25.緊急猫耳会議Ⅱ
次の日。
私と航平は再び百貨店事務室の前に立っていた。
フロアマネージャーの田崎さんと、山方店長がやって来る。
「話は聞いたぞ」
田崎さんが心配そうに言う。
「暴漢に引っ張られたんだってな。大丈夫か、伊藤」
「あ、はい……安岡くんが助けてくれたので、無事でした」
さすがの山方店長も、少し眉をひそめる。
「うーん、こういうのは想像していなかった。やはり売り場に出るのはやめておこうか。なぁ伊藤?」
ああ、やっぱり。
懸念していた結果になってしまった。
私は家具売場にはもう置いてもらえないのだ。事務職に差し替えられるのだろうか。
「そこで伊藤、ちょっと考えてもらいたいことがあるのだが」
はい。営業職から、事務職に移るんですね?
「お前、インテリアコーディネーターやれ」
……はい?
予想だにしていなかったので、私は目を丸くする。
山方店長はにやりと笑う。
「不特定多数から見られるところにいるから、被害をこうむりやすくなるのだ」
なるほど。
「インテリアコーディネーターなら、お客様とマンツーマンだ。百貨店の上顧客なら、下品なことはしにくいだろう」
その時だった。
「また馬鹿げたことを言っているな、山方店長!」
あ、太田営業部長が事務所から出て来たぞ。
「ネット上でもう顔は割れている!それに、行き帰りをどうするつもりなんだ?インテリアコーディネーターになったとしても、その問題は抱え続けたままだ。根本的な解決になっておらんのだよ!」
山方店長は、太田部長を眺めるとにやりと笑う。
「おお、来たか。待っていたぞ」
「な、何だと!?」
「人見副店長を呼んで来い。田崎、今日は第一会議室が空いているな?」
ああ、これはいつか見た流れ……
「緊急会議だ。第一会議室へ行くぞ」
というわけで、第二回緊急猫耳会議の開催となる。
議題は猫耳販売員伊藤祥子をいかにして守り、また働かせるか、である。
「行き帰りは、シフトの調整さえしてくれれば私が護衛しますよ」
航平がそう言うと、田崎さんが難色を示す。
「伊藤さんと安岡くんはどっちも売り上げ一位と二位だからなぁ。シフトをばらけて入れさせて貰いたいんだよ、本来ならね」
そうなのだ。売る人を同時に投入すると、売り上げを食い合うため効率が悪いのだ。今はセール期間中だから、同時投入で構わないのだが。
太田さんが勢いよく話に割って入る。
「おい、伊藤!お前運転免許は?」
「ありません」
「あーもう!じゃあもちろん車通勤は出来ないな!」
人見副店長が言う。
「ここはもう、免許を取ってもらうしかないです。インテリアコーディネーターになるなら、どちらにせよ取っておいた方がいい。梯子だのカーテン見本だのを持って移動になるから、車で現場に向かうことが増えるんだし」
へえ、そうなんだ。知らなかったなぁ。
「こうなってしまったら、社用車を通勤に使ってもいいですよ。早急に対応せず、表に放り出した我々にも責任の一端はありますし」
うそ、人見さん……優しい。
「ということは、伊藤は働きながら運転免許とインテリアコーディネーター資格を取らなければいけないことになるな」
あ、本当だ……。それはちょっと、難しいなぁ。
「インテリアコーディネーターになるまで、また現場に立たせるのか?……危険すぎるぞ!」
太田営業部長、落ち着いて下さい。
「うーん、現場以外に、伊藤を使うとなると……」
山方店長が言う。
「あ、そうだ。じゃあ今日から君は、インテリアコーディネーターの助手ね」
……はい!?
「常川瑠璃と一緒に、お客様の家を回れ。常川は今、別荘三件と新築四件のコーディネート案件を持っている。正直、時間が足りず、手が回っていないのだ。まあ、あれだ。君が出来るとしたら、計測と家具の案内ぐらいだな。常川は窓だの水回りだのも手がけているから、それをやっておいてくれると常川も助かるだろう」
待って待って。またしても急展開過ぎる。
恐らく、全て一からの勉強になるだろう。更に、免許、資格、双方を取らなければならないとなると……
「でもそれじゃあ、伊藤さん、忙しすぎますよ」
航平が少し不満げに呟く。山方店長はにやりと笑った。
「不満か?彼氏くん」
ん?何だと?
なぜだ!なぜ、ばれている……!?
「全く、妬けるね。時間を捻出して、せいぜい守ってやるんだな。彼女がこの百貨店でどうしても働きたいのなら、結局のところ彼女自身に頑張ってもらうしかない。ところで伊藤、医者は何か言っていたか?」
おっと、まあ、その話は横に置いておくか。私は答えた。
「猫耳が発達し、どうも人間の耳の方の聴力が消えて来てしまったようなんです。だから、医者からはどんな影響があるかもしれないから、無闇に猫耳を切り落とすのはやめた方がいいと言われました」
会議室に緊張が走る。
「そうか……そりゃ大変なことになったな」
そうです、とても大変なんです。
「だから猫耳を隠すために、医療用ウィッグを勧められました」
「お!そうか。それはいいアイデアだな!!」
太田部長、声が大きいです。
「それならうちの百貨店にも売り場がありますよ」
と人見さんが言う。へー、それも知らなかった!
「今日の帰りにでも見に行くといい。領収書を持って来れば、経費で落としてやろう」
え、山方さん、本当にいいんですか!?
「じゃあ常川には私から話しておこう。伊藤、今日はまた裏方の作業をよろしく」
田崎マネージャーはそう言って、私と航平の間にやって来る。
「それから安岡。しばらくは、二人は同じシフトにしておこう。だから、その……なるべく彼女を助けててやれよ」
「はい、わかりました!」
そう言うと、彼は私の目を見てにっこり笑う。私は航平の目を見て、ああ、と思う。
こりゃ周りに関係がバレるわ。航平ったら、生暖か~い光線がだだ漏れだもの……