ブラックアンドホワイト ~悪役令嬢アフター~
脳内で唐突にこれを書けと、何かが叫んだ。
「……結局こうなるのね」
青白い光が私のシルバーブロンドの髪に反射する。
あの光は狂化暴走の証。
前腕に内蔵された魔導機関銃が、唸りを上げて魔力を収束していくのがわかる。
もう一刻の猶予もない。
でも私は知っている。
――お母様。魔力収束までのタイムラグは致命的だと何度もいいましたよね? ロマンは大事ですけど、実戦配備するには護衛が不可欠だと。
なのに、魔導人形をソロで動く狩人へ偽装しての運用は、ナンセンスだ。
収束する魔力が臨界を迎える直前、私が放った一振りのナイフが魔導機関銃の砲身を回転させるローターに突き刺さる。
臨界直前だった魔力に、突き刺さったナイフによってさらに魔力が注ぎ込まれる。
誤算だったのは、魔導人形が繊細すぎたことだろうか。
臨界を突破した魔力が魔導機関銃だけではなく、魔導人形までも魔力過剰による連鎖爆発を起こしてしまった。
スカートの中から取り出した耐魔耐衝布をとっさにかぶらなければ死んでいたかもしれない。
ただ、爆心地から近すぎたために、吹き飛ばされてしまったけれど。
薄ゆく意識の中で、私は誓った。
――あいつはまだ追ってくる。今度こそ返り討ちにしてやるわ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔導学は、お母様と私の代で数百年分のブレイクスルーを起こした。
元々、王侯貴族としてはかなり変わっていたお母様は、魔導学に傾倒し、その類まれなる能力で次々と新しい技術を生み出し、国をも豊かにした。
その功績は大きく、見た目も美しかったお母様は変わり者でありながら現王へと嫁ぐことに。
そして私が産まれ、さらに魔導学は急激な発展を遂げる。
魔導ランプにより夜が駆逐され、馬車の代わりに魔導車が通りを走る。
近代日本とまではいかないまでも、その光景はとてもファンタジーの世界とは思えないものになった。
――そう、私は転生者。現代日本に産まれ、ちょっとした町工場で趣味で色々作っていた者だ。
お母様が魔導学の第一人者だったのがよかった。
私が知識の収拾のために本を求めても「さすがはあのひとの娘だ」と、不審がられることもなく、魔導学を学び始めても「血筋は争えない」と、むしろ喜ばれた。
そして、お母様同様に結果を出してしまえば、もはや現王であっても誰も私とお母様を止められなかった。
ただ、それでも私は貴族たちが通う学校へ行くことを強制されたし、魔導学以外の様々な勉強もさせられた。
そこで出会ったのが、黒髪に黒目のあいつだ。
貴族が通う学校には、素晴らしい成績を収めれば出身が平民でも通うことができる。
それは貴族とのコネを作るのに役立ち、うまくすればそのまま貴族籍に入ることすらできる、玉の輿が可能なのだ。
あいつはそんな玉の輿狙いのひとりだったはずだ。
だが恐ろしいことに、あいつが狙ったのは私の弟だった。
弟は普通だった。
良くも悪くも私とお母様が突出しすぎていたために、普通過ぎる弟には誰も期待せず、派閥すらできないほどだった。
おかげで次期王は、私でほぼ確定状態だったのもいけない。
いつでも私と比べられ、そしてほぼ全てにおいて私に敵わなかった弟。
コンプレックスを持たぬほうがおかしい。
そして、それはやがて負の感情を増大させ、私への敵意に変わっていった。
そこへうまく取り入ったのがあいつだ。
たったひとりの弟だ。
私もなんとかうまくやろうと何度も頑張ったのだが、結果はすべてうまくいかなかった。
優秀過ぎる姉の言動は、どれほど優しいものであっても、いや、だからこそ弟を卑屈にさせてしまったのだろう。
私の取り巻きの暴走により、あいつが密かにいじめられたのも悪かった。
私が弟との関係の修復にばかり気を回していたせいで、いつの間にか私のポジションは悪役令嬢そのものであった。
私が何をするでもなくとも、周りが何かをしてしまう。
――私のためを思って。
