24.初めてのキス
私は急に、色んなことを隠したくなって来た。
この子は本当に、恵まれた人間だ。高身長高学歴、元モデル。対して私は、施設育ちだ。根本からして違う。
急に自信がなくなって来る。知らない内に、猫耳がひょいと垂れた。
「……祥子、どうかした?」
ああ、猫耳は口ほどにものを言う。
「あ、その……航平のご両親、とても素敵ね。センスある」
「そうだね。何でもリメイクするのが好きみたい。昔はつぎはぎじゃん、ダッセーって思ってたけど、大人になると良さが見えて来たんだ。本物は何年経っても、ついではいでも、いいもんだよ」
私が黙り込んでいると、航平は何か勘づいたらしく、真剣な顔になる。
「俺が、なんで伊藤さんを好きになったか、分かる?」
急に伊藤さん呼びに戻ったものだから、私はびくりと緊張する。
「へ?……一緒に長い時間働いてたからじゃないの?」
「それもありますけど……伊藤さんは俺にとって、〝本物の〟女の人だったんだ」
その言葉、どういうことなんだろう。航平は少し居直ると、改まって語った。
「少し前までの俺が女の子を好きになる基準は、ずっとかわいいとか、気が合うとか、そんなうわべのことだったんです。今思えばそんなもの、気を引くためにいくらでも取り繕える外側の話ですよね。だからか分からないけど、誰と付き合っても何でか途中で飽きて、一時は長続きせずに彼女をとっかえひっかえしてた。その点は存分に軽蔑してもらって構いません。事実だから」
予想通りなので驚きもない。私はむしろ、彼がそういうことを隠さず言ってくれたことに、ちょっとほっとしていた。
「でも伊藤さんに関しては、俺、そんなところから好きになったんじゃない。まずは伊藤さんの知識に惚れて、仕事ぶりに惚れて、その、つまり、尊敬から〝好き〟が始まってて」
私は顔を赤くしてうなだれる。
「内面を凄く好きになって、それから外見も含めて好きになって。俺の中で、尊敬できる、本物の女の人になった。入社時から尊敬してて、段々好きに。で、追い打ちがあの猫耳だったんです。あれで他の人からの注目度が急上昇したじゃないですか。あ、これはもう早く、どうにかしなきゃって……」
そこまで言うと航平は耳まで真っ赤になり、額の汗を困り顔で拭い出す。私は慌てた。彼のこんな表情、見たことがない。航平は照れを隠すように笑うと、
「だから、今すごく嬉しいんです」
と言った。そのいじらしさに、私は思わず涙をこぼす。駄目だ、カルボナーラが冷めちゃう。
「あの、カルボナーラ、どうぞ」
彼の言葉を合図に、私は泣きながらカルボナーラをかっこんだ。航平は笑ってくれる。
ああ、どす黒い感情が出る前に、なだめてくれてありがとう。色々と察したり、人の感情の軌道修正が出来る男の人だ。こういう人、珍しいな。
食器を下げて戻って来ると、また航平が私を抱き締めた。私は安心して、落涙の続きをする。安心した時、私の黒い感情が顔を出すのだ。段々自分自身でも、傾向が分かって来た。
「私、施設で育ったの」
航平は黙って頷く。
「だから、あなたとはきっと釣り合わない」
「どうでもいいじゃないですかそんなの。お互いがお互いを好きっていう感情とは何も関係がない」
「でも──」
震える私の唇に、彼の唇が重なった。初めてだったのに、味わうように時間をかけて、少し強引なキスをされる。
あ。ちょっと頭おかしくなりそう。
航平は唇を離すと、私の猫耳のそばで囁いた。
「忘れさせるから、そういうの」
私はきょとんと彼の顔を眺める。
「祥子が嫌な過去を二度と思い出さなくていいように、上書きする。俺、頑張るから」
それからはずっと二人抱き合って、ぼんやりと過ごした。
たまに猫耳で遊ばれ、私も相手の耳を引っ張ってやり返す。
話さなくても伝わる感情。
人間の体温って、改めて、いいものだ。
何もしない贅沢が、私の体の芯を温め続けていた。彼と視線を合わせれば合わせただけ、魔法をかけられたように、どんどん彼を好きになって行く。
どうしよう。
私、今、すごく幸せ。