大パーティー4
魔族の地の居住区域にあるファラさんのお部屋前へと転移した私はドアの横にある呼び鈴に語り掛けます。
「ファラさん?」
この呼び鈴は部屋主が不在の際でも直接本人に繋いでくださる機械の一種です。一応ファラさんが認めた人でないと繋げないみたいですけれどもね。
呼び鈴に語り掛けますと、透明な画面が私の前に現れました。この画面にファラさんのお顔が映るようになっているのです。……けれど。あれ、変ですね。画面にはただ音声認識のみと書かれています。
「お……その声、ミズキちゃんかな?」
「ええ。こんにちはファラさん。あの、何か少々呼び鈴の画面がおかしいようなのですが」
「おかしい?」
「何故かファラさんのお顔が画面に映らないのです」
「あ、あーそれね。ちょっと今忙しくて顔出し出来ないんだー」
「あ、そうなのですか。それは致し方ありませんね」
ファラさんは研究施設に籠ると仰っておりましたし、私とお話する時間もおしいのかもしれません。お邪魔しない様に用件だけ済ませてしまいましょう。
「お忙しい所申し訳ございませんが、ひとつご確認の為にお伺いしたのですけれど。宜しいでしょうか?」
「な、何かな?」
「あの、先ほどサスターシャさんからファラさんらしき方をアクアリースのパーティー会場でお見かけしたと伺いまして」
「へ、へー」
「こうして此処でファラさんとお話し出来ている以上サスターシャさんの見間違えだとは思うのですが、一応ご確認と言う事で。ファラさんはパーティー会場に出席されておりませんよね?」
「も、勿論だよー。いやー参加したかったけど研究が滞っちゃってね」
「ええ、私もご参加頂けず残念です。色々と騒動が立て続けに起こっておりましたものね」
こうしてお話した結果、やはりファラさんは会場には来ていらっしゃらない様です。一先ず事実確認は取れましたので、このまま会場へ戻ろうかなとも思うのですが。気になる点が一つ。
「所でファラさん」
「うん?」
「何故草原区域にいらっしゃるのですか?」
「え!?」
一応これでも時期水の女神ですので、実の所ファラさんの居場所は解るのです。お忙しいという立場を考慮して呼び鈴を挟んだ訳ですけれども。やはり、居場所の不可解さは拭えません。
「えっと、それはねー。ちょっと休憩に地上に出てる所なの」
「あれ、今しがたお忙しいと仰っていた様な」
「あ、それはさっきの話で今は自由時間なんだー」
「そうなのですか。でしたら、直接お会いしに行っても良さそうですね」
何か「え、いやちょっと待ってーーー」等と聞こえて参りますが、時折ゼスさんの気配もファラさんの近くから感じますので、念の為確認しておきませんとね。それ以外にも複数の人の気配を感じる点も気になります。休息をとるにしても少々人が多い気がします。
直ぐに転移鏡を呼び出してファラさんの所へ直接転移しますと。
「あ……」
転移した私が見たのは、草原の上に敷物を敷いて寛いでいるファラさんでした。他にも研究員らしき魔族の方々が十名程いらっしゃる様です。それだけであれば確かに休息を取っている様に見えますけれど……。
「ファラさん?」
「は、はい……」
「敷物の上に並んでいるお皿は何ですか?」
質問した手前ですが、敷物の上に並んでいるお皿はどこからどう見てもパーティー会場で使用しているお皿と同じ物です。何故此処にあるのでしょうか……。
「えーと、これはねー。そ、そう私の私物でね、よく草原でお茶する時に使ったりしてるの」
明らかな嘘です。ファラさんはこのお皿がどの様な物かご存じないのでしょう。
「……ファラさん。このお皿はアクアリース城内でしか使用されていない食器なのです」
「え!?」
「そのお皿に描かれてる模様が何よりの証です」
お皿の中心には水滴の模様が描かれているのですが、これはアクアリースの象徴となる国章の様なものです。食器に描くと大変地味な印象を受けるのが少々アレですけれど。
「あれ、そ、そうなんだ。いやー偶然だね。アクアリースが私と同じ模様のお皿使ってるなんて」
「そのお皿はアクアリース城内でしか普及しておりませんよ」
「う……」
「ファラさん、そろそろ真実をお話し頂けますか?」
ファラさんには沢山の御恩があるお方ですし、余り疑いをかけたくは無いのですけれど。此処にアクアリースのお皿がある点についてはご説明頂けないと帰れません。
「あー……ええと。そ、それはね……」
「おい、追加のメシ持ってきてやったぞ」
「あ……」
これからファラさんが真実をお話しして下さるかな、と言う所で。ファラさんの影からゼスさんが現れました。その後、影の中からアクアリースの料理が盛り付けられたお皿も次々と現れています。
