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54.猫耳護衛プロジェクト始動

 浴衣に着替えて二人で温泉に入って。


 あのパールリングをつけて、同じ布団に寝て。


 波の音と、衣擦れの音。


 何度も彼の体重と体温にさいなまれてから、眠りに落ちる。




 朝。


 私は、はだけた浴衣を気だるく掻き合わせ、下着を探す。


 私ったら、こんなところに脱ぎ捨ててたんだ。だらしないなー、もう。


 それを履いていると航平がいつの間にか目を覚まし、本当に幸せそうな顔をして背後から抱きついて来る。


 こんな朝、初めてだけど、案外いいものだね。


 急に視界が開けたような気がして、私はまた、彼の腕の中で海を見る。




 航平は、方々に電話をして回っていた。


 百貨店の面々と、王銘さんにだ。


 矢面に立ってくれているんだ。私は自分のしでかしたことに、今更ながら怯え始めていた。


「じゃあ、伊藤さんに代わります」


 ……王銘さんか。ひょろひょろのおじさん。でも、声は妙に重いんだ。


「変わりました、伊藤です」


 王銘さんはふーん、と軽く鼻を鳴らし


「次の住まいだけどね」


と単刀直入に言う。


「とりあえず、一室あるんだよ。羽田にタクシーつけとくから、すぐそれに乗って。そのまま連れて行ってくれるようにするから」


 ああ、ありがたいです。


「何から何まで、申し訳ない……」

「なに、猫耳の伊藤さんはうちのドル箱ですからね、こっちも丁重に扱いますよ。それに先に言っておくと、芸能事務所はこういう金コマな親戚に強いからね。永遠のテーマみたいなもんだからコレ、ふははは」


 うん、何だか大陸育ちの自信を感じる。めっちゃ笑ってるし。


「そ、そうなんですか」

「早速今、伊藤さんの護衛プロジェクト組んでるから楽しみにしててよね」


 楽しくないですが。


「そんで、ちょっとお願いがあるんだ。百貨店の山方店長にも話しといて。社宅の借り上げ停止、あと、キャンペーンの中止と、転勤先についてだね」


 そうか。あの町の百貨店にはもう戻れないのか……山方さんも人見さんも田崎さんも、いい人だったのにな。


「今回のことで、伊藤さんの弱点が出ちゃいました。でも、その分、みんな守ってくれるはずだよ。あんまり気に病まないでね」


 ううう。フォローまで。王銘さん、ありがとう。


 次に百貨店事務所に連絡をし、山方店長に繋いでもらう。


「おー」


 何の感情も込めず、山方さんはそう言った。


「めんどくせーお母様をお持ちで」


 はい、そうなんです。


「ま、百貨店まだ辞めないって聞いて安心したよ。ところで伊藤、芸能事務所にはもう連絡取ったか?」

「はい、つい先ほど」

「ああそう。そこで匿ってもらえそう?昨日ね、安岡から連絡あって、引っ越し業者を手配したそうだ。今日には、伊藤んちはもぬけの殻だとさ。そしたらさ、きっとあの女、またうちに来るじゃん?」


 あああ、確かに!


「も、申し訳ありません……!」

「あー、しょうがないよ。うーん、ちょっとその王銘さん?とかいうの、連絡先教えてもらえる?多分、あっちの方がそういう懸案には強いと思うから」


 そうですね。


「でも」

「どうした伊藤?」

「その、皆さまにご迷惑が」


 すると、山方さんはくっくと笑った。


 な、何が面白いんだ……?


「ぶわぁーか。今回のキャンペーンより、もっとビッグなプロジェクトが発動中だからよぉ」


 へ!?もっとビッグなプロジェクト……!?


「申し訳ないが、先にこちらでお前さん抜きの緊急猫耳会議をしてある。金の匂いがプンプンしてやがるんだ。楽しみに待ってろよ」


 何か、めちゃくちゃ怖いんですけど!


「だってお前ら、アレだろ。結婚すんだろ」


 へ?


「なななな、何でそれを」

「だってよぉ、安岡が言ってたぞ。お前ら今、南紀白浜で新婚旅行してるんだって?」


 ぎゃー!何言ってんだあの男は!


「猫耳……ウェディング……くくっ。金の匂いしかしねえ」


 ウェディングの捉え方、それで合ってます……?


「そういうわけだ。ま、よろしくやれよ。とりあえず明日、面談出来るか?」

「はい。百貨店で……?」

「そうしよう。10時で大丈夫か?」

「大丈夫です」

「とにかく神出鬼没な母君だからな。身辺には気をつけろ。安岡にしがみついとけよ。じゃあな」


 電話が切られた。


「祥子、山方さん、何て言ってた?」

「うん。明日、百貨店事務所で10時に待ち合わせしようって」

「話がとんとん拍子に進むな。みんな、あの暴力的なお母さんから祥子を守りたいんだよ」


 うん。


 本当に、予想もしなかった展開だ。


 もしかしたら、もっと早く周りの人に助けを求めていればここまで大事にならず、母にも住居を見つからずに済んだのかな。


 私が周りを信じず、何でも抱え込み続けたのが悪手だったのだ。


 これからは、そんな生き方を変えないと。


「祥子、パンダはもう見た?」

「見たよ」

「どうだった?」

「のんびりして、だらだら餌食べてたよ。羨ましいったら」

「へー。でも、管理されて本当の自由がなさそうだね」

「……そうかな?」


 本当の自由って、管理された中にあるかもしれないよ。


 航平もきっと、もう少ししたら分かるかもね。

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