作戦の開始
「……という訳です」
「若干心配事もありますけど、まぁ良いんじゃないですかね」
「余り信用し過ぎるのはどうかと思うがのぅ……まぁよい。ミズキの好きにやれ」
私の案を皆様の耳元でお伝えしますと、多少含みがありながらも承諾して下さる母様達。内容が内容だけに当然ともいえますけれど。反対すら覚悟しておりましたし。
「ふーん、成程ね。なら私がする事は特に無いかなー」
「ええ、魔族の方々には生きる事を優先して頂ければと」
「解った。じゃあ後はそっちに任せるねー」
「ええ」
思いの外直ぐにお話がまとまり、ファラさんが淹れて下さった紅茶を楽しむ私達。余り長い間ひそひそ話などしておりますと、ゼスさんに不審に思われますからね。
「いやーそれにしても、ミズキが急に耳元で囁くんで何かと思ったら、今日の夕飯何ですかって……。それ言うの僕の役ですからね!?」
「全く、真面目な顔を近づけて何を言うておるか。今は其れどころでは無かろう」
「えへへ」
「ミズキもまだまだ育ち盛りなんですねー」
「そうなのですー」
「いや、お主は成長せんじゃろ……」
特に示し合わせも無く、即座に演技に入る母様達。私もお二人に合わせる様に演技に入りました。この無意味な会話が作戦の開始となるのです。
「じゃあ僕から夕飯は何か連絡入れて聞いておきますね」
「ふむ、今日は確かミカエラがディナーを作る予定であったな」
「本当ですか!? あ、でも確か足りない食材がいくつかあるとメイドさんがお話しておりましたので、買い出しに行って頂きませんと」
「城下街に出て貰うだけで良いですかね?」
「そうですね、それとお付き等は必要ないと思います。一人の方がミカエラさんも気楽でしょうし」
一見ディナーに関する会話を交わしている様に見える私達ですけれど。会話の節々に作戦に関する内容を混ぜ込んであります。これらの会話が何を意味するのかは……こういう事です。
「ん、ちょっと待って下さい。プリシラから連絡です」
「プリシラ母様からですか。珍しいですね」
「……え、マジですか」
「どうしました?」
「アルストラちゃんが城から逃げたみたいです」
「な、なんですって!?」
少しわざとらしいかなと気に留めつつも、立ち上がりながら急いで鏡を呼び出しました。私にしか見えない様にした転移先の風景には、ベッドに腰かけてお暇そうに足をプラプラと揺らしていらっしゃるアルストラさんが映り込んでいます。つまり、ミズファ母様の仰った事は嘘なのです。
「直ぐに戻りましょう!」
「まさか僕達の留守の隙を突くなんて」
「腐っても魔王と言う事か。ぬかったわ」
「すみませんファラさん、私達一度アクアリースに戻りますね」
「アルストラが逃げたんなら直ぐに戻るべきだねー。私の方は大丈夫だから行っておいで」
「はい」
先に母様達を鏡の中に通らせて、ファラさんに向けてぺこりとお辞儀する私。この時、部屋の隅に私の蝙蝠を隠しておきました。隙間から顔を覗かせて、私に向けてパタパタと羽を羽ばたかせています。任せて置いて、という自己主張の様です。可愛い。
鏡を通り抜けますと、既にアルストラさんが何事かと私達を警戒しております。急に現れたのですし仕方ないですけれど。まぁ、今は少々急ぎますので細かい事には目を伏せます。
「アルストラさん!」
「何ですか~」
「直ぐにお城から逃げてください」
「……は?」
「アルストラさんを解放します。理由はゼスさんを誘き出すためです」
「何ですかそれ。そんな理由を聞かされて従う訳が無いです~」
「本当にそうでしょうか。私はもう、アルストラさんに敵対意思は無い様に思います」
「……」
そこで反論せずに俯くアルストラさん。やっぱり、私達に対する考え方に変化が起きていらっしゃる様です。
「……私にはもう戦う力はありません~。敵意を出しても無意味です」
「それだけが理由では無いですよね。だって、本当にアルストラさんが悪者さんでしたら、幾らでもこのお城から脱出出来た筈です。特に目立った監視も付けて居ませんし、お部屋の外に兵士さんも付けて居ませんから」
「それは……」
