宮殿への帰還と迫る脅威
「大変、お騒がせしました……」
新たな力を得た私は再び廃墟区域へと訪れていたタチアナさんと合流後、水宮殿へと帰還しました。宮殿の最下層、以前絶品の紅茶を頂いたお部屋で私とリリィが席の前に立ち、反省の姿勢を示しています。アリシエラさんに事情をご説明しますと、当然の如く怒られたからなのです……。
「ユキが迫っているという時に何をしているのですか全く」
「すみません……」
「口論の喧嘩なら兎も角、無人とは言え街に被害を出すなんて……」
「恐れながらアリシエラ様、実は」
リリィが我慢出来ずに真実を告げようとした所で、スカートを後ろから引っ張る様にして止める私。事情をご説明した事はしたのですが……嘘を言いました。私とリリィは仲違いしかけていた事にしています。
だって、外出から帰還した途端「私の中に女神さまがいて、私も女神なのです。強い力で魔力が無いのです」と言った所で返答に困るでしょうし、変な子に思われるだけなのです……。私の事は先ずこの世界を変えてからゆっくりとご説明するつもりです。
「アリシエラ様、どうかお二人をお許しになって下さい。きっとお二人にしか通じ得ぬ理由がおありなのですよ」
と、タチアナさんが微妙に的を得つつも別の方向に向けて気持ちを察して下さっています。アリシエラさんが「兎も角、解りました。この件に関しては不問とします」とため息をつきつつも仰り、一先ずのお許しを頂けました。
「ミズキとリリィが戦って無人の街が焼けただけで済んだのは奇跡だな」
紗雪さんが少し不満気にそう言います。まぁ、街に被害が出たと聞かされて良い気持ちはしませんから。紗雪さんもタチアナさんと一緒に廃墟区域へと駆けつけて下さっていたのですが、その時点で何処か不満そうでした。
「……ミズキ」
「はい」
「戦うなら先に言ってくれ。次やる時は私も混ぜてくれ」
「やりません!」
単に戦いに混ざりたいだけでした。やはり紗雪さんは紗雪さんでした。
「……何かあった?」
ふと、声がした方向へ振り向きますと、テーブルに置いていた魔光機のパネルが開いていて、空中にプリベイラさんが映し出されています。私達の状況を疑問に思ったようですね。いつから見ていたのでしょう……。
「プリベイラさん、お迎えに行きますか?」
「……うん」
「今すぐにそこへ行きますね」
水を円状に回す様に出現させて、鏡を創り出しました。魔法の時と違って何の制限もありませんので、その気になれば視界内に突然鏡を出す事も出来ますし、数か所分の鏡を一気に出す事も出来ます。創造による制限が無いとは言え、元々が人の身である以上流石に無限に創り出す事は出来ませんけれどもね。
鏡を通り、直ぐにプリベイラさんを通らせて再びアリシエラさんのお部屋へと戻りますと。席について、足を揺らしながら頬杖を付くプリベイラさん。それに合わせて「ご苦労様」と労いながら紅茶を差し出すアリシエラさん。
「……ありがと。で、何があったの」
「ミズキとリリィが少々粗相をしただけです」
「……お漏らし?」
「違います!!」
プリベイラさんは直ぐに「冗談」と付け加えつつ紅茶を一口飲んでご満悦の表情です。因みに私とリリィの分は粗相が原因でありません。席についていないのも罰です……。
「私は兎も角、いつまで我が主にこの様な辱めを……」
ぶつぶつとリリィがそう言いますけれど、今は我慢させます。大きな力を得た代償だと考えたら非常に些細な事ですし。まぁ、それよりもです。
「プリベイラさん、ユキさんの様子はどうでしたか?」
「……誤情報に踊らされてる炎宮殿の中位達に困惑してた。今、この青の街に向かってる。ポータルがあるから、直ぐに来る」
「いよいよですか……」
一気に室内に緊張感が広がり始めています。事情を知らない筈のタチアナさんも真剣な表情で私達を見ておりますので、恐らくアリシエラさんの力によって多少は知り得ているのでしょう。
