旅立ち
次のメルの朝。私は今、イグニシアさんと二人で宿の一階で朝食を頂きながら、ミツキさんの帰りを待っている所です。朝にギルドの依頼が更新されるそうで、ミツキさんは好条件の新しい依頼が無いか確認をしに出かけています。
昨夜の夕食と同じ野菜沢山のお気に入りスープを啜った後、焼かれたパンにハチミツを塗り、一口食べた私は、片手を頬に当て恍惚な表情で幸せを嚙み締めます。
「あぁ食事って、どうしてこんなに美味しいのでしょう」
人とは、美味しい食事を食べる為に生まれてくるのではないでしょうか? ええ、きっとそうです。
「ん、ここの宿は当たり」
「当たり? 外れもあるのですか?」
「ある……酷い所になると、酒場で食べた方がマシ」
「そ、そうなのですか」
食べる物全てが美味しく感じていましたけれど、この宿が特別美味しいから、らしいです。
そんなやりとりをイグニシアさんと交わしていますと、宿の扉を開く音が聞こえて其方へ振り向きます。入り口には待っていたミツキさんの姿があり、直ぐに此方へと近寄って来ます。
「お帰りなさい、ミツキさん」
「ん、おかえりミツキ」
「只今帰りました」
ミツキさんは、この宿が朝にのみ提供している朝食メニューを主人に頼みながら、私達が座ってる丸いテーブルの席へとつきます。
「ミツキ、美味しい依頼あった?」
「これと言った物はありませんね。それより、イグニシアちゃん。本来のお仕事です」
「ん……「ダンジョン」?」
「はい、直ぐに対応に出向かなければなりません」
「ん、解った」
「それで……」
イグニシアさんの耳にひそひそ話を始めるミツキさん。
私は蚊帳の外に置かれていますが、立場上当然ですので二人のやりとりを黙って見ていた所。
「ミズキちゃん、ここではお話しできませんので、食事後直ぐに部屋へと戻ります」
「……あ、はい解りました」
ミツキさんの焦った様子を見れば、いくら世間知らずな私でも何らかの問題が起きたらしい事は解ります。直ぐに私達は食事を終わらせて二階へと戻りました。
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「ミズキちゃん、少々急がねばならない用事が出来ました。私達は直ぐに「エルフの国シャイア」に向かいます」
「エルフの国?」
「ええと、そうですね。それでは先ずエルフの特徴についてから教えましょうか」と付け加えてからミツキさんが話し出します。
私は食事後の眠そうなイグニシアさんをベッドで膝枕しながら、そのお話を熱心に聞いていますと。エルフと呼ばれる方々はとても人柄の良い人達みたいですね。
エルフは長い耳と金色の髪が特徴で、とても長命で温和な種族だそうです。そして基本的に人間とは関わり合いを持ちません。別段人間嫌いという訳では無く、自給自足でのんびりと生活しているので、人間と接する必要性が薄い為らしいのですが、その辺は曖昧みたいですね。
エルフの中には興味本位で人間と関わる方もいるそうで、出会いの中でハーフが生まれる例も珍しい事では無いそうです。
「昔はエルフの国に人間が入国する事は殆ど無く、貿易や他国との交友関係もそれ程盛んではなかったようですが、現在はエルフの国にもギルドはあり、大陸の北西にある「共同国・アクアリース」とは交友が大変盛んになっています。ここまでは宜しいですか?」
「はい、大丈夫です」
ここまでの説明でおおよそ、エルフについての理解は出来ました。
そして「ここからが本題なのですが」とミツキさんが前置きをして。
「今朝、古代人の残したダンジョンがエルフの国で発見されたとギルドから発表がありました。私達はそのダンジョンに向かわねばなりません」
「ダンジョンにですか?」
ギルドから渡された書類に目を通した際に、様々なダンジョンについても書かれていましたので、大体の事は理解しているつもりです。
