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獣人種の頂点

「やっぱり猫なのか。へぇ、中々の異国美人ちゃんだねぇ」

「何人の女をそうやって煽てて来た? 小童よ」

「失敬だな、僕は見た通りの感想を素直に述べているだけなのに」


 ストレイさんが着物の少女を見据えて、下から上へと視線を巡らせている様です。髪をかき上げる仕草は兎も角、あの女性を見る時の目だけは生理的に受け付けません。


「では素直に誉め言葉と受け取って置いてやるぞ小童」

「……この僕を小童呼ばわりとは心外だな。魔人種は天翼人を越える長命を持つ。たかが獣人風情が偉そうな口を叩くなよ」


 ストレイさんが手に抱きしめていた紗雪さんを放り捨てる様に横側へ突き飛ばしました。直ぐに駆け付け様としましたけれど着物の少女、もとい猫さんが後ろ手に私を制しましたので止む無く止まります……。


「でかい口を叩きたがる所が正に小童だな」

「……所詮獣は獣か。口の利き方がまるでなっていない。あらゆる人種の頂点に立つ魔人種の前では余りにも存在がお粗末だ」


 苛立つ様にそうストレイさんが言いますと、右手を着物の少女へ向けます。


「アルストラの餌にするつもりだったけど、気が変わった。お前は僕が魔力として吸収する」

「あぁ、魔人種お得意の共食い能力だったか?」

「……黙れ獣風情が。 消え失せろ!!」


 怒声と共に、ストレイさんの魔力吸収能力が発動した……と思ったのですけれど。猫さんはその場に立っていますし、何も起きません。


「……何だ? 何故吸収出来ない?」

「まだ解らんのか」


 不可解に思うストレイさんへゆっくりとした足取りで近づく猫さん。静々と歩くその姿は和装も相まって大変美しく見えます。


「魔人種の魔力吸収能力は主に、中位が下位を吸収し力へと変換する物。魔姫が中位を吸収するのもまた然り。この程度は解るな、小童よ」

「貴様、誰に向かって口をきいている。魔人種の中でも最上位の僕がその程度の事を理解していないとでも思ったのか?」

「おぉそうかそうか、偉い偉い」

「……雑魚の最も効率的な活用方法、それが魔力吸収だ。お粗末な魔力を実力ある者へ献上していれば良い。だから、お前も消えて良いよ」


 怒りをどうにか抑えた様子のストレイさんが、再び右手を前に差し出しますが……。依然として何も起こりません。


「……今度は間違いなく吸収へ注力した。何故……何でお前は僕へ向かって歩き続けている!?」

「やれやれ……全然理解していないでは無いか」


 歩みを止めた猫さんが呆れた様にそう言います。一切焦りも無く、平然としている姿はまるで……弱き者と対峙した時の私の様です。そう思える程に、猫さんから強者の風格を感じます。


「魔力吸収は弱き者を糧とする力。つまり、自分よりも強い相手を吸収できない。それが例え異世界の者であってもだ」


 あ、成程……そう言う事でしたか。私をアルストラさんへの捧げ物としているのは、そもそも魔力吸収出来ないからなのですね。一応、いつ吸収能力を使われても良い様に警戒は常にしていましたけど。


「何を言っているんだ……? 獣風情が、この僕が貴様よりも弱いだと?」

「そこに倒れている子孫と大して変わらん程度の様だが?」

「敢えて手を抜いていたのに決まっているだろう! そんな事も解らないのか? 今から僕の本気を特別に見せてやるよ。精々絶望と共に死んでいくがいい」


 ストレイさんが赤い闘気の様な物を周囲に広げています。そして右手に黄金の剣を召喚し、剣先を猫さんへ向けます。対する猫さんは身構えるでもなく、その場にただ立っているだけです。その代わり「小童よ」と静かにストレイさんへと語り掛けます。


「私は弱き者が手を抜いていても何が変わったのか解らんし、本気を出した所で興味もない。何故なら……」


 突然、視界から猫さんが消えました。――いえ、ストレイさんの後ろに居ます。


「弱き者は所詮、弱いままなのだから」

「な……!?」


 後ろからの手刀でストレイさんの首を貫きました。完全に虚をつかれた形のストレイさんですが、倒れません。


「げふっ……!」

「小童よ。私はとある方法で獲物を自らの力へと変える事が出来る。要は貴様ら魔人種の魔力吸収と同じ物だ」


 猫さんが手を首から引き抜きますと、真っ赤になった自らの指先をペロリと舐めました。その瞬間に理解します。猫さんの本当の強さを。


「けふっま、さか……きさま、僕を」

「そうだ、察しが良いな小童よ。とある方法とは……獲物を食らう事だ」


 猫さんが血濡れの手を開き、ぐっと握りしめると。ストレイさんが凄まじい血しぶきを上げて消えました。


「……これが魔人種の血肉の味か。まぁまぁだが、男ではいまいちだな」


 満足とも不満ともとれる口調で呟く猫さん。私にはストレイさんが即死した様に見えますけれども……。今、猫さんは獲物を食らうと言いました。その様な素振りは一切見受けられませんでしたので、若干混乱に陥っています……。


