育ての親
「……ゼス!」
サスターシャさんが今にもゼスさんに向けて駆け寄ろうとしましたけれど。ステラさんが「待ちなさい!」と行動を制します。
「ゼスに近寄って何をするつもり?」
「……ゼス、怪我してる」
「それはむしろ好都合じゃない。このまま死んでくれればこれで決着がつくわ。放って置きなさい」
「…………っ」
私が見る限りではゼスさんはかなりの致命傷を受けています。何か殺傷力の高い全体魔法を全身に受けたかのように傷だらけなのです。命が尽きるまで余り猶予はないでしょう。倒さねばならない真の敵である以上、このまま命が尽きるその時を看取るべきです。
……サスターシャさんに出会う前までは私もそう思っていたでしょう。
「…………っ!」
「あ、ちょっと貴女!!」
サスターシャさんは少しだけ躊躇いながらもステラさんの言葉を振り切り、ゼスさんに駆け寄って行きました。私は止めません。
「ステラさん、行かせてあげてください」
「ミズキ、貴女まで何言ってるの?」
「例え敵だとしても、育ての親が死に直面していたら……。私もサスターシャさんと同じ様に駆け寄っていたと思います」
サスターシャさんの心の中を覗いた事で、以前の私とは考えが変わっています。ゼスさんがどんなに酷い人だとしても……サスターシャさんにとっては親のような存在なのです。このまま見殺しには出来ません。
「……そう。貴女には借りがあるし、そう言うならこれ以上は言わないわ。ただし、ゼスを生かしておいた事で不都合が生じた場合の責任は取りなさい」
「ええ、勿論です」
「…………ほんと貴女はお人好しね」
「よく言われます。でも、家族の危機を前にしたら誰だって手を差し伸べますよ」
「私には家族なんていないから解らないわ」
サスターシャさんの後を追いながら「ステラさんにもいらっしゃいますよ。アリシエラさん達魔人種の皆様が」と笑顔で答えます。
「……ゼス、しっかり、して……」
「…………ぐっ……う……」
「ゼス……ゼス…………」
ゼスさんの近くに寄りますと、サスターシャさんが心配そうに肩に手を添えています。いえ、どうしていいのか解らず、そうするしか無いと言った所でしょうか。千篇の糸を待機させている様ですが、何か目的があって糸を出している訳ではありませんね。サスターシャさんが焦りで冷静さを欠いているのは誰が見ても解ります。
「サスターシャさん」
「……ミズキ、お願い。ゼス、ころさないで」
「サスターシャさん……。ええ、私はゼスさんに危害を加えるつもりはありません」
「…………助けて。ゼス、助けて……!」
サスターシャさんが私に涙を流しながら抱き着きますと。それとほぼ同時に「万物聖羽治癒術」とミズファ母様の声が響き渡ります。これは母様の癒しの魔法ですね。
「……もう、ゼスの傷、治ってる」
「ええ。流石は癒しの聖女ミズファ母様ですね」
癒しの魔法を受けたゼスさんはそのまま眠ってしまった様です。死なないように気力を振り絞っていた所に癒しの魔法を受けた事で、反動的に意識を失ったのかもしれません。或いは敢えて母様がそうしたのかも。
だとしたら、癒しの魔法に別種の効果の魔法が混合している事になります。もしそうでしたら、やはり母様の癒し魔法は別格ですね。
ただでさえ、ゼスさんを癒した聖羽治癒術は普段母様が展開する魔法とは全く別物の様ですし。だって、ゼスさんの傷は当然として、破れた衣服や血の汚れなども全て綺麗に消えているんですもの。
「ミズファ、様。……ありがとう」
焦って居る間も無表情だったサスターシャさんが満面の笑みを母様に向けております。本当に嬉しかったのでしょう。
「いえいえ、僕だって大切な家族は無くしたくないんで!」
「……うん」
「と言って終わりたい所なんですが、一つだけ良いですか?」
「……うん」
「実をいうとゼスは完治してないです。外傷は一切無いんですが、癒しの度合いを動くとフラつく位で止めてあるんです」
