三人目の国家指定級
「もしかして、貴女が……?」
目の前に現れた少女はとても可憐で幼く、けれど艶めかしさも備えていて、クリスティアさんと似たような印象を受けます。女性の方だとは解っていましたけれど、まさか国家指定級が皆こんなに幼い少女だったなんて……。
「ええ、そうよ。私がプリシラ。プリシラ・ディルーク・ブラドイリア。初めましてミズキ」
「え、私の名前を……」
「ミツキが城へ戻って来ているのよ。名前くらいは既に知っているわ。成程……とても似ているわね」
まるで慈しむ様な微笑で私を見つめるプリシラさん。今彼女が言った似ている、という言葉は以前も聞き覚えがあります。狭間のお姉さんが私に言った言葉です。
「あの、似ていると言うのは……?」
「焦らずとも時期に解るわ。貴女がこの国に来る事は解っていたのだから。「あの子」はとても貴女に会いたがっているわよ。そして……それは私も同じだった。だからこうして会いに来たのよ。さぁ、もっと近くで顔を見せて頂戴?」
プリシラさんがこちらに近づき、両手で私の顔に触れながら、今にも泣きそうな瞳で見つめています。
「貴女がこの世界に来たと解ったあの子は、嬉しそうに喜んでいたわ。私だってそう。この国の海域に入った辺りからかしらね。ようやく私にも貴女の魔力を感じる事が出来たのだけれど、本当に嬉しかった。貴女は私の妹……いいえ、娘と言っていいわ」
「むす……め?」
まさか、プリシラさんが私の親だったのですか? 同じ種ですから、その可能性は薄々感じてはいましたけれど……。
「本来の貴女の親は「あの子」の方だけれど……。でもね、私と同じ存在として生まれたのだから、私が貴女を娘と呼んだっていいわよね?」
「え、ええと……」
どうやら本当の親は別にいるようですけれど、プリシラさんも私を娘にしたい様子です。私、どうすればいいのでしょう……。どう見てもお姉さんや親と呼ぶには幼いですし、私とほぼ変わらない歳相応の少女ですのでとても困惑してしまいます。
「あの、プリシラ様?」
「何かしらエステル」
「先程から一体何のお話をしているのですか?」
エステルさんが完全にお話に置いて行かれた様子できょとん、としています。こんなエステルさんを見るのは初めてです。周囲の皆さんも全員、私とプリシラさんの会話を不思議そうに見ていました。
「ぷりしらねーさま、みずきとしりあいだったのー?」
「ん、プリシラ。ミズキが娘ってどういう事?」
クリスティアさんも上半身を起こしてこちらを見つめています。今のお話を聞いたからでしょうか、複雑そうな表情をしています。体調の悪さもあるでしょうから、クリスティアさんの心中までは察する事は出来ませんけれど。
「今まで黙っていて御免なさいね。城に戻れば皆の疑問は直ぐに解けるわ。いらぬ心配をかけたくなかったのよ」
「城に戻れば解るというのであれば別に構いませんけど……。大体は察せました」
エステルさんが私を見て、微笑みながらそう言います。
「わたしにはまだわかんないー。でも、ぷりしらねーさまの言うことはとってもいいことな気がする!」
「ん……私も薄々、もしかしたらって思ってた」
「恐らく、皆が察している通りだと思うわ。ミズキ、娘と呼ばせてくれるかどうかのお返事は城へ戻るまで保留とするわね」
「ええと、解りました」
「一応血術空間を介して直ぐに皆を連れて帰れるのだけれど、もう暫し私の可愛いミズキを堪能して居たいの。だから城へは馬車で帰りましょう。あの子が「焦らすなんて酷いですよプリシラー」って、言いそうだけれど」
プリシラさんの言葉に、皆で「似てる」と言いながら笑い合っています。私には何の事か全然解りませんけれど。そんな和んだ空気の中をプリシラさんが歩き出し、クリスティアさんへと近寄って行きました。流石のクリスティアさんも、プリシラさんが放つ異様な存在感に気押されているようです。
「初めまして。確かクリスティアと言ったかしら?」
「……初めまして。ええ、名前はそれで合っているわ」
「船酔いだったかしら。蝙蝠を通して会話は聞いていたから、大体は解っているつもりだけれど」
「初対面でこんな恥ずかしい姿を見せてしまうなんて……」
「気にする事なんてないわ。今はゆっくり休んで頂戴。どうやらベッドも六つあるようだから、今夜は私もここに泊まろうかしら。この宿の清潔感は中々のようだし」
余分に空いているベッドに視線を向けるプリシラさん。お客が一人増え上から下りてくる訳ですから、きっと宿主さんも驚く事でしょう。
「今の話を聞く限り、本来は直ぐに城へと戻るつもりだったのではないかしら?」
「いいの。気にせずゆっくり寝ていて。確かに「あの子」から迎えに行くよう言われているけれど、少しくらい待たせるわ」
クリスティアさんの疑問に対してプリシラさんがそう答えますと、空いていたベッドに近寄り、座ります。するとアビスさんが駆け寄り、プリシラさんの膝を枕にして寝転がりました。
「もう、アビス。皆の前ではしたないわよ」
「だって、ぷりしらねーさまと会うのすっごくひさしぶりなんだもん!」
「まったく、仕方ないわね」
プリシラさんがアビスさんの髪を優しくなで始めます。国家指定級である二人の間に血の繋がり等は無い筈ですけれど、まるで本当の姉妹のようです。
