獣人の街
「さぁ、着きました。ここが九尾ちゃんが治める獣人の街です!」
母様が両手を広げ、満面の笑みで説明して下さいますけれど、私は初めての転移魔法の不可解さと余韻で上の空です。
執務室で黒い影に沈んでいく感覚がありましたけれども、直ぐに浮上していく感覚へと切り替わっていました。地面の影から現れた私は、現地の人が見れば地面から生えてきたように見えるかもしれません。母様の転移魔法には魔法陣が無いんですもの。
ようやく周囲を見渡す心の余裕が出てきましたので、きょろきょろと見回しますと。私達がいる場所は広場の隅っこのようです。町並みはお城の城下街とさほど変わりませんけれど、広場に沢山の露店があり、大変な賑わいを見せています。布の上に商品が並べられていて、割と規模の大きい市が開かれているようです。
そして、露天を開いている店主の方に動物の尻尾と耳が付いていました。この方々が獣人さんなのでしょう。小さな女の子が露店のお手伝いをしているのですが、耳がピコピコしていて、尻尾をふりふりして歩くので大変可愛らしいのです。
「あの子、しっぽと耳が可愛いです~」
「ミズキ、早くも魅了されちゃったようですねー」
「はい~」
とても可愛らしい獣人の少女の姿を見て、ほわほわ気分の私。女の子は皆可愛らしいのですが、周辺で遊んでいる男の子達はかっこいい印象と可愛らしい印象が極端に分かれているようです。これは恐らく顔立ちと耳のせいでしょうけれど。垂れた耳でおっとりした顔立ちですと、否応なしに可愛い男の子になってしまう訳ですね。逆に狼のようなピンと立った耳で元気よく走り回る子はかっこいいのです。
一通り周囲を見回して獣人さんを堪能した私は、何故この街で大きな市が開かれているのか、母様に質問してみる事にします。買い物をしている大多数は普通の人間さんばかりなのも疑問です。中には従者付きの貴族さんらしき人まで市を見て、並ぶ商品の品定めをしているのです。その貴族さんは木彫りの人物像を見ているようでした。
「母様、どうしてこの街はこんなに市が盛んなのですか?」
私の問いかけに母様はにこっと微笑んで。
「獣人さん達はですねーとっても手先が器用な人種なんです。彼らが作り出した小物や飾り物、置物なんかは高値で取引されてるんです。シャイアで獣人さんの作った品物を買おうとしたら、物によっては金貨を用意しないと駄目かもしれません」
金貨って……冗談にも程があります。一般の方は基本的に銅貨でやりくりして生活していますのに。金貨一枚で二クオルダは働かずに食べて過ごせる筈です。
「信じられない高さですね……」
「うん、高いです。けど、それだけの価値が獣人さんの作る品物にはあるんです。他国から貴族がわざわざ足を運んで買い付けに来る位なんですよ。ここで直接買えば比較的安く手に入りますからねー」
確かに市に並んでいる装飾品などは、大変興味を惹かれる程きめ細かな作りをしているのが遠目でも解ります。近くに駆け寄ってじっくりと見てみたいくらいです。
「こうやって手作りの品物を通してこの街は発展したんです。僕達の国にある街ですけど、この街は独自の統治制が認められた小さな国のようなものなんですよ」
「そうなのですか。獣人さんって凄いのですね」
「獣人の頂点、九尾ちゃんはもっと凄いですよ。異世界人の僕やミツキさんを除けば、この世界の住人最強です!」
恐らく一番強いとされる母様がそう言う位なのですから、九尾さんは相当に強い方なのでしょう。の割には街から高い魔力が感じられません。
「あの、母様。九尾さんらしき魔力が感じられないのですけれども」
「あぁ、九尾ちゃんは魔力高すぎて、近くにいる一般の人に大迷惑なので魔力を一時的に消す魔法具を所持して貰っているんです」
「あ、アビスさんが持っていた魔法具ですね」
「うん、そうです。とっても便利なんですよ。僕も一応持ってるんですけど、どうも魔法具の効果より僕の魔力の方が上みたいで、いまいち消しきれてないんですよね」
あははーと笑う母様。実際、母様の魔力は空間に溶け込むような形で、常に周囲から感じられます。
「ミズキも尋常じゃなく魔力が高いので、後で魔力を消す魔法具をあげますね!」
「いいのですか……? 確か魔法具は大変高価な物だと聞いておりますけれど」
「娘にプレゼントをするんですから、気にしては駄目です!」
遠慮している私ですけれど、魔力を一時的に消して置けるなら、とても助かります。街の中を歩くたびに視線を感じて、大抵誰かしらに見られるんですよね……。
