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世界の様子と宝物庫

 アンジェラさんとユイシィスさんが安らかな眠りについた日から二日が経ちました。あれから私達は地下を巡回する列車に乗り、おおよその内部構造を理解するに留めました。これ以上不可解な場所を探し出すときりが無いと判断しての事です。


 その間、寝泊まりは居住区内のビルと呼ばれる塔のような場所の一室をお借りしていたのですけれど、生活基準が私達の住む下界とは全く違いますので、何をするにも大混乱だった私。ボタンを押せば何でも出来て楽だよ、とファラさんに教えては頂いていたのですが……どうにもその、おトイレ等が難解すぎて私には合いませんでした。


 だって、おトイレに備え付けられているボタンを押すように言われていたので押したら、突然水が噴き出してお尻に……。何なのでしょうあれ、凄くびっくりしました……。


 と、ともあれ……。昨晩に水の女神(アクエリア)様にお会いしようと深層に潜ったのですけれど「あー女神候補の話? なら四人揃ってからにしろよさー」と言われて門前払いを受けました。まだお話して頂ける段階では無い様です。


 再三思うのですが、私女神様になるなんて一言も言っていませんよね……? ですので、お話を聞く権利が無いと言うのなら解ります。けれど、お話を先送りにする、と言う理由が全く解りません。まぁ、水の女神(アクエリア)様の事ですから特に深い意味は無さそうですけれどね。


 そして今、ですけれど。


 魔族の地の横に古代魔法具No.0が横付けされており、研究者さん方が古代魔法具と島の合間に架かった橋の上を忙しそうに行きかっています。その様子を監視塔の上から見下ろしている私とシャウラ母様。


「ようやく完成したようじゃな」

「ええ、その様です」


 既に世界監視システムの完成は成っており、今は始動に向けた最終段階に入ったそうです。機械に疎い私では古代魔法具を見ただけでは何が変わったのかさっぱり解りませんけれど。


「既に古代魔法具と魔族によるブログラムリンクは完了しておる故、世界全土の様子が手に取る様に我の頭の中に映し出されておる」

「え……?」


 シャウラ母様の周囲に透明なパネルが沢山出現し、様々な国々が眼下に映し出されています。本来、この様な視点はその場に居なければ解らない筈ですのに、どういう仕組みで映し出されているのでしょうか。


「ミズキよ、これを見るがよい」


 一枚のパネルがスーっと私の前に移動して参りましたので何でしょうかと見てみますと。何処かの山が映し出されています。いえ、この山は見覚えがありますね。


「もしや、此処はアクアリース南部に連なる山ですか?」

「うむ。お主が開通させたトンネルもほれ、よぉく映っておるじゃろ」

「あ、確かに映っております。わぁ、沢山の方が行き交っていてなんだか嬉しいです」


 アクアリース側のトンネルを斜め上から見下ろす形なのですけれど、エウラスからいらしたらしき行商の馬車がトンネルから出てきていたり、これからトンネルに入ろうとなさっている冒険者らしき方々が映されています。


 ここ最近のアクアリースの城下は本当に人々で溢れていて活気に満ち満ちています。帝国に繋がるゲートからも行き来がありますので、夜の間ですらも街道を歩く人々の姿が絶えません。


「こうして見ておりますと、本当にアクアリースは素晴らしい国だと感心してしまいますね」

「殆どお主の力があったからこそじゃろう。トンネルも転移ゲートもな」

「皆様のお力が合わさったからこそです。未だに私一人では力不足な点は多いですから」

「未だに謙遜をしておるの間違いじゃろ、全く。まぁそこが我が自慢の娘なのじゃがな」


 そう言って私を抱き寄せて頭をなでて下さるシャウラ母様。此処の所慌ただしい日々が続いていたり、別行動が多かったせいもあり、こうしてなでて頂くのは久しぶりなのです。やっぱり、なでなでは最高なのですー。……って。


「今何時ですか!?」

「ぬ? もうすぐ昼と言った所じゃな。午後に我の新生古代魔法具の正式稼働をファラが承認する手はずじゃが、他に何かあったかの」

「ええ、エルノーラさんをお迎えに帝国へ行かねばなりません」

「あぁ、そうであったな。幾ら学院都市ヘイムが転移ゲートに一番近いと言うても、今日中に戻ってはこれんからの」

「一応エルノーラさんは飛べますし魔道船より早いですけれどね」


 だからと言って疲労させる必要は全くありませんので、私の転移鏡でお迎えに上がった方が合理的です。


「古代魔法具の正式稼働まではもう少し時間がある。焦る必要もあるまい」

「ええ、でも一応昼前にお迎えに上がるお約束をしていたのを忘れておりまして……」

「しっかりとしておると思えばやはりどこか抜けておるなお主は……。さっさと迎えに行ってやるがよい」

「はい、それでは行って参りますね。リリィ達にもお伝えください」


 早速鏡を出した私は転移ゲートへと移動し、帝国内へと入りますと。ゲートの近くにこの場で亡くなった位階(スペルム)の方の偉大さと敬意を表した石碑が建てられていました。静かに近寄り、両膝立ちで黙とうを捧げます。


