醜い鳥達の洞窟
一人の冒険者が荒野を歩いていて出くわした鳥の巣での出来事。
男の胸中に不安が芽生えた。
様子がおかしい。
伴に旅をしてきた仲間達と分かれて一週間が過ぎている。彼らは海を越えて大陸へ渡って行った。おそらく再び会うことはないだろう。
彼らには彼らの、そして、彼には彼の冒険があるのだ。
この一週間、似たような荒野を歩いている。時に生き物の姿を見ることもあったが、ここに来て鳥の姿さえ見られなくなってしまった。
前方に見える峡谷を抜けると隣の国へ行けるはずだ。向こうの国は、金持ちの多い裕福な国だ。彼のポケットに入っているスパイスは、うまくすると同じ重さの金へと変わる。
昔この辺は川が流れていたのだという。しかし、戦の神イブソンと地上の魔物達との闘いの中で、忌まわしい悪魔フブゲブクがこの地で倒され、その血は草木を枯れさせ、その腐肉は川をせき止め、その骨は切りたった断崖を象り、この荒野が生まれたと前の街で吟遊詩人が歌っていた。
この景色を見れば、この神話がつい最近起こったことなのではないかと錯覚しそうになる。
それに、先程から臭い匂いが風にのって漂ってきていた。
悪魔の腐肉が残っているのではあるまいな、そんなことを考えながら歩いて行く。ふと、ざわざわと声が聞こえる気がした。
知らず知らず、歩調が早くなる。どうも鳥の鳴き声に近い気がする。更に進むと、そのざわめきの中に歌声が混ざっていることに気付いた。更に進むと、歌声がはっきりと聞こえるようになってきた。
歌、女性の歌声だ。やがて、その声以外は聞こえなくなっていた。
女性の歌に誘われ、峡谷の入り口にたどり着いた。声は右の方から聞こえる。悪魔の肩甲骨、並びたった崖の下に洞穴が見える。
このまま通り過ぎれば隣の国だ。町まではまだあるが、道程の半分以上は来たことになる。しかし、どうしても歌声が気になってしかたがなかった。
洞穴の入り口へ歩を進める。歌声に誘われるまま中を覗くと、ふいに歌声がやんだ。
ギャー
バサバサ
ギィギィ
鳥の羽音と鳴き声が、突如として襲ってきた。
洞穴から大きな鳥が何羽も飛び出してきたのだ。その中の一羽に弾き飛ばされ、また、別の一羽の足の爪で引っ掻かれ、傷だらけになってしまった。
空に一群の大きな鳥達がせわしなく羽ばたき、洞穴の中からも羽音と鳴き声が絶間なく聞こえる。
地面から跳ね起きるなり、腰に帯びた剣を抜き構える。そして、遠巻きにしている鳥達と対峙した。
この時はじめて、鳥達の頭部が人と似ていることに気付いた。いや、頭部だけではない、灰色がかっていたため分からなかったのだが、上半身が人間そのものなのだ。しかし、下半身と腕は鳥そのものといって良い。半人半鳥のその姿は、空を背景におぞましく羽ばたいている。
「なんて醜い連中だ。」
その顔は、人に似ているというだけで人間そのものという訳ではない。頬はこけ目ばかり大きく、頭髪はまばらで皮膚はくすみ、むき出しの胸にアバラが浮かんでいる。翼はバサバサで爪は黒く、声はしゃがれて耳触りだ。
匂い、そう先程からの臭い匂いはこいつらのものだったのだ。
奴等はたまに近くまで来て威嚇するだけで、特に攻撃してくることはなさそうだ。こんな危険な場所は一刻も早く離れたい。しかし、今すぐ離れる気にはなれなかった。
歌声の主がここにいるはずだ。
あの美しい声はこいつらの声とは思えない、ということは、おそらく人間の女性が捕らえられているに違いない。
男は洞穴の方を向くと、つかつかとその中へ入って行った。
ギギギギィーッ
よりいっそうの喧騒の中、声を上げた。
「誰かいるのか?」
騒がしい鳴き声の中、大声で何度も叫んだ。
「巣を騒がせるのは誰です?」
凛とした声が響いてきた。その声は他の騒音に邪魔されることなく男の耳に届いた。
「やはり人がいたのか、捕らえられているのですか?今助けます。」
暗がりに目が慣れてくると、ほど広くない洞穴に数羽の怪物が見えた。一番奥へ目をやると、そこには白いふわふわの服をまとった美しい女性がうずくまっている。
周りの怪物達を剣で牽制し、奥へ進む。
「さあ、来るんだ。こいつらが襲ってこないうちに。」
近くへ寄って腕をつかむと、彼女はおとなしくついてきた。
突如、攻撃が始まった。
狭い洞穴の中で、三羽の怪物が交互に爪を立ててくる。それを、剣で払いながら出口へと向かう。
彼女はよたよたとついてくる。長い間ここに閉じこめられていたのだろう。体力が落ちているのかもしれない。
洞穴を出ると、頭上の怪物達がいっせいに襲いかかってきた。
「頭を下げて!」
彼女をかばいながら頭上の怪物達へ向かって剣を振る。この状態では追い払うのがやっとで、まともには戦えない。もっとも、この数を相手に戦いたいとは思わない、ただここから立ち去りたいだけだ。
じりじりと巣穴から離れ、隙を見て彼女の腕をとって走った。
そのまま峡谷を通り岩影へ入って後ろの様子を見る。どうやら奴等は巣穴から離れたくないらしい。
安堵して彼女の方を向くと、こちらをじぃっと見つめる瞳にぶつかった。
美しい。
金色に見えるその瞳は大きく愛らしく、透けるような髪はカールがかかりやわらかそうだ。思わず手を伸ばし、その髪に触れる。
彼女は目を閉じて歌い始めた。どこの国の何という歌なのだろうか?聞いたこともない歌だった。
ふいに、彼女が服の前をはだけた。その下には何も着ていない。ふくよかな胸に目を奪われ、しばし見とれてしまう。
脱いだ服を腕に絡めたまま、彼女が抱きついてきた。そのまま頭がしびれたようになって何をしているのか分からなくなってしまった。
彼女は服を腕に絡めているわけではなかった。腕、いや、その肩から生えているのは翼なのだ。色や質は違えども、紛れもなくあの醜い化け物どもと同じ種類の生き物だった。
美しい化け物が、既に意識がもうろうとしている男を前に歌っている。その目には、今までの怯えたような色は既になく、妖しく光っていた。
昔書いた小説です。ロールプレイングゲームをやっていて創作した世界の、ある時代のある地方で起きた出来事を切り取って物語にする、というスタイルでやっているシリーズの一つになります。