ミツキと花巡りの神殿
ミツキさんとイグニシアさんが感じ取った大きな魔力は私にもしっかりと感じ取れています。お二人の話を聞く限り、大きな魔力を持ったこの謎の人物? が誰かまでは解らない様子ですね。
ミツキさんは五姫と呼ばれる方の可能性を挙げていましたけれど、どの様な方なのでしょう。その名の通りお姫様なのでしょうか?
「あの、ミツキさん」
「どうしました?」
「五姫とはどの様な方なのですか?」
私の質問に一瞬ビクリとして、その後珍しく挙動が不審になりだしたミツキさん。
「それは……ええと」
悩んでいる素振りで俯き、少しの間考え事をしていたミツキさんがポツリと呟きます。
「ミズキちゃんが傍にいる事に慣れてしまったからでしょうか……素で口が滑ってしまいましたね」
「え?」
そして、「そうですね、頃合いでしょうか」と前置きをして。
「ミズキちゃんにもいずれお話しをしなければならない事ではあります」
「ミツキ……」
「いいのですよ、イグニシアちゃん。仲間内での隠し事は良くない事です。私も沢山ミズキちゃんの事を知りたいですから、少しずつ私達の事も知って貰いましょう」
「ん……ミツキが良いなら、私は構わない」
五姫と呼ばれる方について聞いた途端、ミツキさんとイグニシアさんがとても悲しそうな表情になってしまいました。私、聞いてはいけない事を聞いてしまったのでしょうか?
「あの、私……」
「ミズキちゃん、後で必ずお話しします」
「はい……」
「あぁですが、勘違いの無いようこれだけは先に言っておきます。五姫とは一種の総称です。とても良い人達ですよ? 私のお友達であり、命の恩人でもあります」
「そ、そうなのですか?」
「はい、ただ。五姫についてお話ししますと、私の事を知ってしまう事にもなりますので……。少しお話が長くなりますから、今は答える事は出来ません」
それは……もしかして、咳に関係する事ではないでしょうか?
なるべく気にしないようにと努めてはいましたけれど、最寄りの村からここに来るまでに何度か咳き込む姿を見ています。そしてその度に、大丈夫だと言わんばかりに元気に振る舞うミツキさんを見て、何も言えずにいたのですが……。
「ミズキちゃん。私はどうしても譲れない我儘を貫いて旅をしています。「とても大事なお友達が、人生を全うしたこの世界」を自分の目で見て歩きたいのです。事切れるその時まで」
「え……?」
その言葉まさか、そのお友達って……。
「御免なさいね? 突然こんな事を言われてもよく解りませんよね」
「……」
きっと……。
ミツキさんと出会ったのは偶然ではないのでしょう。そうですよね、狭間のお姉さん?
そして恐らく、ミツキさんのお話は良くない事だと思います。けれど……それでも聞かなければなりません。例え辛い事だとしても……。
「……!」
唐突に。
ミツキさんがいつもの様な笑顔で、俯き元気を無くしていた私の頭をなでてくれました。
「ミズキちゃんが私に気を使ってくれていた事、勿論解っていましたよ? だからこそミズキちゃんには知って欲しいのです。ですからお話をする為にも、今は先へ進みましょう」
「はい」
私の頭を撫でてくれるミツキさんの手は、普段よりも暖かく感じられました。
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改めてダンジョンの探索を開始した私達は、魔法陣のある場所から周囲を調べつつ先へと進んでいます。
ダンジョンと外を繋ぐ魔法陣は神殿が立ち並ぶ一角に描かれており、街の中心に転移したような形になっていました。近くの建物をよく見ますと、花と茨が巻き付いています。
ミツキさんが「まるで薔薇のようですね」と言っていましたけれど、恥かしながら花の種類はまだ私には解らないのです……。
ダンジョン内は既に幾人かの冒険者さんの姿も見え、植物のようなモンスターと戦闘しているパーティーもいました。光の玉で時折照らす天井や壁は岩盤となっており、このダンジョンは何処かの洞窟の中であると思われます。
「神殿の街」と呼ぶ事したこのダンジョンの奥へと進むにつれて、地面にも花が咲き始めています。
「このダンジョンは「海底神殿」に似た作りになっていますね。とはいえこの「神殿の街」とは違い、建物が完全に崩れていますけれど」