「さて」


 ゆっくりと此方へと猫さんが振り向きましたので、ビクっとする私。いえ、別に恐怖を感じたとかそういう訳では無いのですけれど、何となく。


「その様子だと、余り理解出来ていない様だな」

「あの……はい」

「私は俗に言う猫だ」

「あ!」


 猫さんの頭からぴこん、と猫耳が生えました。そして沢山のしっぽをゆらゆらと揺らしています。先程抱いていた猫さんと同じ毛並みと色ですので、確かに目の前に立つ少女は猫さん本人……この場合本猫? で間違いないようです。


「魔人種は私が喰らった。もう存在していない、安心するがいい」

「あの、ストレイさんを食べたの……ですか?」

「形式上はな」

「形式上、ですか」

「実際にあの男を食らう私を見たかったか?」

「いえ、むしろ形式上でいいです!」


 捕食の仕方にも色々あるのでしょう。余りこの辺りは深く考えてはいけない気がします。魔力吸収と同じ物だと言っていましたしね。


「……あれ」

「あ!」


 紗雪さんが起き上がりましたので、急いで駆けつける私。


「気が付きましたか?」

「……む。そうか、私はあいつの術中にはまってしまったか」

「はい、でも猫さんに助けて頂きました!」

「祖が……?」


 紗雪さんが周囲を見回した後、一点を見て固まりました。紗雪さんが見ていらっしゃるのは、凛とした姿勢で冷たく見下す猫さんです。


「お前の名、紗雪だったか」

「はい……」

「未熟者が。恥を知れ」

「も、申し訳ありません」


 紗雪さんが正座をしますと、深く頭下げています。今回ばかりは怒られても仕方ないかもしれません。もし全員がストレイさんの魅了にかかってしまっていたら、全滅していたも同然ですから。まぁ私とミズファ母様だけはどの様な「もしも」だろうと平気だとは思いますけれど。


「私達の故郷はもう無い。これからはお前がこの世界で獣人族の再建を果たさねばならない」

「心得ております」

「今後、この様な無様な姿を晒すな」

「はっ!」


 猫さんはそれだけを紗雪さんに言いますと、再び私に視線を向けました。


「ミズキ、いや水姫だったか」

「その意味も込めてミズキとお呼び下さい」

「ではミズキよ。アルストラは今、セイルヴァルに居る」

「セイルヴァルに? 何の為に……」


 其処へ向かったのでしょうかと、言いかけて直ぐに思い直しました。理由は簡単です、人ならざる者を癒し、魔力を回復させる大温泉が目的なのでしょう。


「大温泉ですか、まためんどくさい場所にいってますねー」

「あ、ミズファ母様も目が覚めたのですね」

「うん、まんまと獣人の祖ちゃんにしてやられました」


 ミズファ母様の他にも、シャウラ母様とリリィも正気に戻っています。猫さんのお陰で皆無事のままで本当に良かったのです。


「我もまだまだ未熟者じゃな」

「不本意ながら、私もです」


 リリィが珍しく憤りを殺気として放っていますが、状態異常は封印と並び、強者を相手にする際に大変有効な能力です。この世界では魔法として存在しますけれど、殆ど過去に廃れてしまっている為に状態異常に耐性を持つのは極一握りだけです。


 ですので、リリィに異常が効いても別に不思議では無いのです。本人はとても悔しい気持ちで一杯でしょうけれど。


「結局、誰の助けも必要なく祖一人で十分だった様だ」

「多重生命と言う魔人種自慢の能力も、食われてしまっては元も子もないわね」


 リリィ以上に悔しい筈の紗雪さんですが、猫さんの手前で怒りを露に出来ず、ぐっと我慢している様子なのが見て解ります。


「ストレイって奴一回殴りたかったんですけどねー……」

「同じく、鎌で斬り裂けずに終わってしまったのは残念でなりません」

「異様な程に自信だけは一人前の小童だったな。何か理由があるにせよ、死んだ以上害が広がる事は無い」


 猫さんをアルストラさんへの捧げものとするのが目的だとストレイさんは言っていました。それは解りますけれど。猫さんが仰る通り、終始ストレイさんが自信に満ちていた理由が解りません。明らかに私達が見えた時点で逃げるべきでしたのに。


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