強き者の在り方
「この世界も中々良い所ね」
私達の結束など気にもせず、アルストラさんが再び空へと浮かび上がり周囲を見回しています。
「魔力がどの世界よりも色濃く満ちている。第二の世界として、魔人種が支配するにふさわしい」
その様に言って、大都市ベルゼナウを見据えるアルストラさん。今は攻撃する素振りは見えませんが、もし街や森に何かしようとするのでしたら、私が黙っていません。
「アルストラ」
紗雪さんがアルストラさんの近くへと歩き、見上げますと。風に揺れるスカートと長い髪を抑えながら、アルストラさんが見下ろしています。
「……本来なら気安く話しかけた罪で吸収してやる所だが、今の私は気分が良い。許可してやる」
「そりゃどうも。他愛のない話だ。お前の様に、この世界の支配を考えた奴が過去に沢山いた。私もそうだった」
「それで?」
「どいつもこいつもあっさり死んだ。一部を除いてな。支配欲に駆られる奴ってのは傲慢でろくでもない奴らばかりだ。大した力も無いくせに、私欲に目が霞んで先が見えていない」
「何が言いたい?」
「解らないか? お前の事だ、アルストラ」
その様にアルストラさんを煽る紗雪さんに一瞬慌てますが、この世界を支配するなどと言われて黙って居られる様な寛大な子では無いのでした。私だって、むっとしますもの。
流石に憤ると思い警戒しましたけれど、思いの外アルストラさんは紗雪さんを静かに見下ろしているだけです。いえ、むしろ微笑んでいます。
「良くある話だな。私も同類か。封印される以前ならそう言われても仕方がない。確かに私は負けたのだからな」
突然、アルストラさんの体らか広がる様に景色が変わりました。何故か周囲が転移前の白い神殿に戻っています。……と、思いましたけれど。これは……。
「だが……死んでいった無能共と私には大きな違いがある。異界から強き魂を呼び寄せる事に成功し、同化した今の私ならば二の枷は踏むまい。……そう、この世界の支配と共に魔人種が最強だと証明するわ!!」
凄まじい魔力の余波がアルストラさんから放出されています。恐らく私達の世界に満ちる魔力を取り込んだ為と思われますが……。
「この力は……空間操作か」
ミズファ母様の得意とする特殊能力。それと同じ性質の空間が私達の周囲に広がっていました。景色は先程まで居た白い神殿区域と全く同じ造りです。
「第二の魔人種の世界とすると決めたからには、無差別に破壊する訳にもいかないからね。お前達は私の力が満ちるこの空間の中で相手してあげる」
神殿区域へと景色が変化した後、更にアルストラさんから膨大な気の様な力が溢れ出ているのが解ります。魔力と同時に別種の力となりますと……少々、アルストラさんの扱う能力を特定するのが難しくなりました。魔法だけならば対処は容易ですけれど、気を伴った能力ともなりますと、場合によっては水神の力を最大に活用しなければならないかもしれません。
「破壊を司る原初の我が君の言葉とは思えませんね。まさか、侵攻先の破壊を思い留めるなど」
凄まじい冷気の渦がアリシエラさんを取り巻いています。いよいよ本気で戦う様ですね。
「異界の魂、つまり私と同化した事によって、色々古臭い考えは捨てたのよ。折角その世界特有の文明があるんだから、破壊するより利用した方が何かと便利でしょう? まぁ、この世界の文明はかなり遅れてるから、直ぐ造り直さないといけないでしょうけど」
私達の世界に手を出さないという点については感謝を述べるべきでしょうか。あ、でも支配しようとしているのですから流石に駄目ですね。
「……外に被害が出ないなら好都合、私も全力で戦える」
プリベイラさんの立つ地面を中心にして、広範囲に漆黒の闇が広がって行きます。プリベイラさんの力は何度もお見せ頂いておりますけれど、マトイさんの時とは比べ物にならない魔力を漆黒の闇から感じます。