「……それは、どうして?」
「サスターシャちゃんがゼスを守りたいように、僕もゼスからミズキ達を守らないといけないんです。その上で、何があったのかじっくりお話を聞ける様にしたかったんです」
この点も流石はミズファ母様ですね。一見冷たい様ですが、母様の行動もまた家族の為です。もし私が癒していたら、何も考えずに完全完治させていた所ですのに……。
「……それは、仕方ない……です」
「サスターシャちゃんにはほんとに悪いと思ってます。じゃあ今からお城に戻るんで、ゼスに付き添ってあげて下さい!」
「……うん」
瞬きをした瞬間、既に周囲の景色は変わっておりました。今私が立っている場所は城内にある数ある貴賓室の内の一室です。
「サスターシャちゃん、ベッドにゼスを寝かせてあげてください」
「……うん」
サスターシャさんが床に倒れたままのゼスさんを起こしてベッドに寝かしつけました。そしてそのまま眠っているゼスさんの様子を伺っています。
「万物聖典を通して回復させた感じ、二、三日は起きないと思うんでそれまではゆっくり寝かせてあげましょう!」
「え、その様な事まで解るのですか?」
「うん、対象に癒しの魔法を展開するとその人の体調とかが直ぐに解るんです。この世界には未だに浸透してない医者みたいなもんですかね」
「医者……確かあえて体に傷を付けてから治す術を展開なさる術師でしたか」
「お、ミズキ知ってたんですか?」
「ええ、魔族の地で知る機会がありました。それより、これ以上は眠っているゼスさんにも悪いですし、私達は退室致しましょう」
「うん、そうですね。脅威が目の届く場所にいる以上焦る事も無いです!」
戦うつもりで居たリリィやエルノーラさんも頷いて下さり、皆さんが貴賓室を後にします。最後、私が退室する直前に「サスターシャさん、何か御座いましたら蝙蝠に話しかけて下さいね」と伝えて置きました。
サスターシャさんは私独自の神器による深層域に招いた方ですので、離れた場所からでもお話しできたり合流する事が出来ますけれど、私から声をかけないと成立しないのです。まだまだ神器を使いこなすには至っていないですね。
廊下に出ますと、ステラさんが三度寝をしに自室に戻っていかれました。リリィは給仕に戻り、エルノーラさんはミズファ母様の転移であっという間に魔族の地に帰還しております。
始めは大きな戦いがあると警戒をしていた私達ですけれど。こうして穏便に済むならその方が良いに決まっています。ゼスさんが重症を負っていた事で得られた平穏ですので、サスターシャさんには申し訳ないのですけれども。
「ミズキ」
「……あ、はい?」
「ゼスが受けてた傷の事なんですが、多分何かの爆発系の魔法の様な物だと思います」
「爆発系ですか……?」
「万物聖典を通して見ても魔法かどうかまでは微妙な所なんですが、恐らくそんな感じですね」
「神器を以てしても傷の正体は解らないのですか……」
「うん、まぁぶっちゃけそれは別に良いんです。問題はここからです。ゼスの傷は一体誰から受けた物だと思いますか?」
「誰から……ですか?」
正直申しまして、ゼスさんがここまでの深手を負うなんて想定外でした。危機的状況になれば攻撃を受ける前に影の中に逃げる事が可能な方ですし。
となりますと、逃げる暇も無い程の至近距離から攻撃を受けた可能性がありますが……。
「まさか、私達以外にもゼスさんと戦っていらっしゃる方が?」
「いや、戦いで傷ついた感じでは無いです。かなり無防備の状態で攻撃を受けたっぽい形跡があります。しかも攻撃した側は相当な強さです」
「え、それってまさか……」
「うん、そのまさかです。コヤちゃんしかいないでしょう」
ゼスさんに連れ去られた時点でもうコヤさんはゼスさんの仲間になったものと見ていたのですが……。どうも事はそう単純では無い様でした。




