共同国アクアリース
お城と港町の合間にある中継地の街で一泊を挟んだ私達は、二メル目の夕方に差し掛かる頃、お城の城壁が見える所に着きました。中継地となっている街を出発した辺りからでしょうか、私はとってもドキドキしています。
段々そわそわして落ち着いていられなくなった私は、馬車の窓から顔を出して、少しずつ近づく城壁を暫く見つめます。白みが掛かったとても綺麗な城壁が眼前に見えているのですけれど……何か妙な感覚なのです。初めて見た気がしない、と言えばいいのでしょうか。これは何なのでしょう……?
「ミズキ、身を出し過ぎると危険よ」
クリスティアさんから注意されて、慌てて窓の外から中へと顔を戻す私。いつの間にか胸元まで外に身を乗り出していたようです。
「ご、御免なさい。お城が見えたらじっとしていられなくて……」
「ん、こんな挙動不審なミズキ初めて見た」
「あの、そんなに私変な子でしたか?」
「ん、かなり」
イグニシアさんに言われてしまいますと、大変申し訳ないのですが割とショックです。今の私、相当変な子のようですね……。ですけれど、間もなく嬉しい出来事が待っているという状況ですので、浮ついた気持ちが抑えられなくなっていてどうしようも無いのです。
この国には遊びに来た訳では無いのは十分理解しておりますが、こんなに胸が期待と嬉しさで一杯になるのは、ミツキさんに私の名前を付けて頂いた時以上なのです。
「ん……そろそろ城に着く。ミツキ元気かな」
イグニシアさんの呟きに、ほわほわ気分から正気に戻る私。
そうでした。イグニシアさんだってミツキさんに凄く会いたい筈です。浮ついている私と違い、今まで一切そんな様子を見せず我慢していたのでしょう。
「大丈夫よイグニシア。ミツキは体の一部が不自由だけれど、リハビリを兼ねた散歩や運動は欠かさずに行っている程に元気よ。安心して頂戴」
「ん、良かった。それなら良い」
プリシラさんの言葉に淡々と返事をするイグニシアさん。言葉こそ短いですけれど、普段眠そうな表情のイグニシアさんが可愛らしく微笑んでいます。嬉しくない訳が無いですものね。私だってミツキさんが元気でとってもとっても嬉しいです。お城に着きましたら、ちゃんとミツキさんに挨拶しませんと。ミツキさんは私にとっての恩人なのですから。
辺りが完全に夕暮れになった頃、馬車は城壁の外側に広がる街に入って行きます。城壁の外にまで街が広がっている城下街は初めて見ました。シャイアの首都やエウラスの首都も城壁の外に街はありませんでしたもの。
やがて街道が街の中を通る石畳の道に切り替わり、道の両脇に街灯が立ち始めました。
「あの、プリシラさん」
「何かしら」
「城壁の外に街を作って大丈夫なのでしょうか? モンスター等に襲われる危険性があると思うのですけれど」
「初めてこの城下街を見た人は大抵同じ疑問を持つわね。ミズキ、この国が相当な戦力を持っている事は既に聞いているでしょう?」
「あ……」
プリシラさんからそう言われて、変な質問をした事に気づく私。この国には「五姫」の称号持つ方々や国家指定級の三人と王女さんが居ますものね。近づくだけでモンスターが死んでしまいそうです……。国内であればたとえ辺境でも安全に歩く事が出来そうです。
「私達が生きている間、モンスターがこの城に近づく事なんてあり得ないわ。それこそ古代魔法具の力でもない限りね。この国にとってはモンスターなんて物は気象災害よりも問題にならない、霞んだ存在よ。何より……この私がアクアリースに害を成す存在を絶対に許さないもの」
そう言ったプリシラさんから強大な殺気が放たれました。馬車内にはプリシラさんと同等の存在ばかり居ますので、少し震えているエステルさん以外は平気な様子ですけれど。クリスティアさんも殺気程度では怯んだりはしないみたいですね。
ですが、道行く人々にとってはプリシラさんの殺気は尋常では無い筈です。冒険者と思われるパーティーが足を止めて、いえ……殺気のせいでその場から動けずこの馬車が通り過ぎるまで固まっていました。本来、それが魔力を感じとれる人の反応なのです。
「プリシラ様、そろそろ気を鎮めて下さい」
「あぁ、御免なさいね。ミズキに会って上機嫌なせいかしら、久しぶりに昂ってしまったわ」
「プリシラ様の殺気は道行く人々にとっては命にすら関わるんですから」
「解っているわよ。エステルも久しぶりに会ったと思ったら随分小言が多くなったわね……」
