表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/68

7.招き猫店員爆誕

 セール初日とあって、家具フロアは人でごった返していた。私は歯を食いしばって、猫耳のまま店頭に立つ。


 これは人寄せ、人寄せ。


 そう言い聞かせて歩き、人波の中を進む。


 ウォールナット素材の、チョコレート色のドロアーを見ている女性がいる。長い栗色の髪をかき上げ、熱心にスマホを取り出し値札にある割引率を計算している。これは買う気のあるお客様だ。


「いらっしゃいませ。気になることがございましたら、何なりとおっしゃってくださいね」


 その若い女性はこちらを振り返り、すぐに私の猫耳を見上げた。顔に「ぎょっ」と書いてある。予想通りの反応だ。


「お姉さん、耳」


 お、逃げられるかと思ったら、あちらから積極的に話しかけて来たぞ?


「はい!猫耳です!」


 もうカラ元気で行くしかない。猫耳なぞをつけておいて、悲しそうな顔は厳禁である。


「何故、お一人でコスプレを?」


 それは私が聞きたい。


「猫耳の生える体質なので、お気に入りなさらず」


 そう言って私がピクリと耳を動かすと、若い女性は少し頬を上気させ、


「体質?本物なの!?」


と声を上げた。あら、興奮なさるタイプのお客様なのね?


 ならば、顧客を獲得するチャンス!


「はい。何なら触ってみます?」

「えー!いいの!?」


 女性は私の猫耳を触る……


「わっ!本物だ!」

「うふふ。珍しいでしょう?」

「ありがとう。何だか、とっても幸先いいわ〜」


 ん?幸先?


「招き猫っているじゃない。私、今、ペットグッズ事業を立ち上げたばかりで……」

「あら、そうなんですか?」

「店舗の内装なんですけど、イギリスをイメージしているんです。それで今、この英国製のドロアーが気になっていて」


 ドロアーとは、日本語に訳すといわゆる箪笥たんすである。これは、低い机のようなドロアー。天板が開き、中に物を収納出来る。その上、低いテーブルにも出来ると言う優れものだ。


 側面には複数の引き出しがついていて、細かい収納が可。材質はウォールナット。靭性じんせいが高く、丈夫で堅実。収納と机、ふたつの機能を兼ね備えた、狭い家向きの、いかにもイギリス製といった家具だ。


「色はこれだけかしら?」

「はい、この家具はウォールナット製でしかお作りしておりません」

「ウォールナット?」

「とても靭性の高い素材です。イギリス家具にはよく使われていますね。パイン材などと比べてとにかく丈夫なんですよ。イギリスでは伝統的な、一生ものの家具です」

「ふーん。いいな、ウォールナット。チョコレート色で、重厚感あるね」

「このドロアーの他にも、もっと大きい、いかにも箪笥といったドロアーもありますよ」

「そうなの?在庫管理はそれでやったらオシャレよね。ディスプレーにもなるし……」

「はい、ディスプレーには持ってこいです!実際に家具として使ったら、今時の家には重厚すぎるかも知れませんから」

「素敵!色を統一したいわ。他にも同じ材質のものはある?」

「はい、ウォールナットは人気の材質なので、他にも」


 私はすぐにカウンターのタブレットを操作し、ウォールナット素材の検索をかける。椅子や踏み台、額縁などが他にも引っかかった。私は瞬時にディスプレーの案を練る。額縁はこのように……踏み台をペットの試着台に……立ち上がる、ディスプレーの気配。これをどこまでお客様のディスプレー案とすり合わせられるかに勝負がかかっている。


 近くのソファに掛けている女性にタブレットを見せる。


「このような在庫がございます」


 女性は、ふーんと言った様子。


「じゃ、それじゃこれひと揃えいただこうかしら」


 あら、提案の前に即決……


「ねぇ、他にも似たようなのを探し出して貰っていい?百貨店の限界を見てみたいわ」


 そこまで行くと、私の手に負える範疇を超えている。どうやら法人相手となりそうなので、インテリアコーディネーターに案件を回した方がいいのかも知れない。


「それでしたら、専門のコーディネーターがおりますが、呼んで参りましょうか?」


 すると女性ははっきりと即答した。


「嫌よ!」


 ……何ですと?


「私、あなたから買いたいの!これはゲン担ぎよ。ね、付き合ってくれるでしょ?」


 こういうことは、私の販売員人生で初めてだった。ゲン担ぎに使われるなど、私の想定の範囲を超えている。


「そ、そうですか……少々お待ちくださいませ」


 私は慌てて周囲を見渡した。すぐにレジから注意深くこちらを観察していた田崎マネージャーと目が合う。私はそちらに駆け寄った。


「伊藤、何かあったのか?」

「はい。その……あちらのお客様が、私に百貨店在庫以外の家具を売って欲しいと」

「なら、インテリアコーディネーターに回す案件じゃないか?」

「ええと、私から購入したいらしいんです。……ゲン担ぎに」


 田崎さんは私の猫耳を見て、


「ははー、なるほど……」


と呟いた。


「招き猫扱いされているというわけだな?」

「……そのようです」

「仕方ない。コーディネーターに手伝って貰って、伊藤が売るていで販売に繋げよう。コーディネーターにはこちらから連絡しておくから、伊藤はお客様から希望の品を聞き出してくれ」

「……分かりました」


 私は女性の元に踵を返した。


 女性は名刺を持って、私を待ち構えている。


「驚かせちゃって、悪かったわね。私、こういう者です」


 その名刺には、


 株式会社ケイティ代表取締役・小宮山慧子こみやまけいこ


と書かれてあった。


「とても素敵な販売員さんを見つけたわ。短いお付き合いになるけれど、よろしくね」


 私は開運猫耳販売員として、新しいスタートを切ってしまったようである。


 招き猫、ゲン担ぎ。


 そんな需要、誰が予想しただろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