そうやって、善意の押し売りで暴走する取り巻きを制御できなかった私も悪かったのだろう。
そして、弟は見事にあいつの毒牙にかかり、王族としては異例の、平民出身者との婚約をしてしまった。
そんな学生時代を終えた私は、なるべく彼らから自身を遠ざけた。
弟には何を言っても無駄だと、むしろ私が近づけば近づくほど彼を傷つけると悟ったし、そんな彼と婚約したあいつとはもう関わり合いになりたくなかった。
王族と婚約し、玉の輿に見事に乗ることができたのだ。
あいつも満足だろう。
――だが、それは甘い考えでしかなかった。
あいつは弟を籠絡した次は、お母様を落としにかかった。
このままでは弟は王にはなれない。
彼の妻にはなれても、王の妻にはなれない。
あいつの野心は留まるところを知らない。
そして、気づいたときにはこの様だ。
魔導学一筋で生きてきたお母様は、女子力というものを知らない。
義務的に着飾りはしても、それはお母様の好みではない。
だが、あいつはお母様の好みをうまく女子力と結びつけ、研究者であり、開発者だったお母様をひとりの女にまで変えてしまった。
その手腕には脱帽するしかない。
特に、あいつがお母様に作らせた魔導鏡は質が悪い。
お母様の女としての心を刺激し、増幅させる悪魔の鏡。
あんなものを作り出せるお母様の技術もすごいが、仕様を知り尽くしているお母様に魔導鏡を使わせることに成功したあいつは、さらに恐ろしい。
だからこそ――
「あいつはまだ追ってくる。私を完全に殺し切るまで諦めることは、絶対にない」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔導人形の暗殺から辛くも逃れることに成功した。
あの爆発で怪我をほとんど負わなかったのは、普段着にさえ魔導学の粋を集めた防御能力を付与しておいたおかげだろう。
おかげでこうして五体満足であり、深い森の中でさえ、体の各所に装備しておいた魔導工具のおかげであっという間に工房を完成させることができた。
メイドたちでさえ、私が毎日これほどの魔導工具を身に着けて生活していたことは知らないだろう。
それもこれも、今日のような日を想定していたからだ。
「さあ、おまえたち! 今日中に防衛拠点を完成させますよ!」
「「イー!」」
魔導学はいくつかの系統に別れており、その中でも私は魔導生物学を。お母様は、魔導人形学を専攻していた。
魔導生物学には、魔導の力を用いて失われた腕や足などの代用品を作り出すものがある。
魔導義肢と呼ばれるそれらを発展させ、私は肉体すべてを魔導義肢にする、魔導義体を完成させた。
それが彼ら、七人の小人たち。
言語プリセットはまだ完成していないので、受け答えは「イー」のみだが、汎用性の高い魔導脳を搭載している彼らの動きは、本物の人間のように滑らかだ。
魔導義体のおかげで、力も成人男性の数十倍にもおよび、五指に搭載された魔導工具を操る姿はもはや人間業ではない。
彼らがいれば、いずれ攻めてくる魔導人形の軍隊にさえ勝てるだろう。
だが、何もせずにただ迎え撃つほど私も平和ボケしていない。
これは私とあいつの戦争だ。
――無論、負けるつもりなど、ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
防衛拠点を完成させ、あいつがいる城とは反対方向にある国へと密かに渡りをつけることに成功した。
私はお母様と並んで魔導学の第一人者として他国でも有名だ。
そんな有名人が亡命を希望してきたのだ。
国の発展は思うがまま。
だが何よりも、その国には学生時代に私が弟との関係を修復しようと努力していたことを知っていた者がいる。
周りの暴走で悪役ポジションにまで至ってしまった私を、最後まで信じてくれた、この国の第一王子だ。
彼のおかげで、私の魔導学がもたらす技術的発展は悪用される心配はないだろう。
彼はそういう人物だ。
私が心より信頼できる友であり、仲間だ。