「一人で旅をしていますと、必要以上に喋りたくもなりますよ」
少々不機嫌そうにプイっとそっぽを向くエステルさん。歌唱会の旅はエステルさんが一人で行っていたようですから、色々と思う所があったりするのかもしれません。
「歌姫として国々を回る夢は叶ったのでしょう?」
「それは、そうですけど」
「ならいいじゃないの」
「本当はシルフィちゃんとアビス様の三人で旅をしたかったんですけど……」
「シルフィとアビスにも仕事があるのだから無茶を言わないで頂戴」
「むぅ……」
エステルさんが言い負かされている所を初めて見ました。今のお話を察しますと、一応エステルさんが望んで旅を行っていたようですね。
「それでも一人は寂しいですから、後一人くらいは同行下さる方が居ても良かった、と私は思います」
二人の会話に無理やり入りますと、「ミズキに怒られてしまったわね。次回の歌唱会からは五姫を一人付ける事にしましょうか」とプリシラさんが言いますと、エステルさんが「本当ですか!」と返事をして嬉しそうです。
ふと窓から景色を見ますと、馬車がいよいよ城壁内へと入って行く所です。普通ならここから街の中になる筈ですので、少々不思議な感覚です。大きな正門をくぐりますと、大変賑やかな商業街が目の前に広がりました。
「間も無く夜になる所ですのに、凄い人の多さですね」
「店じまい前の時間は大体こんな感じよ」
既に街灯の明かりも灯っており薄暗い状態ですけれど、お店番の方が声を張り上げて客寄せを行っていて大変活気があります。中には小さく切った果物を道行く人に差し出すお店等もありました。
「無償で食べ物を差し上げるなんて、凄いお店ですね。お金にならないのでは……」
「ああやって無償で売り物を分け与えるなんて、昔は考えられなかったのだけれど。この国の独自性として「試食」という販売の仕方が根付いたのよ」
「ししょく?」
「食べて味を知って貰う事で、買い手は安心して品物を買う事が出来るの。お客に先ずは信用を買って頂きましょう、というこの国の方針みたいなものかしらね」
つまり、その場では買って貰えなくても、食べて美味しいと思って貰う事で「あの店は美味しかった」と後に買いに来るお客も多いそうなのです。
「それもこの国の王女さんが考えたのですか?」
「そうね。無償提供によって店が儲からないのなら、損をした分は国が払うと決めてね。お客を騙したり食い物にするのでは無くて、自分が買い手に回った立場で商売をしてみませんか、という方針を打ち出したのよ」
街道に休憩所を作ったり、無償で食べ物を振る舞う販売の仕方を根付かせたり、そうした人の立場に立った考えの下でこの国は成り立っているようです。そうする事で辛い事も時にはあるそうですから、国の名の通り「共同」して力を合わせる事で乗り越え、発展して来たとプリシラさんが教えて下さいました。
商業街を抜けますと、城下街の丁度中央に大変大きな時計台が設置されておりました。この時計台のある丸い花壇を中心として各方面に区毎に分かれているようです。大きな時計台を見ていますと、時間は午後の六時を刺していました。
「ねぇ、ミズキ。貴女も普段から時計を見て時間を確認したりするでしょう?」
急にプリシラさんがそう言い出しますので、私が頷きますと。
「あの時計と時間はね。昔、ミズファが作り出した物なのよ」
「……え?」
普段、何気なく見ている時計ですけれど。最初に誰かが生み出したからこそ、時間を確認出来るようになった訳ですよね。まさか……時間まで王女さんが作ったなんて。
「だんだん王女さんが不可解な存在に思えてきました……」
「ん、私も聖王女に初めて会った当時は理解不能だった。ミズキの気持ちは解る。でも、何故かミツキは最初から聖王女の考えに共感してた」
王女さんも凄い方ですが、ミツキさんも凄い方です。そんな二人ですから、お互い通じる何かがあるのでしょう。
馬車がお城の城門前に到着し、兵士さんが確認を行いますと、直ぐに門の内側へと通されます。そこで馬車の窓からお城を見あげた私は。ようやく、城壁で感じた不思議な感覚の答えが解りました。
「このお城って……」
先程から驚きの連続でしたけれど、今この瞬間が一番の驚きだと思います。
「夢の中で見たお城……ですよね?」
私という存在が生まれた時に見た夢。その夢の中に出てきたお城が、今私の目の前にありました。




