神託が下る地
出発準備が整った次のメルの朝。
約一メルダとちょっとを「ユグドラ」のお城で過ごさせて頂きましたけれど、いよいよ旅に出発となります。クリスティアさんは僅かに「神都エウラス」から水晶の気配を感じるそうですので、私達四人の目的地は神都エウラスに決まりました。
ミツキさん達が出発した時と同じように、今度は私達がお城から出る側になります。城門の前で沢山の兵士さんが道を作り、騎士さん、副長さんと長さんが私達を見送って下さっています。馬車も出して下さるそうで、「シャイア」と「神都エウラス」の国境まで乗せて頂ける事になっています。
「ん、ミズキ忘れ物無い?」
「はい、大丈夫です」
イグニシアさんの問いかけに、念の為血術空間の中を確認してから問題が無い事を伝えます。長さんは最後まで私を引き留めましたけれど、必ずいずれまたこの国に帰ってきます、と約束をしました所でようやく折れて下さいました。
「長さん、滞在中お世話になりました。とても快適なメルを過ごす事が出来て、大変感謝しております」
「いいのですよ。ミズキちゃんはこの国を救ってくださった女神様なのですから」
「え!? そ、そんな大層な者では無いので……」
慌てて手を振って否定しておりますと、クリスティアさんが私の髪を少し手に取り弄りながら。
「いいじゃない。女神を名乗ってもいい位の美貌があるのは事実よ」
「へ!?」
「ん、ミズキは可愛い。お持ち帰りしたい」
「そうですね。ドレスで着飾れば見目麗しき姫君だと誰しもが思う事でしょうね」
皆で私を褒め倒しています。恥ずかしくて真っ赤になった自分の顔を両手で隠しつつ。
「皆さん、恥ずかしいので止めて下さい。そもそも、この国を守ったのはエステルさんなので……」
「あぁ、困ってるミズキちゃんもいいです~。やっぱりこの国に監禁して」
今不穏な言葉が聞こえましたけれど、副長さんが透かさず「コホン!!」と咳払いをして長さんの言葉を遮りました。
「もとい、この国に滞在して欲しいなぁと思いますけれど、またこの国に来て下さる事を楽しみにしておきましょうか」
「はい。あの、必ずまた来ますので」
「ええ、道中お気をつけて。神都は街道の手入れと街の治安維持が良く行き届いているそうですので、心配は無いでしょうけれど」
「そうなのですか?」
「ええ、今でこそ美しい国なのですが、そうなった経緯としてちょっとだけお話して置きましょうか」
普段からマイペースを地で行く長さんですが、今の長さんは国の王として初めて出会った時と同じような凛とした姿勢と威厳を感じます。
「神都は「巫女姫」と呼ばれる、他国では王に当たる方が国を治めているのですが、とある時期の「巫女姫」が国を失墜させる出来事があり、国内情勢が悪化した事で民が減少してしまいました。ですが後に、「巫女姫」が代わる毎に国を大きく立て直し、国内外の信頼を築きなおして、今では大陸一の美しさを誇り、様々な「特殊能力者」が集う名の通り神聖な国に立ち戻っています」
長さんが「この国も情勢が悪化した神都の立て直しに協力したのですよ」と、何処となく嬉しそうに語ります。
「とある代の「巫女姫」が、他国との信頼関係を回復する為、先ずはこの「ユグドラ」へと出向き、誠意あるお話を長フィーネに伝えた事がきっかけで、それ以外の国々も再度神都との会談を設ける気になったのです」
隣にいたエステルさんが続けるように私にお話を聞かせて下さいました。
「エステルさんも神都についてお詳しいのですね」
「それは勿論ですよミズキちゃん。何せ、エステル様は元々神都の民で、元「第三巫女姫」でしたからね」
「えぇ!?」
「ですから、神都については私よりもエステル様の方が詳しいでしょう」
「あの、つまり……エステルさんは王女様みたいな立場だった、のですか?」
「ええと……」
どう言ったらいいものか、と言った様子で少し困り気味にエステルさんが頬に手を当てています。
