通じ合う心
その後、廃棄処理場の上空へと戻った私は足場の波紋を軽快に飛び移り、サスターシャさんの前まで移動しますと。箒に乗って気まずそうに俯く彼女に両手を差し伸べました。
「サスターシャさん、どうぞ私の波紋の上に」
「……」
戸惑いつつも私の手を取って下さったサスターシャさんの手を引いて、箒の下に創り出した波紋へと誘導します。
「あの、私達の所に残って下さって有難うございます」
「……」
「その、無理やり引き留めてしまったのは申し訳ないとは思うのですが……。私、もう貴女がゼスさんの下で苦しむ姿を見たくないのです」
「……」
「とは言え、実の所サスターシャさんとお友達になりたい、と言うのが本音ではあるのですけれど」
そう言って微笑む私。出会って間も無い間柄の方に段取りを無視してお友達になりたいなんて言われましても、普通なら困りますよね。ですが、私とサスターシャさんは普通ではありません。ほんの少しではありますけれど、サスターシャさんの千篇の糸を通じて心を通じ合う事が出来たからこそ、私は自信を持ってお友達になりたいと願ったのです。
「……お友達。うん、貴女の心の中、とっても、暖かかった。私も、初めて貴女を見た時……何だかとっても、親しみを感じた、の。今だから、言える事、だけど」
俯きながら赤面なさるサスターシャさんの姿が余りに可憐で、遠巻きに見ていらっしゃるミズファ母様から可愛い子好き視線を感じます。
「親しみを感じて頂けていたのでしたら、私も嬉しいのです。初めての出会いは、お互いに気乗りのしない戦いだったのですね」
「……それもある、けど。何故か、貴女と初めて会った様な気が、しなくて」
「初めて出会った様な気がしない、ですか……?」
何故かは解りませんけれど。サスターシャさんがそう仰ると、私も以前からお知り合いだった様な気持ちになってきました。何なのでしょう、この不思議な感覚。
「何故でしょうね、そう言われると私も初めてではない気がします」
「……でも、嫌じゃ、ない」
「ええ」
俯いていたサスターシャさんが私を見つめて、ようやく笑顔を見せて下さいました。少しだけ見る事が出来たサスターシャさんの過去から察しますと、きっと今まで笑える機会なんて殆ど無かったのではないかと思います。
これからは沢山サスターシャさんが笑える日々を作っていきます。似た者同士、気の合うお友達として手を取り合っていけたらなって思います。ですので。
「あの、改めて言葉に乗せて私の気持ちを伝えますね。サスターシャさん、どうか私のお友達になって下さい」
「……うん」
ぎゅーと手を握り合う私とサスターシャさん。こうして、またお一人大切なお友達が出来たのです。
「こーーらーーーー!!」
「きゃあああ!?」
突然横から抱き着かれて何事かと思いましたら、ミズファ母様が嬉しそうに私とサスターシャさんを抱き込んでいました。
「いつまでも二人の世界に入るのは禁止です! 何せ僕、殆どサスターシャちゃんの事知らないんですから!」
「あ、そうでした。あの、ええと。改めてご紹介しますね」
「あ、今は駄目です! お城に戻って皆と一緒が良いので!」
いつも通りのミズファ母様でした。お城に戻ってから、と言う事はつまり。もうサスターシヤさんを身内の一人だと認めて下さっているのですよね。
「……はぁ、全く黙って見ておれば。相変わらずお主らはお人よしじゃな」
ミズファ母様の肩から聞こえてくるシャウラ母様の声からして、少々怒っていらっしゃいますね。理由は解りますので素直に謝っておきます。
「シャウラ母様、あの。すみません」
「うむ、丸く収まったからいい物の、ゼスを逃したのは失態じゃ。それにそこな娘、サスターシャと言ったか。我はまだそ奴を認めてはおらんぞ」
「……はい」
「影の空間内の出来事は我も見ておったが、戻り次第改めて詳しく話すがよい」
そうですよね。私とサスターシャさんが解っているだけで、シャウラ母様やファラさんからすれば、影の空間内の出来事を不可解に思って当然です。私は無防備で千篇の糸を受けていた様にしか見えなかったでしょうし。
「まーまーシャウラ、終わり良ければ総て良しって言うじゃないですか。ここは僕の広い心に免じて娘を許してやって下さい!」