だからこそ、あいつとの戦争に彼を巻き込むことはできない。
この国に亡命したのは、あいつとの戦争が終わったあとのことを考えてだ。
もうお母様の元に戻るつもりもない。
何より、この戦争は弟との亀裂を決定的なものにするものだから。
――私はあいつを殺す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
防衛拠点として構築したラインは、国境沿い。
七人の小人が製造した魔導兵たちと、お母様の魔導人形たちが激突する。
敵の総大将は、あいつ。
激しい戦闘は三日三晩続き、広大な森だった場所は見る影もないほどに荒れ果ててしまった。
魔導機関銃の斉射により木々が薙ぎ払われ、魔導爆弾が大穴を穿つ。
戦場で戦う兵には命はなく、仮初の魔導疑似脳を搭載した人形たちが踊り狂う。
もはや、剣と魔法のファンタジーの世界はどこにもなかった。
あったのは、ただの破壊だけだ。
一進一退の攻防が続く中、次第に焦れ始めたあいつは次の一手を放ってきた。
それは、和平交渉。
無意味な戦争はやめて、もう一度手を取り合おう。
――何を馬鹿なことを。始めたのはそちらではないか。
だが、私はこの話に乗ることにした。
いや、最初から決まっていたのだ。これは既定路線。
――すべてを終わらせるための。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やったわ! 遂にやった! 和平交渉なんて本気でするわけがないでしょう、白雪! これで私は女王! やってやったわ! あーはっはっはっは!」
和平交渉の場で、高笑いを上げるあいつ。
用意されていたリンゴのパイには毒が仕込まれていた。
薄れ行く意識の中で、狂ったように笑い続けるあいつの声を聞き続ける。
滑稽だ。ただひたすらに……。
なぜなら――
「そこまでだ! ここで起こったことはすべて周辺諸国へ映像として流れている!」
「な!? あ、あなたは隣国の第一王子!? なぜここに!? それに映像を、どうやって!?」
「さあ、白雪。僕の愛する君。解毒剤だ」
やってきのは白馬に乗った王子様。
いや、白馬型の魔導騎馬に乗った友だ。
彼を戦争に巻き込むつもりはなかったが、七人の小人と私ではどうしても無理があった。
すまない、友よ。
和平交渉であいつが私を毒殺しようとするのは、忍び込ませた七人の小人による事前情報でわかっていた。
だからこそ、七人の小人全員を駆使して周辺諸国へあいつの所業を暴露してやったのだ。
映像型魔導道具は、防衛拠点で私が開発し、周辺諸国にバラ撒いておいたものだ。
あいつが知らないのも無理はない。
お母様はそういった技術には興味がなかったのだから。
だが、友よ。
なぜ解毒剤を口移しで飲ませる。
何気に私の今世でのファーストキスだぞこら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あいつの行なった所業は周辺諸国に知れ渡り、ついには弟との婚約も破棄され、処刑された。
それだけ、和平交渉の場での毒殺行為は重い罪なのだ。
お母様が女子力に目覚めてしまったのは、もはやどうにもならないし、弟もしばしの間療養が必要と判断された。
私は父である現王に戻ってきて欲しいと懇願されたが、残念ながらもうすでに隣国への亡命手続きが終わっている。
それに、私の唇を奪った友が離してくれない。
いつの間にか婚約まで済まされており、私の隣国での立場は第一王子の婚約者。
第一王子の地盤は、完全にかたまっており、次期王にも内定しているのだ。
友からも自由に魔導学を極めて欲しいと言われている。
お母様との共同開発はもうできないだろうが、私は私の魔導学を追求しよう。
私は、白雪。
剣と魔法のファンタジーの世界で生きる魔導学者だ。
後悔はしていない。
うそです。ごめんなさい。
悪役令嬢ってなんだろう?
『濁った瞳のリリアンヌ1巻2巻』
『ふろんてぃあーず バケツさんの細かめな開拓記』
発売中です。