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囚われのリリィ

 鏡を通り抜けた私は直ぐに周囲を見回しますと。大通りが目の前にあり、転移前の場所から一直線に進んだ所へ出た……と思われます。多分ですけれども。


「ここは……街の東側ですか」

「ええと、恐らく」


 タチアナさんに東側と言われても濁した様にしか答えられない私。一度も行った事のない場所へ行く際には触媒となる物が必要なのですが……今回は触媒となる物が手元にありません。ですので、リリィを触媒代わりにした訳なのですけれど……動いていると上手く転移先を映し出せないのです。


 仕方無くリリィが向かっている方向へある程度の見当を付けて、馬車が通り抜けると思われる予測位置を強引に鏡に映し出しました。ですので、方角を問われても私には解りません。


「青の街の東側ですと、現在は白の魔姫の管理下にある区域でしたよね?」

「はい。アリシエラ様が不在となり不安が広がる街にいち早く白の魔姫様が駆けつけて、治安と執政の維持を行ったと聞いています」


 タチアナさんは「私は元々赤の魔姫様の部下なので余り詳しくは無いんですけど」と付け加えました。


「成程……やはりユキさんは根は良い方なのですね」

「ミズキさん、あの馬車です!」


 予測したこの場所へと大通りを一直線に進んでくる馬車。急いでいるせいでしょうか、周囲への配慮が欠けていて、今にも別の馬車にぶつかりそうになっています。そんな走り方ではお馬さんが可哀そうですね。一応逃げられていた先程と違い今度は向かって来る形ですので、楽に魔法を当てて止める事が出来るのですが……。


「先程よりも人混みが激しいのです……」


 白の魔姫の管理区域は大都市の商業区の様に人が沢山行き来しています。恐らく、白の魔姫さんの人柄による執政で民が集中したのだと思われますけれども。


「これでは迂闊に魔法が撃てませんね……」


 周囲に被害を出さずに馬車を止める方法があれば良いのですけれど、私の魔法はどんなに加減しても撃てば必ず周囲にも影響が出ます。こういった際に小回りが利かないのは洞窟や建物の中に居る時と似た状況ですね。


 では力の弱い方が魔法を撃てば良いのでしょうかと言えばそう言う訳でも無く。要は人混みで刃物を振り回したら危険なのと一緒なのです。


「ミズキさん……」

「はい、あの馬車……速度を上げてますね」


 走り来る馬車を見ておりますと、かなり乱暴に走っています。馬を叩き上げて速度を上げている様ですが……。


「このままではあの馬車、通りを横切る人を引いてしまいそうなのです……」

「どうしましょう、やはり私の操作魔法で止めますか?」

「空いている上空から魔法で攻撃したとしても、馬車が壊れでもしたら周囲に破片が飛んで危険です。それはいけません」

「ですよね……。あぁんもう、こうなったら無理やりにでも止めます!」

「あ、タチアナさん!?」


 タチアナさんが向かい来る他の馬車をすり抜けて走って行きました。止めようとしましたけれど、既にリリィが乗っている馬車の前に立っています。


「そこの馬車!! 止まりなさいと言っているでしょう!」

「……!?」


 御者をしているらしき男の方がかなり驚いた様に手綱を引き上げて馬車を急停止させようとしています。タチアナさんが何かを手に持って馬車に向けて居るようで、男の方がそれを見た為だと思いますが……。


「あれは確か……IDでしたっけ」


 リリィがマトイさんからお借りしていた中位の証だったと思います。この世界における中位の立場は下位の民からすれば非常に大きい存在でしょうから、流石に馬車を止めざる得ないでしょう。と思いきや……。


「あ……!? ち、ちょっと待ちなさい!!」


 タチアナさんの直ぐ前で馬車は無理やり曲がり、横道へ入ってしまいました。ですがそれよりも……。


「あれ……リリィ?」


 馬車の後ろの窓から少し中が見えた際、リリィが此方を見ていました。しかも何やら嬉しそうに。いつの間にか起きていた様です。


「……リリィ、返事なさい」

「お早うございます、ミズキ」

「お早うございますではありません。何をしているのですか」

「御覧の通り、攫われています。たーすーけーてー」

「……」


 全然助けて欲しそうではありません。全く心が籠っておらず棒読みです。そもそも、空を飛べるリリィならば馬車から飛び去るだけで簡単に逃げ出す事が可能な筈です。一体何をしているのでしょうこの子は……。


「はぁ……今どこに向かっているのですか?」

「北東に向かっている様ですわ。ですが恐らく今追い掛け回しても徒労に終わるだけだと思います。馬車が止まってから教えます」

「……それで、何故自ら逃げないのですか」

「か弱い私が乱暴に走る馬車から降りられる筈もありませんわ」

「……」


 空を飛べば良いでしょうと考える私の思考を無視して、リリィはあくまでお嬢様のままで居たい様です。


「リリィ……今がどんな時か解っているのですか」

「ええ。だからこそですわ」

「だからこそ……?」

「一度繋がりを切ります」

「あ、ちょっと……」


 一方的に繋がりを切られてしまいました。これではリリィが何処に居るか解りません。でも一応、何処に居るのか知ろうと思えば知る事は出来ますが、方法が問題なのです。


 街全体に私の魔力を巡らせる様にしてリリィに魔力を流し込み、反応させて位置を知ると言う方法なのですけれども。問題なのは巡らせる魔力で、これは一種の攻撃魔法です。つまりリリィに攻撃する形となり、魔力を受けたリリィが苦痛を訴え、その痛みによる反応で場所が解る訳なのです。ですので、成るべくなら使いたくない方法ですね。


