私の身分と夜の茶会
王女さんと出会ったそのメルの夜は、とても賑やかな食事になりました。
ただ、非常に緊張している為、余り楽しんだ食事が出来ていない私。いえ、料理はとっても美味しいのですけれど。それはもう、はしたなくも追加をお願いしたい位に。お皿に奇麗に盛り付けられた薄切りのお肉と野菜の周囲に、ソースが円を描くように垂らされている料理がとても美味しくて。私の大好物になってしまいました。
そんな美味しい料理と緊張が入り混じっているこの状況に至った経緯としましては……。
食事前に一番王女さんから離れた席に移動しようとした所でプリシラさんに呼び止められ、王女さんの手前の席に座るように言われました。席順では二位という事になります。私が何故この位置に座る事になるのか一人で疑問に思っていますと、周囲の皆さんはそれが当然であるように、私に座るよう促していました。
どうしようか悩んでいた私に、プリシラさんに名を呼ばれて返事を返しますと。
「席順に思い悩んでいる様子だけれど、一つ言い忘れていたわ。貴女がミズファの娘であると言う事は、貴女はこの国の姫なのよ。だから、貴女の席はそこが正統な位置なの」
「……え?」
プリシラさん、今何と言いました? 姫と言いましたか?
「え? 姫?」
「そうですよ。僕の娘なんですから、ミズキはこの国のお姫様です!」
親の事しか頭にありませんでしたけれど、王女さんの娘という事はつまり……。ただでさえ色々と気持ちの整理をしないといけませんのに、お姫様って……これ以上私にどうしろと言うのですか!?
「先ずは座ってください! 細かい事はお腹一杯にしてからです」
「あの……はい」
渋々と王女さんの手前に座る私。クリスティアさんの席がとても遠くになってしまって寂しいですけれど、不思議と隣に居る王女さんからは安心感を得られました。王女さんは体を揺らしながら、にこにこと私を見つめています。
「ふふ、ようやくミズキとこうしてご飯が食べられて、僕とっても嬉しいです」
手にナイフとフォークを持ちながら、言葉通りに嬉しそうな表情で食事を始める王女さん。複雑な気持ちはまだ拭えませんけれど、私も王女さんとの食事は全然嫌ではありませんし、むしろ親との食事はずっと望んでいた事ですので、嬉しい気持ちの方が強いです。
けれど……やはり王族の関係者だった、となりますと。焦ってしまって心の整理がまったく追いつかないのです。美味しい料理を食べながら一人で混乱している私は、それはそれは大変滑稽な表情をしている事でしょう。
そんな訳ですので、緊張と複雑な気持ちと王族という事実の焦りで大混乱な食事中なのです。
「そう言えばミズファ。貴女、ミズキとクリスティアの二人と挨拶を交わしていなかったわね」
むぐむぐと言いながら口いっぱいに料理を頬張る王女さんにプリシラさんが語りかけますと、王女さんはグラスを手に取ってお水を飲み干し「そうでした、僕倒れてたせいで色々台無しでしたね」と、ちょっと気まずそうに笑います。
王女さんは、歳相応の大変可愛らしい少女なのですが、口調や身のこなしが何処となく……女性らしさと男性らしさが合わさったような不思議さを感じます。世の中には男性的な性格の女性もいらっしゃるそうですけれど、そういった物とはまた別の雰囲気なのです。
「ご飯が終わったら僕、ミズキ達の貴賓室にお邪魔しにいきますね。そこで挨拶代わりの寝巻パーティーをしましょう!」
初めて聞くパーティーの名前ですけれども、寝巻とパーティーにどのような関係があるのでしょう。
「ウェイル君も来ますよね?」
優雅にステーキを切って食べる姿が絵になるウェイルさんに、王女さんが笑顔で話しかけますと。
「いや、僕は遠慮するよ。折角ミズファ姉さんの好きな女子会を行えるメンツが揃ってるし、皆で楽しんで欲しい」
「もう、遠慮ばっかりですねー……僕そんな子に育てた覚えはありません!」
「これは手厳しいね。僕は次のメル、早朝に騎士団演習があるから早めに休むよ」
王女さんの冗談めいた発言を軽く受け流して微笑するウェイルさん。何をしても絵になります。
「むー仕方ないですね。あ、それとウェイル君。中央都ミカエラに送る兵士の徴兵と、建築士と回復魔法に長ける魔術師を揃えておいて下さい」
「その手筈は既に整っているよ。兵は次のメルに徴兵可能だし、建築士と魔術師は二メル以内に必要数揃う予定になってる」
「早いですねー。流石はウェイル君です!」
王女さんが自分の事のように嬉しそうにしていますけれども、ウェイルさんは複雑そうな笑みを浮かべています。
「ミズファさん、私がウェイル君にお願いしたのです。ウェイル君に直接知らせた方が円滑に進みますからね」
「んぅ、エステルさん手厳しい……」
エステルさんはウェイルさんの所へ会いに行っていたようです。本来は王女さんに何よりも先ず報告すべき事ではあると思うのですけれども……。
「ミズファは玉座の間に引き篭もっていたのだから、エステルの判断は正しいわね」
赤いワイングラスを手に淡々とプリシラさんが言います。ワインを口に含む一連の動作がとても優雅で、こちらも大変絵になる美しさです。