「ゼスさん?」
「げ……」
「足元にあるお料理は何ですか?」
ファラさんとは違い、少々冷たい視線をゼスさんへと向ける私。どう見ても今しがたアクアリースから持ち出してきた様にしか見えないからです。
「おいファラてめぇ話がちげぇじゃねぇか! てめぇの作った魔法具で完全に気配消せてるんじゃねぇのかよ!」
「その筈なんだけど……」
「やっぱりゼスが犯人でしたか!」
聞き慣れた声と同時に、いつの間にか私の横にミズファ母様が立っておりました。ビシっと右指をゼスさんに向け、左手を腰に当てる威厳のポーズです。
「な、おい王女まで来てんぞ!」
「あ、あれー……」
「母様、どうして此処に?」
「また僕達の食卓からご飯が無くなったんで、そのタイミングを見計らって影の中を尾行て来たんです! そしたら此処に出ました!」
あ、そういえば次またお皿が消えたら犯人を追いかけるって母様言ってましたものね。これで完全にファラさんが嘘をついていた事が確実となってしまいました。
「……ゼス。今度は何を企んでる?」
静かにゼスさんの影からプリベイラさんが現れ、喉元に短剣を押し当てています。ゼスさんが少しでも妙な動きをした時点で殺しかねない殺気を放ちながら。
「ま、待ってゼスは悪くないよー」
「……うん?」
プリベイラさんの腕をくいくいと引っ張りながらファラさんがそう言いますと。無表情ながらも困惑気味な目でファラさんを見つめるプリベイラさん。
「私がアクアリースの料理食べたかったからゼスにお願いしてたの」
「え」
食べたかったから? それだけの理由で、この様な事を?
「あの、ファラさん。でしたら何故パーティーに出席なさらなかったのですか?」
「忙しかったのは本当の事だから。でも、パーティーも諦めきれなくて。今更席を開けてなんて言えないし、どうしようかなって思った時に……」
「ゼスさんを利用したと」
「うん」
「……ちっ」
舌打ちをしつつも、特に反論等はせずに視線を逸らすゼスさん。あれです。今までの悪巧みと比較しますと、何とも可愛らしい悪戯ですね……。
「……つーかよ。何で俺様の気配バレてんだよ?」
「料理が無くなれば誰だって気づきますよ?」
「ファラが作った魔法具はよ、俺の能力を更に強化させた完全無欠の無存在の力なんだよ。例え物が無くなっても最初から存在してねぇって勝手に思い込むようになってんだ」
うわ……。完全な無存在って、それはもうあらゆる能力の頂点と言っても良い力では……?
「ファラさん、その様な魔法具を作り出していたのですか」
「私が作ったのは所謂影の能力を強化するブースターみたいな物だよ。元々ゼスが持ってる能力が凄いだけ」
要は魔法を強化する際に用いるアミュレットの様な物でしょうか。ゼスさんの力は魔法でも技でも無い異質な能力ですから、その能力を強化できるファラさんもとんでもない方です。
「ミズキはゼスの言ってる事に心当たりありますか?」
「いいえ……。ですが、最初に料理が消えたと気づいたのはメイドさんでした。メイドさんは特に凄い能力を持っている訳でもありませんのに……」
実質存在していない人物を感知できる能力となりますと……。
「無存在の魔法具を打ち消せるとなりますと、女神様方しかおりませんね」
「まぁそーなりますかね」
まだ少ししかお話ししていない火と土の女神様の何方かが何らかの能力を使用されていた可能性があります。だとしたら、一言仰って下さっても宜しいですのに。
「会場に戻って女神様にお聞きしてみましょう」
「あの、ミズキちゃん、ミズファちゃん、御免なさい!」
深々と頭を下げるファラさん。曲がりなりにも魔族の長で、この世界の母と言える存在の方ですから、直ぐに「大丈夫ですよ」と語り掛ける私。
「で、でも……」
「ミズファ母様、この場所にも料理を運んで頂けるように手配しても構いませんか?」
「うん、全然おっけーです!」
「え……良いの?」
ファラさんの問いかけに笑顔で頷く私とミズファ母様。一応厨房は大激戦区となっていますので、多少お時間を頂くことになりますけれど。
「料理が完成次第、転移で運びますので」
「ありがとー!」
「運び込む場所はこの平原で宜しいですか?」
「うん、直ぐそこに地下施設に繋がってるエレベーターがあるから、皆で入れ替わりながら食べるね」
後は此処でゼスさんが何をなさっていたのか、等気になる点は御座いますけれど。私達がお話している隙に料理を摘まみ食いなさっているゼスさんを見る限り、もう悪さをしようだなんて考えていないでしょう。
いえ、それ自体悪い事ですけれど!