「特に作戦がある訳でもありませんが……。直ぐに転移ポータルへ出向きましょう」
少し不安そうにアリシエラさんが席を立ちました。私達の外出の件もありますが、暫しアリシエラさん自身も心ここに非ずの状態でしたので、作戦を決めきれずにいたのです。
「先手必勝か。だが、転移ポータルとやらは街中にあるんだろう? 戦うには聊か場所が悪いな」
「……周囲を気遣ってる間に、ユキに空白の力を使われたらそれで終わり。……だから、私が影から先手を打つ」
現状、皆さんは存在を消せるプリベイラさんの先制攻撃が最善の手に思えるでしょう。実際、視界の外から突然攻撃を受ける訳ですので先ず防ぐ事は不可能でしょうし。私の水による転移から隙を無くした様な物ですからね。
「マトイ。思うのだが、陰の力とやらで前以って暗殺して置けば良かったんじゃないか?」
「……前以って殺す理由が無かったから。まだ何もしてないユキに手をかけたら、唯の悪い奴」
紗雪さん、めっです。と咎めるつもりでしたけれど。その必要は無さそうですね。
「紗雪、仮にユキを既に殺していた場合、私とマトイの出会いに変化が起きていたかもしれません。迂闊に手を出せない状況にあったのでしょう」
「……そうだったな、すまない。それに、ユキとやらからしてみれば私達の方が反逆者だ」
ユキさんを危険視する余り、最善の方法だけが先へ先へと行き過ぎてしまいましたね。皆さんも内心は紗雪さんと気持ちは同じの筈です。
「マトイ、恥を忍んでもう一ついいか?」
「……何」
「暗殺すれば良いとは言ったが、実際に可能か?」
「……方法としては、幽世に送るつもり。先手を打つ時もそれでやる。……だけど無理だと思う。幽世に引きづり込む前に、奇襲を無かった事にされる」
「空白の力か。本当に厄介だな……」
「……だから、私に空白の力が向いている内に、その後は皆にお任せ」
プリベイラさんの先手を打つと言う方法はつまり、自分を盾にして欲しいと言う意味ですね。空白の力で何をどうされるか考えたらキリがありませんし、誰かが空白の力の犠牲にならねばならないとプリベイラさんは考えたのでしょう。
その合間に、追撃か或いは説得でユキさんを無力化しなければなりません。私は未だに会話を諦めていませんけれども。少し無言が周囲を包んでおりますが、アリシエラさんが座ったままのプリベイラさんの後ろに立ち、そっと抱きしめました。
「……プリベイラ。最悪貴女が消されるかもしれませんよ」
「……構わない」
「どうしてそこまでして私達の為に……」
「……それが私のしたい事だから」
アリシエラさんの腕に頬を当てながら、プリベイラさんがそう言います。したい事……ですか。でしたら、これから提案する私の作戦は正にそれですね。
「皆様、聞いて下さい」
「どうしましたミズキ?」
「私に作戦があります」
「作戦、ですか? どの様な?」
既にプリベイラさんの作戦で決まりかけていた所ですし、これ以上はユキさんの出方次第です。有利となる案の出しようが無い中、不思議そうに私を見つめる皆さん。空白の力が在る以上、私達に取って有利となる作戦は、ユキさんを出会い頭に殺してしまうしか無いのです。
つい先程までは。
「作戦は至って単純です。皆様にはこの水宮殿で待機して頂きます」
「待機……? 皆とは貴女以外の全員ですか?」
「はい、そうです」
「……何する気。もうミズキの事はユキも知ってる。魔人種じゃないお前は、出会ったら直ぐに消される」
「ええ。でも大丈夫です」
そう言って微笑む私。何が大丈夫なのか理解出来ず、訝し気に私を見る皆様。
ゆっくりご説明するつもりでしたけれども、水神の力について少しだけお話して置きましょうか。時間もありませんので、簡潔に。