現状、このお城の中でのアルストラさんの待遇は貴賓扱いですから当然ですけれどね。自由に歩き回って頂いても良いとアルストラさんに言ってあります。それなのに、特に何もせず静かになさっている。それが何かの狙いでは、とクリスティアさんが警戒しておりましたけれど、私はアルストラさんを信じています。
「アルストラさん、どうか私達の為にお力をお貸しください」
「……」
「ミズキ、これ以上は恐らく時間は取れんぞ。ゼスとやらは容易く魔族の地と地上を行き来できるようじゃからな」
「はい」
シャウラ母様に声だけは返しますが、目だけは真っ直ぐアルストラさんを見つめる私。そんな私と視線が合いますと、アルストラさんが気まずそうに視線を逸らします。
「アルストラさん、私の正直な気持ちをお話しますと、貴女ともお友達になりたいのです」
「……友達?」
「はい、貴女の今の姿であるユキさんにも再三お伝えしましたけれど、素っ気なく返されてしまいましたけれどね」
気まずそうに苦笑いをした私は「それでも諦めていませんけれど!」と付け足します。
「ユキとも記憶を共有しているから解ります~」
「その喋り方もユキさんその物ですものね」
「無意識にユキの喋り方になってしまうだけです」
「ふふ、以前に比べてちゃんとお話してくれるようになって嬉しいのです」
「あ……」
このお城に来たばかりの時はアルストラさんに話しかけても無言で通されていましたからね。更に中位さんの軍勢への対応も重なって、中々お話する機会が取れない中で会議の席に担ぎ出されて。これでは、話しかけないでと壁を作ってしまうのも致し方なかったですね。
「私は今後、アルストラさんと沢山をお話をして仲良くなって行きたいなって思います。ここにはおりませんけれど、異界の少女ともしっかりとお話をするつもりです」
「……」
一時期同化していたアルストラさんならば、異界の少女の心の傷をご存知の筈です。落ち着いたら、可能な限り少女の助けとなって差し上げたいです。
「……それで、私はどうすればいいのですか~」
「え?」
「この城の外に出て、適当に歩いていればいいのですか~?」
「あ、あの。良いのでしょうか?」
「そうしろって言われたので従うしかないです。無力な私に拒否権など無いてすから~」
「ふふ、そう言う事にして置きますね」
私は即座にお城の外へと繋がる鏡を呼び出しました。余り猶予が無いと理解されている様で、アルストラさんは直ぐに鏡を通り抜けて行きました。
「アルストラちゃん行きましたね」
「はい」
「我は未だに信用ならんが、ミズキのその笑顔を見る限り問題は無さそうじゃな」
「ええ、アルストラさんはきっと私達のお力になって下さいます。見守りましょう」
アルストラさんが通り抜けた後も鏡は維持されており、向こう側の景色が映し出されています。鏡の先では、城下街を一人で歩くアルストラさんが映っておりますね。つまり、ミカエラさんを一人で買い出しに、と言う母様達とのやり取りはこの事を指し示していたのです。
私は更にもう一つ、水神の力で鏡を創り出しました。此方の鏡には先程までお邪魔していたファラさんのお部屋が映り込んでいます。蝙蝠がいつの間にか、ファラさんのベッドで気持ちよさそうに眠っております。何かあれば私に救援信号を送る様に蝙蝠に言ってありましたけれど、特に問題なさそうですので良しとします。
「やはり、ゼスさんは姿を現していませんね」
「ふむ、網にかかったようじゃな。アルストラと連絡を取るつもりで地上へ降りて来て居る筈じゃ」
「僕的にはそのままファラちゃん狙ってさっさとこの世界壊した方が手っ取り早いと思うんですけどね」
「解っておらんのぅ、その後の事も計算して動いておるのじゃろう。アルストラにはまだまだ理由価値があるじゃろうからな」
ゼスさんはいつでもこの世界を滅ぼせる段階に居るのかもしれませんけれど、今後の事を考えれば手駒は多いに越した事は無いでしょう。アルストラさんは変えの利かない大きな力を持っておりますし、可能ならば手元に残したいと考えても何ら不思議ではありません。
等と思案する私自身に嫌悪感を抱きつつ街路を歩くアルストラさんを見つめておりますと。
「……来ましたね」
「ええ」
人通りのない裏路地を歩くアルストラさんの前に、ゼスさんが影の中から姿を現しました。