「それはプリシラも悪いです! ミズキと一緒に居たいから馬車で帰って来たって言いますけど、ミズキとの時間はお城の中でも取れるじゃないですか!」
「解っていないわね、貴女。子を思う親の気持ちと言うやつよ」
「それ僕のセリフですからね!? 後馬車で帰ってきた理由になってないですから!」
二人の言い合いにミツキさんがくすくすと笑っています。エステルさんも必死に笑いを堪えて居る様子です。クリスティアさんだけは冷静ですが、食事がとても気に入ったらしく、傍にいるメイドさんに遠慮無く追加で料理を頼んでいました。
「ん、相変わらず聖王女はテンションが高い」
「ひさしぶりにみずふぁとぷりしらねーさまの会話きいてあんしんしたー」
少女二人、もといイグニシアさんとアビスさんが思い思いの感想を述べています。嬉しそうなアビスさんを見る限りでは、別段喧嘩とかでは無いようですけれど。
「ミズキちゃん、あれが夫婦漫才ですよ」
そうミツキさんに言われて、首をかしげる私に王女さんが「違いますからね!?」と即否定していました。良く解りませんけれど、一つだけ理解できました。
これが、家族なんですねって。
賑やかで暖かな食事の時間は、恥ずかしがりつつも料理を追加でメイドさんにお願いした私に合わせて、暫く続きました。
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お借りしている貴賓室でクリスティアさんと二人でシャワーを済ませた私は、備え付けられていたネグリジェを着て、テーブルにお茶を用意しています。この後皆さんがこの部屋へと集まり、お喋りをして楽しむのだそうです。
それを聞いた私はとっても嬉しくなって、またもや馬車に乗っていた時のように、そわそわと落ち着かなくなっていたのでした。
クリスティアさんが冷蔵庫の魔法具から「プリン」と呼ばれる冷たいデザートを用意した所で、ノツクが部屋に響き渡ります。
「失礼しますね、ミズキ来ましたよ!」
王女さんが扉を開けて元気に入室して来ますと、その後ろからプリシラさんを始めとして、会食の席にいた女性全員が集まりました。
「あの、私が言ってもいいのか解りませんけれども、いらっしゃい、です?」
「何で疑問的なのよ。貴女はこのお城の姫なんだからどっしり構えていればいいの」
無理難題を仰るクリスティアさんの肩をポカポカと叩く私。口では言い返せないですので、僅かばかりの抵抗です。
「相変らずミズキちゃんは何をしても可愛らしいですね?」
「でもねミツキ、この通りミズキは私にべったりで何をするにも私が居ないと駄目なのよ」
「あの、別にべったりはしてないと思うのです……」
否定すべき所はちゃんと否定しませんと、私皆さんから駄目な子だと認識されてしまいます。
「ミズキは構ってあげたくなる子的な属性もちですか!?」
なんでしょうかその属性は。王女さんは本当に不可解な事を仰る方です……。
「一先ず皆座って頂戴。折角ミズキが淹れた紅茶が冷めるわよ」
クリスティアさんの呼びかけに皆が席に座ります。足りない席の分は隣の貴賓室から調達済みです。丸いテーブルに沢山の女性陣が輪で囲み、大変賑やかなで華やかな夜のティータイムとなりました。
「さて、ミズファ。この茶会を行うきっかけは貴女なのだから、ちゃんと挨拶なさい」
「うん、解っています!」
プリシラさんに元気に返事を返した王女さんが席を立ち、ぺこりと頭を下げて。
「改めて、アクアリースへようこそですミズキ、クリスティアちゃん。僕がこの国の王女、ミズファです。好きな物はご飯で、スリーサイズは秘密です。僕はこの通り変な子なので面食らった部分もあると思いますけど、どうか仲良くして欲しいです!」
王女さんのご挨拶に私も続けて席を立ち、ペコリとお辞儀をします。クリスティアさんも私の後にスカートの裾を摘まんで一礼しました。私に比べてクリスティアさんはやっぱり優雅な物腰です。
何と言いますか……王女さんのご挨拶は、王としてでは無くお友達への自己紹介のようでした。自分を飾らないのが王女さんの特徴なのでしょう。変だと感じる部分はありますけれど、大変親しみやすい方だと思います。
「さて、今夜の茶会の肴はミズキかしらね」
そうプリシラさんに言われて焦る私と盛り上がる皆さん。「王女さんとプリシラさんからすれば、私よりも謎な美少女クリスティアさんの方がお話ししがいがありますよ」、と友人に標的を移す私。キッとクリスティアさんから睨まれますが、見なかった事にします。
そんな形で私達のご挨拶後、早速賑やかなお喋りが始まりました。皆さんを見回しますと、それぞれの個性が大変でている寝巻に身を包んでいます。
国家指定級の三人ですと、プリシラさんでしたらちょっと大胆な透けたネグリジェでしたり、アビスさんでしたら龍を模した着ぐるみに近しい寝間着を着ていて大変愛らしかったりです。赤色の上下を揃えた寝間着を着ているイグニシアさんだけは持参した枕を抱きしめて寝ていますけれども、聞き耳だけは立てている様子で微笑ましいです。
クリスティアさんが王女さんからの質問攻めで焦る様子が可愛らしい、そんな寝間着パーティーと称した楽しい夜の茶会は、始まったばかりです。




