幸せと贈り物
とんでもない事を告げられて困惑する私ですけれど、もしユイシィスさんの仰る内容が事実だとしたら。私は何をすべきなのでしょうか。時期女神様と言われましても、戸惑うばかりで現状では答えを出せません。
「あの、ユイシィスさんは何故女神様の事を……」
「先ほども言ったが、天翼人は神格が高い。高位の神格を持つ者が死亡した場合、転生するかこの場に留まるか自ら選択する事が可能だ。故に私はこの世界に留まり、貴様らの行く末を影ながら見ていたのだ」
「そうだったのですか……」
ユイシィスさんはアンジェラさんの頭に静かに手を乗せますと「だが妹は完全な霊体だ。絶望と苦痛の中で死亡したショックの余り、選択する事を拒んだ。その結果、意思とは関係なくこの世に留まってしまったのだ」と悲し気な表情と共に付け加えました。
「話が逸れたが、ここからが本題だ」
「本題?」
「時期女神となる者は穢れなき乙女である事、強大な強さを持つ事、慈しむ心を持つ事が必要となる。全く男と縁がなく、お人よしの貴様らならばこの内二つは問題ないだろう」
「なっ……!?」
くるり、と私が振り返りますと。エルノーラさんとサスターシャさんのお二人が歩み寄っており、私も輪に加わります。三人でひそひそ話です。
「今……凄く失礼な、事。言われた、よ?」
「父様酷いよね。私だっていつかは綺麗なお嫁さんになりたいなって思ってるもの」
「私は母様達がいらっしゃればそれで十分だとは思っておりますけれど、もし素敵な殿方がいらっしゃればその、考えを改めるかも……」
ただ、私達は三人共に普通の人間ではありませんから、将来好意を寄せる殿方に出会ったとしても寿命の差による問題が出てきてしまいます。一応私の血を飲ませれば解決自体は出来ますけれど、エルノーラさんとサスターシャさんはそう言う訳にも参りませんからね。
「貴様ら……私の存在時間は限られていると既に説明してある筈だが?」
「あ、はい」
「こんな小娘共に天翼の未来を託さねばならんとは……。いいか、私が少年時代の頃はな」
何やら唐突に自らの昔話を話し出すユイシィスさん。若い頃は志を強く持ち、生き残っていた同志を纏め上げて困難を乗り越えて来た等と仰っております。余り存在時間が無い筈では? と、ややげんなり気味にお話を聞いておりますと。ふと視線をアンジェラさんに移した時、一つの変化に気づきました。
「あの、ユイシィスさん」
「何だ、これからが良い所だぞ」
「アンジェラさん、微笑んでいらっしゃますよ?」
生気が感じられず、無表情のままで立ち尽くしていたアンジェラさんですけれど、ユイシィスさんの昔話が始まった辺りからでしょうか、いつしか幸せに満ちた様に微笑んでいたのです。
「…………」
「……アンジェラ」
ユイシィスさんが優しくアンジェラさんの頭をなで始めました。それを見たエルノーラさんが何か言いたそうにしておりますけれど、何となく察せます。恐らく、生前のユイシィスさんに頭をなでて貰った事は無かったのでしょう、と。
「……すまないな、話が逸れた」
「いえ、私は全然構いません」
「うん、私も。アンジェラお姉さんの幸せそうな顔見てたらね、私もだんだん嬉しくなってきたから」
「女神として必要な条件は概ね二名は達成している。だが、エルノーラ。貴様は唯一強さが足りていない」
「え?」
「ミズキ姫及びサスターシャは全ての項目を満たしている。だが、貴様の今の力では女神と名乗るには弱過ぎる」
ええと……なんだか私達が女神様になる事を前提として語られていらっしゃる様ですけれど、私達誰も女神様になりますとは言っていませんよね……? まさか、拒否権が無いのでしょうか? もしそうでしたら色々納得いきません。エルノーラさんに強さが足りていないと言う点についてもです。
「あの、女神様に関しては兎も角。エルノーラさんは既に十分な力をつけていらっしゃると思うのですが」
「ならば問うが、何故女神に強さが必要だか解るか?」
「強さ……。ええと、それは神様だから、でしょうか?」
「物は言いようだな。そうだ、神は神格を維持する上で強さは必要不可欠だ。だが、強さを必要とするのはまた別にある」
「別に?」
「それは神器を扱える強さの事だ」
周囲の皆様がサスターシャさんを見ております。確かにサスターシャさんは神器を手足の様に扱いますし、女神様として必要な要素を全て備えております。何もかもを兼ね揃えた完璧美少女さんです。ちょっと変な子ではありますけれども。
