうと思っていたところです」

「え・・・そ、そうでしたか。こんなところで危険ではないんですか・・・」


 唯一ちゃんとしていた白衣の女性にそう尋ねられる。危険?この状況なら確認のできない外の方がよっぽど危険だろう。まだ怖がっているのか?


「・・・何も問題はありません。さあ部屋に戻りましょう。きっと食料も届いているでしょうし」


 そう言いながらも足はもう動き出している。戻りは安全の確認などせず普段通りのスピードで構わないだろう。


「ち、ちょっと待ってくださいっ」

「・・・なんですか?」


 呼び止められ振り向く。なんだと言うんだ。まだ何か必要があるのか?


「・・・私達がトイレに行きたいというのを助けてくれたんですよね?あ、ありがとうございました」

「・・・僕も行きたかったからですよ。言ってしまえばついでです」


 そんなことで呼び止めないでほしい。君達と違って僕にはやるべきこともそれに対しての責任もある。

 すぐにまた歩き始める。


「あっ、ま、待って!」

「・・・まだ何か?」


 ああ!何度も何度もなんだというんだ。こんなことなら連れて来なければよかった。


「わ、私は希美って言います。あ、『のぞみ』は苗字でして下の名前は叶会と言います。・・・あ、あなたは白衣を着てますけどこの病院の先生ではないですよね?

 ここで何をされてたんですか・・・?」


 聞いてもいない名前を告げてくる。自己紹介をしろとでも言うのか?はあ・・・、仕方ない。


「・・・僕は(まこと)。あなたが言うようにこの病院の医師ではありません。僕は隣の三慶医療科学研究所の研究員です。研究に必要な資料(サンプル)を取りに来たときに巻き込まれただけですよ」


 三慶医療科学研究所はこの病院に隣接する、最新鋭の研究所である。新たな治療薬や治療技術、AIを導入した最新の治療機器などを開発している場所だ。

 それ以外にも現状治療方法のない病気やウィルスに関する研究なども行われている。


「隣の・・・そ、そうだったんですね。『まこと』さんというのは下のお名前ですか・・・?」


 またこの質問か。自分の名前を嫌いというわけではないが、この時だけは忌々しくなる。


「会って間もない相手にいきなり下の名前で自己紹介などするわけないでしょう。慎は苗字です」

「ご、ごめんなさいっ。でも、名前みたいな苗字・・・、私と一緒ですね。はは・・・」


 確か『のぞみ』と言ったか。確かに名前みたいな苗字だがそれがどうしたというのだ。まさかそんなことで親近感を覚えたとでも言うまいな。


 その言葉には応えず背を向けまた歩き始める。余計な時間を費やしてしまった。早いとこ資料を回収して研究室に戻らなければ。


「あっ、ま、待ってっ」


 しかし、貴重な資料を取りに来たはずだったのに今や()()()()はこの島中に溢れている。まあ安全に手に入るに越したことはない。


 すでに手後れなのかもしれないが、研究を止めるわけにはいかない。今更止まることなど出来るわけがない。


 世界のためにも、自分のためにも。


 そして、母の名誉のためにも──

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