プロローグ(改)
【中つ国】と呼ばれる国がある。
この国の人間には魔力を持つ人間と持たない人間がいる。
魔力持ちは英雄候補だ。敵の大軍を薙ぎ払うような攻撃魔法を操った賢者、死者蘇生すら可能な回復魔法を使う聖女、恐るべき竜と一騎討ちをして死闘の末に勝利を掴んだ英雄。こうした偉業を達成した人間は皆魔力を持っている。
魔力持ちは貴族の人間か、貴族を縁を結んだ上流階級の人間がほとんどを占めているが、ごく稀に平民からも魔力持ちが生まれることがある。
こうした平民の魔力持ちの存在を調べるために、国は十歳になった国民全員に魔力検査を受けることを義務付けていた。
◆
ソラという少年は孤児だった。物心ついた時にはダンジョンの街のスラムでゴミを漁っていた。それより古い記憶はなかった。
彼を保護する人間はおらず、酒場から出る生ごみを漁ったり、ダンジョンから帰ってきた上機嫌の冒険者にたまに恵んでもらえた食料や小銭で日々を生きていた。
彼に優しく接する人間などいなかった。彼に教育を与える人間もいなかった。薄汚れた飢えた孤児を見かけた人間は露骨に顔をしかめて彼を追い払った。
夜なると酒場から漏れ聞こえる吟遊詩人の下手くそな歌が彼の子守歌であり、唯一の教科書だった。戦場で、ダンジョンで、華々しく活躍し、褒めたたえられ、使いきれないほどの財宝を手に入れ、貴族に成り上がり、美女を思うがままにし、人生を謳歌する物語の英雄たち。
ソラが彼らに憧れ、夢を見るのは当たり前のことだった。
いつか英雄になる。この街の人間から、国中の人間たちから認められ、褒め称えられ、憧れるような人間になる。それがソラの望みだった。
◆
そんなソラを拾ったのがとある冒険者のグループだった。
うだつの上がらない年のいった冒険者たちで、ダンジョンの浅い場所をうろうろと歩いて日銭を稼いでいた。
彼らは大勢の孤児を連れてダンジョンの中に潜っていた。ダンジョンの中には魔石転がっている。孤児たちに指示を出して魔石を拾わせ、一日中こき使って小銭を恵んでやるのが彼らのやり方だった。
ソラも孤児たちに混ざって一緒に魔石を拾っていた。孤児たちは互いに争って魔石を集めていた。集めた数で貰える小銭が変わるのだ。仲間も友達もいない。全員が敵だった。
孤児たちがどんどん先に先に進んでいく時、ソラは不思議な感覚を覚えた。道の向こうから何か嫌な感じがするのだ。怖くなって足を止めて、中年冒険者の近くで立っていた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」
叫び声だった。まるでダンジョンそのものを揺るがすような恐ろしい声だった。道の先でバタバタと争う音が聞こえて、孤児たちが恐怖に顔を歪めて戻ってくるのが見えた。
暗がりの中から見にくい小人たちが姿を見せた。体を赤く染め、手に赤く塗れたナイフを持って孤児たちを追いかけていた。
「おお、ゴブリンじゃねえか。今日はラッキーだな!」
「いくぞお前ら! 怪我なんてすんじゃねえぞ!」
「わかってるよ、ポーションは高いからな!」
顔は見えなかったが、声で彼らが笑っているのがわかった。孤児たちがゴブリンに何人も殺されていくのを見ていながら、彼らは自分たちの幸運を信じてやまなかった。そして言葉通り、手傷一つ追わずにゴブリンを倒してしまった。
嬉々としてゴブリンの耳を切り落とし、ナイフを持って引き上げる彼らを見てソラはようやく気がついた。孤児を集めて魔石を拾わせていたのはただのついでだった。彼らの本当の狙いは孤児を餌にしてモンスターに襲わせ、油断しているモンスターを安全に倒すことだったのだ。
仲間と嬉しそうに今日は上等な酒が飲めるな、と笑い合う中年冒険者たち。孤児が何人も死に、軽傷者も重傷者も大勢出たのに、まったく気にしていなかった。
◆
中年冒険者だけではなかった。同じような冒険者は何人もいた。
ダンジョンの街には冒険者も娼婦も多く、両親を亡くした子供も、親に捨てられた子供も大勢いた。
そんな彼らに連れられて何度もダンジョンに潜り、死んでいく孤児を何人も見送って、それでもソラは生き残っていた。
ある程度の年齢になったソラは孤児院に入れられた。孤児院はたまにスラム街で炊き出しをやっていたのだが、その時に声をかけられた。ソラと同じような年齢の少年少女だけを選んで声をかけていた。
その理由もすぐにわかった。魔力検査だ。
十歳くらいの孤児だけ集めて魔力検査を受けさせていたのだ。
そして、検査の結果、ソラが魔力持ちだということが判明した。
ソラは魔術学園に入学することが決定した。
◆
