貴族・商家と平民の違い
「なあ、知ってるか」
「何を?」
厩舎の掃除の帰り道で同級生のシドが話しかけてきた。俺と同じように騎士学科から拒否された一人で、身長もあまり変わらない。俺は孤児出身なのでろくに食べるものがなかったのだけど、シドも家が貧しくて食べものがなかったそうだ。従魔術学科のクラスには他にも似たような連中が多い。
ちなみに厩舎の掃除だが、基本的に二人一組でチームを組み、片方が魔物の動きを警戒し、もう片方がその間に掃除や餌やりすませるという方法を考えついて何とかケガ人を出さずにやれている。
「上級学園の方にある従魔術学科の話だよ、貴族や商家の坊ちゃんはそっちにいるって話だろ?」
「ああ、そういえば……やっぱりそっちも自分で世話しているのかな?」
「いいや、連れてきた使用人とかにやらせているらしいぜ」
「ええー……」
何それ、ありなの?
こっちは毎回死にそうな目にあいながら魔物の世話をしているのに……。
いや、実際には魔物たちは人間を傷つけないように命令されているらしいし、こっちから手を出さない限りは襲ってきたりはしないのだが、……じゃれてくる奴がいるんだ。
軽いジャブのつもりで即死級のパンチを放ってきたり、服の紐をブラブラさせたままにしていると牙で噛み千切ってきたり……魔物と相手する時は一分一秒だって気を抜いてはいけないと骨身に染みる毎日を送っている。
こっちはそんな死と隣り合わせの日常だっていうのに、お貴族様や商家の坊ちゃんはのほほんと学園生活を送っているとか不公平すぎる。
「あとな」
「うん?」
「そっちのクラスの連中、もう従魔を持ってるらしいぞ」
「……は? な、なんで……――まさか!?」
「ああ……もう一つのクラスの奴らはな」
顔をしかめっ面に歪めて、シドが言った。
「家の金で買い漁ってるんだってよ。冒険者に依頼して魔物の卵や幼体を捕まえてきて、それを大金で買って家から連れてきてるんだとさ。いい御身分だな、本当によ」
シドはペッと唾を吐き捨て、肩を怒らせて先に進んでいった。
なんでも金で解決して、苦労も知らず、既に従魔を連れている貴族や商家の連中に嫉妬や怒りを感じているんだろう。
俺も似たような気持ちだ。こっちは毎日臭い敷き藁を交換して、魔物たちに齧られそうになりながら他人の従魔の世話をしているというのに。金持ちの連中は自分の従魔の世話すら使用人に丸投げしている。
俺たちは自分の従魔を持つことだってまだ許されていないのに……正直羨ましい。
◆
「いよいよか……緊張するな……」
隣の席に座ったシドが柄にもなく緊張していた。
厩舎の魔物たちの世話をしながら午前中は座学を、午後は魔力操作の訓練をしながら数日経っていた。今日からようやく本格的な従魔術の授業が始まる。
「そんなガチガチで大丈夫か? 失敗して魔物に齧られても知らないぞ?」
「だ、誰がそんなヘマをするかよ! 魔物の世話は今までさんざんやったんだ、大丈夫に決まってるだろ!」
大声で叫ぶシドをからかいながら教師がやってくるのを待つ。
今までは大ホールで大勢集まって座学の勉強をしたり魔術の訓練を受けていたけど、今周りにいるのは俺と同じ従魔術学科の生徒たちだけだ。男子より女子の方が少し多い。
俺は弾かれたが普通の体格の男子なら騎士団に入れる。そっちを希望する男子が多いので、従魔術学科に来る男子は少ないらしい。女子は女子で貴族の子女を護衛するための女性騎士団というのがあるらしいが、希望者も少なく、入学基準も厳しいらしいなので振り落とされた女子が従魔術学科こっちにやってくる。そんな理由で従魔術学科は男子が少なく女子が多かった。
ちなみに、平民出身で錬金術学科に入れる人間は男女問わず非常に少ないらしい。