「戯け、本来ならばお主が叱りつけるべき事なんじゃぞ! 何度愛娘を危険に晒しておるか解っておるのかお主は!」
「うん、勿論解ってます。僕は駄目な親だなぁっていつも思ってますからね」
「そ、そんなことありません!! ミズファ母様もシャウラ母様も、立派で素敵な母様です!」
少々お話がそれている気もしますが、私の気持ちはしっかりと伝えて置かないと気が済みません。
「……ま、まぁ一先ず小言はこの辺にして置いてやろう。早く戻って来るがよい」
シャウラ母様の声の質的に、上機嫌に戻っておりますね。まぁ、後程のお小言は避けられないでしょうけど……。
「それでは戻りましょうか」
「あ、ちょっと待ってー。私からもお話が一つあるんだけど良い?」
転移する為に鏡を呼び出そうとした所、ファラさんが私達を呼び止めました。
「はい、何でしょう?」
「ミズキちゃん達の下に広がる廃棄処理施設って、ぶっちゃけこの世界の心臓みたいな事になってるよね?」
「……そういえば、ゼスさんがここを襲った理由が特異点の一つだから、でしたね」
「うん、その特異点の中でもとびっきりに魔力が凝縮してるのが其処ね。だから、今後も狙われる可能性は大分高いと思うの」
眼下に広がる無人の処理施設を見回しつつ思案する私。確かに、私達の言葉で言う魔力の源泉は今後も狙われ続ける可能性は十分にあり得ます。魔族の大陸は地上とは比べ物にならない程の魔力を使い、生み出す場所の様ですから、無防備さも相まって大変悪意に弱い所ですし。
私が悪い事をしようとするならば、ゼスさんと同じ様にこの廃棄処理場を狙いますし、次なる襲撃も間違いなくこの大陸を狙ってくるでしょう。ここ程致命的な場所は他にありませんものね。
「ミズファ母様、この廃棄処理場に高官の皆様を配備すべきだと思います」
「そうですねー。何れにしても魔族の地に拠点を構える必要はあるんで、お城に戻り次第編成を考えてみますかね」
「とは言え、各国の防衛維持も必要ですし……あまり気は進みませんが、クラウスさんにもご助力頂く必要があるかもしれませんね」
「んー向こうはまだまだ復興中の上に魔人種を受け入れたりで大変な所ですからねー。難しそうです」
「ですよね……」
この世界全体の問題が起きているとは言え、帝国の皆様は今大事な時期です。向こうには今中位の皆様とアリシエラさん達が滞在しておりますので、何かと慌ただしい状況が続いていますから。
「この場所の防衛、私がやってやってもいいですー」
人手不足に悩んでおりますと、ずっと傍で静観なさっていたアルストラさんがそう仰いました。意外な申し出にびっくりですが、何よりもその一言が嬉しくて。
「アルストラさんーーーー!」
「きゃあ!? な、何ですか急に抱き着くなですーー!」
全力で足場を駆けて行き、アルストラさんに抱き着く私。嫌がりますが離しません。
「有難うございます、アルストラさん」
「べ、別に貴女達の為じゃないですー。これ以上ゼスに失態を晒させていると、魔人種の質が問われるからですー」
ゼスさん自身が再び此処へ戻って来るかは疑問ですけれど、照れ隠しで言ったのでしょう。そんなアルストラさんにミズファ母様も近づきますと「アルストラちゃん、ぜひ僕からもお願いします!」と嬉しそうに申し出ます。
「別にいいですー。が、一つ条件がありますー」
「何ですか!」
「私の依り代となっていた異界の少女を助けてやって下さいー」
異界の少女……今はプリシラ母様の居殿に眠っておりますね。誰よりも異界の少女の心に触れていたのはアルストラさんですものね。心配なさるのは当然です。
「勿論です。この騒動が落ち着き次第、異界の少女に会いに行きましょう」
「……いえ、私はもう長くないのでそれは無理でしょうー」
「無理やりゼスさんの手で目覚めさせられたせいで、アルストラさんの寿命が短いのでしょう?」
「……はいー」
「大丈夫ですよ。異界の少女もアルストラさんの命も私が助けます」
「え?」
「ですから、今は安心して茶会に起こし下さいませ」
そう言って微笑む私。様々な事象を創造出来る様になった私は当の前にアルストラさんを助けると決めていましたもの。身近な人を失うつもりなど、元からありません。だって、アルストラさんも大切なお友達の一人ですもの。まだ正式に申し出てはおりませんけれどね。




