アルストラ討伐戦
「じゃあ始めましょうか~?」
アルストラさんがゆっくりと宇宙の水面の上へと降りて、両の手のひらを下に向けました。すると、両手の下に黒い球体の様な物が作られていきます。魔力以外の異質な力で作られていると思われるその黒い球体は、現状どの様な性質なのかは解りませんので何か凄く危険な攻撃と言う認識しかありません。それはここに居る皆様が直ぐに感じた事でしょう。
「ぬ、いきなりヤバそうな攻撃がきそうじゃぞ!」
アルストラさんは二つの黒い球体を前へ移動させ、一つに合わせ始めました。球体が大きくなるか、あるいは爆発系統の力だと思い、私はとっさに水神の防壁を創り出そうと身構えますが……。
一つになった黒い球体は予想に反してどんどん縮小し、目を凝らさなければ見えない位の小さな点になってしまいました。
「皆気を付けて!! あれはレイチェルと同じ性質の力よ!」
プリシラ母様が叫ぶと同時に、私の体が凄まじい力で引き寄せられています。足に力を込めても止まらず、気を抜いたら一瞬でアルストラさんの所へ飛んで行ってしまいそうです。
「ミズキ、女神の力で吸引効果を遮断して下さい!」
「はい!雪花結晶を抱擁せし水神」
「無限回廊に吹く風」
女神様の力で創造した雪花結晶で皆様を包み、引き寄せられる力を遮断しました。それと同時にミズファ母様の特殊空間が生成されています。普段の虹色の川が流れる風景では無く、可視化された淡い薄緑の風が周囲を吹き抜けている様ですね。
「ふむ、アルストラの前にあるあの点、よもやブラックホールか?」
「そうみたいです。色々法則ぶっ飛んでてアレなんですけど、間違いないですねー」
「レイチェルの能力よりも間違いなく危険だわ。皆、絶対にあの黒い点に近づいては駄目よ、パスタになりたくなければね」
パスタ……? 引き寄せ……吸引……パスタ……。あ、まさかあの点は。
「母様方、もしやあの点は吸い込む力をもっていますか?」
「そうなんです。どんなに超巨大な物体だろうと、あの点に近づいたら麺の様に伸びて吸い込まれます」
これではうかつに近距離戦を仕掛けられませんね。シャウラ母様と紗雪さん、そしてリリィは特に近接的な戦闘を好みますので、少々面倒な状況です。と言いますより、ますます吸引力が強くなっていますので私の雪花結晶から出たら死にます。
「さて、これで私に近づくだけで死んでしまいますけど、どうしますか~?」
「少々面倒な事に変わりありませんが、遠距離から攻撃すれば良いだけの事です」
リリィの言う通り、今はそれしか無さそうです。相手の力量が不明瞭ですので、過信と油断は出来ません。
「まぁ、近づけないってのは面倒な事だが、このメンツなら遠距離の方が好都合だろう」
「こっちもミズキの無敵花で攻撃受けませんし、ゆっくり攻略するだけです!」
特に焦る状況ではありませんし、余裕を以ってアルストラさんに対応出来ますものね。私の雪花結晶も魔力を使っていませんから、その気になれば常時結界を維持し続ける事も出来ます。他の戦場の事も考えて、可能な限り決着を早めたいのは確かですけれどもね。
「遠距離で攻撃しつつ、ゆっくりと私の対策を考えるって感じですか~?」
「そうですが?」
「やめた方が良いですよ~? 私が生み出した別世界への回帰は少しずつ周囲を飲み込み始めてますから」
「え……」
特に見た目は変わっておらず、ただ黒い点がアルストラさんの前にポツンと在るだけです。ですが、先程から引き寄せる力が大きくなっているとは感じていました。もしかしてこの引き寄せる力は……。
「ミズファ母様、もしかしてこの引き寄せている力って広がっていますか……?」
「うん、間違いなく広がってます。今は僕の創り出した空間に収まってますけど、アルストラがやけに自信たっぷりなんで、もしかすると空間無視してるかもしれません」
