従魔に命令してみよう?
「契約が終わったようなのでこれからはスライムの進化を目指してもらう」
スコット先生が今後の授業について話を始めた。
「従魔契約を結んだと言ってもそれですぐに従魔がテイマーの命令を聞くわけではない。反抗的な従魔もいればテイマーの目の届かない場所で隠れて悪さをする従魔もいる。こうした従魔をしっかりと躾て命令を聞かせるのがテイマーの仕事だ」
従魔と言っても、テイマーが連れているのは魔物に他ならない。
この魔物がテイマーの命令を聞かずに好き勝手な行動をし始めればあっという間に周囲に被害が及び、人や物が失われる。当然、管理できない従魔を連れていたテイマーは犯罪者として裁かれることになる。
そういったことが起こる前にしっかりと従魔を管理できるようにならなければならない。
「スライムの性質を先ほども説明したが、最初はこのスライムに水だけを与えることでウォータースライムに進化させることを目標とする。スライムを進化させる際に重要なのは以下の点に気をつけることだ」
・進化させる予定の物質以外を与えてはならない
・与える物質はなるべく不純物が少ないものを与えた方がよい
・与える魔力を少なくして飢えさせることで餌となる物質をより多く吸収するようになる
・飢えたスライムが他の物質を間違って捕食しないようにきちんとケースに入れて管理すること
・早ければ二週間、遅くても一か月程度で進化するはずである。それ以上の時間をかけても進化しない場合は何かをつまみ食いしている可能性が高い
「これらの条件がスライムの進化に密接に関わっているというのが常識だが、当然ながら一番重要なのは『進化させる予定の物質以外を与えてはならない』という点だ。この命令を自分のスライムに徹底させることができることができるかどうか、それがテイマーにとっての課題である」
自然界のスライムは何でも食べる。お腹が空けば何でも捕食しようとする。あらゆる物質を分解して魔力として吸収するスライムにとって、それはごく当たり前の行為だ。そのスライムの本能を押し込め、制限し、飢えたスライムに水だけを飲むように命令し、それを徹底させる。
スライム相手に命令を出して徹底させることを慣れさせ、他の従魔に対しても同じように命令を出せるように練習する。それがこの授業の目的らしい。スライムと意思疎通ができるようになったが、なかなか難しい課題のように思えた。
先ほどの笑顔を引っ込めて厳しい顔で自分のスライムと向き合うクラスメイトたちを見ながら、俺も自分のスライムをじっと見つめた。
◆
寮の部屋に戻ってスライムに先ほどの課題を伝えてみた。
――困惑。混乱。不満。
――哀願。美味。絶望。
なぜ水しか飲めないのか。他の餌を食べることが許されないのか。不満や混乱の思念がパスを通じて届く。
そしてその一方で俺の魔力をもっと食べたいと叫んでいる。スライムにとっては魔力が一番のご馳走らしく、水でも他の物質でもなく俺の魔力が一番美味らしい。与える魔力を減らすから水をもっと飲めと言うのがスライムにとって絶望を覚えるような命令らしい。
好きなものが減らされ、嫌いなものが大量に与えられる。それなのにお腹が空くから仕方なく嫌いなものを食べるしかないという状態。こんなことを言われたら俺だって嫌になるな。
(……スコット先生は与える魔力を減らしてスライムを飢えさせた方が、餌となる物質を多く吸収するようになるって言っていたな……)
スコット先生の方法はスライムを飢えさせることで無理やり餌を食べさせる方法だ。
でも、ちゃんと餌を食べさせることができるなら無理に飢えさせる必要もないんじゃないか?
例えば、一定の量の水を飲んだ後にご褒美して俺の魔力を与える、という方法ではいけないんだろうか?
餌以外の物質は与えてはいけないと言われたけど、魔力を与えるだけなら大丈夫のはず……。
そこまで考えて、俺はスライムに対して魔力を与える代わりに大量の水を飲むように命令してみた。飴と鞭というやつだ。ご褒美が欲しいのなら働け、働かないモノ食うべからずである、と言ってみたところ。
――~~♪ ~~♪♪ ~~♪♪♪
ぴょんぴょんと興奮してその場で飛び跳ねるほど喜んでいた。
今後は与えられる魔力の量を減らされると言われて絶望のどん底にいたのに、逆に働けば働くほど(水を飲めば飲むほど)魔力をたっぷりと貰えると知って喜びの感情が限界突破としてしまったようだ。
――~~! ~~!! ~~!!!
さっそく水を飲みたいというので自室の水桶の中に放り込んでみたら、あっという間に飲み干してしまった。
「……これは、水汲み大変そうだな……」
水桶の中を覗いてみると、さっきまでこぶし大だったスライムが水桶サイズぴったりに肥大化していた。どうやら体の中に水を取り込んだせいで巨大化しただけらしい。だが、その水も急速に分解されて魔力として吸収されているらしく、数分とかからずに水桶サイズから元のこぶし大のサイズに戻った。
――~~♪ ~~♪ ~~♪
スライムは空になった水桶の中でぴょんぴょんと跳ねながら魔力がほしいとねだってきたので、約束通りパスを通じて魔力を与えたところ、桶の中でプルプル震えながら喜んでいた。
「……もうちょっと試してみるか」
スライムを入れたままの水桶を手に寮に設置されている井戸へ向かう。
幸いにも俺は魔力の量がそこそこ多い方らしいので、一回や二回スライムに魔力を与えたくらいじゃ苦にもならない。
というわけで、とりあえず俺の魔力が減ったきて与えるのが辛くなるまで何度も何度も水を飲ませてみることにした。
◆
――翌日。
「……お前、でかくなったな」
昨日大量に水と魔力を与えたところ、こぶし大だったはずのスライムが二回りくらい大きくなっていた。スライムって餌や魔力が豊富だと巨大化するのか。
このくらいならまだ持ち運びに難はないけど、もっとでっかくなったら抱えて運ぶのも邪魔だな……。