茶会と立食3
「ただいまです」
「おかえり、なさい」
再び茶会兼会食パーティー会場へと戻りますと、私の戻りを解っていたかの様にサスターシャさんが出迎えて下さいました。
「サスターシャさん、食事はご満足頂けました?」
「うん。とっても、美味しかった。でも、その。御免なさい、私。はした、なくて……」
口元を未使用の小皿で隠しつつ、顔を赤らめながらそう仰るので、ファラさんに引き続きサスターシャさんの頭をなでなでする私。
「ほぉ、ここがアクアリースか」
紗雪さんから倭国茶を受け取りつつ楓さんが周囲を興味深げに見回しております。こうしてはいられません、早速貴賓をおもてなししませんとね。あ、折角ですので楓さんにもサスターシャさんをご紹介しておきましょうか。
「サスターシャさん、とても大切なお客様にサスターシャさんをご紹介したいのですけれど、宜しいでしょうか?」
「う、うん」
「良かった、とても良い方で度々助けて頂いた恩人でもあるのです」
サスターシャさんの手を取り、いそいそと楓さんの前まで連れて行きます。周囲を見回しつつも気にかけていらっしゃる様でしたし、ご紹介は早い方が良いでしょう。
「楓さん」
「うむ」
「あの、もう気にかけていらっしゃる様ですので先にご紹介して置きますね。此方、サスターシャさんです。私のお友達のお一人です」
私の紹介に合わせて、ぎこちない動きでスカートの裾を持ち上げるサスターシャさん。まだ慣れないご挨拶の仕方を早速実践されているようで微笑ましいのです。
「あの、は、初めまして。サスターシャ、です」
「うむ。では此方も名乗って置こうか。私の名は楓。今は無き獣人族の生き残りの一人だ」
「獣人、さん。お耳と尻尾、可愛い」
「可愛い、か。老いぼれには過ぎた褒め言葉だな」
と、楓さんは謙遜しておりますけれど、猫尻尾をゆらゆらと揺らしておりますので、内心はとても嬉しそうです。実際、見た目は私やミズファ母様より一つ二つ歳上位の少女のような容姿ですし、可愛い或いは綺麗と言う感想しか出てきません。
「おー楓ちゃんも来てくれたんですね!」
ミズファ母様が追加されたお肉料理を片手に楓さんを出迎えます。……正直、出迎えの姿勢とは程遠いですけれど。
「邪魔するぞ、ミズファ王女よ」
「邪魔だなんてとんでもないです! もう自分の家の様にくつろいでって下さい!」
「うむ。では、早速だが私の我儘を一つ聞いてくれるか」
「お、何ですか!」
「そこの娘、サスターシャと一戦交えてみたい」
「え」
唐突にぶっそうな事を仰る楓さん。今はパーティー中ですし、出会ったばかりの間柄でもありますので、流石に許可は出来ませんと口を出そうとしたのですが、サスターシャさんが千篇の糸を出し、ゆっくりと楓さんに伸ばしていきます。
そして楓さん側は特に警戒するでもなく、その糸に自ら触れますと。サスターシャさんが即時に「戦うの、良いよ」と仰いました。何か二人の間で通じ合った様ですけれど、私は私で慌てます。
「あの、サスターシャさん?」
「平気、だよ」
「いえ、ですがここは……」
「ミズキよ、案ずるな。ミズファ王女に無限の魔力が満ちる空間を出して貰う」
「え、僕ですか!?」
「特に問題はあるまい?」
「いや、まぁサスターシャちゃんが同意してるみたいなんで僕は別に良いんですが」
皆さんが私をジッと見つめます。恐らく反対しているのは私だけだからでしょう。だって、何も今でなくても良いと思うのです。これから皆様とお喋りを楽しむ予定でしたし。
「ミズキ」
サスターシャさんが私の耳元に「ほんとは、ね」と耳打ちをしました。その内容を聞き、ようやく私も納得します。
「そう言う事でしたか」
「うん」
「解りました。ただし、特殊空間には私もご一緒します。宜しいですか?」
「無論私に相違は無い」
「私も、良いよ」
「だが、観戦はミズキだけだ」
