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第9章.猫耳、フランスへ

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60.入籍

「へー、これが婚姻届かぁ」


 私と航平はそれをまじまじと眺める。


 保証人欄には航平のご両親の名前が既に書いてある。私はごくりとつばを飲み込んだ。


 ここは、都内某所の役所。


 戸籍謄本も手元にある。


 ここでこれを提出してしまえば、私達は晴れて夫婦となるのだ。




 ここに来るまでに、私達は様々な手続きや挨拶回りをして来た。


 私達のCMが流れるタイミングで、航平のご両親に会うことにした。


 いきなり猫耳を見るとショックが大きいのではと思い、映像が出てから会うことにしたのだ。


 けれど、それは全くの杞憂で──


「んまあああ可愛いいい!」


 航平のお母様はテンション高めの上品なおば様だった。白髪をあえて染めず、グレーカラーの髪にきちんとパーマをかけて、それをふんわりひとつ結びにしている。日常でもアクセサリーを欠かさない、パンツスタイルが様になる、背が高くてとてもおしゃれな人だった。


 お父様は口ひげをたくわえ、その日はゆるりと作務衣を着ていた。なんか仙人っぽい。それもそのはず、お父様は書道の先生らしい。そういえば、航平が百貨店に採用された理由のひとつに、筆耕が出来るからというものがあったはずだ。きっとこのお父様から習ったのだろう。百貨店ではのし書きの機会が多いので、航平のその能力は重宝がられていた。


 私は顔を赤くし、猫耳を垂れる。


 か、可愛いだって……


「ああ、こんな可愛い猫耳の女の子が娘になるのね……」


 お母様、うっとりしていらっしゃる。


「うちの子どもは男ひとりだったからなぁ。こんな形で娘が出来るなんてなぁ」


 お父様。そう言っていただけて嬉しいです。


 航平がカバンからファイルを取り出す。


「でさ、婚姻届の保証人になってほしいんだけど」

「ああ、いいよ」


 二つ返事でご両親はさらさらと名前を書いて行く。ああ!なんともあっさり……


 私は小声で航平に問う。


「……大丈夫?」

「……何が」


 そう返されて、私はうつむく。この輝くようなご両親を目にして、再び私の背後に影が出来る。私、釣り合っているのかな、この人たちに。私みたいな影をしょった女が、本当に──


 私と航平はそれを携え、彼の実家を出る。


「あのさぁ」


 航平が私の手を握って呟く。


「後戻りなんかさせないからな。もう、いい加減に前に進もうよ」

「……ごめんなさい」


 もう、この後ろ向きな性格とは一生付き合うしかない。また、彼にだって一生付き合ってもらうしかないのだ。


「また結婚をためらうような真似したら……罰として一日語尾に〝ニャン〟って付ける刑な?」


 あわわわわ、それだけは本当に勘弁してください!


 次に行くべき場所に二人で向かう。


 予約していた結婚指輪を取りに行くのだ。これだけは自分のお金で買いたくて、無理を言って彼と折半にしてもらった。


 これもシンプルなものにしたけれど、裏面にお互い今日の日付を入れた。


 これなら万が一落としても、自分のものだって分かるから。


 箱にしまってもらい、大事にバッグの中に入れる。


 そしてそのまま──我々は役所に来たのだ。




「はい、おめでとうございまーす」


 役所の人が、書き込まれた婚姻届けを一瞬で受理する。


 何もかも、あっさりと終了した。


 これで、私達は晴れて夫婦となったのだ。


 こんな簡単に、結婚って出来るんだな……私は思わず遠い目になった。


 役所の中で、私はごそごそと先程受け取った指輪を取り出す。


「はい、これ」

「ああ、ありがとう」


 私と航平は、何だか事務的に指輪をそれぞれはめる。


「婚姻届って、こんなにあっさり受理されるんだね……」

「うん、まあどこもこんなもんなんだよな、きっと」

「……もう、時間?」

「うーん、ちょっと早いけど、もう行くか」


 私達は、かつての最寄り駅に向かう。


 松葉先生の住む町へ。


 今日は芝さんも加え、四人でようやく合格のお祝いと結婚のお祝いをするのだ。


 あの日、私の母がぶち壊した小宴を──


 電車の中、吊革につかまる。彼と私の指に、真新しい指輪。


 ……何でだろう。航平がちょっと余計な色香をまとった気がする。


「既婚者がモテるって、本当なのかな?」


 私が真面目な顔で尋ねると、航平はぶっと吹き出した。


「だとしたら、どうする?」

「……ちょっと心配、かな」

「あはは。可愛いな、祥子は」


 あのねぇ……結構こちとら真面目に心配してるんですよ?


「実はさ」

「何?」

「俺も今、同じこと考えてた。指輪した祥子が妙にきれいになった気がして」


 あ、そうなんだ……


 夫婦なりたてって、ちょっとこそばゆいな。


 私達は久しぶりに、以前の最寄り駅に降り立った。


 そこにいたのは、松葉先生と芝さん。改札の向こうに二人並んでいる。あ、こっちに気づいて手を振ってる。


 四人は久しぶりに揃って落ち合う。


「あー!指輪!」


 早速芝さんが気づいて声を上げた。そんな大きな声で言わなくても。何か恥ずかしいな……


「安岡さん」


 松葉先生が私をからかうようにそう呼ぶ。改めてそう呼ばれると、こっ恥ずかしいです!


 駅前すぐの居酒屋に入ると、松葉先生と芝さんが大きな包みをくれる。


「ありがとう。中身は何?」

「ワインよ。今年出来た記念ワイン。しばらく寝かせて、何かの記念日に飲むといいわ」


 ……嬉しい。


 松葉先生が問う。


「お二人とも、フランスに行くのはいつですか?」

「来月ですよ。先生は?」

「僕もです。よければみんな同じ日に、一緒に成田から旅立ちませんか?」

「あら、いいですね、それ」


 一方、芝さんはため息をついた。


「……芝さん?」

「私は来週、ドイツに帰るの」


 ああ、そうなんだ。


「芝さんは一足先に行っててください。僕もすぐ追いかけますから」


 芝さんは松葉先生の言葉を聞くと、うん……と少し寂しそうに答える。


 私は少し胸が疼く。芝さんと松葉先生は、ずっとこうして同僚としてやって行くのだろうか。


「どうしたの芝さん。元気ないじゃん」


 航平……。そういえば、君にはあのこと、話してなかったね。芝さんが松葉先生を想い続けてるってこと。


「うーん」


 芝さんは少し額を押さえる。三人が顔を見交わしていると、芝さんは声を潜めた。


「ちょっと今、色々と研究所内がごたごたしてて」


 ごたごた?予想と違うことで悩んでいたらしく、私は内心慌てる。


「ここだから、言うわ。どうやら研究所内にスパイがいるの」


 ……なんだか急に、凄い話が飛び出した。思ってたのと違い、重い話だ。


「情報が敵側に漏れてる。猫耳族を救える場面で、必ず邪魔が入って救えてないのよ」


 松葉先生は眉をひそめる。


「そんな話、ここでは……」

「いいえ。むしろ研究所内の方が危険なのよ。だから、安岡夫妻にもここで伝えておくわね」


 私は航平と顔を見合わせる。


「特に、航平さん。なるべく祥子さんから目を離さないでいて欲しいの。祥子さんも、危険な場所には行かないようにして。あとでフランスの地理について説明しておくから、危険個所は避けて。それから──」


 芝さんは、きっと私に視線を移す。


「結婚式は、いつなの!?」


 ……はい?


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