ゼスとアルストラの真意
横座りで竹箒に乗り、静かに此方を見つめるサスターシャさん。地下で出会った時と変わらず無表情で、何を考えていらっしゃるのか、現状では察する事が出来ません。あくまで現状は、です。何れお友達になったら必ず察して差し上げるのです。
「サスターシャさん、また会いましたね」
「……」
「あの、ミズファ母様の結界を解いたのはサスターシャさんですか?」
「……」
無言のままですが、コクリと頷くサスターシャさん。まだまだ言葉を交わす事は難しそうですが、何らかの形で返答を返して下さるだけで今は満足です。ともあれ、個人的なお友達計画で気を緩めるのはほんの少しに抑えておきませんと。シャウラ母様が私の様子を見ておりますからね。状況が状況だけに、少しでも気が緩んでいれば鋭く指摘されてしまうでしょうから。
「ミズキ、知り合いですか?」
と、不思議そうに私とサスターシャさんを交互に見つめるミズファ母様。そう言えばお名前すらまだ母様にはお伝えしていませんでしたっけ。
「ミズファ母様、この方はサスターシャさん。先程お伝えした私と同じくらい強い方です」
「この子がそうなんですか! 僕と風の女神ちゃんのコラボ結界を消してくる程ですから、ミズキの言う事に間違いないみたいですねー」
と、何やら嬉しそうに仰るミズファ母様。サスターシャさんはとても可愛らしい少女ですから、その為だと思いますけれど……。それより、母様ご自慢の結界を消されたと言うのに、もうその事は気に留めていないようです。最初こそ驚いた様子でしたが、今は全くいつも通りのミズファ母様です。多少は落ち込むかなと思っていたのですけれど……。
「テメェら何俺を無視して話進めてんだおい?」
ゼスさんの声が辺りに響き渡りますが、姿は見えません。性懲りも無く、また陰の力で影の中に身を潜めているのでしょう。少女ばかりの戦場でたった一人の殿方ですのに、我先にと身を隠すなんて。まぁ、現状を鑑みればその方が安全ではありますが……そんな逃げ腰で神になろうとしている自身について、ゼスさんは疑問に思わないのでしょうか?
何れにしても、先程のゼスさんのお話は時間稼ぎの為の作り話か何かだったのかもしれませんね。もはや嘘だろう真実だろうと何方でも構わないのですが。
そんなゼスさんは何やらサスターシャさんに向けて怒鳴っていらっしゃる様ですが、言動からして辛く当たる貴族と従者の様な関係に見受けられます。勿論、見ていて気持ちの良い事ではありませんので、サスターシャさんに向けて怒鳴るゼスさんに対し、冷めた表情の私。
「テメェが急にしっぽ巻いて逃げやがるからコイツらの邪魔が入ってこのザマだ。解ってんのか、おい?」
「……ごめん、なさい」
「テメェがこの島を直に落とすのを拒否りやがるから仕方なく囮として使ってやってんのによ、マジでふざけんなよ。……いいか、次はねぇぞ」
「……はい」
お話を聞いている限りで大体は察しました。元々この廃棄処理場をゼスさんが狙う計画だった様ですが、それだけでは私達に阻まれる為、サスターシャさんが地下から奇襲をかけて囮になり、私達の目を反らす作戦だったみたいですね。
サスターシャさん一人で済む様な作戦ですが、どうも何かの理由でサスターシャさんはこの世界への侵攻を躊躇っている様です。元々この辺りは千篇の糸に触れた時に感じた感情ですけれども。
「ゼスのくせに、随分とまぁ偉そうに語りますねー」
「……あ?」
「昔のお前は良く私が指示した仕事を中位に押し付けて、何処かに行ってしまう様な無能でした。そんな奴がお説教とは、とんだ笑い話ですー」
「馬鹿かテメェ。体よく使われてるフリをして、崇高な俺様の計画を進めてたに決まってんだろ。まぁ俺が優秀だからこそ、全く気付いて無かったようだがなぁ?」
少なくとも、アルストラさんは不可解な行動を取るゼスさんの事をある程度訝しんでいたからこそ、命令を実行せず中位に押し付けていた事実をご存じだったのでしょう。本人は隠し通せていたつもりで語っていらっしゃる様ですが、当然ゼスさんの計画とやらもアルストラさんは気づいていたと思います。
