水浴びと花に愛された場所
村の散策を封じられてしまった私は、休息時間を有効に活用するにはどうすればいいかを考えた結果。やっぱり、シャワーですよね? 旅の合間はシャワー所か水浴びも出来ない場合が多いと聞いていますので、折角宿がある場所にいるのですから、活用しない手はありません。ええ、ありませんとも。
村の入り口でイグニシアさんと休む場所を相談中のミツキさんへ早速お願いをしてみます。
「あの、ミツキさん」
「なんでしょう?」
「その、ご提案があります」
「あら、言ってみてください」
「宿で浴室をお借りしませんか? 次はいつシャワーを浴びられるか解りませんし……」
「んーそうですね……」
少し悩んだようですが、「ええ、いいでしょう。さっぱりしてからダンジョンへ向かいましょうか」とミツキさんから賛成を得る事が出来ました。イグニシアさんに至っては、既に宿に向けて歩き出しながら「ん、早く」と言っています。
「お二人とも、私の我儘を聞いてくれて有難うございます」
「ミズキちゃんはすっかり浴室好きになってしまいましたね?」
「はい! 気持ちいい事は大好きですので」
「……」
と、私が言いましたら突然二人が無言になり、何処となく顔が赤くなったような気がします。きょとんと二人を見ていますと、「ミズキちゃん、その発言は無暗やたらと使ってはいけませんよ?」とミツキさんに言われました。私、何かおかしかったでしょうか?
その後私達は村に二軒ある内の、村の入り口から近い方の宿に入りますと、沢山の冒険者さんで埋め尽くされていて、エルフの女の子が忙しそうに料理を運んでいました。数席分しかないテーブルは満席で、どうやら席が空くのを順番待ちしているらしき冒険者さんもいるようです。
「あの、明らかに宿の借部屋より冒険者さんの数の方が多いように見えますけれど……」
「どうやらこの村には酒場は無いようですから、代わりにここで食事を取っている人が多いみたいですね」
「宿泊しなくても食事を提供して下さるんですか?」
「いいえ、恐らく普段は泊まった客のみでしょう。今は特需と、冒険者に対する宿からの厚意ではないでしょうか?」
「成程、エルフさんは優しい方々ですものね」
忙しなく行き来するエルフの女の子のお邪魔にならないようにしながら奥へと進み、やはり忙しそうにしている宿主さんに浴室を貸して欲しいとお願いしますと、「この村に浴室は無いよ」と言われてしまい、がっかりする私……。
どうしましょう、とミツキさんと相談していた所、「水浴びで使用している湖が近くにある」、と宿主さんが教えてくれました。シャワーが浴びられないのは残念ですけれど、水浴び出来るだけでも十分ですよね。三人で頷き合い、早速向かう事にしました。
宿主さんが教えてくれた湖は、村から数分程度の場所にあり、とても透き通った綺麗な水をしています。周囲の木々と調和されて、何かこう……物語がここから始まりそうな、とても素敵な湖なのです。
ただ、女性の旅人や冒険者に配慮された「囲い」が湖の景観を損ねてしまっています。
裸を見られるのは恥ずかしいですから、この配慮は喜ぶべき事ですけれどね。
囲いの内側に入りながら、一人うんうんと頷きつつ服を脱ぐ私の横で、イグニシアさんが遠目を気にしています。彼女の視線の先を見てみますと……木の上に人がいました。じーっとこの囲いの内側を見ています。既に水浴びしている女性もいましたので、その様子を伺っているようです……。
「木の上からこっち見てる……」
「あらあら、覗きですか」
「あの木の上にいる方達は覗き、と言うんですか。まさにそのままの意味ですね……」
湖の三分の一程度まで木の柵で丸い形に仕切られているので安心していましたら、木の上から丸見えなんですよ? とはいえ流石に覗かれる事は想定されていないでしょうし、そもそも何故覗きなど……。
「三人いる、どいつも人間」
「という事は冒険者さんでしょうか」
「そのようですね。現在沢山の冒険者がこの村に集まっていますし、中には女性も多いですから。木の上にいるような男性も、少なからず出てしまうのでしょう」
周辺の木はとても高いですので、素で落ちたら痛いでは済まないと思うのですけれど、そこまでして覗いてどうするつもりなんでしょう?