「はい、世界各地に存在するダンジョンの奥深く、或いはダンジョンの見つかり辛い場所に「古代魔法具」と呼ばれる物が安置されています。これは決して人の手に渡してはならない物です。私達はその古代魔法具の流出を防がねばなりません」
「人の手に渡してはならない物、ですか……」
古代魔法具と呼ばれる物については書類には一切書かれていませんでした。一体どのような物なのでしょう。お話を聞く限り、余り良い物ではなさそうなのですけれど。
「少し前のお話になりますが、とある街の商人が、見慣れぬ財宝を見つけたから買い取って欲しい、と一人の冒険者から商談を持ち掛けられたそうです。商人も初めて見る物で値が付けられず、買取を拒んだ所、冒険者がなをも売ろうと詰め寄ったのですが……その際「何らかの誤作動で古代魔法具の力を展開してしまった」のです」
ミツキさんの表情から察しますと、この後のお話は良い物ではないようです。
「そして、古代魔法具の力が展開された瞬間、「冒険者が潰れました」。まるで紙を横から見たように」
「……」
余りの内容に背筋が凍りそうです。どうすればそんな事が起こるのでしょうか。
ミツキさんは「誤作動ではなく正式な展開をしていたら、街の三分の一が潰れていましたよ」と付け加えた所で更に恐怖しました。
「古代魔法具とは、遥か昔に古代人が英知を結集して作り出した、強力な力を秘めた遺物です。本来は過行くメルの生活を楽に、より便利にする為に「とある人物」によって作られた物なのですが、何らかの意思の介入により、いつしか殺戮道具として生み出されていきました。そして、古代魔法具の力に魅入られた各国の王が、覇権を巡り大陸戦争を起こしてしまったのです」
「戦争……」
初めて聞く筈の言葉ですが、思い出したかのように戦争の意味が頭の中に浮かんできました。
戦争とは、とても悲しい言葉なのですね……。
「潰れた冒険者が持っていた古代魔法具は現在、共同国・アクアリースに保管され、厳重に封印されています。今後このような事が起きないように、各地のダンジョンの巡回と古代魔法具の守護、そして悪意の排除が私とイグニシアちゃんの役目なのです」
二人はとても大事な使命を持っていたのですね。唐突に生まれたばかりで何もない私には、二人がとても偉大な人に見えます。
「ん、でも「聖王女」がミツキはお城に居てって言ってた」
「イグニシアちゃん、そのお話は駄目ですよ?」
「ん……わ、解った」
にこにこ笑顔のままですが、何かとてつもない威圧感を放つミツキさんがとっても怖いのです。
イグニシアさんが私の膝の上でガタガタ震えています。
「兎に角そういう訳ですので、直ぐに出発の準備を始めましょう」
「ええと。あの、一つ質問してもいいでしょうか?」
と、言いながら挙手をする私に、「はい、ミズキちゃんどうしました?」と答えるミツキさん。
「ダンジョンがどのような場所かはギルドから頂いた書類を見ていますので理解はしていますけれど、その書類には、ダンジョンに現れるモンスターは総じて強いと書かれていましたが……平気なのですか?」
「大分昔に、何かの影響で世界中のモンスターが大きく弱体化したと聞いていますけれど、駆け出しであれば流石にダンジョンのモンスターには歯が立たないでしょう」
「あの、それは私のような駆け出しが同行して平気なのでしょうか?」
「ミズキちゃんの場合、モンスターごとダンジョンを破壊し兼ねませんので、むしろ其方の方が心配なのですが」
「え……?」
逆の心配をされてしまいました。
恐らく、次は加減出来る気がしますので、街道のような事は起きない……と思います。
「まぁ、ミズキちゃんなら大丈夫でしょう。私がこの世界に降り立った時と状況は似ていますし」
「え?」
今何か、大変重要な事をミツキさんが言ったような。