「世界監視システムが完成した今、この大陸に巣食う魔物も一網打尽に出来ます。もう暫しの間、お待ちくださいね」


 石碑に向けてそう呟く私。血の雨ならば超広範囲をせん滅する事も可能ですけれど、その為には帝国に足を運び続けねばならない等、様々な障害が発生してしまいます。その点、あらゆる問題を全て解決しているシャウラ母様の古代魔法具は、まさに救いの手と言って差し支えないでしょう。キョウカさんが人々の為に作り出したとされる古代魔法具。今こそ、それが現実の物となるのですね。


「私も古代魔法具に負けていられませんね。異界からの侵攻を止めてからも、まだまだこの世界の為に出来る事は沢山ありますもの」


 感慨に耽る間も程々に再び鏡を呼び出して、エルノーラさんとユイシィスさんの住んでいた家へと転移します。


「ここに来るのも久しぶりですね」


 空に浮かぶ旧元老院。現在はクラウスさんによって封鎖されており、誰も入る事は出来ません。元々物理的に入れる場所ではありませんけれどね。


「さて、エルノーラさんは……」


 魔力を感知して居場所探りますと。地下に居るようですね。私が囚われていた場所よりも更に下の様です。感じ取れるエルノーラさんの魔力を媒介に鏡を通り抜けますと。


「此処は……」


 小さな部屋の様ですが、壁に沢山の本が収められており、一見すると書斎の様にも見受けられます。近代的な構造にもかかわらず、この小部屋には小さなランプと机に椅子が一つあるだけでそれ以外特に目ぼしい物は無い様です。確かエルノーラさんが受け取った鍵は宝物庫の鍵だったと記憶しておりますけれど……。


「ん……」


 ランプに照らされた机に寝そべっていたエルノーラさんが目を覚ましたようです。私が近づきますと「ミズキ、迎えに来てくれたの?」と嬉しそうに立ち上がりました。


「ええ、お約束通りお迎えに上がりました。エルノーラさん、ずっと此処にいらしたのですか?」

「うん」

「此処がユイシィスさんから頂いた鍵のお部屋なのですよね? 正直申しまして、想定していたお部屋とは違う様な気がしますけれど」

「うん。私も最初来た時は思ってのと違うなって思ったんだけど。確かに宝物はあったよ」

「宝物、ですか?」

「うん、これ」


 そう言って翼を広げるエルノーラさんの姿に驚く私。


「え、翼が十二枚ありますよ!?」

「うん。このお部屋にはね、天翼人の為に作られた神器があったわ」

「え、何故ここに神器が……」

「それはね、父様が自ら作り出したから此処にあったの」

「ユイシィスさんがですか!?」


 神器って早々に作り出せるものなのでしょうか……。元々ユイシィスさんは天翼の世界で優秀な子だったと聞いておりましたけれど、もはや優秀の一言では済まされないと思うのです。


「このお部屋の本を読んでいて解ったの。父様の計画が遅れていたのは、神器制作を優先していたからなのもあったみたい。将来、私に神器を使わせる計画も並行していたみたいなんだけど、結局時間が足りなくて断念したらしいわ」

「そう、でしたか……」

「本を読みながら、あぁやっぱり私って元から道具だったのかなって思ったりもしたんだけど。消える間際の父様の顔を思い出したらね、暗い気持ちも直ぐに吹き飛んだの」


 エルノーラさんの翼が虹色に輝いています。ただゆっくりと羽ばたかせているだけですのに、まるでサスターシャさんが糸を操っている時の様な、とても強大な力を感じます。


「だからね、私父様の神器を思いっきり良い事に使ってやるわ。それが仕返しになるし、お返しになるから」

「エルノーラさん……」


 胸の前で祈る様に両手を合わせるエルノーラさんの表情は慈しみに満ち溢れ、微笑んでいました。きっと、人々が今のエルノーラさんを見たらこう言うでしょう。天使様が降臨された、と。



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