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地方都市ダイン

「そう、そうじゃ。こやつはますたーすぺるむ? なのじゃ。図が高いぞ人間どもよ」


 水晶が突然不可解な事を言いだし、焦る私。困惑気味に水晶を見つめますと、私に向けて片目をパチパチとウインクしています。このままお話を合わせなさい、という意味でしょうか。……よく解りもしない事ですのに、大丈夫なのかと不安になってしまいます。


 それよりも、人間に出会った時の水晶の対応に少し不安があったのですけれど、至って問題無さそうにお話ししています。以前の水晶でしたら、この大陸の人間を殺せなどと言い出してもおかしくなかったのですけれど……。ウインクなんて以ての外です。水晶、どうしちゃったんでしょう。いえ、私今の水晶ならちょっといいかなって思うんですけれども。


「こ、これは失礼した……。まさか魔道帝国・位階一位(マスタースペルム)がこんな子供、あ、いや女の子だったとは。地方都市の視察か何かですかい?」


 中年の男の人が急に低姿勢になりました。私達は嘘をついていますので、その姿に罪悪感を感じます……。とはいえ、下手をすれば周囲の護衛さん達が私達を襲う可能性もありますし、ここは穏便に済ます為にも、中年の男の人にはこのまま低姿勢のままでいて頂くしかないでしょう。


「そんな所じゃ。そしてこやつは我の護衛をしておる。ここまで辿り着くには十分な理由であろう?」

魔道帝国・位階一位(マスタースペルム)が護衛って……前代未聞な話だな。あんた……いや、お嬢ちゃんはもしや魔道帝国ラグナの序列上位ですかい……?」

「あー……そ、そうじゃ。我はその序列が上なのじゃ」


 そう水晶が言うと同時に。周囲に緊張感が走ったのが解ります。護衛を含む全員が即座に片膝を地面につきました。老人と馭者は頭を下げています。其の後、老人が馬車を降りますと、「大変失礼致しました」と改めて頭を下げています。


「我が息子に変わり、数々の暴言を謝罪しますじゃ……。商売でひいきにしているこの地方都市「ダイン」の道中に巣くう魔物であれば、我々が討伐せねばなるまいと思っての事です。どうか……お許し下され」

「よい。貴様らは当然の事をしたまでじゃ。見逃してやる」

「有難うございます。あぁ、名乗りが遅くなってすみませんのぅ。私はグラナダ商会という、まだまだ小さな商会の代表をしております。宜しければお嬢さんのお名前と序列をお聞かせ願えませんでしょうか。後ほど魔道帝国ラグナに立ち寄った際には、改めてお詫びに伺わせて頂きます」


 老人は足腰が悪い事もあるのでしょう、中腰は何かと厳しそうで正座をしています。水晶は老人の言葉に対し何かを考える様に少し間を置いてから「ふむ。では名乗ってやろう」と腰に手を当てつつ言いますと。


「我の名はシャウラ・クリスティアナ。魔道帝国ラグナ序列、あー……二十くらいじゃ」


 周囲からおぉ、という感嘆の声が上がっていますけれど……適当に名乗った名前で大丈夫なんですか!? 序列って良く解りませんけれど、階級ですよね? そういうのって国とか人々に認められた人という事でもありますし、偽名が通じるとは到底思えないのですけれど。


「序列二十位殿と魔道帝国・位階一位(マスタースペルム)にお目にかかれて、大変光栄に思いますじゃ。我々の様に都市を移動して商いをしている者は、中々魔道帝国ラグナの支配層の方々のお名前とお顔を拝む機会がありませんからのぅ……。ほれ、バカ息子、お前も謝らんか」

「も、申し訳ありません。俺、いや私ならいくらでも罰を受けますんで、商会はどうかご容赦下さい」


 老人が中年の男の人の頭をぐいっと下げさせますと、中年の男の人は少し震えながら水晶にむけて謝罪しています。怯える理由は私でも解ります。偉い人に粗相を働けば商売に影響する所か、場合によっては商会その物が無くなってしまいかねませんもの。その隣で、老人が私に向けて手を合わせて拝んでいますけれど……それは止めて欲しいです。


「見逃してやると言ったであろう。そろそろ貴様らの相手をするのも飽きた故、さっさと通るがよい」

「ほ、本当にすみませんでした!!」


 三台の馬車は慌てるように街道の先へと去っていきました。彼らは別に何も悪くありませんので、少し哀れに思います。


「水晶、お疲れ様です」

「うむ、エイル我は疲れた。おんぶせよ」

「……は? 重いので嫌です。私はミカエラのように小間使いに屈する女ではないので」

「いや……貴様は我の下僕なんじゃが……。うぅむ、我の力が弱っているせいか、ちっとも言う事を聞かぬ」

「私は元からこうですけど」


 去っていく彼らの事などもはやどうでもいいように、水晶の我儘が始まっています。エイルさんが涼し気に水晶をあしらっている所で、二人に向けて語りかけます。


「水晶、良かったのですか? 偽名なんて名乗ってしまって……」

「もうあの人間共と会う事など無いじゃろう。何の問題も無い」

「けれど、商人さん達って横の繋がりが広いと聞きますし、少し調べれば私達が嘘をついていた事なんて直ぐに解るのでは。下手をすればお尋ね者ですよ」


 私の懸念に水晶は「ふむ、貴様もまだ理解が足りておらぬようじゃな」と私の頭にポン、と手を置きます。


「商人とかいう奴らの情報網が侮れん事くらいは我でも知っておる。じゃが、先程人間共が言っていたであろう。魔道帝国とやらの上位階級についてはよく知らんと。あの状況で我らに嘘をつくメリットなど人間共には無い。まぁ、我らを尋ね人に仕立て上げて情報料なり賞金なりを手に入れようという腹積もりもあるかもしれぬが、もし我が本当に嘘を言っていなかったらどうなる? 余りにデメリットが大きすぎる話じゃ。ここは誰とも出会わなかったとして置く方が理にかなっておる。安心するがよい」


