みんなの公園
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、なんだかこのあたりの公園も、遊び道具が少なくなってきたと思わないかい?
鉄棒もブランコもなくなっちゃってさ、もはやベンチと砂場しか残っていないのって、公園と呼んでいいものか。「スペース」とかに改名したらどうなんだろうかね。
ちょっと前に聞いたんだけど、都市公園ってみだりに廃止して、建物を建てたりとかは許されていないらしいね。今回の緊急事態宣言みたいな、公共の利益にとって必要って判断されたときのみ、保育所などへの転用などが認められるとか。
でもね、公園をむやみに撤去したりできない理由、他にも存在するのかもしれない。
うちの兄貴が体験したっていう話なんだけどね。聞いてみないかい?
僕と兄貴は7つ歳が離れている。
僕が産まれてから、さほど間を置かずにいま住んでいるところへ引っ越したらしい。だから引っ越す前の家のことを、僕はよく知らないんだ。
当時の家の近くにも公園があった。テニスコートが二面くらい入りそうな大きさだったけど、遊具が固まっているのは全体の3分の1くらいの面積。残りはベンチと水飲み場、公衆トイレをのぞけば、あとは砂利を敷いた地面が海のようにひろがってばかり。
ゲートボールからフットペースまで受け入れてくれる、素晴らしい懐の広さ。それに甘えてボール遊びをしたり、砂場での泥遊びを楽しんだりしたと、ときには身体に生傷を作るくらい、めいっぱい遊んでいたそうなんだ。
ただ、兄貴が遊んでいて「ひやり」としたことが幾度かあった。
特に砂場でのことが、印象に残っているらしい。その日も友達数人と一緒に、おもちゃのバケツやシャベルを持って、兄貴は砂の城を作っていたらしい。
お互いに城のできを競い合って、その日はいずれもほぼ互角。甲乙つけがたかったとか。
そうして砂いじりが終わると、次はボール遊びの時間に移る。先に遊んでいたみんなへ加わるべく動き出したところで、急に兄貴は足を取られた。
「なんだ?」と振り返ると、後ろ足が足首まで、すっかり砂の中に埋もれていたんだ。
埋まった足の近くの砂は、大いに湿っている。「ひょっとして、砂が柔らかくなりすぎてたかな?」と、足を引き抜きにかかるや、今度は踏ん張ったはずの左足すら潜り込む。
両足とも地面に埋まったカカシ状態。どうにか身体をよじったり、足を引っこ抜こうとするけれど、砂はまるで重りになったかのように、兄貴の両足をとらえて離さない。
いや、それどころかなおも身体が沈み続けている。足首を埋め尽くし、今度はふくらはぎ、その上も通って、靴下と足のわずかなすき間にも、じりじりと砂が詰められていく。
兄貴は大声で、先に行ってしまった友達を呼び寄せようとする。けれど、声を出したとたん、取り込む速さがぐんと増した。
穴へ落ちたかのようだったらしい。先ほどまで包まれていた砂の感触がふっと消え、一気にあがるペース。
がくんと両脇の下へ痛みが走る。先ほどまでももまでだった土が、一気に兄貴の脇の下まで迫り、ぶつかってきたんだ。すでに兄貴は腕と頭だけを残して、すっかり砂場へ埋まっていたんだ。
声を聞きつけて戻ってきた友達だけど、思わず吹き出したらしいよ。
そりゃ海浜とかで見かける砂風呂が、家の近所にある公園の砂場で展開されているんだから。熱心に穴を掘って、自分から埋まりにいったっていうネタだと思って、最初はまともに取り合ってくれなかったとか。
兄貴はばしばしと周りの砂を叩き、改めてヘルプ要請。「やれやれ」とばかりに手を貸してくれる友達だったけれど、その笑いも、身体を引き上げるにつれて消えてしまう。
地面に埋まっていた兄貴の身体は、服にぽつぽつと穴が開いていたんだ。その下の皮膚からも赤いものがにじんでいて、いまも生地の穴の端々に、じんわりとにじんできている。
ひとつひとつの傷は小さいものの、全体的に見るとかなりの数の穴が開いていたらしい。友達に促されて、その日は早めに家へ撤収したらしいんだ。
出迎えてくれたお母さんも、兄貴の様子を見てびっくり。服を脱がせたうえで、傷のひとつひとつに、丁寧に消毒をしながら、どうしてこんな傷がついたのか尋ねてきた。
どうせ信じてもらえないだろう、とは思いつつも、兄貴は公園であったことを話す。お母さんは黙って兄貴の話を聞いてくれる。ひとしきり聞き終えた後で、お母さんはそっと話してくれる。
「人身御供って、知ってる?」とね。
人身御供とは、つまり生け贄のこと。
いまある公園の中には昔、土地の神様の怒りを鎮めるために生け贄を捧げた場所も、混じっているとのこと。
たいていはガセだけど、中には本当に神様が宿っている土地も存在する。そして覚えてしまった人の血肉の味を求めて、暴れんとしているものもいるとか。
「けれど、今の時代に生け贄なんて許されるわけがない。だから公園にして多くの人を招くのよ。
その人がかいた汗、こぼれおちる垢、ひょっとしたら転んだ拍子に流れ出る血、はがれてしまった皮膚……それらを少しずつ集めて、かつての生け贄が捧げたような血肉を与える。
そうして土地神様をおさめているのよ」
自分たちが、神様のエサになっている。
そう聞いて、兄貴は砂場に埋もれてしまった瞬間を思い出し、身震いした。もしも友達を呼ぶのがもう少し遅かったら、もっとひどいことになっていたかもしれない。
兄貴はその時から、外遊びをする機会がぐっと減った。
ちょうど携帯ゲーム機が流行り出したころで、兄貴の周りの友達もそれにはまるようになり、外遊びをする機会がどんどんなくなっていったらしいんだ。
兄貴もその流行に乗り。家にいる時間はゲーム機と向き合っていた。砂場で使ったバケツやシャベルは、玄関の靴入れの下に放り込んだまま、ほこりをかぶり出している。
――あの公園に行きさえしなければ、怖い目に遭うことはない。
そう信じる兄貴だったけど、ある日のゲームをしている最中。
数時間、画面とにらめっこをして熱中していた兄貴だけど、唐突に背中へ痛みが走った。
振り向くことなんて思いもよらない。背骨を中心にあっという間に広がった痛みに、思わず前のめりになってしまった。
続いて背中からぐっと、注射器で血を取られるように何かが集まって抜けていく感触。それがまた痛みを増して、兄貴は声を押し殺すのがやっとだったとか。
ようやく身体を起こせたとき、背後には誰もいなかった。でも痛みの中心と思しき部分を触ってみると、べちゃりと音を立てるもの。
そこにはシャツの上までぐっしょりと濡れた、自分の赤い血があったんだってさ。
公園に来る人が少なくなって、お腹が減った土地神様が、かつて食べた俺のものを持っていった。
兄貴はそう思っているんだってさ。