「ミズキさん! すみません馬車をまた逃がしてしまいました……」

「あ、いえいえ」


 と、転移前と同じ様な返答で返す私。全く危機的状況下にある訳でも無いですので、私もどう答えていいものやら、なのです……。


「こうなったら駐在している白の中位にお願いして包囲して貰うしか……」

「あー……ええと、そこまでなさらなくても大丈夫だと思います」

「何か策があるんですか?」

「策、と言いますか……。その、逃げた男の方々が何処に向かったか、大体予測が立っていますので」

「そう何ですか!? この短い間にそこまで予測出来るなんて……」


 更に「自らポータルも作り出せますし、ミズキさんは本当に凄い方なんですね」と言われて笑って誤魔化すしかない私。今置かれている私の状況を何処まで偽れるでしょうか……。


 ----------


 北東に向かいながら話題逸らしでタチアナさんを誤魔化し続けておりますと、ようやくリリィが語り掛けて来ました。再び馬車を逃がしてから三十分程経過しており、そろそろ誤魔化し切るのは限界でした。


「ミズキ、どうやら着いたようです。今私が見えている光景をミズキに移します」

「……え?」


 突然、見知らぬ場所が頭の中に流れ込んできました。ここは廃屋でしょうか。リリィが見ている光景の様ですけれど、こんな力は無い筈ですが……。


「ミズキ、私も主を支える為に日々努力しているのです。この程度は出来て当然です」

「リリィ……」


 廃屋の中は酷く乱雑で、空の酒樽が横倒しになって居たり、至る所に瓶が転がって居たりしています。そして何より……。


「女の子が壁に繋がれていますね……」

「その様です。しかもこれは……」


 見た所、四人程が壁から繋がれた鎖を手に付けており、全員寝そべって無反応です。死んではいない様ですが……かなり無気力になっています。服が破かれていて、体の至る所に擦り傷もあって痛ましいです。そして、リリィの考えを通して女の子達に何があったのかを悟りました。


「この子達は人質と言う訳では無く、慰み者と言った所でしょうか」

「……酷い」

「はい?」

「あ、いえ何でもありません」


 見えていた光景が余りにも酷過ぎてつい声に出してしまいました。私の発言に対し、隣を歩くタチアナさんが不思議そうに首をかしげています。


「ええと、そろそろ馬車が向かった所に着きます」

「解りました。どうやらこの辺りは周囲に人が居ないみたいですし、今度こそお役に立って見せます」


 リリィを通して見えている廃屋の場所へと私とタチアナさんが向かっているのですが、どうやらこの辺りは近郊の様で、人は殆ど通らず馬車の行き来も余り無いようです。だからこそ、人をさらって暴行を働く様な輩が住んでいるのでしょうけれど。


「新しく連れて来た女はそいつか」


 見えている光景に変化がありました。別の部屋から男の人が現れ、リリィをジっと見つめています。


「どうすか、見た瞬間ビビっと来てソッコー決め込んできやした」

「ほぉかなりの上玉だ。見た所、混血種っぽいのが気になるが」

「こんだけ良いモン着てるんですぜ。こいつの親は元々の世界では相当な地位だったんでしょうぜ」

「或いは強さを認められてこの世界に来たか。まぁ、見た所ただの女みたいだがな」


 周囲の男達がとても嫌らしそうな目でリリィの体を隅々まで見つめています。とても気持ちが悪いのです……。


「で、この女どうするんスか?」

「犯っちまうにはちと惜しいな」

「かなり金持ってそうですもんね」

「青の街の金持ちっつうと何処だ」


 何やらリリィが何処のお金持ちのお嬢様かで議論している様です。取りあえずリリィの身は安全の様ですね。


「おい女。お前の名は?」

「……」

「答えねえんなら引ん剝くっスか?」

「おい、こいつのドレスはかなり高く売れそうだから、丁寧に扱えよ」

「うっす」


 ……あ、これは不味いですね。男の方が一人、リリィに近づいてきます。とても嫌らしい目つきで。


「リリィ、もういいです逃げなさい」

「あぁ、どうしましょう。私、このまま辱めを受けてしまうのですね」

「ちょっと、聞いているのですかリリィ?」

「ミズキーたーすーけーてー」

「……」


 全く会話が成立しません……。そんな事をしている間にリリィのスカートを男の方が手に取りました。まだ私は廃屋の前に着いていません。なら、転移で……。と思い立った時、リリィが「待ちなさい」と言いました。ようやく逃げる気になりましたか。


「聞きなさい、今ここに助けが来ます。貴方達に勝ち目はありません。私を人質にすれば話は別ですが」

「何? おいお前ら尾行(つけ)られてたのか?」

「途中、中位に捕まりかけましたが上手く巻いときました」

「そうか、まぁいい。助けとやらが来てもこいつの言う通り人質にすりゃいい」


 あの、リリィさん? 何故相手に有利になる様な事を言ったのですか? 何故かリリィが男の方々に助言し、私の転移が封じられてしまいました。と言いますより、転移で来るのは止めて欲しい様です。何なんでしょうか、このお嬢様は……。


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