「ふぇ!?」
女神様の力を以って創り出した母様の空間すら無視って、宇宙の力とはそこまで強い物なのですか……。広大に何処までも広がるこの暗い世界には一体どれ程の異質な力が溢れているのでしょうか。
その異質な力を扱うアルストラさんは最早、神の力を行使していると言って差し支えないのでは。そもそも……魔人種を生み出したアルストラさんとは何者なのでしょうか。
「ちっ、悠長にはしておれぬという事か。面倒じゃな」
「今は考えるよりも攻撃した方が速そうだ。どのみち、それ以外選択肢はない」
「では一番槍はこの私が」
リリィが漆黒の鎌を水平に持ち、姿勢を少し低く構えました。水龍哮破を軸に据える方法に攻撃を切り替えた様です。
「最初は貴女ですか~?」
「アルストラ、水の女神様の力を内包した我が水の奥義。とくと味わうが良いでしょう」
鎌に水が集まり始め、大きな水球となって刃を包み込んでいます。そして龍の翼を羽ばたかせ、私が創り出した結界の上端まで浮かび上がりますと、鎌を上段に構え直しました。
「受けなさい、真・水龍哮破!!」
大きな水龍が鎌から撃ち出され、アルストラさんに襲い掛かります。
「無駄ですよ~」
ですが、水龍は黒い点に近づいた瞬間、細い糸となって消えてしまいました。
「消えた……?」
「まさかそれ、物質以外も吸い込むんですか!?」
「そうですよ~。私に攻撃を届かせるには別世界への回帰をどうにかしないと駄目でしょうねぇ」
遠距離攻撃も通さないと来ましたか。こういった場合、相手の力量を越えた力で攻撃すれば大抵は打破出来る物なのですけれど……。
「リリィの攻撃を防げるのは私かミズファ母様、後はエルノーラさん位しかおりません」
「つまり、ミズキとミズファ以外の力はアルストラに届かないという事か」
紗雪さんがぎゅっと握り拳を作って悔しさを滲ませております。
「こうしている間も、別世界への回帰の力は拡大してます~。どうしますか~?」
明らかに私達の焦りを煽っています。そうする事で、私の結界に乱れを生じさせるのが目的なのかもしれません。
「皆落ち着きなさい。ちょっと位攻撃が通らない程度で諦めるのは早いわ」
プリシラ母様が優雅に胸で手を組み、アルストラさんを見据えています。私達の気持ちを直ぐに察して下さったプリシラ母様が普段通りの落ち着いた物腰で場を制します。
「ぬかせ、貴様に言われんでも全く気負いなどしておらん」
「そう言う貴女は解決策を講じてあるのでしょうね?」
「それは確認のつもりか?」
「いいえ? じゃあ始めましょうか」
謎の会話を交わすプリシラ母様とシャウラ母様が二人で頷き合い、並びました。え、まさかこれって……。
「紗雪、リリィ私達に力を合わせて頂戴」
「あぁ、そう言う事か。構わないぞ」
「仰せのままに」
やはりそうです、プリシラ母様は私とミズファ母様の様に、合わせ技をなさるおつもりです。この世界における強大な四人の合わせ技なんて。私でもどうなるのか見当が付きません。
「何するつもりですか~」
「それを今から見せてあげるわ」
「貴様はせいぜいそこで高みの見物でもしているがよい。まぁ、直ぐに降りる事となるじゃろうがな」
「真祖・古代血術」
「古代魔法具No.2「魔族化粧」。そして古代魔法具の管理権限を持ちしNo.1「クリスティア」よ、少しの間、貴様の権限を借り受けるぞ」
とても大きな血の魔法陣が地面を覆い、ゆっくりと回っています。そして凄まじい数の古代魔法具がシャウラ母様の周囲に浮いていました。
これによって、今まで謎とされていた古代魔法具No.1の存在を知る事が出来ました。No.1とは、古代魔法具の姫たるクリスティアさん本人の事だったのですね。