ともあれ、見られていますと恥ずかしいですので、これでは水浴びが出来ません。
「イグニシアちゃん、予備の布を多めに持たせていましたね? 一先ずそれを水浴びしている女性陣に配り、それとなく覗かれている事を伝えて下さい」
「ん、解った」
そうミツキさんは伝えますと、湖と逆側に歩いていきます。
「ミツキさん、何方へ行かれるのですか?」
「少々お掃除をしに」
それだけ言い残して、にこにこ笑顔で木々の中に消えていきました。
「ん、ミズキ、この布巻いて」
「あ、はい。あの、布のまま水浴びして平気なのですか?」
「ん、それ巻いて今は気づかない振りして」
「わ、解りました」
布を体に巻き付けますと、取り合えずの羞恥心は大分解消されました。
そのまま、まだ気づいていない素振りで湖に入リ浅い場所に座りますと、直ぐに水の気持ち良さが全身に伝わります。
大陸の南側にあるエルフの国は比較的温暖地域ですので、水の冷たさが丁度良く感じられるのです。
イグニシアさんが水浴びを楽しんでいた数人の女性に近づき、ひそひそ話を始めた後、布を渡して此方に戻ってきました。
「ん、あとはミツキ待ち」
「何をされるのでしょう?」
「女の敵は滅する」
「え?」
やがて。
何の前触れもなく、湖周辺を囲んでいる約二列分の木「だけ」突然横倒しが始まり、覗きさんが登っている木も斜めになりますと。それと同時に「うわぁああああ」という叫び声が聞こえました。
皆さん木に摑まっていましたので、それ程の大怪我はしないとは思いますけれど……。痛そうですね。
ヅゥゥゥゥン、という重低音と共に木が重なって、円を描くように倒れました。
「一体何が起きたのですか?」
「ん、ミツキの「抜刀術」」
「抜刀術?」
「ん、ミツキの剣技。ミツキが刀を振るったら、どんな人間も相手にならない。私ですら、勝てない」
「す、凄いのですね……」
「ん、凄い。凄いけど……ミツキは……」
途中まで自慢げにミツキさんの剣技をお話ししていたイグニシアさんが、とても悲しそうな顔をしました。けれど程なくミツキさんが戻ると、直ぐにいつもの眠そうな顔になります。
「ミツキ、ナイス」
「お帰りなさい、凄いですミツキさん」
「ふふ、有難うございます。囲いの中が見えない程度まで木を遠のけましたので、これで安心して水浴び出来ますね?」
先に水浴びをしていた女性陣からも、ミツキさんの鮮やかで物静かなお手並みに感嘆の声が上がっています。
「村と湖を繋ぐ道を塞いでいた木は細切れにして置きましたので、その点はご安心下さいね?」
と、ミツキさんが服を脱ぎながら皆さんに言いました。
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「食料の補充は水だけで構いませんか?」
「ん、食べ物は私が一メルダ分持ってるから平気。念の為、ミズキにも持たせる。ミツキも少し持って」
「ええ、万が一はぐれたりしましたら、ミズキちゃんと私がお腹をすかせてしまいますものね?」
「え、それは困ります……」
「ふふ、「転移トラップ」でもない限りは早々はぐれたり等しませんから、安心して下さいね?」
「何か怖そうなトラップですね……」
湖で身も心もすっきりした私達は、「ギュステルの街」で購入した食料の確認を行い、少々足りないと感じた水を村の井戸から分けて頂きました。湖の水でも問題ないのですけれど、やはり水浴びした場所ですので……。
ふと思いましたが、三人分の一メルダ相当の食料となりますと、他の冒険者さんにとってはかなりの荷物になってしまう筈ですよね。水も大分かさばりますし、何より重いですから。それを考えてみますと、私達は本当に恵まれた環境で旅をしていると思います。
「さて、私の準備は整いました。二人とも忘れ物はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「ん、私も無い」
「では出発しましょう」
ミツキさんの確認後、準備万端な私達は村を出て、ダンジョンへと歩きだします。
「新たに見つかったとされるダンジョンは、この村から更に南へ三時間程歩いた場所にあるようですね。ギルドのお話を聞く限り、広大な花畑があるみたいですよ?」
「わぁ花畑ですか? 早く見てみたいです」
「私もミズキちゃんと同じ気持ちですが、向かう場所はダンジョンです。気を引き締めてくださいね?」
「はい!」
ミツキさんがギルドから聞いたお話によりますと、その花畑は自然に出来た物らしく、端から端まで歩いた場合、一メルの半分はかかる位の広さはあるらしいのです。そしてその花畑の一部に、人の背丈を裕に超える異質な花が群生している地域があり、その奥へと分け入るとダンジョンに繋がる魔法陣があるそうです。
冒険者さんがエルフの国シャイアへ訪れるようになって、国内の探索が本格的に行われるようになったのはここ最近の事。その花畑のダンジョンはエルフの皆さんも知らなかったらしく、探索自体する必要が無かった為、大きな花が群生している地域に入ろうとは思わなかったそうです。これはエルフさんの性格的な物なのでしょうか、のんびりとした印象を受けます。
そのような感じに暫く花畑についてお話ししながら歩いていた所。とある事に気づきました。
森に挟まれた街道を歩いて一時間位経ったでしょうか、その間まったくモンスターと出会わないのです。
ギルドから頂いた書類によると、世界中至る所にモンスターが生息しており、頻繁に遭遇するので注意するように、と書かれていた為とても疑問に思った私。
「あの、ミツキさん」
「どうしました?」
「先程からモンスターと遭遇しないような気がするのですけれど」
「あぁ、その事ですか。それはイグニシアちゃんのお陰ですよ?」
「え、そうなのですか?」
「ん、私が雑魚共だけ解る殺気を放っているから、怖がって逃げる」
「さ、殺気ですか」
そういえば、イグニシアさんは街道を歩いている間ずっと無言でしたけれど、何処となく妙な力を放っている気がしていました。それが殺気という物なのでしょうか?
「あの、それは私も出来る事でしょうか?」
「ん、出来る。自分の方が強いという意識に魔力を注いで周囲に向けて放てばいい」
「ええと……こうでしょうか」
今の所使い道がない魔力を多めに注ぎ込んで、周囲に向けて威圧する形で殺気を放ってみました。
すると……。
「ひぅっ!?」
悲鳴のような声を上げた後、イグニシアさんが泣いてしまいました……。
「え、あれ……あの、イグニシアさん?」
「う……ぅ……ぐすっ」
慌てている私の様子を見て苦笑いしているミツキさん。
程なくイグニシアさんに近寄って、よしよしと頭をなでていました。
「ミズキちゃんは……もう少し加減を知った方が良さそうですね?」
「ご、御免なさい。あの、イグニシアさん泣かないで下さいー!」
一緒になって泣きそうになりながらも、必死に謝る私なのです……。