新生したリリィの力
「魔姫達を逃がしてしまったか」
たいして興味無さそうにアルストラさんがそう呟いています。言葉とは裏腹に、口調は淡々としていて逃がした事を全く気にして居ない様子です。例えて言えば、宮廷魔術師クラスの戦いの中に一般魔術師が多少混じっていた所で何の脅威にもなり得ないですし、興味もないと言った所でしょうか。
余り共感はしたく無い所ですけれど、敵対側に一般魔術師さんが居ましたら、私も同じ様に気に留めないかもしれません。不利にならない限り逃げた所でどうとも思いませんし。むしろ、殺傷せずに済むので逃げて下さる方が良い位です。
アルストラさんが私と同じ理由でアリシエラさん達を逃がしたかどうかまでは解りませんけれど……。恐らくこの様な感じでは無いでしょうか。あ、勿論私は自分の力に驕るつもりはありませんけれどもね。
「さて、どうしようかしら。流石に女神の力二人分を相手取るのは少し面倒そうだ。……そうね、先に吸血種の水の力を頂くとしましょうか」
目を瞑って言葉だけを聞いておりますと、まるで自問自答をして居る様な口調でアルストラさんが私を標的に決めたみたいです。女神の力を保持しているが故に攻撃対象から外れていた様ですが、ミズファ母様が来た事で早々に同化すべきだと考えたのでしょう。
対して私はと言うと、アルストラさんと異界の少女を分離する作業に入ったばかりです。さき程張り巡らせた防壁は継続しておりますけれど、可能な限り異界の少女を助ける方法に集中したい為、自分を守る範囲に縮小しています。
とは言え、どの程度耐えられるか解りませんので無防備と言って差し支えないでしょう。一応水神の力で創り出した雪花結晶の強度は魔法で展開した時よりも大幅に増加しています。それでも不安が拭えないのは、アルストラさんの自信とこの特殊な空間です。
「華麗に登場したのに、僕達いきなり無視ですか!?」
「風の女神の力を持つ娘よ。後でゆっくり貴様の力も奪ってやる。少し黙っていろ」
そのアルストラさんの言葉と共に私は一時的に目を開きました。いつの間にか背後にアルストラさんが立っているからです。無動作と呼ぶ事にした瞬間移動でしょうけれど、私は無事です。
私の体が目的であれば直ぐに殺しはしないと言う事でしょうか、殺意に寄る身の危険は感じませんでした。攻撃では無くアルストラさんは私に触れる為に後ろへ回った様ですけれど、リリィの漆黒の鎌によって防がれています。
「邪魔立てするか、龍種の力を持つ女」
「我が主の手を煩わせている異界の魔王様。この私が居る以上、主に手を触れる事は叶いませんわ」
「先程私とお前の力量差を示したと言うのに、忠義な事だな。受肉したばかりで死にたいならばそうするが良い」
ガキンッと言う金属を弾くような音が響き渡ると共に、振り返りますと。無動作攻撃によって出現したらしき白い武器群がリリィの周囲に落ちていました。
「……へぇ防いだの?」
「生憎、同じ攻撃を何度も受ける無様な姿を、主の前に晒す訳には参りませんので」
「じゃあ無様な姿にしてあげましょう」
再び白い武器群が周囲に現れますが、リリィは漆黒の鎌を構えて踊る様に回転しながら弾き返しています。肘を胸の下で組み、自ら手を下す必要も無いという態度のアルストラさんが首を傾げましたが「あぁそう言う事」と呟きました。
「成程、その水の羽衣のせいね」
「ようやく気付きましたか」
本来、アルストラさんの白い武器は出現と同時に相手の体に突き刺さっている、即死攻撃だと思われます。ですが、白い武器はリリィの体の外に出現していました。であれば、弾き返す事は十分に可能です。
「この水の羽衣は魔法精製された攻撃を受け流す性質を持っています。強大な相手であれば水の羽衣を引き裂く事も可能でしょうけど……この羽衣は魔法ではありません」
「……水の女神の力か」
「勿論そうですが、私の力があってこそですのよ?」
