結束さんの評価(主人公編)
「あー、あー」
リクライニングチェアに腰掛けた結束さんが、いつものようにコーヒーを一口飲み、いつものように息を吐くと同時に何か言い出した。
「どうしたの?」
だから僕もいつものように反応をする。
「やる気が出ない。なんもやる気が出ない。どうしたもんかね」
「その割にはコーヒー淹れたり、スマホいじったりしてるように見えるけれど」
「そういうんじゃないんだよ。あー、説明するのも面倒くさい」
「じゃあ黙ってれば?」
「うーわー、ひーどーいーいーいーいー」
キャスター付きのリクライニングチェアでくるくる回りながら結束さんが叫ぶ。
そして叫びながらメロディを刻む。更には音量が徐々に上がる。
その肺活量に驚きながらも、僕は彼女に率直な意見を言った。
「うるさいんだけど」
「思ったんだけどさーあーあーあー」
「うるさいんだけど」
「いやいや聞いてよ。思ったんだけどさ」
ピタリ、と止まって結束さんが言う。
「思ったのならその思いを心の中だけにとどめておいてよ」
「物事に臨むときにさ、達成するためにまずやる気を出す方法を探す、というのはアプローチとして間違っていると思うんだよね。やる気なんてものは日常生活の些細なことで変動してしまう、不安定なパラメータ。ちょっとしたステータスの異常で崩れてしまうシビアな原動力なんだよね」
僕の意見などガン無視なのは相変わらずで、彼女は自分の意見を口にする。
それでいて僕が反応しないと酷いとかどうとかいうんだから、理不尽だ。
そんな彼女に気付かれないように少しだけため息をつき、それでも僕はきちんと反応をした。
「えらくシステマチックな考えだね」
「どう取り繕ったところで、恐ろしく個人に影響されるやる気をマニュアル化することは不可能なんだ。だからこそ、やる気を出さないと何もできない、という考えを改めるべきなんだよね。やる気が無くても出来る、これこそがよりあるべき姿だと思うんだよ」
「で、そのやる気を出さなくても出来る事、というのは?」
「それはふーくんがやる気を出して見つけるんだ」
「言うと思ったよ」
話の着地点などどうでもいいんだろう。
言いたいことを言う。言ったら終わり。
いっそすがすがしい。
「ところでふーくん。ふーくんがRT企画で読んだ中で、良いと思った主人公って、どんなの?」
そして唐突に本題をぶっこんでくる。
すがすがしい。
「んー、良い主人公ねぇ……。改めて言葉にすると難しいな。――っていうか、前回の紙は使わないの? なんか色々書いてあったじゃん」
「あぁ、あれ。なんか時間置いて読んだら気分が醒めたから、シュレッダーにかけた」
「あんなに書いてあったのに二行しか引用されなかったのか……」
結構びっしり書いてあったと思うんだけど、まあ、それもまた彼女らしいか。
「ともかく。良い主人公って何だと思う?」
再度言われて、僕は考える。
こう、良い主人公の条件的なものを。
そして思い出す。
「――良い主人公は、そのキャラを表す端的な『決めゼリフ』を持っているキャラ。とかどっかで見た気がする」
「決めゼリフ?」
「うん。――ほら、画像を流用されたりするキャラ。デスノートの月くんとか」
「ふーん。……じゃあ聞くけど、そのキャラはどうやって作ると思う?」
「え? うーん。オリジナリティのあるキャラづくりをする?」
「具体的には?」
「他と被らない設定を持たせる。セリフのセンスを磨く……とか?」
「このご時世に被らない設定とは? センスを磨く方法は? 何一つ具体的じゃないんだけど」
「う、うぅぅーん……」
問い詰められて、言葉を失う。
「で、でもさ。そういう簡単に答えの出ないところがキャラの魅力に繋がるから、皆悩んでるし、良い主人公ってのを生むのが難しい、って話に繋がるんじゃない?」
「いや全然」
ノータイムで否定された。むしろ全部言い終わる前に否定された。
「あのねぇ、そういう次元が高いところで悩んでるフリしてるからふーくんはいつまで経ってもワナビなんだよ。ふーくんが挙げた月くんみたいに、作品から飛び出してそのキャラクターだけ認知されるような、飛びぬけた存在なんか意図的に作れるわけないでしょ」
「えぇ? でも、月くん、十分オリジナリティあるでしょ。主人公なのに悪だし」
「たしかに月くんは良い主人公の条件を満たしている。けれどね、それが世間にパロディされるほど広まるかどうかは、結局のところ読者や世間次第で、作者の及ばない領域なんだよ。そこを勘違いして、彼のようなキャラを創ろうと頭をひねったって、土台無理なんだ。セリフのセンスも、オリジナリティも、良いかどうかは突き詰めれば読者の匙加減一つだからね」