魔術学園を卒業できれば将来食いはぐれることはない。寮に入ることができるし制服も支給される。入学が決まった時点で支度金を渡されたので学習に必要な道具を買い揃えることもできる。
衣食住の心配なく勉強に専念できる恵まれた環境。ソラは一も二もなく飛びついた。
魔術学園は国内の魔力持ちを集める機関だ。中央にある王都の学園の他に、東西南北の四つの学園が存在する。ソラが入学したのは北の学園だった。
この学園は魔力持ちに教育を施し、国家の利益になる人材を育成する為に国営の施設だ。ただ、貴族や大商人が全員国家機関に所属してしまうと問題が発生するので、就職先にはある程度の自由が認められていた。端的に言うと金銭で解決できる問題だった。
そんな学校だが身分の差には厳格だった。具体的に言うと貴族や大商人の子弟が通う【上級学園】と平民が通う【下級学園】の二つが魔術学園の敷地内に立っていた。魔術を学ぶために専用の設備が必要なのだが、維持費の都合でいくつも用意することが叶わなかったからだ。その為に学舎だけ別々に分け、専用設備を共有して運用していたのだった。
また、校舎が違うだけではなく、それぞれの授業内容も当然違っていた。
上級学園の生徒たちは実家にいた頃に基本的な教育を受け終えていて、より高度で専門的な授業を受ける為に学園に通っている。
それに対し平民出身の下級学園の生徒たちは文字の読み書きすら覚束ない人間も大勢いた。当然ソラもその中の一人だ。
平民学校の生徒は入学してから半年間、みっちりと基礎だけを学んでいた。
午前中は文字の読み書き、正しい敬語の使い方、礼儀作法、中つ国の地理や歴史、算術など。主に学科を行った。
午後は魔術の訓練の初歩。自分の体の中にある魔力を掴み、それを自由に操れるようになる訓練だ。
そうして半年間、基礎だけを勉強した平民の生徒たちは、ようやくそれぞれの学科に分かれてまともな魔術を勉強していく。
魔力には属性があり、属性ごとに適性がある。属性は一人一つと決まっている。
攻撃魔術を使えるのは【火】【水】【風】【土】【光】【闇】の六属性。
回復魔術を使えるのは【水】【土】【光】の三属性。
ソラはこのどれにも当てはまらない【無】の属性だった。貴族は六属性のどれかを遺伝している家が多いが、平民だと無属性の魔力持ちの割合が多かった。
無属性の生徒は【騎士学科】【錬金術学科】【従魔術学科】の三つの学科に入ることになる。
「騎士学科に入りたい? ダメだダメだ、お前の体格じゃ騎士は無理だ。諦めて他の学科にいけ」
英雄のようになりたい。強大な敵に立ち向かえるような力を身に着けたい。そう願ったソラだったが、発育不良の小さな体では騎士には不適格だと弾かれた。
「錬金術学科は自分で練習用の素材を準備できないと厳しいわ。道具だって学校で貸し出されるものより自分の手にあったものを準備した方が使いやすいし、一人前になろうとしたらかなりお金がかかるのよ」
魔法の道具――魔道具を作り出したり、ポーションを作れる錬金術師にも興味があったが、貧乏人には向いていないらしい。真剣に学ぶためには多額の金銭が必要な学科だった。
「従魔術を学べば色々な魔物を従えさせることができるよ。もしも君がドラゴンを捕まえることができたらドラゴンライダー、竜騎士だって夢じゃない。君の努力次第でいくらでも可能性が開けるのさ」
従魔術学科はソラを拒まなかった。本当に竜騎士になれるのかはわからなかったが、伝説や神話に出てくる恐ろしい怪物たちに興味がなかったわけでもない。そして何より従魔術学科以外に道がない。
ソラは従魔術学科に進み、従魔術師を志すことにした。いつか立派なテイマーになって国中に名前を轟かせるような人間になってやろうと思った。
◆
「じゃあお前ら、今日からこいつらの世話よろしくな」
ソラたち新入生が従魔術科の寮に入ってすぐ。
先輩たちからの歓迎の挨拶もそこそこに寮のすぐそばにある魔物厩舎に連れていかれた。中には馬の魔物や二足歩行のトカゲの魔物、翼の生えた猫や蛇、角の生えたウサギなど……大量の魔物が入れられていた。
「毎日床の藁を入れ替えて掃除をして、この扉の前に書いてある通りに餌を与えて、水も取り替えて、あとはブラッシングとかしたりすりゃいいから。ちゃんと面倒みればこいつら病気にもかからないからな。まあ最初は俺らが教えてやるが、すぐにお前だけで面倒見てもらうからしっかり覚えろよ」
いきなり魔物たちの面倒を見ろと言われて戸惑っている一年生に、先輩である男子生徒は淡々と告げた。
「あ。もし齧られたら保健室まで走れよ。耳や指は取り返せなかったら諦めろ。飲み込まれたらまずアウトだ」
「――――――!!!!!」
こうして恐ろしい魔物たちとの学園生活が始まった。