特殊空間に入れるのは私だけと言う制限に紗雪さんやファラさんが不満を漏らしております。女神様の傍付きを務められる程の神格を持つ楓さんと、神にも等しい能力を扱うサスターシャさんの戦いを見てみたいと思う気持ちは大変解ります。正直、然るべき時であれば私だって見てみたいのです。
てすが、サスターシャさんから耳打ちでお聞きした内容は余り多数の人に知られたくはありません。今は、ですけれど。
「ミズファ母様の魔力回廊はそれ程長くは時間を維持出来ませんので、恐らく決着は付かないと思います。ですので、本当に顔合わせ程度の試合になるかと」
お茶を濁す様な曖昧な理由で観戦希望の皆様を諦めさせる私。まぁ、戦い好きの紗雪さんですら不満を言いつつもそれ以上は何も言いませんので、大よそ察しては頂けていると思いますけれど。
「それでは、ディナーの時間帯に差し掛かっておりますし、直ぐに始めましょうか」
「おっけーです! じゃあ行きますよ「魔力回廊」!」
ミズファ母様と私、そして楓さんとサスターシャさんだけが可視化された魔力が流れる空間に隔離されました。ミズファ母様の空間すらも引き裂きそうな顔合わせですので、女神様の力で創り出した強化空間の方が良いのではと思う所ですけれど。ここで行われるのは試合では無く、お話ですので通常の空間で問題ありません。
「さて、サスターシャと言ったな、娘よ」
「はい」
「一見すれば人の姿と大差無いお前を見た所で、殆どの者達は人外だとは思うまい」
「……」
「手短に聞こう。今までどうやって生きて来た?」
「……解らない。けど、気づいたら、知らない街の近くで目覚めた、の」
「ふむ。お前の姿、かすかな記憶だが覚えている。過去に存在した人形と人形技師が共存する世界。その世界の最高傑作の人形と、お前の姿がうり二つだ」
「人形……」
今のお話を聞いた私は、薄々感じていた自身の感覚に間違いは無かったと確信しました。サスターシャさんと初めて出会った時、人とも人ならざる者と違う、何かお人形さんを見ているかの様な感覚を感じましたもの。
余りにも整った容姿から、直感的に人では無いと思っていたのです。ただ、体は人と変わらず柔らかいですし、本当のお人形さんとは根本からして違います。
「お前は自らが生き人形だと自覚はしていたか?」
「……解らない、です」
「そうか。覚えにある人形と同一であるかどうかはさて置き。お前は間違いなく人形技師が作り出した人形だ」
「……」
サスターシャさんは、特に落ち込むでもなく悲しむでもなく、興味深げに楓さんを見つめております。その理由は既に耳打ちで聞いています。サスターシャさんは、記憶が無い私の事を知っているこの人から、直接お話を聞きたいと言っておりました。
「私、自分の記憶がない、の。だから、知りたい。私の事」
「以前の記憶が無い、か。教えてやってもよいが、人では無かった事実を受け入れる覚悟はあるか?」
「……うん」
ほぼ間を置く事無く、楓さんにお返事を返すサスターシャさん。私も気になっておりましたし、楓さんのお話にはとても興味が御座います。
「数千年程前か。お前が本来居るべき筈の世界は巨大な隕石によって滅びた。美しい街並みと高度な文明を持つ平和な世界だったと記憶している」
「もう無い、の?」
「無い。跡形も無く星事滅びた」
「そう……」
視線を落とし、今にも泣きそうなサスターシャさんに寄り添う私。故郷が存在するかもしれないと期待を持った矢先、既にその世界は存在していないと告げられたら、私だって悲しみます。
「故に、生き人形は最早伝説上の存在。女神ですら覚えていないだろう。それ程に遥か昔の出来事だ」
だから楓さんは、今までどうやって生きて来たのか、とサスターシャさんに尋ねたのですね。いくら人では無いとはいえ、数千年も前からサスターシャさんが生き続けていたとは思えません。
と、なりますと。やはり……結論はひとつしか無いでしょう。遥か昔に存在した過去の世界から現在の世界への異界転移。この世界でも似た様な事例がありますし、ほぼ間違いないと思います。