私は水の羽衣を水神の力で創り出しましたけれど、女神様の力は誰彼構わず扱える力ではありません。例えば女神様の力で創り出した剣を誰かに渡しても、真価を発揮できないのです。
私は女神様に選ばれ、自らが強大な力を有しているからこそ水神の力を行使出来るのです。アルストラさんはそれが解っているからこそ、同化という手段を創り出したのでしょう。私の中に入り、女神様を直接吸収すれば水神の力を使う事が出来るでしょうから。
では、純粋に水の羽衣を私から授かっただけのリリィはと言いますと……。
「理解したわ。貴様は吸血種による強大な水の魔法と、女神の力を合わせて創られた存在。女神から力を扱う権限を与えられているのでしょう?」
「その通りです。ですが、私は生身の体を持つ一人の人間です。我が主と何も変わらない、ただの美少女ですわ」
リリィが斜めに一薙ぎしますと、漆黒の鎌が黒い炎を生み出しました。刃の部分が黒い水で覆われていて、その黒い水を媒介にして燃えている様です。
「燃える水と呼ばれる物はご存知ですか?」
「当然知ってるわ。ガソリンと言って貴女に通じるかしら」
「異界の名称は存じませんが、貴女が知っているならそれで構いませんわ。火と水は相容れぬ両極の属性、と言うのが魔術の通説です。私も元は水の魔法体であるが故に炎の属性は扱えませんでした」
水は火に対して有利な状況を作り出しやすい為、魔法による戦闘で水属性に火属性で攻撃するのは愚かな行為だと一般的に認識されています。ただし、魔法力と火力で状況は逆転出来ますので、この限りではありません。そう、正にリリィにとっては。
「水の力をただ展開する魔法体だった頃とは違い、今の私はあらゆる水を作り出す力を手に入れました」
「それで、燃える水を作り出したって言いたいの?」
「ええ。様々な異界の知識を持つ魔王様にとってそれが何だと言うのか、そう思われているのでしょう。ええ全くその通り、それだけのお話です」
リリィは「ですが……」と続けますと、刃の炎が極大化し、爆炎に変わりました。
「女神の力を以って二極の属性を合成する術を手に入れた今の私は……強いですわ」
リリィの体がゆらり、と揺らめいた瞬間。アルストラさんの周囲の空気中の水分が燃え出しました。
「……まさか」
「水神の力「水焼円環の法」」
燃え出した水分が炎の線となってアルストラさんの周囲を囲い、凄まじい爆発を引き起こしました。炎の線で囲われたアルストラさんは言わば結界に囚われた形となり、その結界の内側だけが爆発したのです。
過去にシルフィさんとウェイルさんが生まれたばかりのクリスティアさんに対して使って見せて下さった結界内風爆と同じ原理ですが、威力は比較になりません。それこそ、火の初歩魔法と火に特化した私の様な存在が作り出した爆発位の差があります。
「ミズキよ」
「シャウラ母様」
爆発と共に三人の母様が近づきますと、シャウラ母様が神妙な顔で私に語り掛けています。
「リリィが操っておるのは……重水素じゃな?」
「重水?」
「ふむ、知らずに創り出しておったか。末恐ろしい所じゃが、これ以上重水を用いた力を強化しよう等と努々思うでないとリリィに言い聞かせよ」
「ええと、解りました」
リリィは水に属する物であれば何であれ作り出して操る力を会得した様です。つまり、水に関しては私を越える水使いとなっています。この世界における二人目の水属性と言って差し支えありません。
私に追いつく為、私を守る為に自らの能力を昇華し続けるリリィですが、シャウラ母様には思う所がある様で、これ以上の強化を止められてしまいました。
「超空洞」
突然、轟く程の爆発が一瞬で消え去り、結界がパキンと割れて消え去りますと。一切無傷のアルストラさんが平然と立ち尽くしていました。
「素晴らしい力ね」
「……無傷ですか。数十回は殺すつもりで放ったのですが」
「落胆する必要は無い。以前の私ならば確実に命を減らしていた」
アルストラさんは何らかの力を使った様でしたけれど、性質が解りません。力の根源が判明すれば、同化の逆を創り出せる筈なのですが……。




