15.猫耳ビフォーアフター
大晦日の仕事を終えた。
私に言われた通り、ロッカールームの前で安岡は待っていた。
すれ違う女子が全員私にぺこりとお辞儀をし、「お疲れ様でしたー!」と元気な声で挨拶をして行く。私は彼女たちの変貌ぶりに舌を巻きながら、笑顔の安岡にこっそり尋ねた。
「……どんなマジックを使ったの?」
すると彼は答えた。
「彼女にするなら、誰にでもきちんと挨拶する子。あと先輩を敬う子がいいかな。意地悪をして、人を無視するような子は俺嫌いだな〜」
私は頭を抱える。
「……直球すぎる!」
「うーん。直球というより、暴投かもしんない」
「ば……馬っ鹿じゃないの?ホント」
安岡はそんな私を見て、とても楽しそうに笑う。
「さ、服売り場に行きましょう。伊藤さん、何を買う予定なんですか?」
二人きりでエレベーターに乗る。私は自らの頭と胸を指さした。
「帽子と、コート」
「そりゃ随分と買いますね」
「本当なら、服も買い換えたいの。もうこれオンボロだから」
安岡は私を上から下まで眺め、目を光らせる。
「俺もずっと、伊藤さん着た切り雀だと思ってたんです」
「あ、やっぱり男の人から見てもそうなの?」
「伊藤さん、節約家っぽいですもんね。だからかな?とは思っていました」
「えええ……何か、改めてそう言われると恥ずかしいなぁ」
私がしゅんと猫耳を垂れると、安岡は含み笑いをして顔を覗き込んで来る。
「俺に任せて下さい。伊藤ビフォー、アフターです!」
「ちょっとやめてよ。私、流行りの服は嫌いなの!」
「そうですか。じゃあ、どんな服が好きなんですか?ユニクロ以外で答えてくださいね」
私はユニクロと言う予定だったので面食らう。
「え、ユニクロ、駄目?」
「インナーはマシですけど、外側は駄目ですよ。九○年代までのユニクロは可ですけど、それ以降のユニクロはゴミです」
「ゴ、ゴミ……」
「十代の若い内はいいですよ。でも伊藤さん、二十五歳ですよね?そろそろいい生地のものを選んで、手入れしながら長く着ることを考えないと」
「でも服なんて、着られれば……」
「生地の質が、肌の質をカバーしてくれます。それに、よく考えてみて下さい。五万円のコートを十年着れば一年あたり五千円ですよ。一万円のコートを一年で換えるより、お得じゃないですか」
「……一万円のコートを十年着れば良くない?」
安岡はうなだれた。
「……それ、本気で言ってます?」
「だって無駄遣いしたくないもの」
「無駄じゃありませんっ。おしゃれです!ていうか、伊藤さん本当に百貨店で服買う気あります?」
私はハッとする。
「あ、買うよ。買う買う!」
「しっかりして下さいよ、もう。ところで伊藤さん、どんなテイストの服が好きなんですか?」
エレベーターが地階の従業員入り口に止まって開く。私は帽子を被ると従業員入り口から正面出入り口に回り、安岡と再度百貨店に入店した。
「うーん……」
私はふと、松葉さんの格好を思い出す。
そういえばあのネイビーのダッフルコート、裏地がチェックで可愛かったし、生地もしっかりしたメルトンだったなぁ。
「ダッフルコート……」
私の呟きを、すぐに安岡がすくい上げる。
「あ、今着てますもんね?」
私は頷く。
「ネイビーにも飽きたし、明るい色のダッフルにしようかな。で、裏地がチェックのやつ」
「それならここ、グローバーオールが入ってますよ」
聞きなれぬ横文字に、私は首を傾ける。
「グローバルワーク?」
「グローバーオールです!あそこのコートは色も種類も豊富ですよ。何しろ暖かい」
へー、安岡、服に詳しいなぁ。
「あれならすごく似合うと思う」
「本当?何階にあるの?」
「三階のセレクトショップですね」
「行ってみたい!」
安岡と共に、お客様に混じってエスカレーターに立つ。エスカレーターを降りるとすぐに目当てのセレクトショップがあり、私たちは足を踏み入れた。
お店の奥に、そのコートたちはあった。本当だ。安岡の言っていた通り、色がたくさんある。黒、赤、ネイビー、グレーにキャメル……
「あ、キャメル可愛い」
私はそれをすぐに手に取った。赤系統のタータンチェックが裏地になっている、ずっしりとしたコートだ。
「お客様」
安岡が店員になり切って言う。
「よろしければ、ご試着なさいますか?」
私はふふふと笑ってコートを安岡に手渡す。安岡は試着室まで行くと男性店員に何やら声をかけ、こちらに連れて来る。
「あ、どうも。ここの副店長の道場です。猫耳の伊藤さんですよね?」
「あ、はい。お疲れ様でーす」
「他にも何か着ます?閉店近いですから、気になるの全部試着室に持ち込んじゃって構いませんよ」
「あ、そうですか……ん?安岡くん?」
私が店内を見回していると、安岡がごそっと服を抱えてやって来た。
「あ、伊藤さん。騙されたと思って、これも着てみて下さい」
「ちょっ……こんなにたくさん?」
「あ、安岡さんそれいいっすね。その服、すごく伊藤さんっぽい」
「でしょ?伊藤さん、流行りが嫌いでオーソドックスなのが好きって言うから」
あー、なんかこういう番組見たことあるぞ……?
伊藤ビフォーアフターかぁ……
私は言われた通りの服を持って、試着室で着替える。お、黒のタートルネックニットにカーキ色のキルトスカートかぁ。安岡、結構いい趣味してんじゃん。
コートを羽織って試着室を出ると、安岡が私のニット帽を横から取っ払った。
「お!思った通りだ。猫耳キルトスカート女子来た!」
「ちょっ、ちょっと返してよ私の帽子!」
「はいはい。ちょっとこれ被って」
そう言うと、安岡は茶色のベレー帽を代わりに被せた。道場さんが思わず唸る。
「あっ、すげーいい」
安岡は得意げだ。
「でしょ?伊藤さん、ベレー帽似合うんじゃないかなーって、俺ずっと思ってたんだ」
私は鏡に映る自分を眺める。
うん、いいね。悪くない。