「まぁ、他国では第三王女、と言う立場であった事は事実ですが、国に対する発言権は無きに等しかったですし、大して「巫女姫」らしい事はしていませんでしたから。そもそも……」
そこでエステルさんの言葉が途切れました。何か、余り思い出したく無い内容のようにも見受けられます。
「あ、御免なさいねエステル様。つい昔の事を……」
「いえ、大丈夫ですよ、長フィーネ。いずれミズキさんも知る事になっていたでしょうから。神都が失墜した責任が私にもある事に」
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長さん達の盛大なお見送りを受けた私達は「神都エウラス」に向けて、馬車の中で揺られながら街道を進んでいます。
国境まで騎士さん達が護衛として同行して下さっていて、白い馬に乗って馬車を囲うその優雅な姿は、さながら何処かの国の王子様のようにも見えます。
そして、馬車の中はとても静かです。
初めて馬車に乗ったクリスティアさんが暫く楽しそうにしておりましたけれど、次第に眠くなってしまったようで、馬車に乗るなり「着いたら起こして」と言って横になっていたイグニシアさんと一緒に眠ってしまいました。寄り添うように眠っている二人を見ていますと、なんだかとても仲の良いお友達同士に見えて微笑ましいです。
次に、馬車の窓から外の景色を見ているエステルさんへと視線を移しますと。その姿は何処となく元気がなさそうです。神都の「第三巫女姫」だったエステルさんが、神都失墜に何らかの形で関わっていたらしいのですけれど、そのお話を途中で止めてしまった以上今は聞くべきでは無いでしょう。誰しも触れられたくない事の一つや二つはありますもの。
そう思いつつ、私も少し休もうと目をつむり、暫く馬車の揺れに身を任せておりましたら。
「ミズキさん、眠ってしまいました?」
エステルさんが私に声をかけています。十分に睡眠は取ってきてありましたので、それ程眠くなかった私は直ぐにお返事をお返します。
「いえ、目をつむっていただけです。起きていますよ」
「馬車の中は退屈でしょう。神都について少しお話しましょうか」
「あの、もう大丈夫なのですか?」
「ええ、大丈夫です。いつまでも過去のしがらみに囚われて落ち込んでいるようでは「歌姫」は務まりませんからね。それに、今の神都は良い所ばかりですから、きっと国境を越えたら驚くと思いますよ」
先ほどまで落ち込んでいたように見えていた彼女は、今は爽やかな笑顔を私に向けて下さっていました。無理をしている、というようでも無い様子ですので、元々心が強い方なのでしょうね。「歌姫」さんをしている程の方ですから、私のような小心者ではその心を推し量る事はできません。
「一体どのような国なのでしょう。そのように言われますと、気になってきてしまいます」
「行ってみてからのお楽しみですよ。ですが……そうですね、しいて言えば「特殊能力者」が集まる国ですから、常識が当てはまらない国、とだけ言っておきましょう」
彼女にそう言われた私は更にどのような国なのか解らなくなってしまいました。「特殊能力者」は大変希少な存在だとギルドの書類にも書かれていますから、「特殊能力者」の集まる国と言われましても、いまいち想像できないのです。
「私は国々ついて大変疎いですので、想像を膨らませる事すら出来なくて……お恥ずかしいです」
「ふふ、ミズキさんは素直で可愛らしい方ですね。では一つだけ国の特徴を挙げておきましょうか。神都エウラスは神託と呼ばれる啓示を授かる事が出来る唯一の国です。神託を受けた者が次の「巫女姫」になる資格を持ち、その資格者は必ず天球へと響く独奏曲と言う特殊な能力を持って生まれてくるのです」
エステルさんが昔を懐かしむように、国境に着くまでの合間、不思議な国について教えて下さいました。ですが、驚く事についてはしっかり伏せられたままで。一体国境を越えた先に何があるのでしょうか。