「イグニシアさんは行かないのですか?」
一人でベッドに寝転がるイグニシアさんに向けて疑問を投げかける私。
「ん、私は別にそこまで仲がいい訳じゃない」
「そうなのですか?」
「ん、別にやきもちとかじゃない」
「イグニシアさん」
おいでおいで、と言わんばかりにぽんぽんと自分のふとももを叩く私。それを見たイグニシアさんが猫のごとく飛びついて、私の膝の上に寝転がりました。ふふ、可愛いです。
「国家指定級が揃っているのに、この場の空気はなんなのかしら」
この場の和み空間に疑問を持つクリスティアさん。普段不機嫌そうな彼女ですが、国家指定級の三人を見た表情は緩んでいます。最初こそ気押されたようですけれど、似た者同士としてプリシラさんと仲良くしていけそうですね。
そんな国家指定級の三人は。
歴史上ずっと人々の恐怖の象徴とされた訳ですけれど、私はその考えをそろそろ取り下げて頂きたいと思うのです。国家指定級としての顔は昔のお話ですし、こんな可憐な少女達を怖がる人はもういないでしょう。魔力の高さによる威圧感はどうしようも無いですけれど……。
「大変微笑ましい所に水を差すようですが、プリシラ様」
「ええ、解っているわエステル。聞かせて頂戴、神都エウラスで起きた出来事を」
私は本来の目的を思い出して身を正します。イグニシアさんは寝たままですけれど。エウラスで起きた出来事はこの国に飛び火する可能性がありますから、本来は直ぐに報告すべき事です。とは言え、ある程度プリシラさんには解っているよう様子です。水晶五姫についてはエウラスの巫女姫さん以外にはまだ口外していない筈ですけれど。
「水晶についてはミツキさんからのご報告があったと思いますが、エウラスで再び水晶と会いました。その際、古代魔法具の能力と思わしき方法によって、水晶五姫と名乗る者が現れました。水晶五姫は中央都ミカエラを破壊し、現在水晶と共に行方を眩ませています。水晶五姫は水晶を護り、補助する役割を持つと思われます」
「……」
プリシラさんが黙って俯いています。アビスさんが片手をプリシラさんの頬に当てながら心配そうにしていますが、「大丈夫よアビス」と優しい声で語りかけました。恐らく……中央都ミカエラが破壊された事に対し思う所があるのだと思います。
「それで、五姫と名乗っているのはこの国に対する当て付けかしら?」
「それが……過去に存在した実際の五姫を呼び起こして配下に加えたようです。アンデッドの類ではなく、魔力も感じられませんでした」
「流石は古代魔法具、と言った所かしらね。「魔族」共の力を色濃く流用出来た古代人達だからこそ成せる技術ね。お陰で後始末が大変だわ」
呆れたように言うプリシラさん。彼女が言った魔族という言葉は確か、花畑のダンジョンでシルフィさんも言っていましたね。そのような種が何処かに存在しているのでしょうか。まだまだ私には解らない事ばかりです。
「お話し中御免なさい。一ついいかしら」
クリスティアさんがそう言いますと「何かしらクリスティア、言ってみて頂戴」とプリシラさんが促します。
「行方を眩ませている水晶だけど、私ならある程度の居場所は解るわ。けれど今は休眠状態にあるようで、何処にいるかは解らないの。水晶五姫を呼び覚まし、転移能力まで使用した以上力の回復にそれなりに時間が必要な筈だし、暫くは活動出来ないと思うわ」
クリスティアさんの説明に対してプリシラさんが頷きますと。
「貴女の力は今後とても重要になるわね。この国の王女であるあの子も見通す力を持っているけれど、広大な世界で魔力を持たない「何か」を探し出すのは難しい。探す場所を限定する事は出来ても、そこから見付け出す事は容易ではないわ。例えて言うなら、砂浜に探し物があると解かっても、無数の砂から特定の粒を探すような物よ」
褒めるプリシラさんに対して釈然としない表情のクリスティアさん。私だってクリスティアさんが居て下さるから、水晶を追う旅が出来ていたのです。彼女はこの世に降りかかる災いを未然に防ぐ聖女のような存在なのですから。
「私の力は微々たる物よ。戦う力もそれ程ある訳ではないし……」
元気なく俯き、そうクリスティアさんが呟きます。水晶と切り離された後の彼女は、戦う力を殆ど消失したようなのですけれど……。本当にそうなのでしょうか?
「貴女は古代魔法具から生まれた、言わば全能の存在よ。何か必ず素晴らしい力を持っている筈だわ」
「でも、私自分には何の力も感じないわよ」
「いいわ、城へ戻ったら貴女の中にある力を一緒に探してあげる」
「プリシラ……」
クリスティアさんとプリシラさんはこの短い間に、いつの間にかお友達になってしまったようです。似た者同士は引かれ合うのでしょうね。私もプリシラさんと同じ気持ちです。クリスティアさんは力を失ったと思い込んでいるだけです。水魔法を展開するきっかけを下さった彼女に、私も出来る限りのお手伝いをしてあげたいです。
突然来訪したプリシラさんと早くも打ち解けた私とクリスティアさん。とっても優しい人で、アビスさんの言う通りの人でした。……ただ、やっぱり親とはちょっと違う感じです。せめて、せめて……姉でしょうか。




