襲撃
エウラスへの援軍の目途が立ち、東の国境の守備も万全の状態で緊張感が高まる玉座の間。後は水晶の動きを察知する事ができるクリスティアさんと、母様の予知めいた直感を頼りに、襲撃に備えているだけの状態です。
「ねぇ、王女。水晶についてだけれど、一つ疑問……と言うか推測があるの」
そんな状況の下、クリスティアさんが水晶について思う所がある様子です。
「クリスティアちゃん、何ですか?」
「水晶の動きを私が察知し、王女へ知らせた時、既にベルドア王国は操られている状態に陥っていたわよね」
「うん、クリスティアちゃんから知らせを貰った後、幻影が僕の前に現れたのでほぼ間違いないですね」
「これは正直言っておかしいのよ。水晶が何かをしようとした時点で私はそれが解るのだけれど、ベルドアが水晶の手に落ちる過程がまるで察知できなかったわ。その上、直ぐに兵をエウラスへ侵攻させられる段階になるまで気づけないなんて……」
そう言えばそうですよね。クリスティアさんは今まで水晶が何かをする前に察知していました。水晶はどうやってクリスティアさんに気づかれずにベルドア王国を乗っ取る事が出来たのでしょうか。
「僕はある程度クリスティアちゃんの水晶察知能力に制限があるのかと思ってたので、余り気にしてませんでしたねー。あ、前もって言って置きますけど、エウラスの危機はクリスティアちゃんのせいなんかじゃ無いですからね!」
「はい、クリスティアさんは何も悪くありません」
私も直ぐに母様に同意します。そもそも、察知しようがしまいが水晶はいずれエウラスを攻めたでしょうし、母様の命を狙っていたでしょう。クリスティアさんには何の責任も無いです。むしろ頼り過ぎていたくらいです。
「二人とも有難う。けれど、私個人としては結構ショックなのよね……。水晶の動きが解るのは私の取柄であり、私の罪を償う為には無くてはならない物だったから」
そう言ってクリスティアさんは落ち込みますけれども。取柄が水晶察知だけだなんて、全然そんな事はありません。クリスティアさんは沢山私の知らない知識を持っていますし、今は水晶と並ぶ力も持っています。
「兎も角ね。どうやって水晶は私に気づかれない様にベルドアを操ったのか、だけど。答えは水晶五姫だと思うわ」
「水晶五姫ですか。まだ僕は実際に見てないですけど、多分幻影として送られてきた見慣れない少女も水晶五姫の一人ですかね」
「恐らくそうだと思うわ。最初に蘇らせた土姫「ミカエラ」。彼女に指示を出し、自ら動く事なく他の水晶五姫を蘇らせて、揃った水晶五姫だけでベルドア王国を乗っ取ったんだわ。流石の私でも水晶五姫達までは察知出来ないもの」
ミカエラさんの名前が出た途端、黙ってお話を聞いていた九尾さんから殺気が放たれます。その隣で静かに佇んでいたミルリアさんも、「偉大な土姫様……何故……」と呟きました。ミカエラさんは土姫としては先人に当たる方ですし、何か思う所があるのかもしれません。
そう言えば、ミルリアさんにとってはミカエラさんは土姫の先人ですけれど、九尾さんにとっては仇のような相手ですよね。中々に複雑な関係です。
「九尾ちゃん」
「あぁ、解っている。すまない」
「僕も九尾ちゃんの気持ちは解りますから、もしここに来たらミカエラさんの相手をお願いします」
「無論だ。ミルリア、すまないがミカエラは私の母上の仇なんだ、邪魔はさせんぞ」
「はい、承知しております……。ミカエラ様は土姫として大変尊敬していた方ですけど……我が主の命を狙うとなれば敵です。先人の魂を……どうか、安らかに眠らせてあげてください」
元より九尾さんにミカエラさんの相手をお願いしていますので、私達は是非もありません。それとミルリアさんには、ミカエラさんの性格に難がある事は伏せて置く事にしましょう……。ミカエラさんがここに来た場合は、嫌でも知る事になりそうですけれどもね。
「一先ず、今のお話はクリスティアさんの推測通りで間違いは無いでしょう。自らの弱点を少しずつ克服している水晶に少々焦りを覚えますけれど」
「うん、そうですね。ベルドアが不可解な状態に陥った理由はクリスティアちゃんの推測通りだと思います」