そして、その二人よりも強大な魔力を放出してアルストラさんへと歩み寄る者がいます。……リリィです。
「全く……あれだけ私が最初に戦う姿勢をお見せしていましたのに。皆様は高みの見物でもしていて下さいな」
「馬鹿を言うな。戦闘は私の管轄だ」
紗雪さんがリリィに並びますが、特に大きな力は感じません。今の紗雪さんは静と動の闘気を使い分ける狐少女さんですから。と、本人に言ったら怒りそうですけれど。
「面倒だから全員でかかって来なさい。私が私欲に目先を失った雑魚と同じかどうか、確かめてみるがいい」
絶対的な自信を見せるアルストラさん。この空間はアルストラさんの世界その物ですから、当然有利なのは間違いありませんけれども、それだけが自信の裏付けになっている訳では無いでしょう。相手は一度敗北した魔王ですが、世界を越える力は本来神でも無ければ不可能だと思える過ぎた力の一つです。それだけ自力が高いのです。
「皆さん、折角ですから全員で攻めましょう。何よりもアルストラに勝つ事が最優先です」
「仕方がありませんね。アリシエラ様の仰る通りに」
タチアナさんは私の護衛に残り、それ以外の皆様が一斉に攻勢に出ます。先ず最初に動いたのは……アリシエラさんです。
「凍てつく世界よ、極寒の冷風を此処に。我が魔力と交わり絶対的な零度を以って敵を仇成せ。「絶対凍土に吹き荒ぶ息吹」」
凄まじい吹雪が別の世界から召喚され、アルストラさんを瞬く間に白で覆いました。召喚された吹雪はアリシエラさんの魔力によって極大な殺傷範囲魔法へと昇華された様です。
場所が白一色の神殿区域と言う事もあり、吹雪によって視界が完全に白化しています。母様達の世界で言うホワイトアウト、でしたでしょうか。
「効かないわ」
たった一言でアリシエラさんの吹雪が無効化されたように消えました。ですが、それも計算としていたプリベイラさんが影の中から追撃を掛けています。
「……後ろがガラ空き。陰術「漆黒印・絶」」
瞬間的に九人となったプリベイラさんが九方向から交差する様に漆黒の手刀を一閃。背中から完全に切り裂かれたアルストラさんは相当な致命傷を受けた筈……でしたが。霧の様に霧散して消えました。
「……手応えがない」
「それはそうよ、初めから攻撃を受けていないのだから」
「……!?」
いつの間にか、プリベイラさんの後ろにアルストラさんが立っていました。私の水による瞬間移動の様な力……とでも言えば良いのでしょうか。完全に隙を突かれたプリベイラさんは攻撃した時と同じ様な手刀による刺突で首筋を狙われますが……。危機的状況に陥る事はありませんでした。何故なら。
「平気か、マトイ」
御魂の紗雪さん三人がアルストラさんの手刀をミツキさんの刀で受け止めたからです。いえ、実際のミツキさんの刀ではありませんけれども。
「御魂の紗雪さん達!」
「もとの世界に戻ったからには御魂も自由に使える。と言うか、最優先の相手はアルストラだからな」
一度アルストラさんから離れて、プリベイラさんと共に紗雪さん達が私の下まで後退しました。
「ミズキ」
「はい」
「アルストラの攻撃を受け止めて改めて感じたが……強いぞあいつ」
「やはりそうですか……」
「……それに、全然本気出してない。……悔しい」
プリベイラさんが憤るのも無理はありません。プリベイラさんの奇襲は正に一撃必殺と言って良い瞬間でしたのに、回避された上に逆に奇襲を受ける形になったのですから……。
本来、魔人種の上位は強大な力が別の世界を通る際の弊害となり、直ぐには侵攻に加担出来ない筈なのですが、こうして大きな力を持って私達の世界に居るという事は……。
同化した少女の力がその制約すらも打ち砕く程に強大なのでしょう。そしてこの特殊空間。アルストラさんがこの空間の力を使った形跡はまだありません。一体どれだけの力を備えているのか、私でも見当がつきませんね。……今は、ですけれど。




