5.緊急猫耳会議、招集
「おおおおおま、お前まじか!?」
田崎さんはそう言うと、私の猫耳を引っ張り上げた。
「いたた!やめて下さい……」
「あ、ごめん!これ、痛覚あんの?」
騒ぎを聞きつけて、事務所から社員が複数出て来た。
「おはよ……うぉ!?」
「伊藤さんどうしたの!?その猫耳!」
あっという間に、私は事務所の社員に囲まれた。私が怯えていると、安岡が背中に手を回してくれる。
「大丈夫」
ぽつりと囁かれ、私は急に泣きそうになる。
「み、みんな見てる。こ、怖い……」
「大丈夫です。俺、今日はずっと、伊藤さんの隣にいます」
うう。いつの間にか頼れる後輩になって……。安岡のことは入社すぐ、新人研修の頃から知っているので、私はちょっとそっちの方向でも泣きそうになっていた。
そんなことをしている内に、奥からのっそりとやって来る男がひとり。
この百貨店の店長、山方公利。
背が低く、太っていて禿げ頭で、目つきが悪い。根は悪い人ではないのだが、いかんせんその目つきの悪さと口の悪さで、人望は薄い。ただ、彼はこの百貨店の売り上げを二倍にしたという伝説を持つ、百貨店店長の星である。人には余り言ったことがないが、私は密かにこの山方店長にシンパシーを感じている。私が男に生まれたら、きっとこんな感じのおじさんになっているだろうと思うから。
「おー?何か騒がしいな……」
十戒のごとく、私の前の人波が開ける。山方店長は私を見つけると、
「ほーお」
と呟き、私の周りをぐるりと回った。
「猫耳かぁ」
何の感情もない声で、店長は言う。
「んー、これは会議だな」
え?と私は声を上げる。
「第二会議室なら今日、空いてるな?副店長、それから営業本部長も呼んで。フロアマネージャーの田崎……は、いるか。よし、行こうか伊藤」
促され、私は戸惑う。何もかもハイスピードで進みすぎる。
「あの」
声を上げたのは、安岡だった。
「俺も行っていいですか?」
山方店長は安岡を物珍しそうに眺めると、
「……どうぞ」
と呟き、にやりと笑って見せる。
「行きましょう、伊藤さん」
私は安岡を同伴し、空調の効いていない冷たい会議室に足を踏み入れた。
ロの字に配された会議机に、猫耳の私。上座の営業本部長の、遠く真向かいに私は座る。
営業本部長の太田道雄は、私の猫耳姿を見るや、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何だその格好は!」
私から見て右側に山方店長と、副店長の人見誠が座っている。
左側に座っている田崎さんが、慌ててその間に入った。
「あの、太田さん。これは病気なのだそうです。今は検査の結果待ちでして……彼女は好き好んでこのような姿になっているのではありません」
太田はその言葉で、更に顔を赤くした。
「そんなことは関係ない。彼女は販売員だぞ。お客様から見て、ふざけた格好をしていると受け取られたら、クレームに繋がるではないか!」
私は肩をすくめた。
正直、おっしゃる通りで言葉もない。
「こんな姿のままでは、売り場に出すわけには行かない。伊藤、しばらく休暇を取れ。有給と傷病休暇を合わせて、最大の休暇をだ。手術して、そんなものは取って来るんだ」
私の猫耳が垂れる。
そんなもの、かぁ……。
すると今度は、右隣に座っている安岡が立ち上がった。
「伊藤さんの意思は、無視ですか?」
お、と呟き、山方店長がなぜか笑う。
「この病気を治すか治さないかは、我々が決めることではないと思います。伊藤さんが決めることです」
人見副店長が割って入った。
「待って待って。そもそもそれ、病気なの?」
その場にいる全員が押し黙る。
「ね、伊藤さん。そこんとこ、どうなの?医者は何て?」
私は松葉医師の言葉を思い出していた。
「はい。医師の元で、この耳が悪性のものではないか、現在調べている最中で……医師が言うには、もし良性のものであれば、取るか取らないかはそちらが決めて欲しい、と」
人見副店長は頷く。
「なるほど。では、今のところはその猫耳が病気なのかどうか、判断がつかないというわけだね?」
あ、と私は声を出す。
「つまり、診断が下るまでは、猫耳は病気ではないと」
おおー、と安岡が思わず声を出す。太田部長が怒鳴った。
「どう見たっておかしいだろっ!」
「まあまあ、太田さん」
田崎さんが太田部長の肩を押さえる。
「もし病気でもないのに休暇を取るよう強制したら、そっちの方が問題になりますよ。ほら、耳さえ隠せば別段おかしいことは何もないわけですから」
太田部長はその言葉を聞くや、苛立ち紛れに叫んだ。
「じゃあ、その耳は隠せ!売り場に立ちたきゃ、包帯でも巻いてろ!」
まるで捨て台詞のような言い草に、私は少し怯えた。ふと、山方店長が口を開く。
「……惜しいなぁ」
会議室の視線が、店長に集中する。
「実に惜しい」
太田部長は苛々しながら店長に問う。
「何がだっ」
「……いやー、ね?猫耳、つけてた方が家具売れんじゃないのぉ?」
私は口をぽかんと開ける。
山方店長──まさかの、安岡と同意見である。
「どうせ取っちゃうならさ、ある間はそれ、つけて販売してみようよ。クレーム来たら、帽子でも包帯でも、被せちゃえばいいじゃない、ねぇ」
さすが山方店長、売り上げを二倍にした男。
商機と見るや、利用すべしという勘が働いたか。私は前よりも更に、山方店長に親近感を覚えた。
「客寄せにうってつけだよ。いやー、面白いことになったなぁ……な、伊藤?」
「は、はい」
「な、何が面白い!お前ら全員頭おかしいぞ!!」
太田部長は、最早怒りよりも恐怖に引きつっている。
「おい、伊藤!病院の診断が出たら、いの一番に私のところに持って来るように!分かったな!?」
そう叫ぶと、太田部長は凍えるように身を縮め、転がるように会議室を出て行った。