「海底神殿ですか。確かギルドの書類には、冒険者さんが腕試しで最初に訪れる事の多いダンジションだと書かれていました」
「ええ、そうですね。海底神殿は駆け出しの冒険者の腕試しとしては丁度よいモンスターが生息しています。その為、とても人の出入りが激しいダンジョンですね。そして……膨大な数の古代魔法具が眠るダンジョンでもあります」
「え、そのような場所に沢山の古代魔法具があって大丈夫なのですか?」
沢山の人が出入りする場所でしたら、当然古代魔法具が見つかるのも時間の問題だと思うのですれど。
「以前お話しした冒険者が売ろうとしていた古代魔法具ですが。その冒険者はどうやら、その海底神殿で発見した可能性が高いのです」
「あぁ……やはりそうなのですね」
「正直申しますと、発見できた事がとても信じられないのですよ。本来、古代魔法具は一人の力で探し出す事は絶対に不可能なのです。何故なら、ダンジョンがそういう作りになっていますので」
「そうなのですか……」
そのようなお話をミツキさんと交わして歩いていますと。隅っこの地面に、無造作に描かれている魔法陣がありました。洞窟の壁と建物の合間に描かれている形ですね。けれど、お二人は何故か気にも留めず先へと歩いていきます。
「あ、あのミツキさん待ってください」
「どうしました?」
「ええと、あそこに魔法陣が」
「魔法陣……? どちらですか?」
私の指さす方向をミツキさんが見ていますが、どうも見つけられない様子です。
「……何も無いようですけれど。イグニシアちゃん、魔法陣が見えますか?」
「ん、私にも見えない。壁しか無い」
「え、そんな……」
私は魔法陣の場所まで走り寄って、ここですよと二人に伝えます。
「ミズキちゃん、私にはやはり見えないようです。どの様な魔方陣が見えているのですか?」
「ええと、魔法陣の内側で、赤い模様がゆっくりと回っています」
「どうやら作動しているようですが、それだけでは良く解りませんね。見えない魔法陣は初めての経験ですし、調べようもありませんので今は無視して進みましょう」
「はい、解りました」
ダンジョンは危険な所ですものね。怪しい物には無暗に触ったりしないのが鉄則です。その「ついうっかり」が生死を分けてしまうのですから。
二人が歩き出し、私もその後に続こうとしたのですが……。
「きゃあ!?」
不注意で、天井から壁伝いに流れていた水で滑って転んでしまいました。
「いたた……」
ちょっとしりもちをつきましたけれど、特に怪我はありません。
怪我はありませんけれど……。
「え……」
いつの間にか周囲の景色が真っ暗になりました。
「あ、あれ……真っ暗で何も見えません……」
突然暗くなり、周囲に人がいる気配がしなくなりました。
もしかして、転んだ場所は魔法陣の上だったのでは……。
「ミツキさん、イグニシアさん!」
名前を叫んで暫く待っても返事は返ってきません。やはり、二人とはぐれてしまったみたいです。
どうしましょう真っ暗で何も見えませんのに、その上一人になってしまうなんて……。先にライトウィスプを教えてもらっておけば良かったです……。うぅ怖いです……。
狭間のお姉さんがいた場所も初めは怖かったですけれど、あの時の比ではありません。だって、今の私は生きていますもの、怖さを感じるこの気持ちは以前と比べ物になりません。
どうすればいいのでしょうか。二人が助けに来るまで待った方が良いのでしょうか。
でも……じっとしているのはとても怖いのです。
「そこに誰かいますの?」
恐怖で膝を抱えて丸くなっていた私は、突然の声に顔を上げますと、遠くに明かりが見えます。
ミツキさんが展開していたライトウィスプの光と同じ物です。それと同時に女の子の声も聞こえました。
「誰かいるのなら、返事をして下さいませ」
「あ……あの、ここです!」
光が私のいる場所へと近づいてきます。
程なく周囲が明るく照らし出され、声の持ち主らしき人物が近寄ってきました。
その人物は私を見つけますと、明らかに警戒の色を強めたように感じます。
「貴女、ここで何をしていますの?」
私を光で照らすその人物は、綺麗な金色の髪を肩下まで伸ばした、少し背の低い女の子でした。