「まあ、なんとなく言いたいことは分かるけど。オリジナリティは大事だと思うよ」
「オリジナリティ、オリジナリティって馬鹿の一つ覚えに言うけどね。デスノートみたいに『大量殺人鬼』を主人公に据えるのはオリジナリティという観点では良いかもしれないけど、普通の道徳的観点で言えば、大量殺人鬼を主人公、ましてや視点人物に置いた物語なんて胸糞悪くて読めたものじゃない。それがウケるかどうかは、読者や流行によるところが大きい。まさに出してみないと分からない博打漫画さ。デスノートも読み切りでは心優しい少年が主人公だったしね」
「え? 読み切りだとそうなの? それは初耳だ」
「ともかく。オリジナリティってのは確かに大事だけど、ウケるかどうかは客次第。だからそれだけを重視しても駄目なの」
「じゃあ、良い主人公の条件ってのは?」
巡り巡ってこの話の本題。
僕がそう切り出すと、結束さんはフフンとドヤ顔を作る。
「『メインストーリーに対して強い動機があるキャラ』だよ」
「動機……。へぇ」
「ドヤ顔を作った割に普通の意見で、少し反応に迷ってしまった。――なんて思ってるでしょ。ふーくんの考えてることはお見通しだよ」
「いや、まあそうなんだけど。どちらかというと心の中をわざわざ言われる方が反応に迷う」
「無気力だとか特殊能力持ちとか、パンツに興奮する変態とか、いわゆる属性を盛るのもいいけど、キャラで一番大事なのは『動機』なんだ」
「普通に流された上に悪意しかないルビが見えたのは気のせいかな」
「動機は共感を呼び、共感は感動を呼ぶ。陰キャでオタク趣味で特徴のないフツメンで、しかも中身が無い男がパンツパンツ叫んでてもただの変態なんだよ」
「いや、僕は変態じゃないからね。この上ないくらいねつ造しながらディスらないでくれる? それに、擁護するわけじゃないけど、陰キャでオタク趣味な人間は結構主人公タイプだと、僕は思うよ」
僕がそう反論すると、これ見よがしにじろりとにらまれる。
「じゃあ、イケメンでモテモテで不自由ないリア充は、主人公足りえない、と」
「ジャンルにもよるけどさ、例えば学園青春系だったら陰キャの方が良いと思うけど」
「どうして?」
「どうしてって……、まあ、こういう言い方はひんしゅく買うと思うけど、読者のほとんどが陰キャだからじゃないの。だから共感を得やすい」
僕がそう答えると。
「はぁー…………」
盛大にため息を吐かれた。
「変態は勘違いをしているよ。キミは私の何を聞いてたの。主人公の『属性』が読者に近いから共感を得るんじゃないんだよ。『動機』が読者の考えに近ければ共感を得るんだ。そこに陰キャも陽キャも関係ない」
「属性じゃなくて、動機?」
「そう。似ているようで違う。さっき例に出したデスノートの月くんもそう。彼はイケメンでモテモテで不自由ないリア充だけど、『世の中は腐っている』『善い人間がバカを見る世界は間違っている』『だから悪人を裁き、正さなければいけない』、という強い動機を持って行動しているよね」
「あー……。イケメンだし、美人侍らせてる割にすげない態度取るいけ好かない野郎だけど、確かに動機という面では一貫しているね」
「変態の嫉妬は別にどうでもいいんだけど、その『強い動機』が良いキャラ、特に主人公の条件なの」
「未だにルビがおかしいのはなぜなんです?」
「いくら読者に近いキャラを作ったとしても、『やる気ないーやる気でないーあーあー』言っているキャラじゃ物語に動機を持ちようがないし、共感も出来ないってことだよ。わかった? 変態」
「それそっくりそのまま冒頭の結束さんにブーメランするんだけど大丈夫?」
「まあ、読者に近いキャラのほうが共感を得やすい動機を付けやすい、ってのはあるよ。陰キャの方が、リア充爆発させたい、っていう爆殺ストーリーを作りやすいようにね。けれど、それは動機を付ける下地であって、陰キャがイコール共感を得るキャラというわけじゃない」
「陰キャでも本当にリア充爆発させたら共感どころか反感買うでしょ」
「ハーレムするのもいい、無双するのもいい。異能モノで無能者でもいいし、抹消能力でもいいし、コピー能力でもいい。けれど、結局のところ、その物語で主人公はどうしたいのか。まずはそこから考えるのが主人公作りの一歩なんだよ。と、RT企画をして私は思ったかな」
「無視されたまま結ばれた」
「オチをつけるのはふーくんの仕事だよ」
「散々無視しといてその無茶ぶりっ!?」