聞き直そうかと思い、喉元まで言葉が出かかりましたけれど……やはり止める事にしました。だって、ずっと一緒にいる仲間なのですから、今後ゆっくりと知っていけばいいと思います。出会ったばかりであれこれ聞きだすのは女の子に対して失礼だと、生まれたばかりの私は思う訳なのですよ。私も女の子ですけど。
取り合えず、私達はエルフの国へ移動する事になりました。
ダンジョンに行くのは怖いですけど、大きな知識と経験を得られそうで、何方かといえば嬉しいです。
今は二人に着いて行き、沢山の経験を積みたいと思います。
「あぁ、そうでした。ミズキちゃん、今後国境を超える事がよくありますので、この大陸にある国々についてお話しておきましょう」とミツキさんが支度中の手を止めて言いました。
国名程度はギルドの書類に書かれてはいましたが、地図の無い説明だけですので、具体的に何処に何があるかまでは解りません。その上でミツキさんのお話は、私が知らない事を前提とした内容でしたので、何も知らない子だと完全に認識されてしまったようですね。まさにその通りなのが悲しい所ですが……。
そのお話によると、この大陸には六つほどの国が存在するそうです。
大陸の中心から東側を「ベルドア王国」、逆に西側を「神都エウラス」、北東を「セイルヴァル王国」、北西を「共同国・アクアリース」、南を「エルフの国シャイア」、ベルドア王国の更に東にある島国、「倭国“ムラクモ”」の六つです。
これから訪れるエルフの国シャイアは、私たちが現在滞在している「ギュステルの街」から直ぐに行ける為、地理的にも申し分の無い次への目的地、という事になりますね。
お話を聞き終えると、特に支度の準備がない私は程なく身だしなみを整えて、先に宿の外で待っていますと二人に伝えて外へと向かいます。
外に出ると空は快晴で、まさに旅日和と言って差し支えないでしょう。一度背伸びをしながら、そんな綺麗な青空を見上げ、ふと思います。
私にとっては冒険者として、この世に生まれた最初の一歩として、初めての旅になるのですよね。
期待と嬉しさが混在して胸がドキドキしているのが解ります。狭間のお姉さん、私頑張りますね。
町の中心部付近に立っている大きな時計台の針を遠目に見ますと、大体十分程度で二人が宿から出てきました。収納系能力のお陰で身軽な格好です。
昨夜浴室で聞いたのですけれど。
収納系能力は誰でも使える訳では無いようです。収納魔法自体が遥か昔に途絶えてしまっており、もはや伝説として残る幻の古代魔法扱いですね。この能力を展開出来る人は、私とイグニシアさん以外にあと二人程度しかいないみたいですが、いまいち実感はありません……。
収納系能力は私がこの世界に生れ落ちて間もなく、イグニシアさんが見せてくれた能力でしたから、てっきり誰でも使えて当然的な物だと思っていたのですけれど。本来の冒険者さん達は、荷物がかさばって大変なのでしょうね……。
数回咳をした後に、「さぁ、それでは出発しましょうか」とミツキさんが笑顔で言います。
「ん、出発」
「……」
ずっと気にはなっていたのですけれど、ミツキさんはよく咳をしている気がします。イグニシアさんはその点に触れませんので、私も特に聞いたりなどはしなかったのですが……。
街の外へと向かう途中、イグニシアさんが露店で人数分の串焼きを買うと、ミツキさんは嬉しそうに笑っています。
「ん、ミズキの分。この串焼き美味しい」
「あ、有難うございます」
「ミズキちゃん、何か浮かない顔をしていましたが、どうかされましたか?」
私は直ぐに顔に出てしまうみたいですね。狭間のお姉さんにも直ぐに言い当てられてしまいましたっけ。
「御免なさい、この街とお別れだと思うと、少し寂しくなってしまいまして」
「そうでしたか。深くは聞きませんけれど、私にとってもミズキちゃんと出会えた大切な街ですから、気持ちは解ります」
そう言うと、ミツキさんは可愛らしく微笑んでくれました。




