7.招き猫店員爆誕
セール初日とあって、家具フロアは人でごった返していた。私は歯を食いしばって、猫耳のまま店頭に立つ。
これは人寄せ、人寄せ。
そう言い聞かせて歩き、人波の中を進む。
ウォールナット素材の、チョコレート色のドロアーを見ている女性がいる。長い栗色の髪をかき上げ、熱心にスマホを取り出し値札にある割引率を計算している。これは買う気のあるお客様だ。
「いらっしゃいませ。気になることがございましたら、何なりとおっしゃってくださいね」
その若い女性はこちらを振り返り、すぐに私の猫耳を見上げた。顔に「ぎょっ」と書いてある。予想通りの反応だ。
「お姉さん、耳」
お、逃げられるかと思ったら、あちらから積極的に話しかけて来たぞ?
「はい!猫耳です!」
もうカラ元気で行くしかない。猫耳なぞをつけておいて、悲しそうな顔は厳禁である。
「何故、お一人でコスプレを?」
それは私が聞きたい。
「猫耳の生える体質なので、お気に入りなさらず」
そう言って私がピクリと耳を動かすと、若い女性は少し頬を上気させ、
「体質?本物なの!?」
と声を上げた。あら、興奮なさるタイプのお客様なのね?
ならば、顧客を獲得するチャンス!
「はい。何なら触ってみます?」
「えー!いいの!?」
女性は私の猫耳を触る……
「わっ!本物だ!」
「うふふ。珍しいでしょう?」
「ありがとう。何だか、とっても幸先いいわ〜」
ん?幸先?
「招き猫っているじゃない。私、今、ペットグッズ事業を立ち上げたばかりで……」
「あら、そうなんですか?」
「店舗の内装なんですけど、イギリスをイメージしているんです。それで今、この英国製のドロアーが気になっていて」
ドロアーとは、日本語に訳すといわゆる箪笥である。これは、低い机のようなドロアー。天板が開き、中に物を収納出来る。その上、低いテーブルにも出来ると言う優れものだ。
側面には複数の引き出しがついていて、細かい収納が可。材質はウォールナット。靭性が高く、丈夫で堅実。収納と机、ふたつの機能を兼ね備えた、狭い家向きの、いかにもイギリス製といった家具だ。
「色はこれだけかしら?」
「はい、この家具はウォールナット製でしかお作りしておりません」
「ウォールナット?」
「とても靭性の高い素材です。イギリス家具にはよく使われていますね。パイン材などと比べてとにかく丈夫なんですよ。イギリスでは伝統的な、一生ものの家具です」
「ふーん。いいな、ウォールナット。チョコレート色で、重厚感あるね」
「このドロアーの他にも、もっと大きい、いかにも箪笥といったドロアーもありますよ」
「そうなの?在庫管理はそれでやったらオシャレよね。ディスプレーにもなるし……」
「はい、ディスプレーには持ってこいです!実際に家具として使ったら、今時の家には重厚すぎるかも知れませんから」
「素敵!色を統一したいわ。他にも同じ材質のものはある?」
「はい、ウォールナットは人気の材質なので、他にも」
私はすぐにカウンターのタブレットを操作し、ウォールナット素材の検索をかける。椅子や踏み台、額縁などが他にも引っかかった。私は瞬時にディスプレーの案を練る。額縁はこのように……踏み台をペットの試着台に……立ち上がる、ディスプレーの気配。これをどこまでお客様のディスプレー案とすり合わせられるかに勝負がかかっている。
近くのソファに掛けている女性にタブレットを見せる。
「このような在庫がございます」
女性は、ふーんと言った様子。
「じゃ、それじゃこれひと揃えいただこうかしら」
あら、提案の前に即決……
「ねぇ、他にも似たようなのを探し出して貰っていい?百貨店の限界を見てみたいわ」
そこまで行くと、私の手に負える範疇を超えている。どうやら法人相手となりそうなので、インテリアコーディネーターに案件を回した方がいいのかも知れない。
「それでしたら、専門のコーディネーターがおりますが、呼んで参りましょうか?」
すると女性ははっきりと即答した。
「嫌よ!」
……何ですと?
「私、あなたから買いたいの!これはゲン担ぎよ。ね、付き合ってくれるでしょ?」
こういうことは、私の販売員人生で初めてだった。ゲン担ぎに使われるなど、私の想定の範囲を超えている。
「そ、そうですか……少々お待ちくださいませ」
私は慌てて周囲を見渡した。すぐにレジから注意深くこちらを観察していた田崎マネージャーと目が合う。私はそちらに駆け寄った。
「伊藤、何かあったのか?」
「はい。その……あちらのお客様が、私に百貨店在庫以外の家具を売って欲しいと」
「なら、インテリアコーディネーターに回す案件じゃないか?」
「ええと、私から購入したいらしいんです。……ゲン担ぎに」
田崎さんは私の猫耳を見て、
「ははー、なるほど……」
と呟いた。
「招き猫扱いされているというわけだな?」
「……そのようです」
「仕方ない。コーディネーターに手伝って貰って、伊藤が売るていで販売に繋げよう。コーディネーターにはこちらから連絡しておくから、伊藤はお客様から希望の品を聞き出してくれ」
「……分かりました」
私は女性の元に踵を返した。
女性は名刺を持って、私を待ち構えている。
「驚かせちゃって、悪かったわね。私、こういう者です」
その名刺には、
株式会社ケイティ代表取締役・小宮山慧子
と書かれてあった。
「とても素敵な販売員さんを見つけたわ。短いお付き合いになるけれど、よろしくね」
私は開運猫耳販売員として、新しいスタートを切ってしまったようである。
招き猫、ゲン担ぎ。
そんな需要、誰が予想しただろうか?