恐らくですけれど、ターニアさんの世界に召喚された勇者一行に倒された為に、結果としてゼスさんの計画を黙認する形になっただけではないでしょうか。
「つーかよ、最初に死にてぇのはテメェの様だなぁアルストラ様よ? 折角新しい体まで用意して復活させてやったのに、恩を仇で返しやがって糞が」
「完全な状態で目覚める筈だった私の邪魔をしたお前に何を感謝しろと言うのですか。今だからこそ言いますが、お前は私に言う事を聞かせる為に四魔姫を騙し、わざと中途半端な状態で復活させた。異界の魂の力が無ければ直ぐにも消え兼ねない様な状態で、です」
そう言えば……魔人種の世界に滞在中、アルストラさんの復活に必要な魔力が枯渇するという不可解な事が起きたと、確か聞き覚えがあります。結局の所それはゼスさんが奪い取り、アルストラさんが完全な状態で復活するのを阻止していた、と言う事なのでしょうか。
「異界の少女とアリシエラ達には悪いと思っていましたが、私はお前から離れる機会をずっと伺っていました。結果的に、ミズキ達に敗れた時その機会は訪れましたがー」
「……テメェの体になっていた女はマジでこの世界を滅ぼすつもりでいた筈だが、もしや同化を見計らって何か吹き込んでやがったか?」
「いいえ、無理でした。あの子は本心から全てを憎んでいたようですから。逆にお前を騙すには好都合として、私が異界の少女に合わせていただけですー」
白一色の古代神殿区域での事ですね。あの時はアルストラさんの復活に焦りを感じましたし、言動全てが相容れませんでした。ですが、あの時点でアルストラさんはゼスさんの言う事を聞くふりをしていた様です。その後、この世界に戻った後にリリィ達が殺されかけましたけれど……今思えば致命傷を避けていた気もしますね。
元々、魔人種の繁栄自体はアルストラさんが望んでいたものでしょうから、私達の世界への侵攻は割と本気だったとは思いますけれどもね。その上で依り代となっていた異界の少女の心がとても傷ついていたからこそ、私達もゼスさんも騙され続けていた、と言う事なのでしょう。異界の少女の事は今も気がかりですが、彼女は今プリシラ母様が生まれたとされる神都エウラスの地下ダンジョンで眠っていらっしゃいます。
「結局自分の事しか考えてねぇのは一緒ってこった。まぁいい話は終わりだ、ったく。乳くせぇ女共と話してると無駄に長くなるから嫌なんだよなぁ」
「お前が偉そうに説教などしているからですー」
「うっせぇぞ糞が! おいサスターシャ! 先ずはアルストラをやれ」
「……」
サスターシャさんが竹箒に乗ったまま片手を前に出しますと、以前にも見た神器千篇の糸が現れました。サスターシャさんの周囲を螺旋状に回る千篇の糸は地下で見た時よりも明らかに太くなっています。まさか、神器の糸すらも多重化出来ると言うのでしょうか……?
だとしたら、あの千篇の糸に触れたら、いったい何万の事象に襲われるのでしょうか。むしろ、万で済めばいい位です。全くサスターシャさんの底が見えません。
「お前のその糸、神器ですねー」
「……」
「その糸には見覚えがありますが、私はお前を見るのは初めてです。お前は何者ですかー?」
「……」
私にはすんなりとお名前を教えて下さいましたけれど、アルストラさんには無言のままの様です。もう私からお名前を聞いていると踏んでの事でしょうけれど。
「その糸は失われた神器の一つとされていた筈ですが、一体どの様にして入手したのですか」
「……」
「まぁ、今は良いでしょうー。私の神器とお前の神器どちらが優れているか、勝負と行きましょう」
アルストラさんの両の手の平に二つの天球儀が現れ、ゆっくりと回転を始めました。今ここに二つの神器が揃った形ですけれど、少々不安です。アルストラさん、あの危険な糸をどの様にして対処するおつもりなのでしょう。
別段私も戦いに加わっても良いのですけれど、アルストラさんがやる気の様ですので暫し静観とします。ですが、いつ何が起きても良い様に、二人の間に割って入れる準備はしておきます。
今更ながら、350話の一部を修正致しました。二度目の致命的なミスに長期間気づかずにいた事、深くお詫び申し上げます。