「ふふっ、大丈夫だよ、二人は最初の魔物は何が来るか知っている?」
俺たちのやり取りを聞いてクスクス笑っていた女子、ミーファが会話に入ってきた。
同じ学科でもほとんど話したことがないような女子も多いが、ミーファはこうして男子でも気兼ねなく声をかけてくるのでそこそこ仲が良い相手だ。
「知ってるよ、スライムだろ?」
「え、スライムなのか!?」
「なーんだ、ソラくんは知ってるんだ。そうだよ、最初の魔物はスライムっていうのが毎年の恒例らしいよ。寮の先輩たちもそう言ってたからね」
「な、なんだよ、スライムか……心配して損したわ……」
緊張でガチガチだったシドの体から力が抜けていく。どんな魔物が来ると思っていたんだろう。
「でもスライムってあれだよな。台所とかトイレとかにいるやつ。あんなの従魔にして意味あるのか?」
「ふふふ、スライムはね。実はとってもすごいんだよ、シドくん」
スライムはほとんどの家に二匹くらいは置かれている身近な魔物だ。
台所に置いておけば生ごみの処理をしてくれて、トイレに置いておけば汚物の処理をしてくれるので家を清潔に保てる便利屋と認識されている。
ただし、スライムを管理するためには専用の容器が必要で、それ以外だと石でも鉄でも何でも溶かして脱走してしまうこともある。まあ、スライムは生き物は消化・吸収できないから、もし脱走しても人間が襲われることはないんだけど。
そしてそれとは別にもう一つ、スライムは面白い特徴を持っている。
「スライムって何でも溶かして吸収するでしょう? でもある一種類の物質を与え続けるとね、スライムが進化するんだよ」
「進化?」
「進化すると姿が変わってね、例えば石を食べ続けたスライムは石みたいな見た目のストーンスライムになるし、木を食べ続けたらウッドスライムになるし、与える餌によって本当に別物になっちゃうの」
普通のスライムは雑食で身の回りのものを何でも食べるから、何か一種類の物を食べ続けるということが滅多にない。
けど従魔にしたスライムに命令を出して特定の物だけ食べるようにすると、スライムが進化するらしい。
「何だそれ!? じゃ、じゃあ、えーと……例えば剣を食べ続けたらソードスライムになったりするのか!?」
「……その場合は……えーと、ソラくん、どうなると思う?」
「多分ソードスライムは無理だと思う。剣の材質が鉄だったらアイアンスライムになって、青銅だったらブロンズスライムになるんじゃないか?」
「……という感じだよ、シドくん!」
「なんだよミーファだってわかってねえじゃねえか」
「わ、私もまだ勉強中だからいいんだよー」
わいわいとスライムについての話で盛り上がっているとクラスのあちこちでも同じ話題で雑談が始まっていた。
「進化したスライムって魔力を与えると食べてた物が出てくるんだって。先輩がウォータースライムっていうスライムから大量の水を出すの見ちゃったけど、便利そうだったなぁ」
「水運ぶの重いよねぇ……でもスライムの出した水って綺麗なの? 飲んでも大丈夫なの?」
「……た、多分? 畑に撒いたりしてたし大丈夫なんじゃない?」
「スライムに肉を与え続けてミートスライムに……そして無限の肉をこの手に――」
「それなら僕は果物やジュースを与えて甘味王に――」
「どっちも美味しそうだけど、それって食べられるの? というか進化するまで与え続ける分を買えるの? たぶんかなり量が必要になるよ?」
「「……無理だぁぁぁぁ……」」
午後の授業が始まり教師がやってくるまで、俺たちは思い思いのスライムの進化について楽しく語り合った。
ミートスライムとか実現出来たら一生肉に困らなさそうだけど、そんな連れていても英雄にはなれそうにないな……。