 そう言い終えた水晶は両手を腰に当て、一仕事を終えたように満足そうな表情をしています。何も考えて無さそうに見えて、一応水晶なりに考えて行動しているのですね。不安は拭えないですけれど。


「いい加減我も疲れた。さっさと街……ダインという名じゃったか。そこに向かうぞ」


 水晶が仕方ないとばかりに街道を歩きだしましたので、私もエイルさんもその後に続きました。こうして歩いていますと、水晶は何処かのお嬢様で、私とエイルさんは護衛の様に見えますね。


 ---------


 街の入り口には兵らしき人もおらず、門が閉じられているという事もありませんでした。門をくぐると、直ぐに活気のある街並みが目の前に広がります。


 周囲を歩く人々は特に私達を気にする風でも無いように通り過ぎ、城壁の外側に向かって子供たちが元気に走って行き、門の近くにある食べ物の露店には人だかりが出来ています。


 私達の事を街の人々が気にしない理由は何となく解ります。結界内にはモンスターが入れない訳ですから、その結界内に居る私達に警戒をする必要がないからでしょうね。それ程に、上空を周る結界への信頼が大きいのでしょう。


「街は人間共が騒がしい……目ざわりじゃ」

「自分から街に行きたがっていたのに、そこに住む人々に文句とは。流石ですね水晶」


 街の入り口を通った先は、二階建ての建物が沢山建ち並ぶ居住区らしき場所でした。石畳の上を馬車が行き交い、街灯もあります。そして何より驚いたのは。


「時計台があります……」


 建物の一角に、噴水を花壇が囲んだ場所がありそこに時計台が設置されているのです。以前、プリシラさんが時計は母様が作ったと言っていました。そして母様は異世界の文化をこの世界に持ち込んでいると言っていました。つまりこれは……。


「ほぅ、異界技術はこの大陸にもあったか。王女の様なやからがこの地にも居るようじゃの」

「水晶は異世界の事を知っているのですか?」

「古代魔法具No.2「魔族化粧」を展開時に多少はな。その状態の我は魔族共が持つ一部の情報をかすめ取る事が出来きる故、異界の情報もある程度なら知り得ておる」

「あの、前から気になっていたのですが魔族とは何ですか?」

「何じゃ小娘。知らぬのか?」


 初めて魔族と言う言葉を聞いたのは神都エウラスでしたでしょうか。そのような種族もいるのでしょうと、余り深く考えていませんでしたけれど。水晶のお話を聞く限り、魔族とは尋常ならざる存在のように思います。


「ふむ、その様子では知らんようじゃな。良かろう、何処か宿を取ってそこで魔族共について聞かせてやる」

「水晶、私達この大陸の通貨を持っていませんけど」

「ぬ……そうじゃった……」


 エイルさんの言葉で私もようやくお金の事を思い出しました。多少金貨を持っていますけれど、この大陸には私達が持つお金は通じないですよね……。


「仕方あるまい……風呂の為じゃ」


 水晶が手の平に何かの古代魔法具を呼び出しました。その古代魔法具には沢山の宝石が散りばめられていて、一体どんな効果かよりも、どれほど高価かの方が気になる妙な古代魔法具です。そこから二つ宝石を取りますと、水晶がとても残念そうな顔をしています。


「これを売れば金になるであろう……」

「ええと……それは売ってしまってもいいのですか?」

「ぐぬ……よい。風呂には変えられぬ……」

「水晶、涙が出てますけど」

「……泣いてなどおらぬわ、たわけ……っ」


 古代魔法具はいわば水晶の家族ですものね。その一部を売るという行為には異を唱えたいですけれど、水晶は相当にお風呂の優先度が高いようです。……私もですので、売るのを止める事は出来ませんでした。


 其の後、宝石商の場所を道行く人に教えて頂き売りに行ったところ、見慣れない宝石だと大変に喜ばれ金貨袋一つ半程になりました。金貨自体は私達の大陸と同じですが、通貨に描かれている模様などが全然違います。


 其の後、売ったお金を握りしめつつ水晶が一番高級な宿が良いと言い出しましたので、三階建てのいかにもお金の無い人は近寄るべからずな宿を取りました。ご同伴に預かる身ですので、ここでは良い子でいる事にします。


 三階の一番大きなお部屋を借りた私達は、ふかふかのベッドに座りますと。


「さて……」


 即座に水晶が語り始めました。魔族について聞かせて頂ける事になっていますものね。私は身を正して水晶を見つめますと。


「先ずは風呂じゃ!!」

「お風呂!!」


 水晶の一言で、一瞬で私の頭の中がお風呂の事で一杯になりました。大事なお話は後でも出来ますものね。ええ、後でもいいのです。


「二人とも、随分仲良くなりましたね」


 そうエイルさんに言われてジーっと水晶の顔を見る私。何故か水晶が焦ったように「こ、こやつは人質で我の小間使い故、多少はな」と言っています。別に焦らずとも、今は何もしませんよ。


 さて、そんな事よりも。この大陸のお風呂ってどんな所なのでしょう。久しぶりのお風呂ですから、もう楽しみで仕方ありません。


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