「ふむ。黙って話を聞いておったが、これ以上エルノーラに必要な強さなど我には思いつかん」
「ええ。エルノーラ様は十分な鍛錬を積んで気術を身に着け、天位術式に磨きをかけております。私が見ても十分な強さを備えている筈ですわ」
「良く解んないですけど、エルノーラちゃんが強くないなんて、私にも信じられないです~」
サスターシャさんに関しては皆様も納得されている様ですが、エルノーラさんに関してはやはり異を唱えておりますね。私だって十分エルノーラさんは強いとおもっておりますもの。
「ならば、エルノーラはミズキ姫或いはサスターシャに勝つ事が出来るか?」
「ぬ……」
「それは……」
「時期女神は誰一人として欠けてはならない。そしてそれぞれ同格の強さが無ければ成り立たないのだ」
ええと……。そのお話が真実だとしますと。ミズファ母様の中にいらっしゃる風の女神様は兎も角、私の中にいらっしゃる水の女神様は私を生かす為に力を失っているのですけれど、大丈夫なのでしょうか。この辺りについては一切お話して下さらなかった事ですので、私には全然解りません。
恐らくまだ話すべき時では無いのだと思いますけれど、こうして事実を知ってしまった以上、直接水の女神様にお話を聞きに行くべきでしょうね。
「父様……私どうすれば強くなれるの?」
「今まで困難を乗り越えて来た物が今更弱音を吐くのか?」
「だって……私ミズキにもサスターシャちゃんにも勝てる気しないよ。これでもちゃんと鍛錬は積んでいるし、魔道武器だって使いこなせるようになってる。それでも、届かないの」
「……貴様は何だ?」
「え?」
「貴様は誇り高き天翼人の血を受け継いでいるのだろう? ならば、どうすべきだ?」
「天翼の血……」
しばし悩む様に俯くエルノーラさん。ユイシィスさんの問いかけはエルノーラさん自身が答えを見つけなければなりません。
「…………そっか。父様、私気づいたわ。私、ずっと強さを求めていたけれど、それは人としての強さだった。私の中の血、天翼人としての強さは殆ど変わっていないって」
「そうだ。天位術式を扱う事だけが天翼の力では無い。内に秘めたる本来の天翼の力を呼び出せ。自ら天翼の力を切り捨てた初代皇帝という例外も確かに存在するが、貴様は逆だ。天翼の力を引き出し我が物としろ」
「解った、私頑張る!」
エルノーラさんは今まで身に着けた力は天翼人としての力では無く、人としての強さだった様です。人と天翼人の血を持つエルノーラさんは人としての強さだけが特出してしまい、もう片方の天翼人としての強さが止まってしまっていたのでしょう。
つまり、今のエルノーラさんは本来の半分の力しか引き出せていない事になります。これがどういう意味を持つのか。それを理解したであろうサスターシャさんが無意識に糸を出現させてしまった様です。
「……さて。私の時間も間もなく切れる様だ」
「え!?」
話すべき事は話したとばかりに「お別れだ」と言うユイシィスさんに対し「この世界に留まれるんじゃないの!?」と焦る様にエルノーラさんが語り掛けています。
「こうして再び言葉を交わした今、私はもうこの世に留まる理由は無い」
「どうして? これからも私の事ずっと見ててくれるんじゃないの?」
「……成長したのは体だけか? 私が居なければ貴様は何も出来ぬ役立たずなのか?」
「そ、そんな事ない……」
「ならば、私が安心して去れる様に胸を張れ」
あくまでエルノーラさんを撥ね退けるユイシィスさんには異議を申し立てたい所ですけれど、それは控えて置きます。だって、ユイシィスさんの目は子を見る親の目ですもの。そう、私を見るミズファ母様の様な優しい目なのです。
「…………うん。私強くなるわ。だから、父様安心して」
「ふん。アンジェラよ、これで満足か?」
「…………」
「そうか。ではそろそろ行くとしよう」
ユイシィスさんがアンジェラさんの手を取りますと。淡く白い光が二人を包み始めました。
「エルノーラよ」
「…………うん」
「貴様にこれをくれてやる」
エルノーラさんの前に何かの鍵が現れ、手の平の上にゆっくりと落ちて行きます。
「父様、これは?」
「前線基地、貴様と私の家の地下に宝物庫がある。そこに貴様に必要な物がある筈だ。後は好きにするが良い」
「……父様」
淡い光は大きくなり、ユイシィスさんとアンジェラさんの姿が見えなくなりますと。微かに声が聞こえました。
一つは「ありがとう」。そしてもう一つは「我が娘よ」と。