「それにしても。水晶がその気になれば、いとも簡単にこの大陸を支配出来てしまうな」
九尾さんがそう呟きますと「まぁ、それを言ったら九尾ちゃんだって御魂全開で本気出したら、海の向こうの大陸すら滅ぼせるでしょうし」と母様が怖い事を言っています。母様も本気を出したらどうなってしまうのでしょう。まだ母様の扱う能力を把握出来ていないのですよね……。
そんな折に、天井で逆さになって眠っていた蝙蝠がパタパタと飛んで来て、母様の肩に乗りました。その蝙蝠に母様が聞き耳を立てています。
「どうやら無事、シーラさんも合流してトンネルを通過出来るみたいです。これから兵をエウラスに向けて進軍させるってプリシラから連絡がありました。それとプリシラ経由の情報ですけど、東の国境も今の所異常は無いみたいです」
「良かったです。炭鉱夫さん、こんな短時間で補強を終わらせて下さったんですね」
「炭鉱夫を三十人程、急いで馬車に乗せて南に向かわせましたからねー。エウラスの事情を話したら「任せとけヤァ!!」って凄い気合入れてましたもん」
「そ、それはとても頼りになりますね」
「ちょっと皆黙って!!」
クリスティアさんが急に声を上げ、目を瞑って俯きました。この動作に入ったという事は……。
「水晶が来たわ、水晶五姫らしき子も二人程居るわね。その片方は……ミカエラよ。理由は解らないけれど、北側から馬車に乗って此方へ向かっているわ。もう私から隠れる気も無いみたいに……」
まるで予言でもしているかのように、クリスティアさんは目を瞑ったまま淡々と見えている情景を私達に伝えています。ミカエラさんはエウラスに行きそうな予感もしていましたけれど、こっちに来ましたか……。九尾さんにしてみれば好機なのかもしれませんけれど。
「んー……そうですか。北からの侵入経路は全く無い筈なんですけど、流石は古代魔法具って所ですかね。訳解りません」
流石の母様でも、水晶の不可解な行動に訝しさを感じている様です。そう言えば、私はこの国の北側ってまだよく知らないのでした。と言いますより、母様の転移魔法に頼り切りですので、北に限らずそれ程国内に詳しくは無いのですけれど。
「母様、この国の北側はどうなっているのですか?」
「えっとですね、この国の北側には幾つか街が点在してるんです。北側に行くにつれてちょっとずつ寒くなってて、国の端まで行くと大きな雪山があります。その雪山は隣の国のセイルヴァル王国まで連なっている上に結構吹雪くので、侵入経路としてはほぼあり得ない筈なんですよね」
「雪山ですか……」
「あれ、ミズキは雪を知ってるんですか?」
「ええと、何故か知ってますね」
「僕の影響ですかねー……」
母様の影響については良く解りませんけれど、私は生まれつき、何故か知識として備わっている部分があります。雪についてもそれに該当するでしょうか。見た事が無い筈ですのに、どんな物か説明できるのです。お金や時計等もそうですね。そのお陰で割と不自由せずに旅の合間を過ごせました。
「ミズファ。どうやって国に侵入したかなど、もはやどうでもいい。さっさと水晶の所へ向かうぞ」
九尾さんは既に戦う気満々のようです。北から来ている水晶達の中にミカエラさんもいると解った事もあるのでしょう、相当な意気込みが感じられます。
「お城に傷が付くのも嫌ですし、こっちから行きますかね。クリスティアちゃん、後どれ位で水晶を乗せた馬車がお城に着くか解ります? 大体でいいので」
「そうね……後二時間前後って所かしら」
「馬車で移動して二時間の所で、北から……か。あぁ、なんか僕、水晶がどうやって国に侵入したか解っちゃったかもしれません」
「え?」
「まぁ、一先ず。ここから二時間ほどの所まで転移しましょうか」
そう言った母様は無限の魔力が溢れ出る空間を出して、その中で転移魔法を使用します。そうすればその空間魔法を展開した分の魔力消費だけで済む訳ですね。母様の能力は本当に便利です。こうして水晶に会いに行くのは、中央都ミカエラの時と似ていますね。でも、あの時起きた悲劇は二度と繰り返しません。
「さて、行きますか。「五重影の扉」!」
母様が転移魔法を展開し、私達五人は地面に広がる影に吸い込まれるように消えました。