「あの、それじゃ……その。頂きます、です」
「うん、貰ってくれるなら僕も嬉しいです! ミズキが望む事は僕、なんだってしてあげますよ。ミズキはこの世界で人生を楽しむ権利があるんです。遠慮なんかいりませんからね!」
狭間のお姉さんに言われた事を母様からも言われました。私はこの世界で生きていく権利を得られただけで、幸せなのですけれどもね。本来生まれてくる事すら出来なかった筈なのですから。
「で、いつまで私を無視して二人で話しているんだ?」
「きゃあ!?」
急に私の後ろから声がかかり、とっさに悲鳴を上げる私。全然気づかなかった事もあり、とってもびっくりしました。直ぐに振り返りますと、尻尾が九本もあるとても可愛らしい少女が立っていました。金色の長い髪と狐耳が容姿の可愛らしさを引き上げていて、何より和服が大変似合っています。ただ、スカート部分が大変短いですので、他人事ながら心配になります。
「九尾ちゃんはいつも気配を消して後ろに立つ癖があるので、ちょっとした罰です」
「いや、今のはちょっと見ない顔がミズファの傍に居たからであってだな……」
「まぁ、僕が希望していた和ゴスを着てくれてるみたいだから許してあげます」
「私の趣味では無いから気が進まなかったが……何故か周囲から好評なのだ。だから、仕方なく着ているだけだぞ。別にミズファに言われたからでは無いぞ」
「うんうん、似合ってますよ九尾ちゃん」
母様が九尾さん? の頭をなでますと、金色の狐耳がぴこぴこして大変可愛らしいです。私もなでなでしてみたいです。
「あの母様、こちらの方が?」
「うん、そうです。この子が九尾ちゃんです。とってもキュートでしょう?」
「キュート言うな。それでミズファ、隣に居るこいつは何だ? この私ですら魔力が測定不能だぞ」
九尾さんは私を大分警戒している様子です。国家指定級より強いとされるこの方から見ても、私の魔力を量る事が出来ないみたいですね。段々、私自身の在り方に不安を感じている中、母様は両手を腰に当て、「ふっふっふっ」と謎の笑いを浮かべますと。
「今日ここに来たのは九尾ちゃんにこの子を会わせる為だったんです。何を隠そう、この子が僕の娘です!」
「こいつがそうなのか」
「うん、名前はミズキって言うんです」
「ミズキか」
母様が私を紹介して下さいましたので、ぺこりとお辞儀をして自己紹介を始める私。
「あの、ミズキです。宜しくお願いします」
私の挨拶に、九尾さんが暫くこちらを見つめていましたが、やがて警戒を解いた様子で私に近寄って来ました。
「それだけの強さを持っていて随分謙虚な奴だな。それに、顔だちもミズファによく似ている。どうやら娘というのは本当のようだ」
「僕嘘なんて言ってないですからね!?」
九尾さんが私の前に立ちますと、ゆらゆらと揺らしていた尻尾を私の前に向けました。
「特別に私の尻尾に触らせてやる」
「え、いいのですか」
「構わんぞ」
正直申しますと、先ほどからずっともふもふしていそうなこの尻尾に触りたいと思っていた所でした。
「あ、あのそれでは失礼しますね」
そういって尻尾に触りますと。なんというもふもふ感。毛並みの手触りが最高なのです。我慢出来なくなった私は尻尾を頬に当ててすりすりします。
「あぁ尻尾もふもふですー」
「私の尻尾は最高級の毛並みだからな。どうやらミズキとは気が合いそうだ」
気が合う理由としては少々疑問が残りますけれども、九尾さんの尻尾はずっと触っていたいくらい手触りが最高なのは確かです。しばしもふもふの尻尾を堪能した私は再びお辞儀をして、九尾さんに触らせて下さったお礼を述べます。
「とっても素敵な尻尾でした。有難うございます」
「私の尻尾であれば気に入って当然。では今度は私が楽しむ番だな」
そう九尾さんが言いますと、急に街の正門方向へ歩き出しました。
「え、あの九尾さんどちらへ?」
「街の外に行くぞ。ミズキ、そこで私と戦え」
「……え?」
突然戦いを挑まれました。え、今楽しむ番だと九尾さんは言っていましたよね? 戦う事と楽しむ事にどのような関係が……。
「はぁ、九尾ちゃんは本当に好戦的ですねー。ミズキ、ちょっと付き合ってあげて下さい」
母様からお願いされましたので、一先ず頷いてはおきますけれども。九尾さんは私の返事も聞かず、意気揚々と先に街の外へ向かっていました。九尾さんとは出会ったばかりですのに、何故か戦う事になってしまい、涙目の私なのでした。




